33 妙案
色々な悪い情報が一気に入って来た。
俺ではどうしようもないことばかりで、嫌になってしまう。
今この空を飛ぶために使っている飛行装置の動力源。それが、まさか……俺の親父の脳だったなんて、そんな事を信じようと思ってもなかなか信じられることじゃない。
でも、あの場でこんな変な嘘をつくとも思えない。
それに、あのビルを脱出する時、岩沼の反応はこれまでにないほど遅れていた。
まるで、他のことに気を取られていたみたいな……。
だめだ。今考えたところで答えなんて出ない。今は、無事に桜井家に帰ろう。
「どうかしました? 杉田さん」
飛行中。俺の耳元で長原さんが喋る。
桜井と有野は、俺の両腕から吊るされているロープにしがみついているが、長原さんは俺の背中にしがみついていた。
要するにおんぶしているみたいなものだ。
その為声を出せば耳元で長原さんの声が聞こえるのだ。
「いやっ。何でもない。長原さんが無事に取り戻せて良かったよ」
「皆さんのおかげです。ありがとうございます」
長原さんの声を聞いて、数日前、長原さんが自ら囮になった時のことを思い出す。
「長原さん……」
「はい。何ですか?」
「次は、自己犠牲なんて、やめてくださいよ」
「……はい。すみません」
耳元でとても落ち込んだ声が聞こえる。
まあ、でもあの行動をもししていなければ、今頃全てが終わっていたんだ。責めるのはこのくらいにした方がいいか。
「まあ、でもありがとうございました」
「……いえ。どういたしまして」
「……僕たちもいるんだけどね……」
小さく呟いた有野な声は、風によってかき消された。
ふぅ。長原さんが今俺の顔を絶対に見れない状況で良かった。……もし見られる状況だったら、この恥ずかしい顔を見られる所だった。
まあ自分じゃ分からないけど。多分恥ずかしい顔だ。
「………」
「………」
しばらくは無言で飛行し、数分で家に到着した。
正直、もう桜井家に帰ってくることは無いかもしれないと思っていたのだが……帰ってこれた。
玄関前に降り立ち、三人が俺から離れる。
それと同時に、有野が伸びをしながら、
「いやー。色々あったけど取り敢えず無事に帰ってこれたね」
「そうだな。目的も達成できたし、良くやった」
桜井も続けて言う。
そうだよな。今は素直に喜ぶべきだよな。
けれど、杉田にとっては新たな事実を知ることとなり、素直に馬鹿みたいに喜ぶことができなかった。
今、母親はどうなっているのか。無事なのだろうか。あるいは──。それに、この飛行装置のエネルギー源の発電装置。この中に……俺の親父の脳が入っていたなんて。
考えれば考えるほど信じられない事実だ。
だが嘘ではないのだろう。
「どうした杉田。喜ぼうぜ!」
「──ああ。そうだな」
「バカ。素直に喜べるものか。確かにやり遂げたことは喜ばしいが、その代わり色々あったからな……。だから、別に無理にテンションを上げなくてもいいんだぞ」
まあ、そう気を使われるよな。
桜井が言うと、長原さんも同じように、「そうですね。色々ありましたからね」と言って気を使い出してしまった。
「……いや、お前らはそう気を使わなくても大丈夫だ。こっちこそすまんな。今は長原さんが無事に戻って来た事を喜ばなきゃな」
それは俺の本心でもあった。たくさんこいつらには気を使わせた。だったら、今はそれに報いなきゃならない。
俺が嘘をついていないと分かったのだろうか。二人は納得してくれた。
***
喜んでいられたのも束の間。時間が経てば頭の片隅にあった心配事は、どんどんと膨れ上がっていった。
取り敢えず、まず一番初めにすることは母親の安否確認か。
「まず、電話してみるな」
「素直に出れる状況ならばいいが……」
桜井の不安になる言葉を聞かないようにして電話をかけた。
呼び出し音が数回鳴り、ガチャッと出た。
「もしもし。母さん?」
『あら、どうしたの?』
「どうしたのって──無事なのか?!」
『当たり前じゃない。でもまあ、あんたからしたら不安になるのも無理はないわね……』
口ぶりはとても軽やかに聞こえるが、喉は少し枯れているようだ。
さっき、たくさん泣いていたからだろう。
『でも、今はもう外よ』
「そうか。なあ、母さん。いくつか、聞いてもいいか?」
正直、聞きたいことがたくさんあった。
父親のこと。岩沼とのこと。
少しの間沈黙があり、このまま何も聞けずじまいなのではないかと思った。が、少しして母親の方から声が聞こえて来た。
『……分かったわ。なら帰って来なさい。そこで話してあげるわ』
「分かった」
電話を切り、三人は方向を向く。
「つーわけで、今から帰るわ」
「は? 何でそうなった?」
「一つ一つ説明しろ」
有野と桜井がほぼ同時に言う。
「いや、普通にこれから説明してもらうことになっただけだ」
「それならそう言え」
さて、と言うわけで俺たちは帰って早々再び出ることになった。
※※※
桜井家から今度は桜井がタクシーを呼び、そのまま車に揺られることになった。
一体何を聞かされるんだろう。親父のことか? それとも岩沼との関係か? それとも俺の知らない昔の話か。
色々と考えているうちにタクシーは停車した。
どうやれもう目的地に着いたみたいだ。
お金を払って降り、自分の家に上がった。
有野と桜井はまだ一度来たことがあるが、長原さんはまだ来たことがないので、少しだけよそよそしかった。
と言っても二人もまだなれていない。よそよそしくお邪魔しますと言って上がる。
「ただいま」
「おかえりー」
すぐに返事が返ってきて、母親が顔を見せた。
「あら、みんな来たのね」
「あ、お邪魔でしたか?」
長原さんが不安そうに問いかけるが、母親はすぐに首を振って否定する。
「そんなことないわ。手っ取り早いと思ったのよ」
それを聞いて安心したのか、今度は自然な口調で、
「では、おじゃまします」
と言い直した。
家に上がり、お茶が人数分出されて各々が座ると早速話は始まった。
「さ、何から聞きたいのかしら?」
「まず、」
初めはそうだな……。やはり一番気になっていることからだな。
「岩沼とは、知り合いだったのか?」
「……ええ」
肯定だけすると一度お茶を啜り、再び話し始める。
「初めて会ったのは……。そう。夫と出掛けている時。たまたま会ったわ。聞けば夫と岩沼さんは小さい頃からの知り合いで、友達だったらしいわ」
親父と岩沼が昔からの友達だったのか。じゃあ、どうしてこんな酷いことを……。
「それから岩沼さんはたまに家にくるようになって、よく夫と難しい話をしていたわ。それから時が経ち、子供を孕り、慶。あんたを産んだ」
ここまでなら特に今のようなことになる感じはしないな。これから一体何が起きるんだ?
俺はお茶を飲み、喉を潤した。
「それから数日経った頃。夫が突然言ったのよ。この子には普通とは違う人生を歩んでほしいとね」
当時の会話を思い出しながら、淡々と答える母親。
その当時、親父はなぜそんなことを急に言い出したんだ? 何かあったのだろうか。
「それってどういうことと聞き返したわ。すると、あの人は普通とは違うということは、特別であるということだと言ったわ。聞いたその時は訳がわからなかったけど、たまに訳の分からないことを言う人だったから特に疑問には思わなかったわ。それだけ熱心なのねと思ったくらい」
だが親父が言うその特別というものは、実際には曖昧な括りにあるものではなく、その言葉通り、予知夢という一つの科学的現象を言っていたのだ。
初めからそれを知っていれば、当時の母親は止めたのだろうか。
「それから数日後。あの日、あの人は突然慶を職場に連れて行くと言い出した。それが始まりだったわ。月に数度。多い時で週に三、四回。たまについて行くこともあったけれど、私にはよく分からなかったわ。けれど、行くと必ず岩沼さんがいたわ」
俺はふとこの前行った廃墟を思い出した。
あそこはやはり病院などではなかったんだ。よくよく思い出せば母親に親父のことを尋ねた時、病院という言い方は自分からはしなかったな。
だったら初めから通院と言って誤魔化さないでほしかった。
「それから何年かの月日が経った頃。事故が起きた。夫が、東栄が地震で亡くなった。そこからのことは私は知らないわ。でも、まさか夫が成仏できていなかったなんてね……」
母親は飛行装置の発電装置に向けて悲しそうな瞳を向けた。
──そういえば有野の家の地下。発電装置と一緒に入っていた紙には、後悔の念と未来に託した想いが綴られていたな。
ということは、有野の父親は発電装置の中身を知っていたんだな。
ならば、有野の父親とも岩沼は繋がりがあったんだな。
「なあ、母さん」
今、できることとは何だろう。いろんな人が犠牲になった。俺がしてしまったこともある。そんな中で、今、俺にできることは……。
「岩沼を止めるためにはどうすればいいかな」
母親の顔が曇る。やはりそれは簡単なことではない。そんなことは重々承知だ。その上で俺は言っている。
冬休みも残り少ない。あと数日で年があけ、新年になり、数日で大学生の冬休みは終わる。だからその前にかたをつけなくてはならない。
その覚悟が伝わったのか、母親はしっかりと俺の顔を見た。
「あの人を止めたいなら、完全に負けを認めさせないとそうそう手を引いてはくれない人よ」
そうだろうな。岩沼の性格は何となくわかる。負けず嫌いで、自信過剰で、全てにおいて完璧を求める性格なんだろう。これは話していれば何となくわかる。
まあこれが演技だと言われればもう何も信じられないが。
「ま、やるしかないでしょ」
「そうだな。どのみち倒さなくては平穏な日々は来ない」
「やりましょう」
三人が答える。どうやらみんなやる気らしい。
正直言って岩沼に勝てるとは全く思えないが、桜井の言う通り倒さなくては平穏な日々はこない。ならばやるしかないだろう。
全員の意思が固まったところで、有野がふと口にした。
「でも完全に負けを認めさせるって、どうやってするのさ」
……それが一番の問題だよな。
やる気を見せていた一同は、まるで示し合わせたかのように押し黙った。
簡単に案が出てきていれば初めからそれを実行して、今こうして悩んでなどいない。
特にその場で案など出ず、成果の出ないまま時間だけがすぎて行った。
「まあとりあえず、今日はもう夜だから明日までに何か思いついたらそれを実行しようぜ」
有野が何やらまともなことを言って締めくくる。
今日のところは確かに何も思いつかんな。一瞬でも油断させればあいつは隙を見せるのかもしれないが、それが難しいんだよな……。
「じゃ、そう言うことなら私は帰らせてもらうぞ」
そう言って桜井が部屋を出て行こうとした時、何かが俺の頭を掠めた。
「──……そうだ。そうだよ……」
「何がそうなんだ?」
怪訝そうな顔をして桜井が問いかける。
いきなり喋り出したことに、有野も長原さんも母親も一様に俺を見ている。
こんな中では言うのを躊躇ったが、キッパリと俺は言い放つ。
「発電装置を渡せば良いんじゃないか?」




