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32 救出作戦

 翌日。早朝からこの日は全く快晴とは言えない天気だった。

 いつ雨が降ってきてもおかしく無いような、そんな天気。

 日差しがないせいか、いつも以上に朝から冷え込んでいるようだった。

 そんな悪い天気の中、今日。作戦は実行される。

 長原さんを助ける。それが今回の作戦の最大の目的だ。


 朝食の席に向かうと、すでに桜井が起きていた。

 昨日、夜中に会ったとき、俺は何もすることができなかった。だからこそとても気まずい。

 けれど普通にしていなければ作戦に支障が出てしまうかもしれない。そう考えると、ちゃんとしないといけないんだか……。

 視線を右往左往させていると、不意に「おい」と話しかけられた。


「な、なんだ。桜井」

「いや、何か落ち着かない様子だったからな」

「……いや、心配しないでくれ」

「……そうか」


 くそ。桜井は普通に接してくれてるってのに、俺は何やってんだよ。

 小さく息を吐き、桜井に向いた。


「今日、頑張ろうな」

「ああ」


 それから有野も朝食の席に欠伸をしながらきて、それぞれ朝食を口にした。

 その後、俺たちは一度地下の作業場に集まった。

 刻はとても興味を持っているようで、かなりついて行きたがっていたが、姉である桜井がキッパリと断った。


「さて、まずは武器の確認だ。杉田はレールガン及びデーザー銃搭載型飛行装置と、アシストスーツ。それに、人質ならば縛られているかもしれない。ナイフも持っておけ。私はかなり昔に作ったそのレールガンの元となった試作だ。これでもかなり威力はある。これとテーザー銃」


 試作でかなり威力あるとか、俺のやつで威力最大にしたらどうなるんだよ。

 多少興味があったが死人が出る可能性も考えられるのですぐに考えを消した。


「で、僕のは?」

「お前のは──鉄パイプでいいか?」


 言ってそこら辺に落ちていた棒切れを差し出す。


「いや相手は銃持ってるんだよ?! こんなの速攻蜂の巣だろ!」

「なら何がいいんだ」

「もっと──こう、未来兵器みたいな」

「ない」

「じゃあレールガンは何なんだよ!」

「これ以外にはない」


 有野はガックリと項垂れる。

 無いものに文句を言っても仕方がないことくらいはわかっているみたいだ。

 いつもならば俺も有野を揶揄ってやるところだが、今回ばかりは仕方ない。助け舟を出してやろう。命がかかってるからな。


「でも。危険じゃないか?」


 そう一言言ってやると、桜井はしばらく考えた後、息を吐き一つの武器を差し出した。


「仕方ない。私のテーザー銃をかそう」

「ま、まあこれなら」


 桜井から有野はテーザー銃を受け取り、これで一応各々に武器が行き渡った。

 こうして揃うと、これから本当に始まるんだなと実感するな。


「さて、作戦を再確認するぞ。今回私たちは長原が捕えられていると推測される最上階に飛行装置で突っ込み、その後急いで長原を解放し、離脱する。もし敵が大量に配置されていれば、すぐに銃で周りを一掃し、解放して離脱する。もし最上階にいなければすぐに離脱だ」


 一同頷く。

 最優先は自分の命だ。向こうが長原さんを殺すことによって得られるメリットがあるとは思えない。だから、殺される可能性は低いと考えるべきか。

 けれど脅しに使われればこっちは従うざるを得ない。

 厄介だ。


「さ、行くぞ」

「よし」

「うーしっ。いっちょやりますか」


 有野だけは何故か楽しそうだった。

 こういうのに憧れでもあったんだろうか。


 俺たちは速やかに移動を開始──しようとしたのだが……。

 二人が俺の体にしがみ付き、出発しようとしたところで俺が待ったをかけた。


「なあ、二人でもこんななのに、ここから長原さんが来るって、厳しくないか?」

「何を言っている。私はやり切ったぞ」

「そりゃ短い区間だったからだろ? 今回は違う。数十キロの移動だ」

「……仕方ない。ロープをつけよう」


 そう言って、桜井は倉庫からロープを持ってきた。


「それをどこにつけるつもりだ」

「腕だが」

「……一旦つけてみてくれ」


 俺の腕のアシストスーツ部分に二本のロープがつけられた。因みに長原さんがきた場合、俺の背中に乗ることになるらしい。


「クソダサいな」

「これもミッションのためだ。仕方ないだろう」


 もはやカッコいいとかカッコ悪いなんて言ってられないか。

 だがこれではまるでムチみたいだな。ちくしょう。

 ちなみにだがこのロープ、ただのロープではなく下の方が軽く足を引っ掛けられるようになっており、一応落ちにくくはなっている。

 さて、移動の問題が解決したところで今度こそ移動開始した。

 それから数分後。


「なあ、行きは車じゃダメだったのか?」

「人はな、便利なものを一度体験すると、より便利なものを求めるようになる。つまりそういうことだ」


 つまり車は運転できないってことだな。


「言っておくが、車の免許は持っているぞ。ただ今回の場合乗り捨てることになる可能性があるからな」

「ああ。そういうことか」


 行きは車でもいいかもしれないが、帰りは長原さんを速やかに安全な場所にまず移動させる必要があるからな。車なんかに乗ってたら前回のようになっちまうか。

 そういえば、あの時も長原さんがいてくれたおかげで……。

 絶対に助け出すんだ。


 数分の飛行の末、俺たちは例のビルの前のビルの屋上に降り立った。

 ここからなら道路を挟んで仲がよく見える。

 双眼鏡で中を覗くと、最上階の奥に、確かに俺は長原さんを捉えた。


「いた。けど……」

「何だよ、歯切れが悪いな」


 とにかく気になっていたのだろう。有野がさっさと俺が持っていた双眼鏡を取り上げて、すかさずビルの中を覗き始めた。


「……こ、これは…….。まあ、囲まれてるね。当たり前だけど」

「そんなこと想定内だろう。何を狼狽えている」


 桜井はとても自信満々に言い切る。

 確かにその通りだな。俺たちは今から人質を救出に行くんだから、その人質が囲まれてあるなんて当然だ。


「敵は……大体見えるところで五人くらい? 結構少ないんじゃない?」

「かもな」


 桜井と有野はそれぞれ武器を構え、いつでも戦闘ができる状態になり、俺の腕から伸びるロープにぶら下がった。

 この絵面さえどうにかなれば、少しは決まるのだが……。


「よし! 行くぞ!」


 俺は勢いよく飛び出し、出力を上げてビルの最上階の窓から突撃した。

 バリィ!! 大きな音を立てて窓ガラスが割れ、俺たちは屋内への侵入に成功した。

 当然こんなことをすれば全員に見られるのは当たり前だ。

 だがそんな事よりも──。

 視線の先、とても驚いた顔で俺たちを見ている長原さんが、両手を背中で縛られて座っていた。


「長原さん!」

「──!」


 口元塞がれている。こりゃ声も出ない。

 

「今解放します」


 桜井からナイフをもらっておいて正解だったな。

 ナイフで力ずくで手錠を壊し、口元のガムテープを外し、すぐに俺の背中になるように指示する。


「ど、どうしてここに……」

「そんなの、長原さんが──」

「やあ、待っていたぞ。フフフッ」


 最後まで言おうとした言葉は、途中で現れたそいつに意識を持っていかれて出てこなかった。

 この話し方、笑い声。見なくてもわかる。岩沼だ。


「まったく君たちは忙しないね」


 その余裕そうな笑みが、俺たちを焦らせた。


「おい! 早く行くぞ!」

「まあ待ちたまえ」


 すぐにでも逃げ出すために、窓の方に走り始めるが、いつの間にか現れた何人ものスーツ姿の男たちに進路を塞がれた。

 クソッ。こっちはダメだ。二人は?!

 二人に目を向ける。が、二人も同様に進路を塞がれて進めないでいた。


「よく来てくれたね。君たちなら来てくれると分かっていたよ」


 ……なるほど。まんまと乗せられたわけか。


「さて、まあ話でもしようじゃないか」


 岩沼はいつもの不気味な笑みを浮かべながら、ゆっくりとこちらに近づいてきて、さっきまで長原さんが座っていた椅子にどかっと座った。


「君たちをすぐに警察に連れて行き、逮捕する事だってできる。だが、それでは面白くない」


 これはきっと脅迫に近いものだ。対抗すれば警察に突き出すと言っているのと同じだ。

 今は大人しくしているしかないか。


「だから私はこうして呼び出したのだ。よく暴れたみたいだがね」

「………」

「こうして一人で喋っていてもつまらないな。まあいい。とりあえず、杉田君。君の飛行装置はもらうよ」

「くっ。ダメだ。それはできない」

「何故だい?」

「これは──なかなか、取り扱いが難しいからな。怪我人が出るかもしれないぞ」

「安心したまえ。その飛行装置を使うつもりはないからな」


 くっ。ダメだ。ここで話し合いによる時間稼ぎをして一体どうなるっていうんだ。

 このままじゃ……。いや、まてよ? 俺にとって一番大切なのは……なんだ?

 飛行装置や発電装置は俺にとって無くてはならないものなのか?

 違う。俺にとって一番大切なのは……長原さん。それに、こいつらだ。だったら、別に良いんじゃないか?

 身体から緊張がするっと抜けた気がした。


「わかった。渡す。けれど、その代わり俺たちを全員無傷で解放してくれ」

「……良いだろう。私だって無意味に殺すのは好きではない」


 これでいいんだ。そうだよな。だって、こうすれば全て解決じゃないか。

 俺は背中に背負っていた飛行装置を下ろし、床に置こうとした。その時。奥の廊下からの扉が突然開いた。

 そこから現れた人を見て、少なくとも俺と有野、それに桜井は驚いた。


「久しぶりね」

「……な、なんで……。なんで母さんがここに……?」


 目を疑いざるを得ない状況。けれど、これは紛れもなく現実だ。だったら、俺の視線の前にいる人は……本物の母親だ。

 俺は動揺を隠しきれなかった。


「あら、みんないるのね。ならちょうど良かったわ」


 そう言うと、母親はスタスタと物おじせず近くまで歩いてきた。

 こんな状況で、平然でいられるってことは、知っていたのか? それより、久しぶりという言葉。俺たちとは既に先日会っているし、てことはこれは──岩沼に向けて?


「何年振りかしら」

「…さあね。葬式の日以来か」


 さっきまでの自信満々な岩沼の態度は、少し弱まっていた。

 どうやら予想外のことが起きたと見るべきか。


「今も、研究を続けているのかしら?」

「当たり前だ。そんなことを問い詰めるためにこんなところまで来たのか?」

「……本当に変わらないわね、あんたは」


 全ての会話が俺にとっては意味深に思えてならなかった。

 それは俺だけなのかと思ったが、どうやら二人も同じらしい。

 じっと眉を顰めて話を聞いていた。


「ここに来たのは、慶がここにくると思ったからよ」


 ど、どういうことだ? 俺がここに来ると思った? 訳がわからない。


「あの日から、話したいことがあったのよ」


 あの日と言うと、一度家に帰った日か?

 母親が今度はこっちに近づいて来たところで、俺が背中やら身体中につけていた装備に気付き、目を丸くしていた。

 いや、そんな可愛い表現じゃない。もっと、酷い。この世のものとは思えないものを見たかのように、俺を見つめた。


「あ、あんた……。その、その背中につけているもの……」


 腕を振るわせながら母親は問いかけてくる。


「飛行装置だけど……。それがどうかしたか?」


 いや、飛行装置自体は驚くべきことだけど。

 けれど母親が気になっていたのは、飛行装置ではなかったみたいだ。

 もっと別の、何か。


「じゃなくて、そこについている、筒状の物よ……」


 母親が指差す先。それは飛行装置と発電装置。両方が発する熱を効率よく冷却するために、どうしても必要な穴から、ほんの少し見えていた発電機だった。


「ああ。これか。これは詳しくは知らないんだ」

「……──っ!」


 俺の言葉を聞いた瞬間、母親は膝から崩れ落ち、大きく体を震えさせ始めた。


「ど、どうしたんだよっ。何なんだ?」

「……そ、それはっ。あ、あんた……まさか」


 動揺を隠しきれない母親。そんな様子を見て、一人の男が不敵に笑う。


「──ああ。フフフッ。いつか話そうと思ってタイミングを見定めていたが、どうやら今がちょうど良いみたいだな」


 岩沼の目は、ワクワクしているようで、いつになくどこか他人事のように見えた。


「な、何がだよ……」

「その君たちが発電装置と言っているものの正体だ」


 俺はフッと後ろを見て、発電装置がある場所を見る。


「確か、その装置、BIADと言ったか」


 桜井が昔、有野の家の地下で見つけたメモに書いてあった名前を言った。


「ああ。その正式名称は、知っているか?」


 俺たちは首を左右に振る。


「それの正式名称は『Brain Impulse Amplification Device』。日本語では脳内電気信号増幅装置と言う」


 さっぱり訳がわからない。

 脳の電気信号? ちょっと待て。脳だと? おい。おいおいおい。それ本気で言ってんのか?

 咄嗟に長原さんの方に振り返る。

 長原さんは顔を真っ青にして、ただ固まっていた。いや、長原さんだけじゃない。桜井だって、それに母親も。同じような反応だ。

 そんな中有野だけはハテナ顔で悩んでいた。


「なあ、それって何だよ」


 ここまで酷い反応をしているんだ。有野だって気になる。

 だからそう軽く尋ねていた。

 それに対し、長原さんがゆっくりと喋り始めた。


「脳内の電気信号を……増幅、させている……と言うことは……」

「ご明察。流石、長原は察しが良い」


 言葉が途中で出てこなくなったところで、まるで皮肉を言うかのように、岩沼は拍手をしながら横から話に入って来た。


「その装置は、脳の電気信号を機械で意図的に増幅させ、それによって電気を発生させていたんだよ」

「………」


 言葉が出てこなかった。

 ただ、俺が背負っているこの装置が、ただただ不気味なものにしか思えなかった。


「ここまで言えば大体君たちはわかると思うが、その装置には人間の脳が入っている。それも、生きた人間のね」


 ただ、恐怖でしかなかった。

 誰もが何も言葉を出さないでいる中、母親が、恐怖に染まった顔で、口を両手で隠しながら泣き出し、膝から崩れた。

 初めて、母親が泣いているのを見たのは、あの日以来の二度目だった。

 人間の脳。母親の涙と絶望。これだけで、俺はなんとなく察してしまった。


「──っ。あなた……。東栄(とういえ)──っ」


 それは、俺の父親の名前だった。

 なら………俺は、ずっと……。


「俺は……親父の脳を……背負っていたってのか………」


 やばい。何だよそれ。なんなんだよ。訳がわからない。

 頭が混乱して……うまく考えられない。


「……お、おい。杉田? どう言うことだよ……」


 訳がわからないと俺に問いかけてくるが、俺はそれに応えてやることができなかった。

 今はただ考えさせて欲しい。


「要するに……その発電装置の中には、杉田の父親の脳が入っていたと言う訳だ……」

「は? 何だよそれ」


 俺が応えられない代わりに、桜井が簡潔に説明した。


「混乱する気持ちはわかる。だが、今一番混乱しているのは……わかるだろ?」

「……そうだね」


 しばらく沈黙の時間が続いた。けれど、それを母親が破った。


「……あの日、私たちは確かに葬式を行なったはず……。なのに、どうして……」

「簡単だ。あの地震のあった日、すぐに私はあいつの元に訪れた。だが、奴は本棚の下敷きになっていた。すぐに私は──いや、その後、メンバーと共に先に脳を摘出し、縫い合わせ、その後葬式に出したのだ」


 語る岩沼には、普段のどっしりとした余裕は感じられなかった。けれど、杉田はそこまで目がいかなかった。

 言葉が出なかった。

 全ては岩沼の計画通りに進み、きっと終わりを迎えるんだ。

 

 その時、いきなり手を後ろに引っ張られた。

 すぐに振り向くと、長原さんが俺の手を取って走っていた。


「今です! 飛びましょう!」

「あ──ああ」


 三人ともすでに準備はできていたみたいだ。

 頭は混乱しているものの、俺はすぐに慣れた手つきで飛行装置を起動させて、出力を最大にして三人と一緒にビルから飛び出した。

 不思議なことに、その間岩沼の動きはとても鈍っていたとしか言えないほど、反応が遅かった。

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