馬鹿王子、巻き込まれる その十
※終盤の展開を変更しました。ご注意ください。
「レニー……」
刺客に狙われているのは僕なのだから、君も早く逃げろ――。喉元まで出かかった言葉を飲み込む。
この前レニーは言ってくれた。「マグの敵はあたしにとっても敵」だと。
僕を置いて逃げろ、などと言うのは、彼女に対する侮辱に他ならない。
「二人で倒すぞ!」
「おう!」
レニーは嬉しそうに答えた。
とは言うものの。全長七,八mはある巨大な飛竜。しかも厄介なことに、自由に空を飛び回れる相手だ。そう簡単に倒せるものじゃあない。
「確認するけど、こいつは誰かに使役されてるわけじゃないよな?」
「人の魔力が絡み付いてる様子はないね。第一、こんな大物、あたしだって使役できる自信は無いよ」
「そうだろうな」
レニーの魔力をもってしても手に余る、ということは、こいつを操れるような魔道士はこの国にほとんどいない、ということだ。
誰一人としていない、ということはないにせよ、そんな人物が僕を暗殺するために出張って来るとは考えにくい。
「じゃあ、これで満足してくれたら見逃してくれる可能性もある、かな?」
僕は懐から蝎尾獅子の魔石を取り出した。
握り拳大で、紅玉のように赤く煌めくそれを、握りしめて振りかぶる。
そして同時に呪文詠唱。
「――風よ、我が調べのままに舞い踊れ。風操作」
左横の方向へ、魔石を思いっ切り遠投し、風魔法に乗せてさらに遠くへ。
300mほど先で、魔石は飛竜の口にぱくりと咥えられた。
「グギッ!!」
魔石を一飲みにして咆哮を上げ、飛竜は僕らを睨みつける。
やっぱり、満足してはくれなかったか。
「てか、散々魔物を食い散らかしてまだ満腹じゃないのかよ。本当に食い意地の張ったやつだな」
レニーがぼやく。
どうやら極度の興奮状態に陥っているみたいだからな。そう簡単に落ち着いてはくれないだろう。
「もしかして、僕たちの魔力の高さを感じ取って余計興奮してるのかな」
「ああ、確かに。そんじょそこらの魔物が霞んじゃうレベルだからねぇ」
レニーの魔力が急速にしぼんでいった。
僕も出来る限り魔力を抑えてみる。
しかし、飛竜の様子に変化はない。こちらに襲い掛かる間合いを計っている。
「やっぱりこんなことじゃ誤魔化されないか」
どうやら、倒すしか途はなさそうだ。倒してしまわずとも、大きなダメージを与えることが出来れば、退散してくれる可能性はあるが。いずれにせよ、本気で戦る以外ない。
「レニー、僕が時間を稼ぐから、その間にセイを召喚できる?」
「ああ、任せといて。なるたけ早く召喚するよ」
さすがに、僕たち二人とマドラだけじゃ分が悪いからな。戦力の補強だ。
飛竜がこちらに突っ込んで来る。
「ばうっ!」
マドラが吠えて、飛竜の頭部に飛びついた。
「ギャウウ!!」
マドラを振り払おうとする飛竜に、僕は剣に魔力を込めて斬りつける。
ちっ! やっぱり硬いな。鱗を切り裂きはしたものの、有効打と言えるほどのものではない。
とは言え、飛竜を怒らせるには十分……だと思ったのだが。
やつは、地面に魔法陣布を広げて召喚魔法を唱えているレニーに目を向けた。
彼女の魔力の大きさを脅威に感じたのか、あるいは、新たな戦力を呼び寄せようとしていることを理解したのか。
「グルルルル!!」
唸り声を上げる飛竜。
まずい! 何か魔法を使うつもりのようだ!
「――我が敵を阻め、光の天蓋。魔法障壁!」
呪文を唱えつつ、飛竜とレニーの間に割り込む。飛竜が咆哮と共に魔法を放つのと、僕の魔法障壁が展開するのとは、ほぼ同時だった。
「ぐぅっ!」
飛竜が放ったのは風の魔法。それも、突風で吹き飛ばすといった生易しい代物ではなかった。
周囲の地面や草木がずたずたに引き裂かれる。
無数の風の刃が、対象物を縦横無尽に切り裂いているのだ。
まともに食らったら、完全装備の甲冑騎士でも鉄屑混じりの挽き肉に変えられてしまうだろう。
僕の魔法障壁も、果たしてどこまで耐えられるか……。
「お待たせ、マグ!」「ギュオオオオ!!」
レニーの弾んだ声と、幻獣の雄叫びが重なる。
振り返ると、そこにいたのは獅子の身体に荒鷲の頭部と翼。
レニーの切り札の一つ、有翼獅子のセイだ。
魔法学校五年の幻獣召喚の授業で、レニーがこいつを呼び出した時には、教授陣が慌てふためいた。
呼び出したはいいが、学生に制御できるような代物ではなかったからだ。
しかし、レニーは有翼獅子を御してみせた。本人が後で語ったところによれば、「一時はどうなるかと思った」のだそうだが。
あの時の教授陣の唖然とした顔は、中々見ものだった。
飛竜の風の刃が途切れ、僕も魔法障壁を解除する。
「セイ、やっちゃえ!」
レニーに命じられて、セイは力強く羽ばたき宙に舞った。
飛竜の頭を押さえ込むように頭上を取り、嘴と爪で攻撃を加える。
「グギィッ!!」
飛竜は必死に上のポジションを奪還しようと試みるが、セイは素早く飛び回り、飛竜に上を取らせない。そして。
「わうっ!」
マドラが跳躍し、飛竜の尻尾に噛みついた。
「ギャギャアッ!!」
尻尾を振り回してマドラを振り払う飛竜。
腹ががら空きだぞ。
レニーの氷牙箭が腹部に直撃する。
しかし――。
「うっわ、硬すぎだろ」
飛竜の鱗を貫くことはできず、命中と同時に発動した凍結効果も、飛竜の魔力で中和されてしまったのか、ごく狭い範囲に氷を張らせただけにとどまった。
「レニー、足場を頼む!」
「了解!」
レニーの呪文詠唱とともに、僕の足元と、その周り何箇所かの地面が盛り上がり、何本もの土の柱がそそり立つ。
それを足場に、僕は飛竜の前に躍り出た。
「これで、どうだ!!」
抜き放った剣にありったけの魔力を込め、飛竜の右の翼に斬りつける。
「お、おおおおおぉぉっ!!」
硬い鱗と強靭な魔力防御に阻まれるが、渾身の力でもって剣を振り抜く。
ざしゅっ!
ついに、僕の剣は飛竜の翼を切断した。
「グギギャギギャアアアッ!!」
金属板を掻きむしるような苦鳴を引きずりながら、翼をもがれた飛竜は地面に墜ちた。
「やったね、マグ!」
レニーが歓喜の叫びを上げる。
ふう。何とかなってよかったよ。
地に墜ちた飛竜は、まだ生きていた。
しかし、翼をもがれてしまってはもうおしまいだ。
彼(彼女かもしれないが)自身も、そのことは理解しているのだろう。
僕を見つめる目には、諦観と、強敵に対する敬意が宿っているように思えた。
少なくとも、命乞いをするような目ではない。
「考えてみたら、こいつが悪いわけじゃあないんだよね……」
側に寄って来たレニーが、ぼつりと呟く。
まあ、そうだよな。
おそらくは数百年、あるいはそれ以上、人間とは適度な距離を保ちつつ、誇り高く生きてきたのだろう。
それが、くだらない人間に道具扱いされ、無惨な最期を迎えるというのは、何ともやるせない。
「助けてやれないかな?」
レニーが僕の顔を窺う。
いや、気持ちは理解できるけど、どうだろう。
まず、魔物、それも曲がりなりにも竜種に僕らの治癒魔法がどこまで通用するのか、という問題があるし、仮に治癒できたとしても、だ。
「レニー、こいつを使役できる自信はないんだろ?」
制御できなければ、最悪他の多くの人たちにまで被害を及ぼすことになりかねない。
「うーん、本人、もとい本竜にその気が無いのに操り人形にする、みたいなのはさすがに無理だけど、こちらを主と認めてくれれば、なんとかなる、と思う」
思うじゃ困るんだけどな。
まあいい。ものは試しでやってみるか。
とにかく翼を繋げてやる。
それが成功しても、すぐに戦闘力が元通りにはならないから、そこでこいつがどういう態度に出るか。
傷つけられた恨みを晴らそうとするか、僕たちに屈服するか。
危険は伴うが、従えることが出来れば大幅な戦力補強にはなるからな。
などと思案している間に、僕たちの意を汲んだのか、セイとマドラが、飛竜の翼を取って来てくれた。