馬鹿王子、巻き込まれる その八
「で、これどうするよ?」
ブリッツが蝎尾獅子の尾をぶらぶら振りながら言う。
気まずい空気を変えようという意図もあったのだろうけど……。
「馬鹿! そりゃあ高値は付くだろうけど、そんなヤバいもので金儲けしようとは思わないよ。燃やしちまえ!」
ジェスはブリッツから尾をふんだくり、詠唱とともに放り捨てると、尾はぼぅっと燃え上がった。
そりゃそうだろうな。絶対悪用されるやつだ。処分するにしくはない。
「ところでブリッツ。お前さっき、レニーたちが蝎尾獅子を倒したと言ったか?」
ダニーがじろりとこちらを見ながら言った。
「ああ。それも魔法一発だぜ。すげぇだろ」
「あははー。いやぁそれほどでも」
照れくさがるレニー。
彼女は本質的には自信家で、僕のようにごく親しい人間の前では一々謙遜したり照れたりはしないけれど、そこまで親しくない人から褒められると結構照れるんだよな。
「……ねえ。思い出したんだけどさ」
ジェスが思案顔で口を開いた。
「あたしが王立魔法学校の五年生だった時、新入生ですごい子が入って来たって評判になったんだよ。赤毛の天才児。名は確か、レニー=シ……、シ……」
「レニー=シスルです。多分それ、この娘のことです」
「あ、ちょ、マグ!」
いや、そこまで知られているんなら隠しても仕方ないだろ。
そうか。ジェスも魔法学校の卒業生で、僕らより四つ年上だったのか。
「ああ、やっぱり。あたしが卒業して宮廷魔道士になってからも、時々噂は聞いてたよ。“天魔の再来”、だっけ?」
え、ジェスって宮廷魔道士だったのか?
「はは、何で元宮廷魔道士がこんな仕事してるんだ、って思ったね? いやぁ実は、とある貴族が息子の側室になれってしつこくってさ」
あー、よく聞く話だな。
女性が宮廷魔道士になっても、特に出自が平民階級だったりすると、魔道士として才を揮うことを期待されるより、貴族が優秀な跡取りをもうけるための道具となることを求められるケースが多いのだ。
レニーだって、側室に迎えたいという話は随分と持ち掛けられていたようだしな。
「せめて、あたしの美貌に惚れたって言うなら考えないでもないんだけどさ。ただ単に、魔法資質の高そうな子を産ませたいってだけじゃあね。ふざけんなって話だよ」
「誰が美貌だって、こら痛い叩くな」
ブリッツが茶々を入れ、ジェスにどつき回される。
「とにかく、それが鬱陶しかったもんでね。家庭の事情を理由に、一年で辞めて故郷のタンベリーに戻って来たんだよ」
なるほど、そんなことがあったのか。
「ひょっとして、レニーがこんなとこにいるのも、同じような事情かい?」
「うーん、あたしの場合は、両親が冒険者なもので。まあ、側室になれだのなんだのって五月蠅い連中がいたのも確かですけどね」
「あ、そうなんだ。マグも魔法学校出なんだろ? 魔道士や魔法騎士になる道もあっただろうに。……もしかして、レニーに惚れてついて来たとか?」
「あ、いや、そういうわけでは……」
思わず顔が火照る。
「マグは結構良い家柄の出なんだけど、お家騒動ってやつに巻き込まれて、家にいられなくなったんですよ。で、冒険者になりたいって言うもんだから、あたしの弟子にしてやったんです」
レニーが微妙に合ってるような合ってないような説明をする。
まあいいよ、そういうことで。実際、冒険者稼業については、レニーから色々教わることになるわけだしな。
「へえ、そんな事情があったのかい」
本当に今の説明で納得したのかはわからないが、少なくとも語りにくい事情があることは察してくれたのだろう。ジェスはそれ以上は追及して来ず、ブリッツとダニーに視線を巡らせて言った。
「さて、そろそろ出発しようか。大分時間を取られちゃったから、急がないと日没までにウィンザーに着けないよ」
それは単に明るいうちに、という意味ではない。
何処の町でも、日没と同時に門を閉ざし、きわめて特殊な例外――例えば王の勅使であるとか――でもない限り、翌日の日の出までは門をくぐることは叶わない。
「そうですね。レニー、僕たちも行こうか」
レニーを促し、ジェスたち一行より一足先に発とうとしたのだけれど、
「まあまあ。どうせ行く先は同じなんだし、一緒に行こうぜ」
ブリッツがそんなことを言ってきた。
うーん。すっかり関わり合ってしまったしなあ。露骨に避けるのも悪いか。
日没までにウィンザーに着きさえすればいいんだしな。
「じゃあ、せっかくですから」
「そうこなくっちゃ」
そんな次第で、僕たちは一行と一緒にウィンザーに向かうことになった。
道すがら、彼らから色々話を聞く。
「そう言えば、ブリッツさんとダニーさんは魔法学校出じゃないの?」
レニーが尋ねる。
二人とも、それなりに高い魔力を持っているようなので、魔法学校への入学を義務付けられていたのではないかと思うのだが。
それにしては、あまり魔法の素養は無さそうなんだよな。
「ダニーのやつは、魔力はあっても魔法はからっきしでね」
本人に代わって、ブリッツが言った。
ああ、そういう人も少なくないんだよな。
魔力はあるのに、その魔力を魔法として発動させることがどうしてもできない、というケースだ。
「……二年で退学させられたよ。もっとも、魔力を身体強化に回す術だけは身に着けることが出来たので、おかげでこういう仕事をやっている」
色々思うところはあるのかもしれないが、淡々とした口調でダニーは言った。
「じゃあブリッツさんは?」
「俺はまあその、何だ」
尋ねられて、柄にもなく言葉を濁すブリッツ。代わって、ジェスがくすくす笑いながら教えてくれた。
「こいつは魔法を使えたんだけどね。三年の時、二つ上の女子の先輩に手を出してさ。それで退学になったんだよ」
え? 魔法学校にそんな規則はないはずだけど……。
そもそも、他の国のことはいざ知らず、この国では未婚の男女が深い仲になることについて、そこまで厳しくはない。
なにせ、建国の祖からして、未婚のうちから三人の恋人に手を着けていたのだから。
それは貴族の令嬢であっても同様だ。特に貴族の場合、いささか極端な言い方になるが、生まれた子の父親が誰かよりも、魔法の才の有無の方が重要視される傾向がある。
実際、貴族の妻が浮気をして間男の子を産んだが、生まれた子が夫の子より魔法の才があったので、周囲がむしろ祝福し、夫は心を病んだ、なんて話もあるくらいだ。
僕とリエッタが操を守っていたのは、単純に僕たち自身の価値観の問題であって、仮に僕らが深い仲になっていたとしても、別に後ろ指をさされるようなことはなかっただろう。
「普通はそのくらい問題にならないはずなんだけどな。偶々、その娘の実家の子爵家が、すごく厳しい家風でね。おまけに、爵位こそ高くないものの、学校の上の方と繋がりの深い家だったもんだから……。おかげで魔法は、火炎魔法をぶっ放すくらいしかできないんだ」
火炎魔法は攻撃魔法の基礎でありなおかつ威力も大きいが、使う場所は選ぶからなぁ。
その分、剣の腕はまずまずのようだし、護衛屋をやる分には不自由ないのだろうけど。
「で、一個下のダニーと組んで冒険者稼業を始めて、そうしているうちに、俺と同い年のジェスもこっちへ戻って来て、仲間に加わったんだよ」
「え!?」
何が驚いたって、ダニーが他の二人より年下だってことが一番の驚きだよ。
「失礼なやつだな。まあ老けて見えることは自覚しているが」
「す、すみません」
本当、申し訳ない。
「あのぅ、皆様魔法学校のご出身なのですか?」
と、これまでこちらの会話には混じろうとしなかった護衛対象の御令嬢が、不意に話しかけてきた。