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馬鹿王子、巻き込まれる その十二

 焚き火が消えて、周囲は漆黒の闇に包まれた。

 壁の上から投擲された一抱ひとかかえほどもある樽。さすがにその中身全部が香水ということはないだろう――それほどの量は王都中駆け回ってやっと集められるかどうかだ――。

 おそらく、樽一杯の水に香水を一瓶まるごとぶちまけた、といったところか。それでも、嗅覚を麻痺させるには十分だ。おまけに灰のにおいも混じって、すさまじいことになっている。

 闇に紛れての襲撃にあたって、マドラの鼻をよほど警戒していたのだろう。


 高さ二メートル半ほどの土の壁の上に、人の気配は二つ。そのうちの一人が、樽を放り込んだやつだろう。もう一人から、弓を引き絞る気配がする。


「マグは大きい方を!」


 レニーはそう叫ぶと同時に、弓をつがえている方に氷牙箭アイスアローを放った。

 体格の大小など、もちろんこの暗闇の中では判別不可能。レニーが言った「大きい方」とは、魔力の大小だ。

 水を満たした樽を抱えて壁の上まで跳躍できるほどの身体強化が可能な魔力の持ち主が攻撃魔法を放とうとするよりも一瞬早く、僕は雷光箭ライトニングアローを放つ。

 二つの人影は、断末魔の苦鳴すら上げることなく地面に転げ落ちた。


 周囲をぐるりと囲った壁の上には、プリコピーナの糸の結界が張り巡らせてあった。それに触れれば気絶するほどの麻痺に見舞われるはずのところ、二人は平然としていた。

 つまり、やつらの装束には相当にレベルの高い魔法防御が施されていると思われる。

 さすがは名門貴族のお抱え暗殺者集団、といったところか。

 そんなやつら相手に、手加減などできるはずがない。


 壁の外側では、獣の唸り声が交錯していた。セイとマドラに対し、連中も使い魔をぶつけて来たのか。

 やつらの持ち札は蝎尾獅子マンティコアだけではなかったのだろう。


 そして、壁の内側に刺客たちが侵入してきた。

 視覚はほとんど役に立たない中、気配と魔力を頼りに、状況を読み取る。

 人数は……、五人か。

 短い期間であっても、魔力を感知する訓練をしておいてよかったな。レニーはもちろん、それ以外の人間の位置関係も大体わかるぞ。


 一方刺客どもは、この暗闇の中でも夜目よめくのか、それとも僕たちのように魔力感知による自他の識別が可能なのか。いずれにせよ、特殊な訓練を受けて、明かりを消すことで自分たちが一方的に有利な状況を作ったと思っているのだろう。

 そして――。


「レニー、落ち着け。僕だ」


 は? レニーの魔力のすぐ側で、誰かがそう囁いた。

 まさか僕の声真似か?


 しかし、レニーは一瞬の躊躇も一片の容赦も無く、その相手に雷撃鞭サンダーウィップを叩き込んだ。

 装束の魔法防御をはるかに上回る威力の、いかづちの鞭に全身を舐め回され、男は声も立てずに倒れ伏す。

 馬鹿なやつめ。レニーが僕の魔力を見誤るわけがないだろう。


 それにしても――。お前ら、本来の標的は僕だろうが!

 天魔の再来(レニー)の存在を脅威に感じ、まずはそちらを排除しようという魂胆か?

 そんなことはさせるものか!


 僕の前に立ちはだかった相手を袈裟懸けさがけに斬り伏せ、こちらを牽制していたもう一人との間合いを一瞬で詰めて胴斬りにする。

 刺客どもから、僕たちが暗闇をものともしていないことに対する困惑が感じられる。

 一方的に狩れるとでも思っていたのか? 舐めるんじゃない。


 敵はあと二人。

 しかし、次に僕と対峙した男は、強かった。


雷撃鞭サンダーウィップ


魔法障壁マジックシールド


 そいつの放った電撃魔法に対し、防御魔法を展開する。

 そしてそれを解除すると同時に斬撃。

 しかし敵も剣で防ぐ。

 この野郎!

 剣の腕も立つ上に、何なんだこの禍々(まがまが)しい魔力は。その大きさこそレニーには及ばないものの、なんとも邪悪な気配が伝わってくる。


氷牙箭アイスアロー


 男が氷の矢を放つ。

 僕がかわせばレニーをおびやかす位置取りをした上でだ。


「くっ、魔法障壁マジックシールド!」


 防御魔法で氷牙箭アイスアローを防ぐ。

 くそっ! 魔法障壁マジックシールドを使えるのはあと一回か。


 魔法は呪文詠唱無しでは使えない。少なくとも人間の場合は。

 いや、無詠唱でもやってやれないことはないのだが、術式を組むのに倍ほど時間が掛かってしまうので、あまり実用性はない。

 なので、近接戦闘では魔法は役に立たない――。

 という常識を覆したのが、五百年前の天才魔道士にして四英雄の一人、天魔ロレインだった。

 彼女は「術式凍結」という手法を編み出した。


 これは、魔法の呪文詠唱を発動寸前まで行ってそのまま“凍結”してストックしておき、任意のタイミングで発動させることができるというものだ。

 ロレインは十以上のストックをキープできたなどといういささか眉唾な伝承もあるが、その再来(レニー)も八つくらいまでならいけるのは知っている。

 僕は五つが限度だが、これだってかなりとんでもないレベルなのだ。

 それはともかく、僕の残りストックは、遠距離攻撃用の氷牙箭アイスアロー一回と、対魔法防御用の魔法障壁マジックシールド一回。詠唱を省略して即座に発動できるのはこれだけだ。

 はたして、この男はあといくつ手札を残しているのか……。


 その間、レニーはもう一人の相手と渡り合っていた。

 雷撃鞭サンダーウィップ魔法障壁マジックシールドで防がれるや、すぐさま次の魔法を発動する。


土隆槍グラウンドスピア


 地面の土を鋭利な槍状に隆起させ、敵を貫く魔法。

 相手は素早く退すさり――。


「ぐわぁっ!」


 断末魔の叫びを上げた。

 レニーが土の槍を生じさせたのは、地面ではなく、敵の背後にあった土の壁だった――のだろう。

 暗闇の中の攻防を、気配と状況からそう推測する。


 さあ、敵はあと一人だ。

 この手強い男を逃がしてしまって、再び襲撃されるというのもぞっとしない。

 できれば、ここで仕留めておきたいが……。

 レニーも男の背後に回り、挟み撃ちにする。

 だというのに、何なのだろうこの違和感は? 男はまだ余裕を見せている。

 自分の力量に対する自信ゆえか? それともまだ仲間がひそんでいるのか? でも、もう魔力を持った存在はこの周囲には――。


「そういうことか、くそっ!」


 僕は男に向かって駆け出し、気迫を込めた斬撃を見舞う。

 しかし男は余裕を持ってそれをさばき――、


「!?」


 驚愕の呻き声を漏らした。

 僕は魔力による身体強化で跳躍し、男の頭上を跳び越え、


「えっ!? マ、マグ!?」


 困惑するレニーに向かって、剣を突き出した。


「ぎゃあっ!」


 若い女の絶叫が上がる。


 僕の剣はレニーの脇腹をかすめて、その背後に忍び寄っていた、全く魔力を持たない刺客女の腹を貫いた。


「ちぃっ!」


 今度こそ最後の一人となった男が舌打ちをする。

 これが連中の切り札だったのか。

 高い魔力を持ち、剣技も優れた刺客たちに注意を引き付けておいて、魔力を持たず暗殺術のみに特化した刺客を忍ばせる。

 魔法が扱える人間は特に、敵の脅威度を魔力の大小で計ってしまう傾向があるからな。

 単純だが効果的なやり方に違いない。

 しかも、その切り札を標的である僕ではなく、レニーに対して使ってくるとは。

 実にいやらしい手口だな。


 おっと、この野郎!

 勝算無しと見極めたのか、男が逃走を開始した。

 逃がすものか!

 男を追って僕も駆け出す。

 壁と壁の間をすり抜けて外へ脱出した男に続いて、僕も外へ出る。

 と、その時、男が叫んだ。


「今です、坊ちゃま!」


 ひゅんっ!


 夜の空気を切り裂いて、矢が飛来する。


「ちっ! 魔法障壁マジックシールド!」


 咄嗟に防御魔法を発動し、矢を防ぐ。

 くそっ! 他にもいたのか。

 さすがに、壁の外のそれもかなり離れた位置にいる敵までは感知できなかったからな。


 その間に、男の気配は完全に消えていた。

 厄介なやつを逃がしてしまったな。


 一方、僕に矢を射掛けたやつは、その場から動く様子はない。

 というか、もう殺気も感じられないのだが……。

 でも魔力はかなり大きいし、油断はできない。

 殺さずに無力化、などと甘いことは考えない方がいいだろう。


「く、くそぉ!」


 そいつはヤケクソじみた声を上げた。

 高度な訓練を受けた刺客にはふさわしくないな。

 それに、何だか聞いたことのある声のような気もするが……。

 とはいえ油断は禁物。

 僕が一気に間合いを詰め、そいつを斬り捨てようとしたところで――。

 レニーが叫んだ。


「待ってマグ! その魔力……。そいつ、フィリップだ!」

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