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22 ふたつの悩み

 車に揺られる事三十分。俺たちはようやくヘリ墜落後、搬送された病院に着いた。

 それはとても名の知れた大学病院だった。


「ここか……。ここに、いるんですね」

「はい。報道ではそう言われていましたからね。ここにいるはずです。ですが、実際今現在会える可能性は低いです」

「なぜ──」


 言いかけて、言葉を止めた。

 何故も何も、その一人の生存者は、俺の見たニュースでは現在意識の戻らない状態だったからだ。

 そんな状態では会う事は無理だろう。


「そうか……」

「ま、でもここまで来たんだから一回行ってみようよ」

「そうだな」


 有野の言う通りだな。

 ここまで来て何もせずに帰るなんて、まずありえない。

 俺は自分の中で覚悟を決め、歩き始めた。のだが……。


「その方でしたら、今現在も意識が戻らない容体でして、面会をする事はできない状況にあります」


 そう冷静に受付の方に言われてしまったので、とりあえずその患者が目を覚ましたらすぐに電話して欲しいと言い、電話番号を書いてその場を後にした。

 まあ、そうなる可能性は考えていたさ。でも、実際そう言われると……。


「………」

「どうしたんだよ。そんな難しそうな顔して」

「そうか? 別にそんなつもりはないが……」


 会わなかったことに対しての、少しの安心。それと反対に、会わなかったことに対しての、焦燥感。

 そんなものが俺の頭の中にあった。

 ちゃんと会っていれば、きっと罵倒されたり、怒鳴られたり、睨まれたりなど、恨みを買っているはずだから多少何かしらそういう俺に対しての悪意の反応があったはずだ。

 だが、会わなければそんなものは存在しない。でも、だからこそ逆に……。

 俺は……怒られたかったのだろうか。いや、多分、何かしら言葉を聞きたかったんだ。


「杉田さん」


 もしかしたら俺は、ヘリコプターを墜落させた容疑者として捕まってしまうかもしれない。


「杉田さんっ」


 だからこそ、ヘリコプターに乗っていた一人であるあの人から、許しをもらうか、恨みを買うか、どちらにしろ何かしら動きが欲しかったんだろう。

 だが、会うことさえできなかった今、俺はただただ焦るしか──。


「杉田さん!」

「うわっ! な、なんだ?」

「やっと気づきました。杉田さん。早く行きますよ」

「あ、ああ」


 長原さんに連れられ、俺は再び車に向けて歩きだした。


「杉田さん。なにか考えていたんですか?」


 別に隠すようなことでもないかな。

 そう思い、素直に返事をする。


「……ああ」

「そう、ですよね。あなたにとって、今意識が戻らない一人の生存者は自分で殺しかけた人。ということですからね」

「………」

「もしかしたら、恨まれているかもしれない。会った時、憎悪の目を向けられるかも知れない。罵声を浴びせられるかも知れない。警察に、突き出されるかもしれない。そういったいろんな考えが、あなたの中にあったんでしょう……」


 全て、見透かされているのか。

 長原さんが凄いのか、それとも誰にでもわかるほど俺の考えは浅はかなのだろうか。

 そう考えると俺を尻目に、長原さんは話を続ける。


「でも、大丈夫です。何があっても、私が庇いますから」


 それは、俺の代わりに長原さんが捕まる──ということなのだろうか。

 そんな事ってないだろ。

 だから俺は思わず口走った。


「大丈夫です。長原さんにそこまでしてもらわなくても。俺は子供じゃないんですから」

「……そうですか。なら分かりました」


 長原さんはそう言うと、そのままさっさと車に小走りで向かっていった。

 なんだ今のは?


 それから俺も車に戻ると、そこからの雰囲気は険悪そのものだった。

 それは車に入った瞬間から感じ取れた。

 そんな状況下、有野が俺の耳元でこっそと言葉を話し始めた。


「おい杉田。お前なんかやった?」

「は? 別に何も」

「じゃなんで長原さんの運転、なんか荒いんだよ」


 確かに言われてみれば。気にして見て見るとまるで行きの時の運転と違う。本当に荒い。


「病院にいた時は別に普通だったし、それから別れた間に何かあったんだろ」


 そう言われてもな……。俺は長原さんにあんな自己犠牲をしてほしくなかっただけだしな……。

 もっと自分の身を大切にしてほしい。だから俺はああやってしっかりと伝えただけなんだよな。


「………」

「なんだよ考え込んで。やっぱりなんかあったんだろ」

「うるせぇ。知るか」


 有野のことは無視して歩いている時の会話を再び思い返す。

 気に触るようなこと、なんか言ったか?

 思い返して見ると、俺と長原さんはまだ出会って数週間程度しか経っていなく、実際会話を交わしたのは数回程度だ。

 完全に相手を理解するには、あまりに時間が短い。

 俺が知らないだけで、長原さんの気に触る何かを触れたと考えるべきか。


 と、そんなことを考えているうちに車が止まった。


「さ、着きました」

「へ?」


 全く外を見ていなかったので。いきなりの言葉にびっくりしながら顔を上げる。


「こ、ここは?」

「ここは──拠点。とでも言いましょうか」


 なんだ? その曖昧な言葉遣いは。完全に言い切ってしまえばいいのに。

 外に顔を向けると、そこには普通の住宅街が広がっていた。

 そして車を降りると目の前には一軒家。

 ここはただの家にしか見えない。


「本当に、拠点なのか?」

「はい」

「ひょっとして長原さんの家だったりして」


 うるせぇ。顔を近づけてくるな。俺は今長原さんのことと、それに病院に運ばれた一人の生存者のことで頭がいっぱいなんだよ。

 くそっ。考えることが多すぎる。

 今は生存者の人のことに集中したいのに。なんでこうも次から次へと……。


「おい杉田。聞いてんのかよ」

「あ? なんだよ」

「もしかしたら、ここ長原さんの家かもしれないぞ」

「知るか。んなこと」

「ちぇっ。何イライラしてんだか」


 こっちは色々考えることがあるんだよ。ほっといてくれ。


「つまんねぇの。そういや、あの人何歳なんだろうなぁ」


 そんなことを下心を浮かべた表情で呟きながら、歩いて行った。

 まったく、面倒なやつだ。

 さて、長原さんの言う拠点というところは、拠点というには少し寂しいところだった。

 確かに一軒家で表札なんかも長原と書かれていたので、俺自身も長原さんの家なんだろうなと思ったのだが、いざ中に入って見ると、生活感などかけらもないだだっ広いだけの空間が広がっていた。

 これには有野も目に見えてガッカリしていた。


「何だよ。期待してたのに……」


 変なことを期待してんじゃねえ。

 そうツッコミを入れながら拠点を見て回った。

 まあ最低限生活に必要なものはあったので別にそこまで困りはしないが、やはり必要最低限ということもあって特質して言うことはなかった。


 というか、そんなことよりも俺は他のことで頭がいっぱいだった。

 ここは、一つ相談に乗ってもらった方がいいのではないか?

 そう思い、迷わず俺は桜井のもとに行った。


「どうした。私は忙しいのだが」

「悪い。でも、一つ相談に乗って欲しいんだ」


 俺の真剣な気持ちが伝わったのか、桜井はため息をつくと、話してみろと言って促してきた。


「あのな、これは長原さんのことなんだが、俺があの一人は生存者の人のことで色々悩んでいる時の、あの人は俺に『大丈夫です。何があっても、私が庇いますから』って言ってくれたんだが、正直、俺はあの人の自己犠牲がすぎる行動はどうかと思ってな、それを断ったんだ」


 あーーっ。何だこれ。今更だが言ってる自分が滅茶苦茶恥ずかしくなってきた! どうして俺こんなことしてんだ? 自分で自分の恥を言いふらしているみたいで馬鹿みたいに思えてきたぞ。このやろう。

 こうなったらヤケクソだ!


「それでな。桜井からして、俺はどうするべきだったと思う? 俺は長原さんの自己犠牲をやめて欲しかっただけなんだ」


 あぁ全部言い終わったぞ。これで笑われたら俺は終わりだ!

 しばらく桜井は考え込み、そしてやっと喋り出した。


「ふむ。そうだな……。きっとあの人は本当にただの善意で動いている。それか罪滅ぼしか……。それか借りを返す為か。色々あるが、今言えることはただ一つだ」

「な、なんだよ」

「お前が今言った『自己犠牲をやめて欲しかった』と言う言葉をそのまま言ってやればいいだけだろ?」


 ………それは盲点だった。何故そんなことに気づかなかったんだ?


「しかし……。今の話を聞いていると……」

「ん? 何か言ったか?」

「いや、何でもない」


 変なところで話が切れたな。気になるじゃないか。

 まあそうは言っても聞き返すこともなんだか違うと思い、そのまま礼だけ言って立ち去った。


 それから俺は長原さんがいるはずの部屋のドアをノックした。

 すると早速、


「はい。誰ですか?」

「俺です」


 あ、やっべ。ミスった。有野にやる癖が……。


「……杉田さん……?」


 そう自分の言葉を疑う声が小さく聞こえ、ゆっくりとドアが開けられた。


「は、はい。よく分かりましたね」

「……いえ。何となくです」

「………」

「………」


 それから二人は黙ってしまった。

 気まずい雰囲気を漂わせながら、少しの間何も言えずにいたが、しばらくして俺は意を決して言葉を放った。


「──あの。説明があります……?」

「……は、はあ」


 自分でもよく分からなくなってきた。しかしなんて言えば良かったんだ? 弁解があります? 誤解があります? いや、普通に話がありますで良かったか……。

 明らかに長原さんは意味が分からず、『?』を頭に浮かべていた。


「昼間のことですが、俺はあなたの自己犠牲な考えをやめて欲しくて、それであんな事を言ったんです」

「………」

「それで怒らせてしまったのなら謝ります。でも、その考えだけは改めて欲しいんです」

「私は……ただあなたたちを巻き込んだことに対して、責任を取りたいだけなんです。なので、この考えを改めることは──」

「いや、違いますよ」

「?」


 俺は長原さんの言葉を遮り、話し始めた。


「巻き込まれたんじゃないんですよ。元はと言えば有野があんな飛行装置なんてものを作ってしまったから、こんな事になったんだ。それに俺だって、あの時自分から飛行装置の実験に付き合ったんだし、桜井だって自分から協力すると言った。その結果、いや、その過程でこんな事態が起こっているだけなんですよ」


 そう。全てはまだ過程に過ぎない。

 ここからもっとたくさんのことが起きるのだから。


「言うならば俺たちにも責任がある。だから、まあどちらかと言えば巻き込まれたという言い方に当てはまるのは、長原さんの方なのかも知れませんよ?」


 そう微笑を浮かべながら言った。

 すると、いきなり長原さんが小さく笑い出した。


「……すみません。でも、おかしくて……っ」


 確かにおかしい。だが、ここで俺もおかしいと言ってしまえば、自分の理論を否定することになるので俺はあえて何も言わなかった。

 その代わり、ただ微笑んでおいた。

 それから少しの間、長原さんと笑い合い、お互い深呼吸をして落ち着きを取り戻す。


「分かりました。あなたの言う通り、私たち全員に責任があると言うことにしておきましょう」


 あー。分かってもらえて良かった。まさかこんなにも上手くいくとはな。

 桜井に相談して良かったな。

 さて、ここでもう用も無くなったのでそのまま部屋を出ようと思ったのだが、ふとこの拠点に入る前に有野が呟いていた疑問が頭の中に浮かんだ。


「そういえば、長原さんって何歳なんですか?」

「──?」


 あ、ミスったか? そういえばどこかで女性に年齢を尋ねるのは失礼なことだと聞いたような……。

 だが、俺の予想とは反し、長原さんは特に怒った様子もなく、


「そういえば、この前21歳になりました」

「え」


 そう淡々と答える。

 だが、俺はその言葉を聞いて理解するのに少しだけ時間がかかった。


「何ですか、そんなに……老けて見えますか?」

「い、いや。そうじゃなくて……全く逆です。確かに見た目からも若いとは思っていたが……。まさか21とは」

「………」

「長原さん?」

「い、いえ。そうですよ。まだ若いんですから」


 自信満々にそう言って、長原さんは部屋を出て行った。

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