馬鹿王子、巻き込まれる その六
昆虫型、爬虫類型、獣型、等々。様々なタイプの魔物たち。
もちろん、徒党を組んで襲い掛かって来たわけではない。
どうやら、何かに追われ、こちらに誘導されてきたようだ。
「ちっ! そういう手で来るか!」
思わず舌打ちする。
おそらく、何か強力な使い魔でもけしかけたのだろう。
「魔物に紛れて、矢を射かけてくるつもりかもしれない。気を付けて!」
カミキリムシ型の魔物を斬り捨てつつ発した僕の警告に、右手の親指を上げて応えながら、レニーは呪文の詠唱を終えた。
「――天を覆いて吹き荒べ、氷の礫。雹弾乱舞!」
無数の氷の礫が魔物たちに降り注ぎ、断末魔の絶叫が響き渡る。
嵐が収まった後には、何十体もの魔物の死体が転がっていた。
「……派手にやったねぇ。それにしても、僕やマドラを巻き込まないようにコントロールするのは流石としか言いようがないよ」
「へへっ。どんなもんだ」
本当に、天魔の再来の名は伊達じゃない。
「全滅させたわけじゃないけど、生き残りも追い散らせたようだね」
そして、30mほど離れた木の上から感じられた殺気も消えていた。
狙撃の機会を逸したと判断して撤退したか。
まあ、あれだけの数の魔物を一瞬にして全滅させてしまうとは思わなかっただろうからなぁ。
正直僕も驚いたけど。
と、その時、
「きゃああああ!!」
若い女性の悲鳴が響き渡った。
道の前方、数百m先だろうか。
マズいな。逃げ散っていく魔物と遭遇したのか?
僕たちは急いで悲鳴のした方へ駆け出した。
「あれっ、ジェスさんにダニーさん?」
そう。レニーが言う通り、そこにいたのは昨日会った三人組のうちの二人、黒髪の魔道士と坊主頭の偉丈夫だった。
「マグとレ……レニー?」
ジェスの声に若干の怯えが混じる。
ああ、今のレニーは本来の魔力を露わにした状態だからな。レニーが魔力を抑えていることはさとっていたようだが、さすがにこれを見せつけられたら恐怖も感じるだろう。
「……猫を被ってるのは薄々察してたけど、中身は獅子どころか竜だったってわけか」
「いやぁ、ごめん。別に騙そうと思ってたわけじゃないんだよ」
「ああ、こっちこそごめん。怖がっちゃいないよ。そんなことよりあんたたち、魔物の大群に襲われなかった?」
気まずそうな表情を浮かべた後、ジェスは僕らの身を案じてくれた。
彼らの周囲には、七,八体ほどの魔物の死体が転がっている。さすがにこの程度は余裕で倒したようだ。
「ああ、大丈夫。何匹か出会したけど、どうにか撃退したよ」
誤魔化すレニー。実力がばれてしまったとはいえ、何十匹かを瞬殺した、などと正直に言う必要はないからな。
「護衛のお仕事中ですか?」
二人の後ろに五人ほどの集団がいるのを見て、僕は尋ねた。
いや、それを生業にしているとは聞いていたし、確認するまでもないことではあるのだけれど。
身なりの良い少女と、そのお付きらしき男女四人。自前の護衛を用意できるほどではない小金持ちの娘とそのお供といったところだろうか。
さっきの悲鳴はこの娘かな。
少女が僕たちを見てぺこりと頭を下げる。冒険者に対して横柄な態度を取らないあたり、やはりそれほど高い身分ではないのだろう。
「あ、そういえばブリッツさんは?」
レニーが周囲を見回して尋ねた。確かに、麦わら色の髪の剣士が見当たらないな。
するとジェスは眉をひそめ、
「あの馬鹿なら、魔物どもを追い立てた大物がいるはずだ、っつて茂みに入っていったよ」
そう言って、傍らの茂みを指さす。
「え!?」
僕は思わず声を上げた。
「ああ、心配してくれなくても大丈夫だよ。こういうことは偶にあって、この森で大物といってもせいぜい鎧熊くらいだから」
「鎧熊」というのは、その名の通り全身が鎧のような硬い皮で覆われた熊の魔物だ。その防御力はもちろん、膂力もまた凄まじく、巨体に似合わず動きも速い。並みの冒険者では手に余る相手だが……。
「ブリッツもああ見えて結構強いんだよ。鎧熊の鎧に覆われてない喉首を両断できるくらいの技量はあるからさ」
「……それと、やつの名誉のために言っておくが、自分一人で大物を仕留めたのだから儲けも独り占め、なんてことを言い出すようなやつではない。お互い、家族を養っている身だからな」
寡黙なダニーがブリッツを擁護する。
何だかんだで、お互いに信頼し合っている部分はあるのだろう。
それに、ブリッツの実力も決して低いわけではない。
しかし今回は相手が悪い。
状況的に、僕らが撃退した魔物たちと遭遇したというよりも、刺客が僕らの方に誘導しようとした群れの一部が制御しきれずに彼らの方に流れていった、ということのようなのだが、魔物を追い立てていたのは、おそらく鎧熊などよりもさらに強力な使い魔である可能性が高い。
それだけならばまだいいが、術者も一緒にいたなら、目撃者の口を封じようとするのは必定だ。
「それ、ブリッツさんの荷物ですか!?」
ジェスの足元に置かれた背嚢を指さす。
「ああ。預かっといてくれって言って置いて行ったんだ。それが何か?」
「マドラ、頼む!」
「わぅっ!」
黒妖犬がブリッツのにおいを覚え、さっと駆け出した。
その後ろを追いかける僕。そしてレニーもついて来る。
ほどなくして、剣戟の音が聞こえてきた。
ブリッツと、黒ずくめの男が剣を交えている。
さらにその傍らでは、一頭の蝎尾獅子がうろうろと歩き回っていた。
獅子の身体に人のような顔、蠍の尾を持った強力な魔物――いや、使い魔だ。
山中の魔物を追い立てたのはこいつだな。
術者を援護するよう命じられているのだろうが、乱戦状態なので手が出せない、といったところか。
「俺はいい! そいつを仕留めろ!」
黒ずくめの男がこちらに視線を向けて叫んだ。
本来の標的が自分からやって来てくれたのだから、絶好の機会だとでも思ったのだろう。
だが……。
「氷牙箭!」
レニーの声が響き渡り、まさに躍りかからんと身を屈めた蝎尾獅子の眉間に、狙い違わず氷の矢が突き刺さる。
それだけでも十分致命傷だが、さらに命中と同時に第二段階の魔法が発動、標的を完全に凍結させる。
並みの騎士や魔道士なら歯が立たないレベルの使い魔を一撃で倒されて、黒ずくめの男が舌打ちをする。
それでも、天魔の再来の実力は承知していたのか、動揺はさほど大きくないようだ。
むしろ、呆気に取られて隙を見せてしまったのはブリッツの方だった。
「ちっ! 痛えなこの野郎!」
左の肩口を軽く斬られただけで、致命傷ではない……はずだったが。
ブリッツはばったりと倒れ込んだ。
くそ、剣に毒を塗っていやがったな!
戦場を離脱する黒ずくめを追う余裕は無い。
早く治療しないとブリッツの命が危ない。
レニーが放った氷牙箭を躱して逃げ去る男は放置して、僕はブリッツに解毒魔法をかけた。