3 新たな発見
「それで、本当にこんなもので空を飛ぶことができるのか?」
「確かに信じられないな……」
「アンタは体験したでしょ」
「もしかしたらあれは夢だったのかもしれないな──と今更思ってな」
有野は呆れた顔で俺を見ていたが、実際それくらい信じられない出来事だった。
正直、生きている間に自分で空を飛べるなんて思っても見なかったので、自分さえも疑ってしまった。
「しょうがないなぁ。じゃあ杉田。また頼むよ」
「え、嫌だけど」
「なんでだよ!」
「だってあんな出来事があったんだぞ? もしまた飛んで、同じことが起きたら俺はもう死ぬぞ!」
「大丈夫さ。僕がちゃんと直したから」
これほどまでに信じられない言葉があるなんて驚きだ。
けどまあ直したとは一応言っているし……一度くらいは信じてみるか……。
「わ、分かったよ。お前を信じるよ」
「お、重いっす」
やはりダメかもしれない。そう感じずにはいられなかった。
それから昨日と同じように背中に機械を背負い込み、手にも機械をはめ、装備もちゃんとつけた。
準備も完全に整ったところで桜井さんは一言、
「お前、本当に大丈夫なのか?」
と呟いた。まあ普通に考えて水泳用のゴーグルに自転車用のヘルメットをつけていればそんな感想も出てくる。
ただ耳栓だけはちゃんとしてるんだよな。
「それじゃ、行くよ?」
「ああ……。これが最後に交わした会話になるのかな……」
機械の音がうるさく鳴り響く中呟いたので二人には聞こえていなかったようだ。
「よし。覚悟は決めた! 行くぞ!」
「3、2、1、ゴー!」
また締まらない合図とともに浮き出し──たと思ったのだが、俺は一センチたりとも浮き出さなかった。
「あ、あれ? おかしいなぁ」
きぃぃーーーーーーーー!!! という大きな音は鳴り響いており、いつでも飛べそうな感じはしているのだが俺の体はまったく浮きそうにない。
そんな様子を側から見ていた桜井は、一つため息ついた後口を開いた。
「おい、有野」
「ん、なんだよ」
「こんなにもうるさい音を立てているのに、一向に何も起きないんだったら、あの無駄に音がうるさい黒板消しクリーナーの方がまだ有能だぞ」
た、確かに。あっちは一応黒板消しを綺麗にしてるしな。
普通に叩く方が効率いいけど!
「ま、まさかあんなものに負けるなんて!」
「いや、そんなことどうでもいいから早く飛び立たせてくれないか?」
「ん? ああ。そうだね」
そう言うと、有野は俺が背負っている飛行装置をバン! と一度叩いた。
「おい! 精密機器じゃないのか!」
そうツッコミを入れた瞬間、俺の体はふわっと浮き始めた。
「え、マジかよ……」
こんな簡単に治っちまうのかよ。と驚いたが、桜井はそれ以上に驚いていた。
「ほ、本当に……浮いているじゃないか」
空いた口が塞がらなくなっていた。まさに、驚きを隠せないといった感じだ。
さて、だいたい五メートルくらいに到達したところで俺は一度降りることができるか確認するために上昇するボタンを離した。
すると今回はちゃんと高度を落とすことが出来た。
よし。これなら安心して飛べるな。
最大の不安要素が解消されれば俺には景色を楽しむ余裕ができた。
前回は見ることが出来なかった空中からの眺め。
もともとここはそんなに栄えていない街なので星もそれなりに見ることができる。
星空と街明かりが合わさり、なんとも言えない綺麗な景色が俺の目に映った。
「ふう。誤作動さえ起こさなければ最高だな」
「悪うござんしたね」
「どうだよ桜井。こんなものがあるんだぜ?」
「………」
「桜井?」
ぼーっと俺を見つめているだけで、何も言ってくれない。
「……あ、す、すまんな。少し信じられなくてな。それで、これの何が問題なんだ?」
「いや、問題はたくさんと思うが問題の一つがこれだ」
そう言って俺は機械と発電機を繋いでいるケーブルを指差した。
「ケーブル?」
「ああ」
ここで有野が俺と入れ替わり喋り始めた。
「現状はこのケーブルが200メートルだから、機械を改良したところで200メートルしか飛ばないんだよ。だから、なんとかして発電機をこの機械に小型化して取り付けられないかな──って……」
「無理だな」
「そんなキッパリと!」
「いいか? そんな小型発電機がもし開発できたらそれこそノーベル賞並の功績だぞ。そもそも私は協力するなど一言も言っていない」
ノーベル賞並の功績か。桜井がそこまだ言うとはそれほどに難しいものなのだろう。
「ちぇっ」
「………」
俺は正直どうなろうとどうでも良かった。桜井が協力しようが、小型の発電機を本当に作ろうが、俺からすればそれは他人事みたいなものさ。
何故なら俺は開発には協力できないんだから。仕組みなんて教えてもらおうがさっぱりだろうし、理解不能だろう。
だから俺はただ見ていることしかできないんだよ。
「まあ、そうだなあ……。杉田。お前がやると言うなら私も参加しよう」
「──は?」
こいつ、何言ってるんだ? 俺がやると言ったらやる? なんでまた俺が基準なんだよ。
「ま、一人で参加したところでつまらないしな。杉田が参加するなら少しは面白くなりそうだし」
「は、はあ」
全く意味がわからない。
しかし、協力者を欲している有野がこんなことを聞いてしまえば、当然俺に向ける目の色を変えるだろう。
「なあ杉田、頼むよ! 僕とお前の仲だろ?」
「そんな親密な仲になった覚えはない。逆にこっちは、殺されかけたっていう点を見れば最悪な関係だと思うぞ」
「が……っ。じ、じゃあどうすれば協力してくれ?」
改めてそう訊かれるとあんまり出てこないな……。要求することか……。
「あ、じゃあ試験運転は全部有野、お前がやるって言うなら良いぞ」
「む、無理だ……」
なんでだよ。そこは頷けよ。
「だって……怖いじゃないか!」
「その怖い役目を俺に押し付けるな!」
「でも開発者が自ら試験運転するなんて普通しないだろ?」
「い、言われてみればあまり聞かないか……? いや、ある車の社長は自分で運転して壊して改善してるぞ」
「よそはよそ! うちはうち!」
あまりにも残念すぎる有野の言葉に思わず言葉を詰まらせる。
桜井も側から見ていて──いや、そもそも見てすらいなかった。
「だから……せめて土下座で了承してくれ!」
そう言うと有野はまるで、川を流れる水のように素早く土下座をしていた。
まるで誠意が感じられないのは何故だろうか。
しかし、まあ別に俺が特別何かをするということもないだろうし、別に良いか。
「仕方ないな。桜井、協力しよう」
「……そうか。お前が協力するなら──仕方ないな」
本当に何故桜井は俺が協力したら協力するんだ? まったく訳わからんぞ。
さて、有野は協力するという言葉を聞いた瞬間、すぐに立ち上がり「よっしゃ!」と声を上げていた。
「じゃあ早速協力してくれる?」
「何をどうすれいいんだ? というか、まず飛行装置を動かすにはどのくらい電圧が必要なんだ?」
「えーっと、この発電機がだいたい──……」
二人は俺を置いて科学の話に入り始めた。
しばらく二人を見ながらぼーっとしていると、不意に有野が俺を見た。
「あ、今日はもう帰って良いよ。出来たら呼ぶから」
それだけを言ってまた話に戻った。
こいつ、クソだな。あいつが土下座をしている時、頭を踏みつけてやるべきだったか。
しかし……こうなると俺にできることはただひとつか。
よし、帰ろう。
「いや待て。お前が帰るなら私も帰らせてもらうぞ」
「はあっ!? あんたらは運命共同体か!」
有野の言いたいことはわかる! が、そう言われればこっちだってこのまま言われっぱなしで帰るわけにはいかない。
「よし桜井。さっさと帰るか」
「そうだな」
「ちょっと待てーい!」
目にも止まらぬ速さで俺たちの前に立ちはだかる有野。
「なんでさ! 協力してくれるんじゃなかったの?!」
「お前、時計を見てみろ」
「へ?」
間抜けなツラを晒しながら有野は壁にかかっている時計を見る。
時刻は午後十時。そろそろ帰りたいものだ。
「そういうわけだ」
「また明日」
「はい」
***
それから数日後の夜中。いつものように家でゴロゴロとしていると、不意に電話がかかってきた。
桜井からだ。
「はい、もしもし」
『私だ。実験台として明日来てくれ。それじゃ』
これほどまでに行きたくない誘いは初めてだ。
けれど、無視すれば面倒な事になるのは俺の方か……。またなんたらレールガンやなんとか銃を撃たれるのはごめんだ。
その日の夜。俺は──夢の中にいた。
場所は──有野工具店か。ん、飛行装置にケーブルが付いてない……。俺の知ってる飛行装置になんかプラスで付いてるし……。これは一体いつなんだ?
もう少し情報を得ようと周りを見渡す。
二人が俺の前で何やら話をしていたその時──。バン! と勢いよくドアを開け、三人のスーツ姿の人たちが中に入ってきた。
「……っ?! な、なんだなんだ!? あんたたち誰だよ!」
そう有野は問いかけるのに対し、スーツ姿の男は一言、
「ここにあるはずの機械──」
そこで意識は飛び、俺の目は覚めた。
「………え……っ」
い、今のは……ただの夢か? それとも……予知夢?
正直言ってそれを判断することは容易ではない。けれど、あの場所、それにあの飛行装置。そして二人も俺がよく知っている。だから夢と断定することは出来ない。
だからと言って予知夢と断定するのは早計だ。でも、警戒するに越したことはないだろう。
「はあっ。参ったなぁ……」
スーツ姿の男ってなんだよ……。それに機械に対して何か言おうとしてたみたいだし……。やれやれ。
***
「ほら、来てやったぞ」
「おっそいなぁ。早くてくれよ。こっちは結果が早く知りたくてたまらないっていうのに……」
有野工具店に入るなり開口一番有野が怒り出した。
「あ? そんなこと言うんだったらお前がやれば良いだろ。こっちは命かけてるって言うのに」
「いや、遠慮しておくよ」
どれだけ自分で作ったものに自信がないんだよ。
そんな事を考えながら部屋の奥を見やると、そこには椅子にぐったりと横になりながら寝ている桜井の姿があった。
「お、おい桜井……」
「……ん。ああ。お前か……。そういえば試験するんだったな」
「その前にちゃんと睡眠とったらどうだ?」
「いや、慣れた事だ」
変なとこに慣れてるな。
それにしても──桜井はこんなに眠そうにしていて疲れ切った感じなのに対して、有野は逆に滅茶苦茶元気がある感じだな。
「どうしてお前はそんなにピンピンしてるんだ?」
「まあ、正直なこと言うと僕あんまり役に立たなかったからさ……普通に健康的な生活をここ数日送っちゃったよ」
やはり了承するべきではなかったか……。
「まあそんなことはいいや。それより早速頼むよ」
そんなわけで俺は三度目の飛行装置装着を終え、慣れた手つきでヘルメットとゴーグル、それに耳栓をつけて準備を完了させた。
「んで、これは何分持つんだ?」
「んー、だいだい……何分だっけ?」
何故か有野は桜井に質問を投げかける。
おいおいお前も開発者の一員だろ。
「えーっとだな。だいたい五分くらいだな」
とても眠そうな顔で桜井が代わりに答えてくれた。
え、たったの五分?
「おい、今お前『え、たったの五分?』って思っただろ」
「な、何故一言一句同じ事を!」
「いいか? そいつの消費電力は化け物だ。よくもまあ今まで発電機でやれてきたものだと感心するくらいだ」
そ、そんなにものすごいのか。どうやら桜井の数日間の眠気が一瞬にして吹っ飛ぶほどすごい消費電力らしい。
「だから、五分飛べるだけでもすごいものなんだ」
「わ、わかった」
そこまで言われてしまえばこっちは文句など言えない。別にもとから文句を言おうとは思っていなかったけどな。
ただ心が読まれてしまっただけで。
「よし、じゃあそろそろ飛ばそうかっ」
有野はウキウキした口調で機械の電源を入れてくれた。
どうやら結構楽しみにしてるみたいだな。
「3、2、1、ゴー!」
もう慣れてきた締まらない掛け声と共に俺は再び轟音を上げながら空に飛び立つ。
そして毎度お馴染み、降下可能確認をした後フルスロットルでとりあえず限界高度を目指してみることにした。
どんどんと高度を上げていく。
もし、朝日が昇る時や、夕陽が沈むときにこうして空中に飛び立ち、風景を眺めたらどんなに綺麗なんだろう。
そんな事を考えながら高度を上げて行った。
すぐ近くにある山の高さを超え、街全体はおろか、隣町まで見られるくらいまで上がったところだった。
ピピピピピピピピピと突然音が鳴り始めた。
「な、なんだなんだ? 限界高度に達したってことか?」
よくわからないがとても不安なので下がることにした。
大体高度三千メートルくらいは上がったと思う。その証拠にそこは雲の上。滅茶苦茶寒い。凍え死んでしまいそうだ。けれど──ここからの景色は……言葉にならないほど、美しい景色だった。
その頃地上では。
「あいつ、怖がってたくせに滅茶苦茶高度上がるじゃん。まだ限界高度は測ったことないし記録取るにはちょうどいいけどさ……」
「ところで、限界最高推定どのくらいなんだ?」
有野と桜井は遥か上空にいる杉田の姿を見上げながら会話していた。
「推定最高高度ねぇ……さあね。なにせろくに性能調査したことないし。まだ操作したことあるのあいつだけだよ」
「……そうか。あいつ──今どのくらい行ってるんだろうな」
「さぁ」
「行きすぎて落ちないといいな」
「まさか、あいつもそこまで馬鹿じゃないでしょ──……」
急に心配になった有野は目をよーく凝らして空を見た。
その時有野が目にしたもの。それは──。
「あれ、なんか黒い点がどんどん大きくなってる気がするな……」
「まさか。そんなわけ──」
有野の言葉を聞き、早速桜井もよーく空中を見てみる。すると……。
「気のせいでは──ないかもしれないな」
二人は背筋に変な汗を流しはじめた
その頃空中では──。
「うおーーー!!! ま、まさかバッテリー切れ?! そ、そんな馬鹿なっ!!」
上昇ボタンをずっと押しているのにも関わらず推力は全く起きなかった。
もう地上まであと百メートルくらいか。そんな死を覚悟する頃合いの時、そのエンジンは推力を上昇させ始めた。
「お、おおっ」
降下速度はみるみるうちに低下していき、二人の顔が普通に視認できるくらいの高さになる頃にはホバリングしていた。
本当に……本当に……!!
「良かった! 本当に死ぬかと思った……!」
生きてて良かった。そう何度も実感させられるな。この機械には。
それから大体五分くらいが経過したところでゆっくりと俺は地上に降下していく。
地面に着くまであと少しというところで、いきなりエンジンが強く稼働した。
「うぉぁ?!」
その影響で俺はバランスを崩し有野家の方向に突っ込んでいく。
「うぉぉーー!!」
「なにをする気だ杉田!」
有野が止められるはずのない俺を止めるために走って近づいてくるが、その手は届かず、そのまま俺は家に突っ込み廊下にダイブした。
「いって……っ」
とんだ災難だ……。そんな事を考えながら起きあがろうとした──との時。
ギギギギギギギギッ。
重みに押されて何かが外れそうな音が──。
バギッ!!
「え?」
その刹那、俺を支えていたはずの床が、下に落ちた。
ドガン! と音を立てて俺も床下に落ちた。
すぐに駆けつけた有野は、そんな悲惨すぎる状況を見て、口を開けて止まっていた。
「…………っ」
「ほー。これは悲惨だな」
他人事だと思い優雅に見下ろす桜井の姿もあった。
「これはもうどうする気だ? まったく。こんなに床が脆いなど聞いていなかったぞ」
そりゃ誰も飛行装置が落下しても耐えられるよう家を設計していたわけではないだろうからな。
それに見た感じは結構古い印象を受ける。きっと脆くなっていたんだろうな。
「………ど、どうする気だよ杉田! 僕の家が! 廊下が!」
「そんなことより背中の機械が挟まって抜け出せないんだ。引っ張ってくれ」
「そんなことよりってなんだよ! ここは僕の家なんだぞ!?」
まあ自分の家が壊されればそうもなるよな。けど、いいか? 泣きたいのは……俺だ。
本当に死ぬかと思ったんだからな?
有野が落ち着いた後、まずは背中の機械を先に引っ張り上げてもらうことになった。
「ほら、いくぞー」
「何故私まで。お前一人でやれ」
「僕一人でこんな重いもの持ち上げられるはずないでしょ!」
ため息をつきながらも桜井は手伝ってくれた。
「なあ、引っかかって動かないんだ。もう少し動けないか杉田」
「はいよー」
どこが引っ掛かっているのかを見つけるために上を見上げる。
と、その時。俺はあることに気づいた。
「あ、あれ?」
「ん、どうした?」
「なあこの床下……なんか変じゃないか?」
「なにがだよ」
言われて俺はもう少しちゃんと見てみる。
やっぱり。これは明らかにおかしい。
「何を見つけたんだ?」
「明らかに──段差があるんだ」
「段差って……そんな大袈裟な」
「いや、これは……階段?」