21 冬休みの始まり
「そ、そうですか。それで……」
「はい」
俺は長原さんに、飛行装置にこのレールガンが付けられた理由と、それに例の誤射事故についても軽く話しておいた。
今後はないとは思うが、絶対にないとも言い切れないので、一応警戒はしてもらったほうがいいだろう。
「それで、その穴は……」
「残念ながらまだ空いてます。全てが終わったら塞ぎに帰ってきましょう」
「おい、何だよその死亡フラグ的な言葉は」
「いや、こんなものが死亡フラグになってたまるか……」
俺、帰ったら結婚するんだ──的なフラグよりも、よっぽどカッコよさもなくバカみたいなフラグだな。
こんな死亡フラグ、絶対に回収したくない。
なんで全てを終えて帰ってきて、穴を塞ぐのが最終目標みたいになってるんだよ。
「さ、こんな馬鹿な会話してないで行こうぜ」
そう俺が言うと、三人とも頷き長原さんの車に乗り込んだ。
さて、車の中には嫌な静かさがあった。
誰も喋らない。というか、喋り出せない空気が張り詰めていた。
別に誰かが意図してやったわけではない。ただ車に乗ってしばらく、誰も喋らなかっただけのことだ。
それだけでこうなってしまった。
「………」
どこに行くのかとか、これから何が待っているのかとか、色々訊きたいことがあるのに、誰も訊かなかった。
なんでこんなことになってるんだ? くそっ。こうなったらやってやる。
「──ぁ、あの」
喋り出しはとても小さかったが、途中からの声量で巻き返した。
それに対して長原さんが、「はい」と答えた。
「こ、これからどこに行くんですか?」
「これから向かうのは、前回襲撃したあのビルです」
張り詰めていた空気のなか、長原さんの声は淡々としていた。
ああ。あの普通のビジネス街にある一棟のビルか。
「って、また行くんすか」
「ええ。何の収穫も無いかもしれませんが、それでも今はとにかく情報が欲しいですから。もし誰か残っていたら、情報を何とか聞き出したいところです」
なるほど。どうやら結構ガチでやりに行くらしい。
と、ここで再び車内に沈黙が訪れた。
さっきまで会話をしていた分、車のエンジン音が妙に大きく感じる。
しばらくそんな状態が続いたが、信号で車が停止したところで今度は長原さんから口を開いた。
「ちょっといいですか? あなた達は──ニュース。見ましたか?」
「──っ」
ニュースという単語を聞いた途端、俺の頭の中でヘリコプターが墜落し、二人が死亡し一人が重傷を負ったニュースを思い出す。
実際長原さんもそれに関して問いかけてきたはずだ。
なので俺は小さく「はい」と言いながら頷く。
「そう……。すみません。やっぱり私がやるべきでした。普通の大学生であるあなたには、荷が重すぎましたね……。次、もし機会があれば私がやりますので」
最低だ。俺。こんな人にまで俺は気を使わせてしまっているんだ。
確かに俺は普通の大学生で、強い精神力も心も持ち合わせていない男さ。けど、だからといって今度はこんなか弱い女性に、あんな危ない行動をさせるのか?
いや、それこそ──おかしいだろ。無理だろ。
「いや、大丈夫だ。長原さんに殺人はさせませんよ」
「……なぜですか? あなただって辛いでしょ?」
「確かに。辛いことには辛いですよ」
当たり前だ。非道い事をしたということだって分かっている。
「でも、だからと言って女性に俺と同じ行動をさせるほうがおかしいでしょ。こんな事は、今後絶対にしませんよ。もちろん。長原さんにもさせません」
「………分かりました」
しばらくの沈黙の後、それだけを言って長原さんは車を発進させた。
バックミラーからも長原さんの顔は見えなかった。
それから車に揺られること数分。ようやく先日逃げ出してきたビルに着いた。
「外観は何も変わってないな」
「そうみたいですね」
「でも、中に人がまだいるとは限らないけどね」
「とりあえず中に入ってみればいいだろう」
桜井の提案はもっともなものだった。
外から見ていたって中の状態は全くわからないからな。
というわけで俺はいつも通り、レールガン暫定装着型飛行装置とアシストスーツ。その他諸々を付けた。
「待て。私はこの飛行装置にそんな名前をつけた覚えはないぞ」
「ん? 別にいいだろ? 今の飛行装置をちゃんと説明できている名前だ」
「まあ……別にいいが……」
とても不服そうな顔をしながらも、桜井は何とか自分でネーミングする事を飲み込んだ。
どんだけ自分で名前つけたいんだよ。
てか俺は何でこんな名前がすらすら出てきたんだ? というかこいつまた心を読んだ。
「何してる。早く行くぞ」
「あ、ああ」
もしかしたらこういう漢字が並べられたかっこいい名前を、心のどこかで自分で作ってみたいと思っていたのかもしれないな。
そんなアホみたいな事を考えながら、俺は皆んなのいる近くに小走りで向かった。
「さて、ここからは建物の中です。気を引き締めてくださいね」
長原さんの声かけに全員が頷いた。が、それに続いて俺は疑問を呟いた。
「しかし、扉は開くのか?」
「……」
無言で長原さんはドアノブを掴み、引こうとする。
………それはまあ当然と言えば当然だった。
敵からしたら、ここに俺たちを誘き寄せるメリットは無くなったのだ。
だったら──まあ、空いてるわけないよな。
「そ、そうでした。これは誤算でした……」
初手から誤算なんて、勘弁してほしい。
本当に長原さんに着いて行って大丈夫なのだろうか……。
「だ、大丈夫です。まだ考えがありますから」
そう言って長原さんはズカズカと歩き出した。
そして着いた場所は──ビルの裏手。
「ここの窓から侵入しましょう」
そう言って長原さんは慎重に窓をスライドさせた。
すると、どこかホッとしたような面持ちで中を覗き始めた。
本当に大丈夫だろうか。
「どうやらここはトイレみたいですね」
「しかし、建物の一階の、その裏手の窓だというのに、柵さえないのは少々不用心だな」
確かに考えてみればそうだな。路地裏の一階は危ないからな。侵入防止のために柵くらいありそうなもんだが。
「多分、この建物はここから逃げるために外されているんです」
「なるほど。なら丁度よかった」
こっちは楽に侵入ができるしな。
それからゆっくりと音を立てないように建物内に侵入。
足音を立てないように捜索を開始した。
それから程なくして、俺たちはある違和感に気づいた。
「おかしいですね。何もありません……」
「慌てて出て行った様子も何もなく、ただ本当に全ての証拠を持ち去って颯爽と消えた感じだな」
「ここまでがらんとしてると、ちょっと怖く感じるね」
そう。本当に何もない。まるで新築の建物にとりあえず家具だけを置いただけの部屋──と言っても、違和感はない。
「困りました……。ここに何もないのは予想外でした……」
きっと長原さんの中では、ここである程度情報収集をして、それから今後の動きを決める予定だったのだろうが……。
「これでは動くに動けませんね」
「いや、まだ何かあるはず……。もっと探そう」
このままでは冬休みという短い時間の中で終わらなくなってしまう可能性がある。
それだけまずい。それだけは阻止しなくては。
「とりあえず、最上階に行こうか」
「はい」
まずは有野が捕まっていたあの場所だ。あそこなら何かあるかもしれない……。
と、そう思い早速足を運び、捜索を開始したのだが……。
「何もないぞ……」
「おかしいですね……。何もありません」
「ここまでとはな」
「へへっ。あいつらビビり過ぎだっつーの」
お前が言える言葉ではないだろ。
そんな事を考えながら、残っていた机や棚の中、部屋の隅々までしっかりと探したのだが、何一つとして物は残っていなかった。
「こんなことってあるか?」
そう呟く俺に対し、長原さんは右手を頭に当てながら考え事をしていた。
「あの、長原さん?」
「……な、なに?」
「いえ、どうしますか。何の手がかりも見つからなかったですけど」
「……そうですね。私たちがここに襲撃に行ったその日中に立ち退いたんですね」
「ああ。そうだろうな」
「でも、一つだけわかったことがあります。それは別の拠点があるということです。それはもしかしたら本当の本部という可能性もあります」
確かに。急いで出て行っても大丈夫だという事は、もともと別の拠点が用意されていたのだろう。
という事はその拠点が本命である可能性もある。という事だが……。
「でも、そんなの何の手がかりも無しに見つけられるの?」
有野が自分の疑問を何の躊躇もなく言う。
その言葉が長原さんの中に刺さったのだろう。黙ってしまった。
ちくしょう。無神経だなぁ。
俺は有野を近くに寄せ耳打ちをする。
「お前は黙ってろ」
「え?」
「ま、まあ長原さん。まだ全ての階を探したわけではないですし、一回全て探してみて、それから方針を話し合いましょう」
そう取り繕うように言うと、長原さんは小さくコクンと頷いた。
頼む。何か見つかってくれ。でないとマジで詰むぞこのやろう。
何だっていいから見つかってくれ……。
そう考えながら必死に探した──が、俺の願いも虚しく、何も見つかることなく一旦車に戻ってきた。
流石に誰もが黙り込んでしまった。
一体誰がこんな初っ端から行き詰まると予想していただろうか。
「……あ、あの……長原さん」
「………」
「長原さん?」
「………」
「長原さん」
「………」
おいおい。全然反応しないぞ。まあ俺たちの今後もかかっているからな。かなりのプレッシャーを感じながらやっているんだろう。
そんな中で初めからこんなんだからな。仕方ないか……。
「楓那さん」
「──っ!? は、はいっ」
「あの、大丈夫ですか? 何回も話しかけてたんですが」
「………っだ、大丈夫っ。です」
目をぱちくりさせながら俺を見る。
名前を呼ばれただけでそんなに驚くか。嫌だったのだろうか? まあいいか。
「一旦どうしましょうか。ここから何もしないと言う手はないでしょ?」
「はい。ですが……ここまで何もないとは思っても見ず……。すみません。皆さんのことも色々とかかっているというのに」
やっぱり俺たちの考えてかなりのプレッシャーを感じていたのか。
まあ色々と考えてくれるのは嬉しいんだが、こんなあまり年齢差のなさそうな人に、男である俺たちが色々考えてもらっているっていうのは、どうなんだろうな。
俺は一つため息をつき、長原さんを見た。
「ちょっといいですか? 色々と考えてくれるのは嬉しいんですが、あんまり一人で背負いすぎないでください。俺たちは仲間でしょ? な、桜井。それに──有野」
「ああ。そうだな」
「一瞬間があったのは気になるけど、そうだね」
「だから、一人で考えずみんなで考えていきましょうよ」
俺が言えた義理ではないかもしれない。だが、長原さん一人責任を感じすぎないでほしい。
少しの間考えこみ、それから、長原さんは、
「はい。そうですよね。私一人で考えても、全然いい案なんて思いつきませんからね。だから、手伝ってください」
そんな長原さんの言葉を、俺たちは待ってましたと言わんばかりに、はい。と頷いた。
と言ったって、別に俺たちだっていい案が浮かぶとは思えないんだけどな……。
そう考えながらも、何とかさまざまな事を考えていくうちに──。
「あっ」
俺ではなく有野が声を出していた。
お前も何か閃いたんだな。
だが有野はバツが悪そうにしていた。
と言う事は、あれだろうな。俺自身も今思いついた、一つの案。
「なんだよ有野。俺に気なんて使わなくていいから言ってみろよ」
「……うん。わかったよ」
俺が話すよう促すと、有野は口を開いた。
「ヘリが墜落した時、ニュースで言ってたんだけど、一人生存者がいたんだよね。だから、その人に訊いてみるのはどうかなって思ったんだけど……」
だがその案は、俺はだけでなく、その一人の生存者の人にまでなかなかきつい事をするという事でもある。
「厳しいかもしれないな」
桜井が分析を始めた。
「その一人の生存者は私たちに殺されかけたということになる。そんな、言ってしまえば加害者でもある私たちに、『アジトはどこだ』と問われれば、それこそ完全に決起させてしまうか、怯えさせてしまう可能性もあるからな」
かもしれないな。トラウマになっていれば、後者の可能性もあるか。
「……でも、それ以外に今は手掛かりとなりそうなものはないよ?」
「……そうだな。強いて言えば、杉田。お前がいいかどうかだ」
「………」
俺は……。大丈夫のはずだ……。そうだろう? だって……俺は……。
「俺は──大丈夫だ。だから、行こう」
言い放つと同時、桜井が俺の顔を覗き込んでくる。
「本当に、大丈夫なんだな?」
「えっ!? あ、ああ。大丈夫だ。てか近いぞ」
「ああ。すまんな」
いきなりのことにも何とか動揺を抑えつつ、俺はなるべく普通に対応した。
そんな俺たちを、訝しげな目でじーっと見つめる視線があった。
「なんだよその目は」
「いや、何でもないよ」
「……それよりも皆さん。行き先が決まったのなら早く行きましょう」
長原さんがこの場を制し、車を早速走らせた。




