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閑話 無能暗殺者、絆される(後編)

※引き続きR15色強めのエピソードとなっております。ご注意ください。

今回も少々長めです。

 坊ちゃまのために用意された一室で、私はなされるがままに身を任せた。

 別に坊ちゃまに気に入っていただこうというつもりはないが、さりとてご機嫌は損ねたくない。

 結構遊んでいらっしゃるようだとの噂は事実だったらしく、坊ちゃまはなかなか手慣れたものだった。


「なるほど、ベッドの上で()()が使える、というのははったりではなかったようだな」


 事を終えた後、坊ちゃまはそうおっしゃった。


「ご満足いただけましたなら幸いです」


 控えめな態度で頭を下げておく。

 坊ちゃまが遊び慣れているのなら、あまり娼婦のような媚びの売り方はしない方が良いだろうと思ったのだ。

 私だってその程度の駆け引きはできる。

 それが良かったのかどうかはわからないが、坊ちゃまは、もう用は済んだから部屋に戻れ、とはおっしゃらなかった。

 そして、仰向けに寝転んだままぼつりと呟かれた。


「レニー=シスルという女は本当にムカつくクソ女でな。正直憎たらしかったよ。だけど……殺したいほど憎いかと言われると、なぁ」


 普通の人間の感覚というものはそうなのだろうな。

 だからといって、私にそんなことを言われても困る。

 人を殺すのに憎しみなど必要ないし、憎くないから殺さないなどという選択肢もありえない。

 坊ちゃまも、そのことに気付かれたのだろう。

 ばつの悪そうな顔で、私に謝られた。


「すまん、余計な事を言った。忘れてくれ。だが、できれば苦しませずに……いや、これも余計な事だな」


「わざと相手を苦しませるような殺し方をするつもりはありません。ただ、相手の抵抗が激しければ、お約束はいたしかねますが」


「そうか。よろしく頼む」


 まったく、変なお坊ちゃまだ。

 どちらにせよ、私は普段通りるだけだが。


 それにしても……。どうしたものだろうな。

 部屋に戻れと言われれば戻るしかないし、坊ちゃまが黙って眠ってしまわれたら、これ幸いとそのまま居させてもらうつもりだったのだが。

 そろそろ部屋に戻らせていただきますと切り出すべきなのだろうか。


「あの……坊ちゃま」


「今夜はここにいろ。やつらにいたぶられたいわけではないのだろう?」


「え?」


「俺は女好きだが、必要以上に女をいたぶるのは嫌いだ。その体、何度も傷ついて治癒魔法で治した跡があるのは、訓練や実戦でついたものばかりではないことぐらい、見ればわかる」


「あ……ありがとうございます」


 私はベッドの上で居住まいを正し、坊ちゃまに深く頭を下げた。


「別に恩に着せるつもりはないさ。ああ、そう言えば、お前の名は何というのだ? “能無し”とばかり呼ばれていたが」


「はい、ニーナと申します」


「ニーナか。良い名だな」


 形だけの褒め言葉ではあったのだろうけれど、妙に嬉しい気持ちになった。

 その後もう一度求められたので、この人結局ただの女好きなのでは?という疑念も生じたが、それでも、ぐっすり眠ることができたのは随分と久しぶりな気がする。



 翌日、ジャックが冒険者の振りをして標的たちを誘い出すという、昨夜坊ちゃまが提案された案が実行に移された。

 私たちは、いかにも鎌蜥蜴かまとかげの巣らしい洞窟で罠を張って待ち構えていた。

 というか、本当につがいがいたのだが。

 まあこのくらいなら、まだまだ村に被害が出るというほどではないけれど、見逃す理由もないので退治しておき、卵も潰しておく。


 そして待つことしばし。

 ジャックが一人ですごすごと戻ってきた。

 標的たちは彼の口車に乗らなかったらしい。

 さすがに命を狙われていると思ってはいないだろうから、本物の冒険者ではないと疑われたのか。


 結局、私たちは彼らの後を追って、タンベリーの町へと向かった。

 標的には昨夜と同じように一人監視に付け、私たちは町の代官の館に泊まる。

 坊ちゃまは昨夜に続いて私を所望され、私はもう一夜、ぐっすり眠れることが保障された。


「つまらないことを聞くが……」


 そう前置きして、坊ちゃまは私に尋ねられた。


「お前の目から見て、俺はどう見える?」


 どうと言われても……。

 正室のお子ではないとはいえ、この国随一の有力貴族の御子息で、魔法学校での成績も優秀、宮廷魔道士になられることも決まっているという。

 私などとは何もかも違う、としか言いようがない。


「あらゆる点で恵まれていると思うかもしれないが、親父が望む水準を満たしていないという点では、俺も無能であることに変わりはないんだよ。……贅沢な悩みに見えるかもしれないけどな」


 まあね。お坊ちゃまも色々と大変なのですね、という気持ちには、正直なれない。

 私の冷ややかな視線に気づいたのか、坊ちゃまは気まずそうな表情を浮かべられる。


「所詮は気まぐれの憐みに過ぎない、ということは自覚しているよ。俺にはお前を救ってやることは……、いや、そうだな。お前が望むなら、俺専属の侍女兼護衛として引き抜いてやることも、できなくはないだろうが」


 それを望むか、と聞かれ、私は困惑した。

 もうこれ以上人を殺さなくてもよい生活、か。

 ずっと心の底で望んでいたはずなのに、いざ目の前に突き付けられると、言葉にしがたい不安と恐怖に襲われる。

 全身を人の返り血に染めて生きてきた私に、そんな幸せが許されるのだろうか――。


「ありがたいお言葉ですが、公爵様がご不快に思われることでしょう。私の()()は今宵限りでございます」


 冗談めかしてそう言うと、おそらく坊ちゃまも私の答えは予想しておられたのだろう。少し寂しげに頷かれた。



 翌朝早くに、標的はタンベリーの町を発ち、私たちも後を追った。

 次のウィンザーの町との間には、ヒースリー山地が横たわっており、仕掛けるには絶好の場所だ。

 馬は邪魔になるので代官所に預けておく。万が一、ウィンザーまでに決着がつかなかったとしても、ロレイン公爵家にとっては新たな馬の調達も容易たやすいことだ。


 山中にて、赤鼠たちの使い魔に魔物どもを追い立てさせ、標的にけしかけるというヴィクター様の提案に、坊ちゃまはすぐには同意なさらなかった。

 他の旅人たちに迷惑が掛かるだろうという理由だ。

 ああ、やはりこのお方はこんな汚れ仕事に関わるべきお人ではないのだな、と思う。


 そう言えば、以前ご一緒した二の坊ちゃまも、偉そうになさっていたくせに、その時の標的だった、魔道具の横流しをしていた宮廷魔道士一家の亡骸なきがらを見て、げえげえ吐いておられたっけ。

 貴族のお坊ちゃまの神経が耐えられるような世界ではないのだ。


 しばし押し問答が続いたが、結局、坊ちゃまはヴィクター様に押し切られてしまった。

 監視に付けていた者から、どうも標的が普通の冒険者とは思えぬレベルで警戒心を強めているようだとの報告が入ったからだ。

 正確な事情は知りようがないはずであるにせよ、何か感づかれた可能性が高い。

 手早く決着をつけるためにはやむを得ない、というヴィクター様の言葉に、結局坊ちゃまは対案を示せず、首を縦に振られるしかなかった。


 しかし、この案もあっさりと失敗に終った。

 レニーという女は、ひょうを降らせる魔法でもって、あっという間に魔物どもを全滅させたのだ。

 そして、混乱に紛れて狙撃するはずだったイライザも、どうやら気取られたようだと、すごすご引き揚げてきた。


 標的たちは、他の旅人が魔物に襲われている悲鳴を聞きつけて行ってしまった。

 お節介なことだが、それでもこのままなら、日暮れまでにウィンザーに着く可能性は高い。

 長期戦も覚悟しかけたところで、空に黒い影が差した。

 飛竜ワイバーン!? しかもこれ、随分と大きい個体なんじゃないか?

 魔物の血のにおいにかれて飛んできたのか。

 触らぬ神に祟りなし、と思ったのだが、ヴィクター様はとんでもないことを思いつかれた。


 飛竜ワイバーンを標的にぶつける。

 この案に、坊ちゃまは真っ向から反対された。それこそ、無関係な人たちを巻き込んでしまう事態になるだろうと。

 しかしヴィクター様に押し切られ……。

 飛竜ワイバーンはあっさりと返り討ちに遭った。


 何なんだ、あいつらは。

 レニーという女ももちろんだが、連れの栗色の髪の男も馬鹿みたいに強い。

 ヴィクター様もさすがに呆れていたようだが、日没までにウィンザーにたどり着かせず野営させるという目的は、達することが出来た。



 連中は、周囲に二重の土壁をめぐらせ、その中で野営するようだ。

 いくら土魔法が得意でも、相当に危険な魔物が出没する場所でもない限り、普通の冒険者が野営するのにここまでしないだろう。

 おまけに、その土壁の外側では、ただの犬ではなく使い魔らしい黒犬と、有翼獅子グリフォン(!)が周囲を警戒している。

 やはり、襲撃を予想しているらしい。

 何故気付かれたのかはわからないが。


 深夜になり、私たちは配置についた。

 トマスが使い魔の水棲馬ケルピーを召喚し、香水をぶち込んだ水入りの樽を二つかかえて背にまたがる。

 黒犬対策として用意したものだ。

 水棲馬ケルピーで突っ込み、樽の一つをぶちまける。

 そしてそのまま使い魔どもに水棲馬ケルピーをけしかけ、トマス自身はもう一つの樽を抱えて土壁の上へ。

 一瞬ビクッとしていたようなので、何か仕掛けがされていたのかもしれない。

 本当に用心深いな。


 イライザも土壁の上に跳び乗り、矢をつがえる。

 そして、ヴィクター様も含めた六名が、土壁の内側に踏み込んだ。

 折りから空は薄曇り。焚き火の火が消され、漆黒の闇に包まれる。

 土壁の上から、イライザは矢で、トマスは攻撃魔法で、標的を狙っていたのだが、彼女らがそれを放つことはなかった。

 一瞬早く標的が放った攻撃魔法により、二人は物言わぬむくろとなって転げ落ちる。


 そして、二日に渡り標的を監視していたサイモンという男が、連れの男の声真似で話し掛ける。

 これはサイモンの特技なのだが、レニーという女は一瞬たりとも迷うことなく、彼に電撃魔法を叩き込んできた。

 イライザたちは気配をさとられたのかと思ったのだが、まさかやつらも私たち並みに夜目よめくのか?


 ジャックが栗色の髪の男に斬られ、さらにもう一人斬られて、レニーの魔法でもう一人倒される。


 生き残っているのは、ヴィクター様と私だけになった。

 しかし、どうやら連中、私の気配にはまったく気付いていないようだ。

 なるほど、魔力を読み取って敵の位置を察知しているのか。

 しかも敵味方の区別までついているようだが……それが命取りだ。

 背後から忍び寄り、標的の喉笛を掻き切れば任務完了。

 それは手の中のパンを千切るより容易いことだ。


 ふと、土壁の外でクロスボウを構え、標的が外へ逃げ出した時に備えている坊ちゃまのことを思い浮かべる。

 夜目が利く魔道具だとかいう、不格好な眼鏡を見せられた時は思わず笑ってしまったが。


 標的は仕留めたとしても、甚大な損害を出した今回の任務。公爵様ははたして、成功と判定なさるのか、失敗と判定なさるのか。

 いや、いっそ失敗と見做されて、五の坊ちゃまが今後このような仕事に関わらずに済む方が良いのかもしれない。

 そして、私のこともすぐに忘れてしまわれることだろう。

 仕方のないことだ。

 私だって、これから喉笛を掻き切るこのレニーという女のことなど、一晩寝たら忘れてしまうだろう。

 そんな私が、誰かに覚えておいてもらおうなどと、きっと厚かましい願いに違いない――。

フィリップ、意外といいやつじゃん、と思われるか、風俗嬢の身の上話に同情して自分は優しい人間だと悦に入ってるおっさんそのものじゃん、と思われるかは、読者様次第^^;

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