5 夢の前触れ
「これは……一体、なんなんだ?」
「さあ……僕にも分からないよ……」
「この人は有野。お前の親なんだろ? だったら少しくらい当てがあるんじゃないのか?」
桜井は有野に問い詰めるが、首を横に張るばかりだ。本当に何も知らないのだろう。
この紙の文はとても気になる──が、今はこの一緒に入っていた機械の方も気になるため、俺はもう一度手に取り全体を見てみた。すると、
「あれ、これ何かと接続出来るんじゃないか?」
「え、どういう事?」
「見てみろよ。下のところからなんか導線が出てるし」
その導線は、まるで素人が切れないケーブルカッターで力任せに切断したかのように、先端がグチャグチャになっていたが、確かに導線が二本生えていた。
「……でも、何とくっつけるっていうんだよ」
「もしかしたら、クリスマスの装飾の一つなのかもしれない」
「ならもっとキラキラしてるでしょ。それにちょっとした装飾にしてはデカくて置き場所困るね」
え……ちゃんとした応答がきた。
予想外にも結構真剣に答えてくれたので、ポカンと有野を見てしまった。
「な、なんだよ」
「いや、普通に考えて何にも接続されてないのに光ってる時点でおかしいなーって……」
説明するのも面倒なので適当に話を誤魔化したのだが、桜井は俺が適当に誤魔化すために言った疑問について真剣に考えていたようで、「確かにな」と力強く頷いていた。
「電池が入っている──ということは、まあないだろうな」
「ああ」
もう一度クルクルと回して全体見るが、ツメで止められているところは見つからかった。
「これ、一体なんなんだ?」
「考えたって仕方ないでしょ。とりあえずなんかに繋いでみよ」
こんな能天気な具合で大丈夫なのか? もし危険物だったりしたらどうするつもりなんだ?
心配する俺など気にせず有野は色々試すために地上に戻ろうと上を向いた。のだが、すぐに「お」と言葉を漏らして立ち止まった。
「よく見てみたらこの部屋、なんか沢山物を加工する機材や材料や工具なんかが色々揃ってるね」
部屋自体は別にそれほど広いというわけではないが、ワンルームくらいの広さの部屋に、詰め込むように沢山置かれていた。
「これは後から色々探検しなきゃねっ」
「楽しそうだな」
「まあねっ。僕の家の地下にこんな場所があったってだけでも興奮するのに、こんなに高そうな機材が沢山置いてあるなんて最高だよ!」
「そんな話はどうでもいいからはやくそのBESAとかいう謎の機械を持ってこい」
「はいはい」
ようやく地上に戻り、実験が始まった。
まあ実験と言っても、別にすごいことをする訳じゃなくてただいくつか試すだけのものだけどな。
しかし、こうして実験している時の二人を見たのは初めてかもしれないな。
二人の顔は真剣そのもので、この目の前の機械がいったいなんなのかを突き止める為に一生懸命になっていた。
だが、そんな二人はどこか楽しんでいるように思えた。
そして、日も沈み始め夕方ごろになると、少しだけ口角を上げてニヤリとさせた表情の桜井が外にいた俺を呼びに来た。
「おい杉田。あの機械、大体なんなのか分かったぞ」
そりゃ楽しみだな。
俺と桜井が部屋に戻ると、早速有野が機械を再び見せてくれた。
それを元に桜井が説明してくれるらしい。
「まず、この機械だが──電気を発電していることがわかった。しかも並大抵の量ではない。この質量からは考えられないほどの高電圧だ」
「例えるなら、この飛行装置が普通に使えてしまうくらいだ」
「え、それマジですごいってことじゃん」
この馬鹿電力消費野郎が普通に使えるってことは家の電気を普通に賄えるほどってことでもある。
「ああ。だが私には残念ながらこの仕組みを理解することはできなかった」
「え、なんでだ? 分解でもしてみればいいんじゃいのか?」
「そんなことをすれば今の電圧を維持できなくなるかもしれないし、それにただの予想でしかないが、これを分解して仕舞えば何か良くないことが起きるのではないかと私は考えている」
確かにな。有野の父親が残した手紙に書いてあったことを思い出せば分解することが危険である可能性は簡単に察することができる。
そもそも何も起きないんだったらとっくに父親が壊しているはずだ。だがそれができなかった。
「もしかしたらこの筒の中のピンク色の物体は、危険物質なのか、あるいは考えもしないような何かだ」
そう考えれば自然と分解してみようとは思わなくなるよな。
それに説明書も設計図も何もないのに分解するやつはあんまりいないよな。
「とまあここまではあくまで真剣に話してきた──が、私には一つ許せないことがある」
そう言いながら荒野をギロリと並んだ。
「ひっ! ぼ、僕何かしましたか?!」
「もしこれが初めから見つかっていれば、あんなバッテリーなど作らなくても良かったではないか! あんな物を作る為に一体何徹したと思っているんだ!」
叫びながら怒りを物理的にぶつけるように、なんとかテーザー銃を何発も有野に向けて連射する。
「ぐぁ!! ぐぉっ! ぎゃぁっ!! ………こ、殺す気か……」
「発明に犠牲はつきものだ」
「これ絶対いらない犠牲っすよね!」
「うまくいかない時、人はストレスを感じるだろ? それをうまく発散させてくれる人。それは必要だと思うぞ」
「あんた他人事だと思ってひどいなぁ!」
横から意見を言ってやった俺に対してもこうしてツッコめるってことは全然余裕がありそうだ。
少しして有野は立ち上がると、BESAという名の発電機と、飛行装置とを交互に見やり、「よし」と呟いた。
「早速組み込むか!」
ま、そうだよな。
それから夜の間も二人は作業に没頭していた。
別に翌日にやればいいというのに、何故か徹夜で作り上げるらしい。
俺はというと流石に眠いので近くにあった椅子で夜を明かした。
そして有野の忌々しい「起きろ」という声によって俺は重い瞼を上げざるを得なくなってしまった。
「ん? なんだよ」
「……完成したんだ。飛行装置改が」
「だから?」
「……早く……飛行してくれ。そうしないと……結果が気になって寝られないっ」
「………」
それは意外にも桜井も同じのようで、めちゃくちゃ眠そうにしながらも起きていた。
いや、なんか若干イライラもしている気がする。夜中にいったい何があったんだろうか。
そういえばこいつら既に何徹もしてるんだったな。これは早く寝かせてやらなきゃな……。
不本意ながらも人を救うというのも兼ねて朝から立ち上がり、飛行装置改を前にした──その時。強烈な既視感を覚えた。
こ、これは……あの……夢で見た……装置だ。
見間違えるはずがない。俺は昨日の夢で……見たんだ。これと完全に形が一致した飛行装置を。
動揺した顔で飛行装置を見ていると、有野が眠そうな声で、
「うん? おい杉田。お前なんて顔してんだよ。多分今回も大丈夫だって。それより早くしてくれ……ふあぁ〜〜〜〜〜っ」
最後に大きなあくびを添えていた。
考えることが色々あり動揺しまくっているが、今はやるしかないか。
様々な不穏な考えを一旦置いておき、俺は飛行装置を背負い、いつものセットを身に付けた。
そしていつもの締まらない掛け声と共に空中に飛び上がる。
だが今回はいつものように高度を馬鹿みたいに上げるようなことはせず、地上五メートル付近でホバリングした。
こんな動揺しまくった頭で高度を上げればその分落ちるリスクが大きくなるからだ。
それから前回の記録である五分を余裕で突破し、十五分程度ホバリングし続けたところで桜井から「もういい」という掛け声と、それを伝えるサインが挙がったので、ゆっくりと着地した。
「もういいのか?」
そう問いかけると、桜井は眠そうな目を擦りながらゆっくりと喋りはじめた。
「ああ……。これ以上やっても……結果は変わらんと思うしな……ふあぁぁぁっ。それより眠い。寝る」
「は?」
そう言うと、桜井は近くにあった椅子にぶっ倒れるようにして寝はじめた。
と言うか部屋の奥を見てみれば、既に有野も寝ていやがった。
こいつらもしこの飛行装置に異常動作が起きたらどうするつもりだったんだよ。
俺は帰りながら再び昨日見た予知夢について考えていた。
あの時夢で見た飛行措置は既にあの形だった。と言うことは何か起きるとしたら……ここ数日中に起きると言う訳だ。
この予知夢が本当に起こるなどと言う保証はない。けれど、確率は高い。
「これによって俺は……」
自分だけは──助かったんだから……。
昔の記憶が頭をよぎった。
拳を強く握り、俺は覚悟を決めた。
まずは二人に話そう。まずはそれからだな。
***
そして翌日。いつものように朝起きて朝食を食べながらテレビを見ていると、いつものようにニュース番組が流れてきた。
毎日違うニュースが流れるなんてこの国は本当に落ち着かないな。
そんなことを考えながらお茶を飲んでいると、
『──これは、昨日SNSに投稿された動画です。ただ綺麗な空を写しているだけのように見えますがー、なんとっ。画面を拡大してみますと、人間のようなものが──」
「ぶーーーっ! ゴボッ! ゴボッ!」
「ど、どうしたのよ」
あまりの衝撃にお茶を吹き出してしまった。
は、はぁ?! おいおいおい! 普通にこれはまずいんじゃないか?! だって……マジかよ!
語彙力が無くなる程度には動揺していた。
心配した親がすぐにタオルを持ってきてくれた。が、今は後処理をするよりも調べなければならなかった。
すぐさま食事を中断してテレビに見入る。
「ま、マジかよ……」
そこには確かに人間のような黒い物体が空を飛んでいた。
ま、まあしかし、まだ場所は分からないしな。まだ俺だと決定したわけでは──。
それから続け様に撮影された場所が付け加えられ確信に至った。
「ど、どうすんだよこれ……」
流石に高度三千メートルまで上がるのは馬鹿だった。もっと考えるべきだったな。
けれど今の俺にできることは何もない。ただ反省することしかできなかった。
さて、今日の授業は午後からなので午前中は時間に余裕があり、普通に暇だったので流れるように俺は有野工具店に足を運んでいた。
普段通り歩いていると、ひどく頭を痛そうに抱えているスーツ姿の女性が前から歩いてきた。
声をかけるか迷ったものの、放っておいて後から何かあったらと心配になるのも嫌なので恥ずかしさを押し込み声をかけた。
「あ、あの。大丈夫ですか?」
すると、ゆっくりとこっちを向き、苦しそうにしながらも「え? はい。大丈夫……」と返事をしてくれた。が、流石にそれを鵜呑みにするほど頭空っぽではない。
「いや、どう見ても大丈夫そうには見えませんが……」
「少しだけ、今の仕事のことを考えていたらこのまま従っていていいのかと疑問に思えてきてしまって……」
「はあ。なるほど」
どうやら会社で色々あるらしい。
流石にそこに踏み込むほど無神経ではないのでそれしか言えなかった。
「確かにやらなければいけないことなんです。でも、あれは……あっ、すみません。私こんなこと喋ってしまい……」
とても動揺したように言うと、すぐさま走り去っていってしまった。
いったい何だったんだろう。
疑問に思いながら歩くこと数分。有野工具店に着いた。
「よう。ってまだ寝てたのかよ!」
俺が声を上げると、二人はゆっくりの瞼を開きながらむくりと起き上がった。
「……ぁ、ああ。お前か」
「………すー……すー」
もう一人の方は再び瞼を締めて寝はじめやがった。
「こいつ……大学生じゃないのかよ。おい桜井。何とか銃借りるぞ」
「ああ」
許可が降りたので俺は机に置いてあった銃を手に取り有野に構え、何発か打ち込んでやった。
「グガガガガッ! ぎゃぁぁぁっ!! い、痛すぎる! 雷が僕にひゅてきやがった!」
「いや、雷はもっとすごいと思うぞ」
「ん? 雷程の電圧がいいのか……。なら一億Vまで上げる研究をしなければならないな……」
「そこ! 真剣に考えるな! そんな頭おかしい電圧くらったら死ぬわ!」
朝からそんなに叫びまくれるなんて、元気な証拠だな。
いい目覚ましになったな。
とりあえず二人は何徹もの苦しみから解放された。
「なあ、桜井。有野。聞いて欲しい話があるんだ」
一旦二人が落ち着いたところで予知夢について真剣に話すことにした。
「なんだよ改まって」
「信じてもらえないかもしないが、実は、たまに予知夢を見るんだ」
意を決して言ったものの、二人は案の定顔を見合わせて「は?」と同じタイミングで声を出した。
「なあ桜井。こいつ、もしかして結構頭おかしいんじゃ……」
「有野でも言わなそうな事だぞ……。どうしてそうなってしまったんだ?」
俺をよそに二人が話し合いを始めやがった。
「いや、まて。俺の話を──」
その時、俺はものすごい既視感を覚え、思わず言葉を止めた。
え、ちょっと待て。このシチュエーションどっかで──。
そう思ったその刹那。
バン! と大きな音が部屋に鳴り響き、それと同時に三人のスーツ姿の人たちが中に入ってきた。