馬鹿王子、巻き込まれる その十七
「往来で私闘に及び、あまつさえ魔法まで使用して、相手を死に至らしめた。その罪は重いぞ。抵抗するようなら容赦はしない」
衛兵の隊長らしき人物が、厳めしい声でそう告げる。
正当防衛なんだけどな。さて、どう説明したものか。
ちらりとフィリップの顔を見る。
ロレイン公の側近の暴走だとぶちまけてしまっても、文句は言わないよな?
などと考えていたら、
「あー、衛兵諸君、職務ご苦労。俺はロレイン公爵家の五男、フィリップ=アーデナーという者だ」
フィリップが公爵家の鷲の紋章が入った短剣を取り出し、それをかざしながら言った。
「こちらは俺の婚約者で、スピアード商会のエレナ=スピアード嬢、それに、俺の旅の連れおよび護衛の者たちだ。事情は俺が説明しよう」
さすがは名門貴族の子弟だけのことはあり、はったりの効かせ方は堂に入っている。
衛兵たちは困惑顔だ。
その短剣は本物か? いや下手に疑ってかかってロレイン公爵家の不興を買っては。いっそ御領主様に報告するか?
口には出さずに視線だけで会話を交わしているが、言語化すればそんなところだろう。
ヒースリー山地は王家直轄領の境界でもあり、ここウィンザー一帯はウィンザー子爵家の領地だ。
ウィンザー子爵は六十近い老人で、数年前に一度会ったことがあるだけだが、王太子の顔を覚えていないだろうとか、今の格好で会っても王太子だとは夢にも思わないだろうとか、甘い期待はしない方がいい。
できれば、子爵直々に尋問だなんていう事態は避けたいんだよなぁ。
「あれは喧嘩などではありません。この方たちは、頭のおかしい魔道士が見境なく魔法を使って周りの人たちを巻き込もうとしたのを、阻止してくださったのです。私の叔母がこの町のペルメル商会に嫁いでいます。スピアード商会ならびにペルメル商会の名において、この方たちに非がないことを保証いたします」
フィリップに抱きかかえられていたエレナ嬢が、顔を上げて言った。
それに続いて、ジェスたちも僕たちを庇ってくれた。
「エレナお嬢様のおっしゃる通りだよ。彼らのことはあたしら“天翔ける翼”も保証させてもらうよ」
みんな、ありがとう。
この国随一の大貴族であるロレイン公爵家、ウィンザーでは強い発言力を持つペルメル商会、そしてタンベリー~ウィンザー間の護衛として実績を上げている“天翔ける翼”。
これだけの後ろ盾があれば、衛兵たちも無下な扱いをするわけにはいかない、という結論に達したようだ。
衛兵の詰め所に赴き、一応事情聴取は受けることになったが、衛兵たちの態度はかなり腰が低い。
「自爆した男は、以前俺たち魔法学校有志一同が討伐した山賊団の残党だ。恐るべき使い手で、もしかしたら宮廷魔道士くずれだったのかも知れないな。あの時取り逃がしてしまったのだが、ずっと復讐の機会を窺っていたようだな」
フィリップが滔々と語る。
よくもまあそんな口からでまかせを、と感心するが、彼としてもロレイン公爵家の恥を広めぬよう必死なのだろう。
「なるほど、そのようなわけだったのですか。逆恨みとはとんだ災難でしたね」
衛兵隊長が感心したように言う。
実際のところは、フィリップのでたらめを真に受けたわけではなく、そういう落としどころにしておこう、ということなのだろう。
町の人たちの証言も集まり、僕たちがいきなり攻撃してこられた被害者だということも、理解してもらえたようだし、町中で自爆魔法を使用したイカれ魔道士の素性について、ロレイン公爵家に睨まれてまで追及しようという気はなさそうだった。
結局、僕たちはわりとあっさり釈放された。
フィリップはエレナ嬢をペルメル商会の館まで送って行き、天翔ける翼の面々は、冒険者ギルドへ行ってタンベリーへ向かう客を探すと言って、手を振りながら行ってしまった。
僕とレニーは、ひとまず早朝から深夜までやっている酒場へ行き、朝食を摂った。
ウィンザーの名物だという川魚の香草煮を堪能する。
「結果的には、刺客を返り討ちにしていつまでもつけ狙われる不安から解放されたわけで。良かったと言っていいのかな」
レニーが小首を傾げながら言う。
まあ実際、常に襲撃に気を配りながら旅するのはそろそろ精神的に限界だったし、心底すっきりした気分だよ。
「で、どうする? まだお昼前だし、このまま出立したら、次の町に日暮れまでに着けるんだっけ?」
「うーん、次のイーステルの町はそう遠くないし、日没の閉門には間に合うだろうけど、急ぐ旅でもなし、今日はこのままウィンザーに泊まってもいいんじゃない?」
急ぐ旅ではないと言うけれど、レニーとしては一日でも早くご両親に会いたいはず。
それなのにこの町でゆっくりしていこうなどと言うのは、よほど彼女も疲れているんだろうな。
いや、正直僕も疲れている。
今日くらいはのんびり過ごそうか。
僕たちはその日一日、ウィンザーの町を観て回ったり、屋台の食べ歩きをしたりして英気を養い、宿屋で久しぶりの安眠を貪った。
翌日、朝食を摂ってから宿を出ると、フィリップとエレナ嬢が待っていた。
いや、一応宿の人に駄賃を渡して宿泊先をペルメル商会に知らせてもらってはいたのだけれど。
「王太子殿下とは露知らず、ご無礼をいたしました。どうかお許しください」
いきなり、エレナ嬢が深々と頭を下げる。
おい、バラしてしまったのか? いや見境なく言いふらすのでなければ別に構わないけどさ。
「あ、いえ。フィリップ様は秘密にしておかれるおつもりだったのですが、もしやと思った私が余計な詮索をしてしまったのです。フィリップ様のせいではありません」
そう言ってエレナ嬢がまた頭を下げる。
僕の方がフィリップより立場が上らしいことを見て取ったようだ。
この国でロレイン公爵家の子弟より立場が上の人間なんてそうそういないからな。
「それにしても、二人とも何だか眠そうだね。昨夜はよく眠れなかったのかい?」
レニーが心配そう……な表情を浮かべつつ、口の端でニヤニヤ笑いを噛み殺しながら、二人に尋ねる。
「はい。昨夜はフィリップ様と夜遅くまで魔道具談議に花が咲いてしまいまして。とても楽しかったです」
エレナ嬢は天真爛漫な笑顔でそう答えた。
「え、あ、そう。それは良かった」
レニーは気まずそうな表情で取り繕う。
そんなレニーを、フィリップは少し離れたところに引っ張って行って、何やらひそひそ声で抗議していた。
耳をすませると、ぎりぎり会話の内容が聞き取れる。
「あのなあ、俺は確かに女好きだが、一夜を共にした女が死んだ翌日に平気で他の女を抱けるほど、無神経なわけじゃないぞ」
「ご、ごめん」
一夜を共にした女、というのは、例の魔力無しの刺客の娘のことだろうか。
名はニーナといったか。
まあ、身分違いの恋などというような話ではなく、お坊ちゃまの夜伽を務めさせられたといったところだろうし、それを当然のこととして受け入れたのもどうかと思わないではないのだが。
それでも、貴族の立場ならば、そのようなことがあったとしても、昨日愛でた花が今日には萎れてしまったという程度の感慨しか抱かない者も多いだろう。
やはりこいつは、根っこの部分では優しいやつなのだろうな。
「で、ロレイン公には何と報告するつもりなんだい?」
僕が尋ねると、フィリップは肩をすくめ、
「正直に言いますよ。レニーには殿下が後ろ盾についていらっしゃって、赤鼠は残らず返り討ちに遭いました。私は尻尾を巻いて逃げ帰ってきました、と」
うーん、事実その通りなんだけど、君の立場は大丈夫なのか?
「間違いなく失望されるでしょうが、構いませんよ。エレナ嬢に手伝ってもらいながら、魔道具開発に勤しむ、というのもなかなか楽しそうですしね」
そうか。そんなふうに思えるようになったのなら重畳だ。
僕らは二人に別れを告げ、シャロ―フォードへの旅を再開した。