26 第二研究所
翌日。俺は昨日と同じ場所で目覚めた。
まだ見慣れない天井。けれど、きっと慣れる前にこの場所からは出て行くことになるだろう。
いや、そうならなければならないんだ。
この戦いは、長引けば長引くほどこっちが不利になる仕組みだ。
冬休みだからこうして日中でも何も気にせず出歩けるのだ。
講義のことも考えずに。
だが冬休みが終われば時間に縛られてしまう。
故に今しかないのだ。
「さて、行くか」
昨日と同じように一階に降りて、昨日と同じように長原さんと朝食を作る。
「杉田さん。今日は顔がスッキリしてますね」
「え、そうか?」
「はい。昨日は大変でしたね」
調理をしながら、長原さんは目を細めて昨日の事を思い出しているようだった。
「けど、そのおかげで俺は前に進むことができましたし、必要以上に悔やむこともなくなりました」
「そうですね」
昨日ちゃんと倉本さんに会っていなければ、今頃他のことに手がつけられない程に悔やんでいたかもしれない。
そう考えると、一度ちゃんと礼を言っておかなきゃな。
「それも長原さんのおかげです。ありがとうございます」
「い、いえ。お礼を言われるようなことでは……。もともと私の所属していた組織が原因でしたので、言ってしまえば私の責任です」
「………」
俺は長原さんをじーっと見つめた。
別にやましい意味はない。この人は忘れてしまったのか? 責任問題については少し前に決着がついたはずだ。
さて、さすがの長原さんでもじっと見つめられることには慣れていないらしく、初めのうちは照れているようだったが、少しして、
「……あ、そうでしたね。責任はみんなにあるんでしたね」
「そう。ほんの少し前に決着がついたんだから、責任の話はやめましょう」
「はい」
さて、そんな話し合いをしながらしばらくは朝食を作った。
それから朝食を食べ、今後の方針を決める為の話し合いが始まった。
「んで、今日はこれからどうするよ。第二研究所とやらに行くのか?」
「そうですね。今はそれしか道はないですね」
「僕もそれでいいよ」
ここまで過半数の人が第二研究所に行くことに同意した。だが、ここでこの流れはストップする。
「いや、ちょっと待ってほしい」
桜井によって待ったをかけられた。
「お前の飛行装置、今はレールガン暫定装着型飛行装置だったか。名前の通りまだあれはレールガンをただ単に取り付けたに過ぎない。だから今日完成させる時間が欲しい」
「……どうするよ」
「でも、そうなると今日は一日動けないんじゃない?」
確かに有野の言う通りだ。が、しかし、一日だって時間は無駄にできない。
と言うかよくそんな長い名前を覚えていたな。まあいいか。
俺も武器の強化は並行して進めるべきだと思う。
だったら今取るべき選択は、
「桜井と飛行装置をここに残し、俺たちだけで第二研究所に行くのが正解か」
「え、でも飛行装置なくても大丈夫?」
「いや、そもそも敵が狙ってるのは、飛行装置に入っている発電装置だ。これをわざわざ敵の拠点に持っていく方がおかしいだろ」
「ま、まあ確かに言われてみればそうだね」
有野も納得した顔でうんうんと頷いていた。
まあしかし、最終的な判断を下すのは長原さんだ。
俺たちは意見を述べることしかできない。
長原さんはしばらくの間頭を悩ませ、不意に「そうですね」と呟くと、
「確かに、杉田さんの言う通りなのかもしれません。敵の本拠地のような場所に敵の獲物を持っていくのは、ライオンの檻に生肉を持っていくのと同じですね」
本人は至って真剣に考えて答えを出したのだろうが、俺はどうも長原さんの表現がおかしくて、顔をにやけさせてしまった。
もちろん手で口元を隠して顔を逸らしたが。
だがその行動はあまりにも不自然だった。
「杉田さん? どうかしましたか?」
「いや……。なんでもないっ」
おかしいな。別にそこまで面白い表現ではないはずなんだが。
「さて、じゃあそうと決まれば行くか」
「仕方ないね。行くか」
「すまんな。でもそれほど時間もかからないから、お前たちが帰ってきた頃には余裕で出来上がっているだろう。まあ、帰ってくればの話だが」
「あまり物騒なことは言わないでくれ」
それから第二研究の場所を地図で確認した後、桜井以外は武器を持ち、家を出て第二研究所へ向かった。
途中渋滞につかまり、非常に時間をロスしたが、車に揺られること約三時間。辺りには山しかなかった。
本当ならば一時間半で来れた場所だと言うのに。眠すぎるぞ……まあいい。
周りには民家などもほとんどない場所だ。
こんな辺鄙な場所に本当に第二研究所なんていうものがあるのか?
そんな事を考えていたその時、車はスピードをゆっくりと下げて道の脇に停車した。
「さ、ここに車を置いて行きましょう」
「え、どこここ」
「第二研究所の近くの山です」
そりゃ見ればわかる。つーか山しかない。
「すぐ近くにあります。静かに着いてきてください」
俺と有野は長原さんの指示に従い、なるべく物音を立てないようにゆっくりと着いていった。
この場所は山の奥だから、万が一遭難したら終わりだ……。
そんな心配事をしている俺とは正反対に、有野は浮かれた様子だった。
「これ、よく考えたら潜入ミッションだよね」
「まあ、一応?」
言い方を変えればそうなるかもしれんな。
「だったらさ、なんか目配せとかで合図送ったりしたほうが、なんか潜入ミッション感があってよくない?」
「いや、それ絶対要らないだろ」
そんなもん伝わるかよ。プロだったらともかく、こっちは少なくとも二人は素人だ。
否定的な俺だが、有野は普通に考え始めた。
「あ、例えばさ、パチパチパチって三回連続で瞬きしたら、いけ! みたいな」
それ絶対普通に合図した方がいいからな?
しかし目配せの合図か。
俺も適当に考えてみることにした。
「あ、だったら二秒間目を閉じて、二回の素早いまばたきで、有野を囮にして逃げろ! って合図はどうだ」
「なんで僕が囮なんだよ! そんな合図絶対使うか!」
「有野さん。もうすぐつきますので少し静かにしてください」
「ぐっ。僕が悪いのかな……」
有野が押し黙るとすぐに、森はパッと開けた。そこはどこかの駐車場のような場所だった。
「え、ここは?」
「なんか奥に馬鹿みたいにデカい建物があるんだけど」
さっきから見えていたが、有野が指差す先を再び見る。確かにそこには馬鹿みたいに横に広い建物が。
ぱっと見だが、東京ドーム1.5個分くらいはあるのではないかと感じてしまうほどだ。
あまりの規模に驚く二人を置いて、長原さんは話を始めた。
「ここが第二研究所です。今から潜入していきたいのですが……。普通に入れば確実にバレてしまいますよね」
「ま、そうだろうな」
周りにはチラホラ警備員もいるみたいだし、バレればその場で殺される──なんてことも、あるかもしれない。
どうやって潜入したものか。
「え、普通に入っちゃダメなの?」
「は? そんなの論外だろ」
「………」
俺は一瞬で荒野の案を切り捨た。が、長原さんは黙って考え込んでしまった。
「長原さん?」
「確かそうですね。敵は『第二研究所で会おう』と言っていました。それなら普通に行った方が良い印象を与える可能性もありますが……そのまま殺される可能性もあります……」
「心理戦かよ……」
再び長原さんは黙り込み、考え始めた。
確かに、あの場の雰囲気からは攻撃の意思はないように感じた。だがそれはあの場においての話。
ここは敵の拠点とも言える場所だ。やはり警戒してバレないように潜入するべきだ。
「……いえ。待ってください。そもそも今回この研究所に行く理由はなんでしたか?」
「え、そんなの決まって──」
いや、決まっていない。そもそも今回は呼ばれた。誘われただけなんだ。
行くべき明確な場所は存在していなかった。
だったら……。
「杉田さん。分かりましたか?」
「ああ。そうか。建物の中に入る必要なんてなかったんだ」
「はい。外の警備員に来ましたと伝えればそれで済む話だったんです」
「じゃあ考える必要なんてなかったのか」
有野は呆れた顔でやれやれと呟くと、そのまま何故か、隠れていた茂みから出て敵の本陣に歩いて行った。
「はぁんぐっ」
思わず大声で驚きそうになったのを、長原さんに口元を押さられて止められた。
「静かにしてくださいっ」
「いや、でも一緒に向かわないとまずいでしょ!」
「そ、そうでしたね……っ」
しかし、どうでもいいが、長原さんは後ろから抱きつくようにして口元に手を回してきたから、このままの体制だとなんだか柔ら──って! 危ない危ない。
「な、長原さん。少々離れてくれ」
「──ぁ! す、すみませんっ」
すぐに長原さんは離れたが、この場の気まずい雰囲気は残ってしまった……。っと! そんなこと考えてる場合じゃなかった!
意識を戻し、すぐさま有野の背中を探した。
「あれ? どこだ? あいつどこに行ったんだ?!」
いつの間に捕まったのか!? そんな、馬鹿な。
もっと警戒していかないからだ。あの馬鹿野郎。
「あの、僕ここにいるんすけど……」
「え?」
見ると、有野は俺の真横で心底呆れた顔で立っていた。
あれ、どうなってんだ?
「いや、僕普通に武器落としたから拾いに行ってただけだよ」
「だったら報告してから立てよ」
「ごめんごめん。でも、僕邪魔だったかな」
頭をポリポリと掻きながら、困った顔で笑ってる。
すまん。静かにそう思うしかなかった。
「さ、さて。気を取り直して行こう」
「はい」
「うん」
なんだか妙に気まずくなっただけな気がする。こんな状態で本当に大丈夫なのか?
いや、当事者の俺が言うことではないことはわかってるけどさ。
俺たちはまとまった体制でスタスタ茂みから出た。
すると、すぐに警備員の一人が俺たちに気付き、声を荒げる。
「誰だ! お前たち。ここは私有地だぞ。さっさと立ち去れっ!」
「いや、僕たち上司に呼ばれてさ」
「上司……? まさか、あの方の?」
「そうそう。えーっと、名前なんだっけ」
ここで名前をド忘れした有野が、俺に小声で訊いてきた。
「岩沼だよっ。岩沼西秋」
「ああ。そうだったね」
ゴホンッ。と喉を一度鳴らし、若干不審に思った警備員の気を引き、
「その上司。岩沼西秋にさっ」
まるで決め台詞を言うかのように、無駄にドヤ顔でキリッと言い放った。
俺たちは呆れたが、警備員はそうはならず、すぐにわかったと続け、耳につけているピンマイクに向けて何やら喋ると、再び俺たちの方を見た。
「中に案内する。着いてこい」
「ああ。頼むよ」
警備員の後ろに有野が続き、その後ろに俺と長原さんがついた。
こいつ、絶対に調子に乗ってるな。多分普段できない人を使う行為が今出来ているから、その影響で態度が大きくなってるんだろう。
そんな事を考えている間にも歩みは進む。
ガラスの自動ドアを抜け、廊下を少し進んだところである部屋に入った。
真ん中に長テーブルが置いてあり、その両サイドに長いソファーが設置してある。
ある程度装飾もしてあるし、窓から光もよく入ってくる。ここは来客用の部屋だろう。
「ここで座って待っていろとの命令だ」
それだけを告げて警備員は部屋を退出した。
すると、その瞬間有野が大きく息を吐いた。
「いやーー。上手くいってよかったよ。あいつら僕が一番偉い人だって勘違いしてるんじゃないの?」
笑い混じりの口調。
やはり調子に乗っていたか。
まあでも、多分ここには岩沼本人が来るはずだし、そんな嘘はここで終わりなんだけどな。
「あまり喋りすぎないほうがいいです。有野さん。監視カメラがある可能性が高いです」
「うっ。た、確かにね」
と、その時。ノックの音が部屋に鳴り響き、ドアが開いた。
「意外と早かったな。フッ。そんな警戒しなくてもいきなり殺したりはしない」
俺たちはノックの音が鳴り響いた瞬間に、各々の武器を構えていた。
三つの銃口が向けられているにも関わらず、岩沼は全く恐れる様子もなく、薄い笑みを浮かべていた。
「おや? 今日は一人いないな。それに飛行装置もつけていないみたいじゃないか」
「敵の本陣に突っ込むのに、敵が欲しがるものを持っていくほうがおかしいだろ」
「確かに。だが、それは自ら武器を捨てているとも言える。あまり良い手とは言えないな」
「くっ」
こいつと会話をしていると、全て思考を読まれているのではないかと考えてしまう。
まあ実際頭の回転はとても早いのだろうが。本当に厄介だ。
じっと睨む俺に、薄い笑みを浮かべる岩沼。
そんな二人の間を取り持つかのように、長原さんが喋り始めた。
「それより岩沼さん。何故第二研究所で会おうと言ったんですか?」
「フフフッ。話の本題に入る前に、少しお話しでもしようじゃないか」
岩沼は不的な笑みを浮かべながら、なぜかお湯を沸かし始めた。
まさかこんな状況でお茶でも飲もうと言うのではないだろうか。
「君たちはそこに掛けて待っていればいい。すぐにできる」
どうやら間違いないようだ。
少しして、湯呑みを三つ机に置き、その向かいに一つ置いた。
「まさか、飲むと思っているんですか?」
「そうだな。確かにこんな怪しいものを飲むはずがない」
では一体何故淹れたんだ。
そう訊きたかったが、その前に岩沼が椅子に掛け、お茶を飲み始めた。
「さて、一つ質問をしよう。君たちにとって仲間とはなんだ?」
「は?」
「なに?」
「………」
突然の質問に、俺と有野は思わず間抜けな声を出してしまった。
そっと長原さんの方を向くと、意外にも真剣に考えているようだった。これも何か裏があると思い、しっかりと考えているのだろう。
仲間。仲間か。俺にとって仲間は本当に助けになる存在で、その仲間に何かあればすぐに助けになってあげたい存在……か。
「私にとって仲間は、純粋に一緒にいて楽しいと思え、腹を割って話すことのでき、困った時に一番初めに頼りになる存在です」
「そうか。私も異論はない。だが、仲間とは力にもなるが、時に我をも殺す。そう思わないか?」
その瞬間、バン!! といきなりドアが勢いよく開き、何人もの銃を構えた奴らが雪崩れ込んできた。
「っ!!」
「なっ!!」
「しまった!!」
俺たちは一瞬にして敵に囲まれた。
全ての銃口が俺たちに向けられていた。
俺たちがいくら銃を連射したところで、数の力に叶うはずがない。
まずい! まずいまずいますい! 何故俺はまるで警戒していなかったんだ……!! いや、今はもうそんな事はどうでもいい。ここから脱出することだけを考えるんだっ!
すぐに両手を天井に向け、無抵抗な状態になり、少しでも時間を稼ぐ。
周りを見てどこかに隙が無いかを伺うが、当然ながらそんなものはなかった。
と、そんな焦りまくった状況で、岩沼が話しを始めた。
「さあ、杉田君。突然だが君に二つの選択肢をやる」
いきなりの問いに動揺を隠さなかったが、今はただ聞くことしかできない。
「一つ目は私たちに協力をし、生きながらえることだ。そうすれば君は助けてやる。二つ目はここで死に抗い、苦しみながら死ぬことだ。さあ、選べ」
「──……」
な、なんだよそれ……。そんなもの。選べるわけがない! 無理だ、そんなの!
鼓動がやけにうるさい。眩暈もするし、汗も止まらない。思考もままならない。手だって震えているし、すぐにでも倒れてしまいそうだ。
「………っ。そんなの、選べるわけ……」
「杉田さん」
不意に、横から声がした。とても聞き馴染みのある声。この数週間のうちに色々なことを経験したとき、何度も一緒にいた。
「──?」
「私は、構いません」
「は?」
一瞬、長原さんが言っている意味がわからなかった。だが、すぐに頭で理解し、その言葉がどれほど辛いものかを知った。
「なので、早く前者を選択してください」
「いや、そんなの、無理に決まってるだろ……」
「杉田さん。私は楽しかったです。ほんの数週間ばかりの出来事でしたが──」
やめろ。やめてくれ。その言葉を、最後まで言わないでくれ。それを言ってしまえば、俺は……。俺は……っ!
「ありがとう──」
「やめてくれ!」
バリィン!!
刹那、窓ガラスが勢いよく割られ、そこから一人の女性が入り込み、俺たちの囲む敵に向けて次々とテーザー銃を連発させ、無力化させていく。
それと同時に俺たちに向けて叫んだ。
「早くつかまれ!!」
何故? どうして桜井が? そんな疑問よりも先に、俺たちはすぐさま桜井につかまり、窓に向かって飛び込む。
ほんの一瞬の出来事だった。
「待て!! こいつらを逃すんじゃない!! 撃て!!」
痺れている状態で敵は無理矢理体を動かし、引き金を引こうとした。だが、それをわかっていたかのように岩沼はその暴走した男の銃口を手で塞いだ。
「よせ。撃つな」
「しかし!」
「目的を忘れるな。既に第二条件はクリアした」
「……はい。失礼しました」
男はすぐに大人しくなり、自分の行動を反省した。




