24 旧第一研究所
病院を出た俺たちは早速車に乗り込み目的の場所へと向かった。
倉本さんの上司……。一体どういう人なんだろうか。
気になることは色々とあるが、一番気になっているのはやはり倉本さんが話すのを躊躇い、口を結んでしまった言葉の続きだ。
『ただ燃料が無くなりそうだから帰ってきたと伝えても、きっとあいつらは……』という言葉の、その続き。
考えたってどうせ答えなど出てこないことは分かっていても、考えずにはいられなかった。
「どうしたんだよ。そんな難しい顔して」
「いや、何でも……」
「ふーん。ま、あんまり考えすぎんなよ」
「……ああ」
そうだな。お前の言う通りか。
俺は一度頭を空っぽにし、それからこれからのことについて考え始めた。
それから車に揺られること四十分。いつの間にか周りには高い建物が乱立する都会に来ていた。
近くの駐車場に車を停めると、そこから超高層ビルに向かった。
「いやー。流石に僕たち田舎者だから、この規模の建物を見るとわくわくするねー」
「ま、家の近くには高い建物全然ないからな」
別にないから悪いという話じゃないが、二〇〇メートル級の建物を見ると、流石に圧倒もされてしまう。
「それで、ここら辺のどこにその上司の家があるんだっけ?」
「あの建物ですね」
そう言って長原さんが指差すのは、同じく超高層ビルのひとつだった。
「え、こんなところに住んでるの?」
「なあ。それってものすごい金持ちってことか?」
「そういうことになりますね」
俺と有野は同じように開いた口が塞がらなかった。
というか、その倉本さんの上司は政治家とも繋がってるんだろ? だったらこっちから接触した時点でもう負けるんじゃないか?
警察さえ通じないとなると、本当に詰んでないか……。
「さ、行きましょうか」
「あ、そうっすね……」
まるでコンビニに行くような軽さで長原さんは言った。
今俺がここでどれだけ最悪の事態を考えたところで、それはどうしようもないことだ。
大人しく長原さんに着いて行こう。
「てか、これタワーマンションなんだから絶対セキュリティ高いでしょ」
「確かに、有野の言う通りだな。どうやって突破するんだ? 俺はこんなゴッツイ飛行装置と身体にまとわりつくアシストスーツで、完全に怪しい人だってのに」
おかげでさっきからずっと行き交う人にジロジロと見られている。
「まあ視線は仕方がないだろう。お前の装備がゴツすぎるのがいけない」
「いや、お前が作ったんだぞ?」
まるで当事者ではないような言い方をするやつだ。
まあ流石に飛行装置とアシストスーツは邪魔なので車に置いて、俺たちはタワーマンションに向かった。のだが──……。
「いえ、ですからその人とは知り合いで、中に入れて欲しいだけなんです」
「ならその知り合いの方と一緒でないと困ります」
マンションのロビーに入り、オートロックの前まで来たところで、まるで察知されていたかのように警備員が飛んできて、行く手を阻まれ口論になってしまった。
「うー……」
「通行人の邪魔になりますので、待つのであればドアから離れてお待ちください」
そう告げて警備員はどこか警戒しながら戻っていった。
「困りました。場所は分かっているのにこのままでは会えませんね……」
「いや、考えれば分かる話だったような……」
「何か言いましたか?」
「いや、何でもない」
あれ。意外と長原さんって抜けてるのか?
「しかし、どうするよ。このままじゃ会うどころか、中に入れず終わっちまうよ」
正直俺はお手上げだ。
警備員が目の前にいる中では流石に強行突破は不可能だ。
俺たちはマンションの入り口で、顔を顰めながら困り果てていると、
「誰かに、会いに来たのかい?」
「え?」
いきなり何者かに後ろから話しかけられた。
驚きながらも背後に振り向くと、そこには一人のスーツ姿の男が怪しげな笑みを浮かべながら立っていた。
俺だけが玄関ロビーに背を向けて壁の方を向き立っていたので、近づいてきた人に気づかなかったようだ。
怪しい男に初めに声をかけたのは長原さんだった。
「初めまして。私は長原と言います」
「ああ。どうも。私は荒城と申します」
礼儀正しく頭を下げてきたので、こちらも軽く会釈する。
「さて、本題に入りましょう」
すると、再びフッと薄い笑みを浮かべながら話し始めた。
「あなた達は、もしかしてあの方に会いに来たのではないですか?」
あの方って誰だ? もしかして、それが上司なのか?
動揺している俺に対し、長原さんは冷静に、
「はい。今は不在みたいですけどね」
「それはそうでしょう。今あの方は過去の研究データを集めるのに忙しいですからね」
過去の研究データ? 一体なんの……。飛行装置に搭載されている発電装置のデータか? もしかしてまた作ろうとしているのだろうか。
「今、どこに居られると?」
「今は旧第一研究所に」
「分かりました。では、私はこれで」
「まあそう急がなくてもいいだろう」
話をすぐに切り上げてそそくさと撤退しようとした長原さんを、荒城は言葉で引き止めた。
なんだ? やはり怪しまれたか……。
「君は──いや、君たちはどう言った用で訪ねるつもりだったのかい? あまり見ない顔だが……」
「……私たちは総合研究所にいた者で……。今後の配属についてですね……」
「……なるほど。だったらあまり交流もないはずか……。フフフッ。それでは」
そう言って荒城と名乗る男はマンションに入っていった。
あれ、なんか俺たちの正体を普通に分かった上で、敢えて何も言わずに立ち去ったようにしか見えないんだが……。
姿が見えなくなったところで、俺はようやく緊張から解放されて喋られるようになった。
「旧第一研究所というところの詳細、訊かなくてよかったんですか?」
「あの場で場所を教えてくださいと言えば、きっとあちらは我々をもっと疑っていたでしょう」
まあ確かに。あの方とやらに会う人が、旧第一研究所という、いかにもヤバそうな雰囲気を纏わせている場所を知らないわけがないか。
でも……。
「だが、それであなたは場所は知っているのか?」
桜井はもっともな問いかけをした。
すると、「ええ」と言って、少し考えた後、
「確か旧第一研究所は、昔何かで知ったんです。あれは……そうです。阿久津さんがパソコンで何か作業をしている時に、ふと目に入ったんです」
「じゃあ場所は知っていると」
「はい」
阿久津さんは確か前長原さんが所属していた組織のリーダーだった人か。
そういえば、あの人はまだ俺たちが持っている発電機を取ろうとしているのだろうか。
まだ諦めたわけでもないはずだし、今後もまた会う可能性はあるのか……。
「なら早く向かおう」
「お、おう」
なんかこいつちょっとやる気になってないか? 普段なら絶対しない全体の統率もとってるし……。
もしや旧第一研究所という言葉がこいつの心に刺さったのだろうか。
「おい杉田。何をぼーっとしている。早く行くぞ」
厄介な……。
それから俺たちは再び車に戻ってくると、そのまま研究所目指して走り始めた。
途中で昼食を済ませ、途中うとうとしながらも車に揺られること約一時間。長原さんの記憶を頼りにようやくその場所に着いた。
俺たちが降り立った場所は、周りが木々に囲われ、完全に森の中だった。
「ほぉ。ここが……」
「へー。ここが、その……旧第一研究所……」
「廃墟?」
「これは流石に想像していなかったぞ……」
お。流石にこの二人は研究大好きっ子であって、廃墟に心惹かれる奴らではないか。
俺はもう一度、ところどころ崩れたその旧第一研究所とやらの建物を見る。
壁はだいぶ汚れていたり、草木に覆われているが白色みたいだ。
しかし……これは……。
「なあ。ここってもともと病院だったんじゃないのか?」
「いえ。そんなはずはないですよ。確かにここでしたから」
「そうか……」
「なに言ってんだよ杉田。まさかボケたのか?」
「大学生とはいえお前はもうそんな歳か……」
何なんだよこいつら。そんな俺を憐れんだような目で見てきやがって。そんな変な目で見るなよ……。
「さ、行こうぜ」
俺たちはその建物に向けて歩き出した。
敵の親玉がいるので、俺も警戒してレールガン暫定装着型飛行装置とアシストスーツを身につけていた。
桜井と有野もテーザー銃を。長原さんに至っては実弾銃を装備していた。
流石に有野も緊張しているのか、歩いている途中一言も喋らなかった。
「さ、ここが一応正面玄関のようですが……」
「あまり正面玄関の意味はないな」
というかほとんど意味がなくなっていた。
既にガラスなどはほとんど割れていて、躯体や壁の殆どにヒビが入っており、そもそも崩れている場所さえある。
一応見た感じでは五階建の建築物だったようだが、今やその面影は無くなりそうになっており、コンクリートの山になったっておかしくない状態だった。
「この中に入るって危なくないかな」
「大丈夫だ。もし崩れてきたら、長原さんと桜井を抱えて飛び立つから」
「僕はどうなるんだよ!」
「大丈夫だ。……何とかなるさ」
「せめて何か言ってフォローしてくれよっ」
フォローって言ってもな。別に何も思い浮かばないな。
「黙って険しい顔をしないでくれよ」
「あれ、これって」
「僕を無視しして話を進めないでくれ──って、これ……」
俺たちの見つめる視線の先。建物の玄関の横には俺たちが乗ってきた車とは違う、別の車が停車していた。
これってやっぱり。
「まだいるってことだよな……」
「そうですね……。みなさん。気を引き締めていきましょう」
俺たちも既に冗談が言える空気ではなかった。
この先、この殆ど崩壊した建物にその上司とやらがいるのだろう。
俺は固唾を飲んで歩みを進めた。
一応正面玄関として残っている場所から、屋内なのか屋外なのか分からないが入り、瓦礫や物が散乱した場所を行く。
とてもここが第一研究所と呼ばれていた場所とは思えない。
「しかし、これだけ窓ガラスも割れてて外が見えると、逃走もしやすいな」
「だな。でも本当にこんな場所に上の人が来るのかねぇ」
確かに有野の疑問はもっともだ。これでは探し物をするにしても瓦礫が散乱していて思うように進まないはず。
そもそもこんな廃墟に何が眠っているというのだ?
「分からんな」
と、そう頭を回転させながら呟いたその時だった。
ガラガラッと瓦礫が動く音がした。
「ん? 有野か?」
「いや、僕じゃないよ」
「………」
一斉にみんなに緊張が走るのを感じた。
この場所には、確実に何かがいる。
俺たちは、銃やらを構えながらゆっくりと音のした方に進む。
一歩。また一歩と足を進めるごとに、だんだんと気配が強くなり、確信に変わった。
「あ、あの人は……」
長原さんが小さく呟く。
その人は、黒色のスーツをしっかりと着込み、冬だというのに、全く寒さを感じさせない堂々とした立ち振る舞いで、辺りをキョロキョロと見回していた。
「知ってる人なんですか?」
「ええ。一度だけ、まだあの組織に入って右も左も分からない頃、一度だけ見た覚えがあります」
ということは、どうやら上司で間違いないようだ。
「どうしますか。一斉に突っ込みますか」
「……いえ。まずは私が話をしてきます」
「一人で行って大丈夫か?」
これまでの彼女なら、私は一人でも大丈夫です。それより、みなさんは私に何かあったら逃げてください。と言っていたかもしれない。
だが……。
「……もしピンチになったら、助けてくれますか?」
「そりゃもちろん」
「分かりました。では、行ってきます」
そう俺たちに告げ、歩いていった。
と、その瞬間後ろからガバッと肩に腕が回された。
「うゎっ。誰だっ。ってお前かよ」
俺の後ろには当然ながら有野が。
「なあ、お前と長原さん、本当に何もないんだよな」
いきなり襲ってきたと思ったら何だその質問は。失礼なやつだな。
「何もねぇよ。逆に何があるって言うんだよ」
「……そ、そりゃ男と女の関係みたいな……」
「悪いがそんなものはない」
さて、有野が変な目で見てくるのはまあ分かる。だが桜井までもがじーっと目を細めて見てくるのは一体何故だ?
そんなに疑わしい関係に見えるのか?
と、そんなふうに馬鹿みたいな会話をしながらも、俺は一度も長原さんから目を離すことはなかった。
そろそろ接触する頃か……。
「やあ。久しぶりだね。君は確か長原と言ったか」
「覚えていたんですか」
「当然。私はこれまで会った人は全員記憶している」
数メートル先の会話が、風に流されて微かに聞こえてくる。
「だが、君は私のことを知らないだろう」
「……はい」
「フフフッ。まあここで自己紹介をしてしまうのもいいが、私は何度も自分の名前を言うのは嫌なのでね、そこにいる君たちも出てきたらどうだい?」
そいつの目が、確実にこっちに向けられていた。
いつ……。いつ気づかれたんだ? いや、こいつらがうるさくしたか。
だが、そんな疑問を考えるよりも、まずは表に出るべきだと考え、俺たちは敵に銃を構えながらゆっくりと出てきた。
「そんなに警戒しなくても、私は君たちに危害を加えようとは考えていないさ」
まるで考えが読めない。
不適な笑みを浮かべながら、そいつは続けて、
「ああ。君たちは何故私が気づいたかが疑問なのか。そんなものは簡単だ。そもそも君たちは私の敵対勢力だから、把握しているのは当然だろう? それに長原は一人でこんなところに来るはずがない。だからすぐ近くにいると踏んだまでだ」
どうやら俺たちのことは知られているらしい。まああれだけ色々やったんだからな。逆に知られていなかったら疑問に思うくらいだ。
「さて、疑問も解けたところで自己紹介といこうじゃないか。私は岩沼西秋」
ここは素直に自己紹介をした方がいいのか? だが、時間稼ぎの可能性もある。
だが今は名前を言うのが普通の流れか。
「………俺は杉田だ」
それに続き、有野も桜井も名を告げる。
すると、岩沼は顎に手を当てて少しの間考えた後、考えがまとまったのか、こっちに目を向けた。
「杉田君──と言ったか。君、下の名前はなんだ?」
「……慶です」
俺がとても警戒しながら言うと、目を一瞬見開いた後、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、
「フフフッ。なるほど。そう言うことか。君が……。君がそうだったのか」
「俺が、何だよ」
警戒しながらも、俺はそう尋ねる。が、岩沼は素直に答えるとは思えなかった。
岩沼は頬を引き締め真顔になると、俺を見据え、
「杉田君。君の父親は──東栄だったかな」
「……何故、親父の名前を?」
「フフフッ。君の父親は、当時の組織の一員だったからな。把握しているのは当然だ…」
俺の親父が……組織の一員? 一体どう言うことだ?! 訳がわからない。そもそも何故……? 俺の親父はこんな奴の仲間だったってのか?
「そんな……」
「フッ。知らないのも無理はない。何故ならもう十五年も前のことだからな」
十五年前……。それは地震で親父が死んでしまった時だ。ということは、親父は地震で死ぬまでずっと、この組織に勤めていたと言うこと……か。
そして俺は……今、そんな組織に真っ向から歯向かっていると言うわけか。
考えれば考えるほど混乱する……。
「あいつは優秀だよ。本当に。だが……。それよりも、君はこの場所に見覚えがあるんじゃないか?」
「………」
この場所。この廃墟が……。
もう一度しっかりと周りを見る。すると、そこに存在する小さな面影が、俺の記憶を巡る。
「まさか……。そんなわけ……」
「フフフッ。君が考えていることは正解だ。だが、認識は違っていたね。何故なら十五年前はここは君にとっては病院だったからな。無理もない」
周りから疑問の眼差しが向けられるのを感じた。だが、今は説明している余裕などなかった。
一旦自分を落ち着かせるため、大きく深呼吸をしようとした、その時だった。
頭上から空気を切り裂く大きな音が聞こえ始めた。
「なっ! こ、この音は──!」
「ヘリコプター!? 岩沼さん! 逃げるんですか!」
「そうじゃない長原。私は帰るだけだ。収穫もあったしな」
そう言っている間にも、ヘリコプターはどんどんと地上に近づいてきて、地上との距離が十メートルほどになったところで梯子が降りてきた。
「フフフッ。それでは帰らせていただく」
そう告げて右足を梯子に引っ掛け、上がっていくのかと思ったところで再びコチラに顔を向けた。
「ああそれと、次は第二研究所で会おうではないか」
それだけを言って今度こそ上がっていった。
ヘリコプターの爆音が去ってしまうと、この場所がいかに静かな場所だったかを理解させられた。




