7 疑惑
脱線しまくってしまった話を戻すため、俺は一度パン! と手を叩いて場を落ち着かせた。
「さて、話を戻そう」
陰から「いや、話を脱線させたのはお前だろ」という桜井の声が聞こえた気がしたが全て無視して話を切り出した。
「さて、今回の襲撃の件で一つ言っておかなければならない重要なことがあるんだ」
そう。これは先に言っておくべきことだった。いや、まあ正確には言おうとしたのだが言えなかったと言うのが正しいか。
実際信じてくれなかったし。けど、実際にことが起きたのだから信じてくれるはず……。
「実は今回の襲撃は、俺は知っていたんだ」
「は?」
「なに?」
「あ、いや、知っていたっつーか、予知していたと言ったほうがいいだろう」
さて、分かってはいたさ。だが、やっぱり辛いものは辛いな。この頭大丈夫か? と心配するような二つの視線は。
「お前らも覚えてるだろ? 襲撃者が来る直前にこんなような話をした事」
「……あ、あーー、そういえば一度頭がおかしくなったね」
「そういえば馬鹿になっていたな」
二人の解釈がどうしようもないくらい悪いものだが、まあ一応覚えていたみたいだ。なら好都合だ。
「その時、俺はあの場所にスーツ姿の人たちが来る事を言おうとしたんだ。が、間に合わなかった」
「……と言うことは……本当なのか?」
「えーー? まさか〜そんなわけないでしょ」
桜井は少しだけ考えを改めようとしてるようだが、有野は真っ向から馬鹿にしてきた。
これが頭の差か。
「なんかめちゃくちゃ馬鹿にされてそうっすね」
何のことだか。
さて、とりあえず完全に信じてくれるにはまだ時間がかかるだろう。けどそれはこれから少しづつ分かっていって貰えばいいか。
そう結論づけて考えを止めた杉田をよそに、桜井はずっと何かを考えているようだった。
「………ふむ。分かった。そうだな。一旦信じてみようと思う」
「………は?」
今なんて? 信じてみようと思うって……マジかよ。
「おまえ、信じてくれるのか?!」
「まあ、こんな嘘をついたところで一体何のメリットがあるのか想像もつかんしな。それに、今更信じられないことが一つ増えたところでさほど支障は無い」
まあ確かに飛行装置に謎の発電機に謎の機関による襲撃に……信じられないことが多すぎるな。
そんなものに比べれば予知夢なんてものは小さく見えるな。
さて、仲間を失った有野も動かずにはいられないのか、何度もうーんと唸って考えたあと、最後にため息をつき「分かった」と呟く。
「僕も一旦杉田の言葉を信じてみるよ」
そう言う有野の顔は普段よりも真面目に見えた。
別にそんなに真剣に受け止めなくたっていいんだけどな。まあいいか。
「分かった。ありがとう」
俺も一応真剣な顔で礼を言っておいた。
「んで、これからどうするよ」
「どうするって?」
「いや、俺ら変な奴に狙われてるってことだろ? だったらこんな所で呑気にしてて良いのかなって」
そこまで言ってようやく有野は俺の言いたい事を理解したようで、「あー、そういやそうだった」と言いながら何度も頷いていた。
「とりあえず警察に相談する?」
まあ確かに一番無難な発想ではあるが──。
「それは駄目だな」
「何でだよ」
「この機械」
ピッと飛行装置を指差し、
「どう説明するつもりだ? 相談すれば事情聴取されるだろう。それでこれも流れで見せることとなるだろう。そうなればこっちが不利になるだけだ」
「た、確かに。ニュースにもなってるから厄介だね」
正直こっちの手札はとても少ない。こっちはまだ大学生で向こうは得体の知れない謎の機関。向こうはこっちの状況をある程度は理解しているはずだし、どう考えても分が悪い。
有野は再び唸りながら考え、少しして再び口を開く。
「じゃあとりあえずはこの飛行装置を戻そうよ」
「いや、それは危険だ」
有野の発言を桜井はキッパリと否定する。
「な、なんでだよ」
「お前の家はもう奴らに知られしまっているんだろ? だったらこの場所に置いておく方が安全だと思うぞ」
確かに。大学内なら奴らはそう簡単に手出しはできないだろうしそれにまず知られていない。
だったらわざわざ知られている場所に戻す必要はないだろう。
「た、確かにね。でもここ工具とか揃ってるの? 僕まだ色々改造したいんだけど」
「お前の目は節穴か? まあお前だし仕方がないか」
「僕の目はちゃんと見えてるよ!」
「だったら周りをよく見てみろ」
桜井の言葉を有野はムカつきながらも聞き入れ、キョロキョロと周りを見渡す。
するとすぐにさっきまでの怒りが嘘のように消えているようだった。
「え……こ、この部屋は……天国か?」
「私のサークルさ」
「て、天国サークル……っ!」
「いや、そんなダサい名前のサークルは知らない」
「だったら何だよ」
ついにこいつもこのサークルを知ることになっちまうのか……。
そんな事を考えながら俺が口を挟む。
「社会生活向上会だとよ」
「え、ダサ」
「………──殺す」
そう呟き、桜井は真顔で擬似レールガン試作二号機を構え──バン!!!!
撃った。
「て、テメェ……今のは本気だっただろ!」
幸い桜井がレールガンを構えたタイミングで有野に体当たりをして転ばせたため、被害としては結果的には壁に穴が空く程度で済んだ。が、今のは完全に……殺りにきたな。
「す、杉田……お、お前良い奴だったんだな……」
「近い! 顔を近づけるな!」
一度引っ叩いてやるとすぐにおとなしくなった。
さて、しばらくすると桜井も落ち着いたのか、構えていたレールガンを元に戻し、冷静に話し始めた。
「まあさっきの件は水に流すとして、とりあえず向こうからこっちに持ってきた方がいいものは今日中に取ってくるべきではないか?」
お前が水に流すとしてって言うのかよっ! と突っ込んでやりたかったものの、後半から言っている事が真剣だったので口出しできなかった。
「え、なんで持ってくる必要があるの?」
「お前の家、奴らに知られてる」
「うん」
「お前の家、変な物多いだろ?」
「ああ。そっか」
まあ今日みたいに真正面から来ることはないとは思うが何があるかは分からないからな。
念には念をと言うやつだ。
「さ、行ってこい」
「おうってなんで桜井も行かないんだよ!」
「私には無理だ」
そう言って頑なに動こうとしなかった。仕舞いにはレールガンを構えてくる始末だ。
諦めるしかなかった。
さて、やると決まったら行動は早かった。
俺たち(桜井以外)は急いで有野工具店に戻ると早速盗まれたりしたら困るものなんかを運び出した。
「ぐっぬぬぬぬっ! お、重い!」
「仕方ないだろっ! くそっ!」
そう文句を吐きながらも大学と家を何往復もし、最後の一回になった。
「よし、あとは最後に初代の試作型飛行装置だな」
そう言って部屋の奥から有野が持ってきたのは、まるで車のマフラーとレシプロエンジンを合体させたようななんかよく分からないがめちゃくちゃ凄いものだった。
「こ、これは……なんだっ。よく分からんがロマンだけはあるな」
「だろ?」
しっかしめちゃくちゃでかいな。絶対重いだろこれ。まあ台車があるから楽なんだけどさ……。
「これなら車使えばよかったな……」
「は?」
この俺の呟きを聞きた有野は、間抜けな声を出した。
「え……は、え、ちょっと待って。車からあったの?」
「まあ一応な」
「……………だったたら初めから使えよ! 何で僕たちこんなに苦労したんだよ!」
「いや、日中は親が使ってるから」
「あ、そう言うことね」
まあ多分俺らが作業を始めたあたりで既に帰ってきてたと思うけど……これは言わないでおこう。
最後の試作型飛行装置だけは車に乗せて大学に運んだ。
で、ずっと大学にいたはずの桜井はと言うと──既に帰っていた。
***
その翌日のこと。講義が昼過ぎに終わり、暇を持て余し街を歩いていた時のことである。
何となく有野工具店の近くに寄った所で──ある一人の女性を発見した。
「………あれ、あの人──」
そう呟きながら近寄っていくと、いきなり俺の方をパッと向いたと思ったら、近くに俺が居たことに驚いたのか、「ひゃっ!」と声を上げて何歩か後ろに下り、壁に頭を打ちつけていた。
「だ、大丈夫ですか?」
「いっ──あ、だ、大丈夫です……」
そう言いながら何度も会釈す女性にはやはり見覚えがあった。
「あの、すみません。もしかしてあの時の人ですか?」
俺の言うあの時の──というのは昨日有野工具店に突入してきた時のことだ。
この女性、その時多分助けてくれたというか、手助けしてくれた人だ。
「え? あ、あなたはあの時の……」
どうやら俺に気づいたらしい。
てかさっき驚いたのは俺だと分かってじゃなくて、すぐ前に人がいたから驚いただけなのか。
そんな事を考えながらひとまずこの人を探るべく話を始めた。
「あの、俺杉田慶といいます。あなたは?」
「私は長原楓那といいます」
とりあえずお互いの自己紹介を済ませる。
この人、さっきみたいに驚きやすかったりするのに、謎の機関に所属してたりとしっかりしてるのかよく分からない人だな。
「それにしても──何故ここに?」
言った瞬間に、一番初めに問うべき質問ではなかったのかもしれないと後悔する。何故ならこの人がここにいると言うことは……。
「………一応、監視という名目で来ています」
やっぱり。って、名目? どう言うことだ?
俺が口をぽっかりと開けて訝しげに見ていると、すぐに続きを語ってくれた。
「けれど、何かがあった所で上に報告するつもりはありませんでしたから安心してください」
「なんでですか? そりゃこっちとしてはありがたいですけど、あなたは敵のはずでは──」
と、ここまで言った所でこの初めて人と会った時、何やら呟いていた事を思い出した。
そう、確か仕事の愚痴みたいな感じの……。
「実は私、あの組織とは縁を切りたいと思っているんです。でもなかなか言い出せなくて」
なるほど。だから前回助けてくれたのか。
ん? てことはこの人に今回の突入の詳しい理由を聞けば簡単に教えてくれるんじゃないか?
「あの、今回何故突然突入してきたかについて、聞いても良いですか? 一体何が狙いだったんですか?」
期待混じりに言葉を話す。
話して良いものか迷っているのか分からないが、顔を顰めてすこしの間沈黙するが、数秒後、すぐに決心したのか俺の顔を見据えて話し始めた。
「実はね……私も何が狙いだったか知らないの」
「ぐはっ! 知らないんかい!」
くそっ。結構期待していたからその反動で馬鹿みたい突っ込んじまった!
「あ、あなたはあいつらの仲間なんでしょ? だったら何故知らないんですか!」
「私たちは組織の中でも下の部類に入るんです。だから情報が回ってこないのよ」
いやいや、だからって上司が部下に仕事の命令する時に詳細を教えないってどうなんだよ! その仕事を遂行させる気があったのか?
「じゃあ何を取ってくれば良いかとか分かっていたんですか?」
「……数日前、この近辺を捜索してくれっていう依頼のメールと一緒に印がつけられた地図。それにとても倍率が高められたぼやけた写真が送られてきたんです。あとそれから追伸で『もしそれを入手できたとしても、絶対に何も触らずにそのまま届けろ』と来たんですよ」
なるほど。だからおおよその物は分かっていたが、実際ぼやけていたのならば実際の物を見ても分からないというわけか。
きっと倍率が高められた写真というのは、ニュースに取り上げられた写真をもっと拡大した物なんだろう。
それにしても最後の追伸も気になるな。
「ということは、大体の形しか分かっていなかったと……」
「……はい」
俺の目を見て長原さんは言い切った。
あれ、もしかして結構上司無能?
そう考えられもするが──悪く考えれば、下に情報が開示できないほど危険な何かと言うことだ。
「あれ? もしかして……」
「どうかしたか?」
「あ、いや、なんでも」
あ、あれ待てよ? もしかして組織が狙ってるのってもしかして飛行装置じゃなくて飛行装置に組み込まれた謎の発電機なんじゃね?!
いや、まさかな……。そもそも根拠がないしな。