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30 会議と娯楽

 飛行装置で戻ってくると、そのまま二人へ大学の状況説明から始まった。

 と言っても、ほとんど桜井は電話で聞いていたので、説明しなければいけない人は一人だけなのだが。


「つーわけで、大学内は多分敵が潜んでると思うから、一旦大学に行って物を取ってくることはできない」

「ふーん。ま、僕は元々自分の家に帰れなくなった時から覚悟は決めてたけどさ。でも、」


 有野はチラッと桜井の方を一瞥し、


「僕たち男どもは化粧品が無かろうが、風呂に入れなかろうがいいかも知れないけどさ、」

「いや、俺は風呂に入りたいな」

「話の途中で切らないでくれよ! あとそんな汚いものを見る目で見ないでくれよ」

「いや、こいつ普通に風呂入ってなさそうだなって思って」

「入ってるよ! ちゃんと毎日入ってるよ!」

「ふーん……」


 さっと視線を桜井の方に向けると、そこにはとても引いている視線があった。

 もはや有野がどれだけ否定しても、それは無駄だろう。


「頼むから一旦黙っててください……」


 涙ながらに有野は言った。それから一度咳払いをし、空気をリセット。


「でだ。僕たち男どもは化粧品が無かろうが、風呂に入れなかろうがいいかも知れないけどさ、」


 そこから始めないと調子が出ないのか……。

 思ったことを言おうとしたが、ここでそれを言うとどうせまた話が脱線するので、黙っている事にした.


「桜井みたいな女の子は風呂に入ったり化粧しないと──あれ、女の子?」


 おいおい、そこは言い切っておかなきゃまずいんじゃ──。

 そっと桜井の顔を見ると、桜井はとてもつめたいめをしていた。そう。それこそ何の感情も持っていないのではないかと思ってしまうほどに……。


「い、いや、桜井は超女の子だよ! そう! まさしく──」


 パァン!! 銃声が鳴り響く。

 かなり抑えられてはいるものの、とても近くで聞いているだけにとても恐怖を感じる。

 銃にも、それから発砲者にも……。


「誰も勝てない超女(ちょうじょ)だよ……」


 こいつが何を言っているのかはよく分からないが、どうやら馬鹿になると語彙力までアホになるらしい。

 弾は有野の脇を通り抜け、後ろに生えていた木に穴を開けていた。


「さて、そんなふざけたことはさておき、そろそろ移動するぞ」

「移動するって言ったってどこにさ」


 指揮を取る桜井に当然の疑問を投げかける有野。

 本当にこいつは回復が早いな。


「どこって、それは──」


 桜井が何かを答えようとしたその時、突然、有野の携帯から電話の呼び出し音が鳴り出した。

 突然のことに有野は慌てて、電話の呼び出し人の名前も見ずに携帯を耳に当てた。


「はいっ。もしもし。有野です」


 少し声が裏返っているのも、次の瞬間の有野の驚いた顔を見ると、イジるきもなくなった。


『フフフッ。やあ、有野君。他の二人も一緒かな』

「な、なんでお前が……」

『知っているかって? そんなことは簡単すぎてつまらないな。そんな事より、杉田君。そこで聞いているんだろ? 変わってくれないかな』


 微かに聞こえてくる音から、大体状況は把握した。

 有野は、ゆっくりと俺に携帯を渡してきた。

 さっきまでのふざけた顔は、有野の顔にはなかった。だから俺も真剣に臨んだ。


「はい、変わりました。杉田です」

『やあ、数時間ぶりだな。さて、ここで質問だ。長原の居場所を知りたいか?』


 な、なに!? い、今、何て? 長原さんの居場所? そんなの知りたいに決まっている。


『フフフッ。知りたいだろう。教えてやる。そして、その場所に来たら長原を解放してやってもいい』

「ほ、本当か!」

『ああ。だが、タダでとは言わない。交換だよ。交換条件は分かるな?』

「……ああ。分かってる。だが、こっちがこれを渡す代わりに、そっちは絶対に長原さんを傷つけるなよっ」

『約束しよう』


 コイツとの口約束など全く信じられるわけがないが、今は岩沼が非人道的な事をしないことを祈るしかない……。


「じゃあ、俺たちはどこに行けばいい。また山の中とか、そんなのはごめんだぞ」

『そう警戒しなくてもいいさ。場所は最初にお前たちが襲撃したビル。総合科学研究所の最上階でどうだ』

「分かった」

『タイミングはいつでも、好きな時にくればいい。それでは、待っている。フフフッ』


 それからすぐに電話は切れた。


「あ、あいつ長原さんを完全に人質にしてやがる……」

「そうだな。だが一つ気になるのだが、タイミングに関して、好きな時にくればいいというのはどういう事だ?」


 桜井は今回の敵の考えについて考える…が、当然岩沼の考えなど分かるはずもなく、ここに関しては答えは出なかった。

 ただ、考えられる可能性としては、俺たちが敵として弱すぎるということくらいか。完全に舐められていると言ってもいい気がする。

 真剣に考えていた俺だったが、有野はそれとは別のことを考えているようだった。


「ねえ、それより何で僕の携帯の番号分かったんだろ」

「ん? それに関しては本当に簡単な事だぞ」

「え、桜井にも分かるの? す、杉田は?」


 有野の携帯番号がわかった理由か……。

 とりあえず手始めに簡単な方から考えてみる。

 あ、そういや……。

 数秒考えたところですぐに答えに辿り着く。


「お前家入られてんじゃん。その時メモとして残しておいた自分の携帯番号を見られただけなんじゃないか?」


 どうやら桜井も同じ考えらしく、うんうんと頷いていた。


「た、確かにそんなものも保管していたような……」


 有野は薄い笑いを浮かべながらはははっ。と渇いた笑い声を出した。

 どうやら心当たりがあるらしい。まあ、普通の人は家に知らない人が入られた時のことなんて考慮していないものだしな。仕方ないと言えば仕方ないことか。

 俺も気をつけよう。


「まあ有野の電話番号は今はどうでもいいだろう」


 桜井が冷たく話を切ると、すぐに有野が反発した。


「どうでも良くないよ!! これから毎日かかってくるかもしれないんだよ!?」

「それ仲良くなってないか?」

「え、そうかな」


 再び話が脱線してきた頃、桜井が咳払いをしたことにより、俺たちはすぐに静かにした。


「それより、どうやら私たちには少しだけ時間に余裕ができたと言ってもいいのではないか? もちろん呑気に過ごす時間ではない。ほんの少し、心に余裕が生まれたと言う意味だ」


 優しい目が俺を見ていた。

 もしかしたら、桜井は俺を元気づけようと、励まそうとしてくれているのかもしれない。

 まったく。本当にみんなには助けられてばっかりだ。


「ありがとな」


 小さく、桜井にだけ聞こえる声で心からお礼を言った。


「ふんっ。何を今さら」


 そう返す桜井の顔は、少しだけ寂しそうに見えた。

 それから俺たちは場所を変えて作戦会議を始めた。

 一応もしものことを考えて、盗み聞きがしにくいカラオケボックスの中ですることにした。

 そこで決まったことは、まず決行は明後日。明日中に準備を完全に済ませ、翌日決行する。

 具体的な準備としては、まず危険を承知で桜井家に戻ることからだった。

 もし俺たちが監視されていた場合、桜井の家族も巻き込むことになるため、あまり良くない案ではあるものの、この際やむを得ないということで結論がついた。

 桜井家には既にある程度の形になった武器がそこら辺に転がっていると桜井は言うので、時間はそれほどかからないという。

 それから武器の調達が完了したら、次は突入時の作戦。

 突入時は時間をかければこっちば不利になるので、最上階に三人で突っ込み、長原さんを連れてすぐに逃げる。

 もし失敗しても、俺が敵にテーザー銃を撃ち、隙が出来たところで逃げる。

 それが会議で決まったことの大まかな内容である。


「さて、そうと決まればすぐに出発だな」

「そうだね。カラオケ店で歌も歌わずに帰れるわけないよね」

「は?」


 コイツは何言っているんだ。今の状況をわかってんのか?

 思わずそう言いたくなるほどだったし、それに正直長原さんがいないのにやりたくなかった。全く歌う気分にはなれなかったが、今の緊張した状態を和らげるにはちょうど良いのかもしれないと、内心思った。

 俺は時計を見て残り時間を見る。

 あと一時間か。なら……いいか。


「……よし。歌うか」

「な、お前まで何を言っているんだ!」


 桜井はとても動揺した様子で俺の顔を窺う。

 額に手を当てるな。熱なんてないぞ。

 熱がないことを確認すると、より一層不安そうな顔をした。


「まあ落ち着け桜井。気分転換には良いと思うんだ」

「……ま、まあそうかもしれないが……なら、歌うならお前たち二人で歌っていろ」

「え、桜井は歌わないのかよ」

「当たり前だ。歌なんか歌えるか」


 まあ、歌が上手いように見えるかと聞かれれば、あまり上手そうには見えないしな。予想通りというか、何というか。

 そんなことを考えていると、桜井が何故か俺をジトッとした目で見ていた。


「お前、今とても失礼なことを考えただろ」

「は、何のことだか」


 だからなんで俺の考えがわかるんだよ。

 とりあえずすっとぼけたものの、正直信じている様子はなかった。


「良いだろう。歌ってやる」

「え、今なんて」

「だから歌ってやると──」

「よし。そうと決まれば、はいこれ持ってー」


 いきなり有野が割って入り、桜井にマイクを渡す。それからすぐにタッチパネルを操作し、


「さあ、何歌うよ」

「う、歌を選ぶのか」

「いや、当たり前でしょ」


 有野はさっと桜井にタッチパネルを渡し、自分で選ぶように促した。

 すると有野が突然俺に近づいてきて、こっそりと話しかけてきた。


「ふふっ。桜井ってさ、もしかしてカラオケしたことないんじゃない?」

「まあ、曲を選ぶことさえ知らなかったくらいだからな」

「これはひょっとしてさ、初めて僕たちに恥を晒しちゃうんじゃない?」


 薄気味悪い笑い声が聞こえてくる。

 なるほど。今回の狙いはそれか。まったく悪いやつだ。

 そう考えるものの、俺自身桜井が歌っているところなど、鼻歌でさえ見たことがないので多少気にはなっていた。

 はあっ。ここに長原さんはいたら長原さんの歌うところも見れたというのに。

 遣る瀬ない気持ちを感じつつ、俺は次は長原さんと来ようと決意した。

 と、ちょうどその頃、桜井は歌いたい曲が見つからずとても困っていた。


「見つからん。もうなしでいいのではないか?」

「そんなわけないでしょ。何を歌うのさ」

「無を歌う」


 何かそういう歌があった気がするな……。

 困り果てた末、人気ランキング上位の歌を歌うことにした。


「まあとりあえず一番の歌を歌うとしよう」


 もう絶対ダメだろこれ。

 俺と有野の思考は始めて一致していた。

 不安が募るなか、歌は始まった。


「ーーー〜〜…__ ̄ ̄__〜〜ー♪」

「あれ、この曲こんな音程だった?」

「いや、絶対違う」

「ーー____ ̄ ̄ ̄〜─…─ー〜ーー?♪」


 本人も違うことは分かっているのだろう。終始眉を寄せながら歌っていた。


「い、いやー予想通りだったね!」

「そうだな」

「いや待て、今のは知らなかったからだ。次は行ける」

「いや、もうこれ以上恥をかく必要はないんだよ?」

「お前に言われたくはない!!」

「うわっ!」


 マイク越しに怒鳴ったので、予想よりも大きな音が出て、俺と有野は耳を塞ぐ。

 というか叫んだ本人も驚いていた。


「このまま私はお前たちに、歌が下手なやつと思われて終わるのは意に反する。歌わせろ」

「ま、まあそこまで言うなら……」


 有野は渋々自分の予約を取り消し、タッチパネルを桜井に渡した。

 選曲はどうやらまた同じらしい。

 俺と有野は固唾を飲んで見守ることにした。


「ーー〜ーー〜〜ー〜ー♪」

「あ、あれ? 気のせいかな」


 有野は眉を顰める。

 いや、お前の感じる違和感はわかるぞ。

 たった一回。あの一回だけで……。


「〜〜ーー〜ーーー〜〜〜♪」


 桜井が歌い終えると、二人で顔を見合わせ、お互いの頬を引っ張り合う。

 ただ痛いだけだった。


「ま、まさかそんな……」

「まさかここまでとは……」


 俺たちの前には、かつて見たことのないドヤ顔を浮かべる桜井がいた。


「ふん。どうだ」

「いや、これが天才か」


 そう言わずにはいられなかった。

 そうやって呆気に取られていると、桜井は目を細めながら呟く。


「その言葉は私の作ったものを見て言って欲しかったものだ」


 すまん。正直俺もタイミングおかしかったと今更ながら気づいた。

 きっと平和になったら言ってやるさ。

 そんな事を考えていると、桜井は二本目のマイクをサッと掴み、有野の前に突き出す。


「さて、次はお前の番だ」

「いや、ちょっと僕は──」

「あれだけ調子に乗っていたんだ。お前()()はさぞかし上手いのだろう」


 や、やばい。逃げられない。

 気分転換には良いかと思った俺を、殴ってやりたい気分だった。

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