20 冬休みの到来
「はあっ?! 今朝見た予知夢の内容を忘れた!?」
「ああ。多分あれは予知夢だったんじゃないかと思うんだが……起きてみたら綺麗さっぱりだ」
有野は心底呆れた顔で大きくため息を吐いた。
起きてから少し時間が経ち、今は朝食の時間で飯を食いながら話していた。
「お前の夢が僕たちの今後の生死に関わってくるんだよ? もっとちゃんとしてくれなきゃ困るよ」
「そうは言うがな有野。普通に考えて夢を毎回覚えてるっていうのはそれこそ難しい話だぞ」
「その通りだ。お前は今朝見た夢、それから一昨日見た夢、一昨々日見た夢を全て覚えているのか?」
「ぐっ……」
俺に加え桜井も加わったことで有野の部がとても悪くなっていた。
「あの、朝からなんの話をしているの?」
「いや、刻は気にしなくて良いぞ」
「ふーん……」
なんだかあまり納得いっていない表情だ。そんなに夢の話が気になるのか? いや、単純に有野が口走った『生死に関わってくる』という言葉が気になったのだろう。
しかし納得いっていないのは有野もなのか、再び俺に向けて口を開く。
「え、どんな感じの夢だったのかも分からないの?」
「ああ。さっぱりだ」
あ、でも一つだけ手がかりがあったか。
今朝俺が起きた時、普段と違った点。
「けど、何故か朝起きた時、俺涙を流してたんだよ」
「涙?」
「涙……か」
「ああ」
これまで色々な夢を見たことがある。それこそほとんど内容なんて覚えてはいないが、朝起きた時、涙を流していたことは今回が初めてだった。
なぜ涙を流していたのか……。悲しいことがあった? それとも悔し涙?
「それだけじゃ何もわかんないね」
「だろ」
それからしばらく静寂が訪れた。
けれどそれに耐えられなくなったのか、有野は部屋をキョロキョロと見渡し、見つけたリモコンを手に取ると、電源ボタンを押した。
するとそのモニターにはニュース番組が映し出された。
「──っ!」
俺はそれを見て冷や汗が流れた。目を疑った。言葉を失った。
「こ、これは……」
「……そうか」
そのモニターには、先日のヘリコプターの墜落に関してのニュースが流れていた。
そして──その事故による死者は二名。一名は重症だと言う。二名は搬送先の病院で亡くなったと、そう書かれていた。
「お、俺は……」
この二人は──俺が……俺が、殺したんだ……。ヘリコプターを墜落させ……やったんだ……。
ニュースでは、周囲に監視カメラがなく、夜中だったため目撃者もいないが、割れた窓ガラスに弾痕らしきものがあるため、今のところ事件として捜査しているらしい。
俺は両手で額を押さえ、俯く。
そんな俺に、二人は見かねた表情で声をかけてきた。
「お前ねぇ。何一人で抱え込んでるんだよ」
「ああ。私たちだって一緒だ。それな。あの時の選択肢はそれ以外には無かったと言ってもいい。だから気にするな」
真横に刻がいるので、あまり深くは言えないものの、二人は俺を元気付けるためにそう言ってくれた。
「……そう、だよな」
ああ。そのはずだ。あの時はやらなきゃ死ぬ状況だった。だから俺の選択は──間違っていない。
そう自分に言い聞かせて、両手で自分の頬をパンパンと叩いた。
「よしっ。食べよ食べよ」
こうして朝食での話し合いは終了した。かに思われたが、すぐに刻さんが口を開いた。
「あの、事情はよく分かりませんが……とてもゆっくりしているようですけど、時間いいんですか?」
「私は大丈夫だ」
「僕も問題ないね」
「──………やっべ。あと十分で講義が始まる……」
「あっははー。お前終わったじゃん。単位大丈夫かよ」
なんだこいつ。お前よりかは全然大丈夫だっての。しかし、講義に欠席すると言うのはあまりしたくはない……。
「しかたない。あれ、使わせてもらうな」
「は?」
「ああ。別に問題ないぞ」
「え?」
「サンキュ」
有野だけが取り残されていたが、構うことなく俺は食器を片付けて水につけ、そのまますぐに地下の作業場に走って行った。
その頃残された桜井たちは普通に朝食をゆっくりと味わっていた。有野意外は。
「え、いいの? あれ今使って」
「別に問題はないだろ」
「でも……まだ説明してないんだよ? 改造した部分。もし興味本位でとか、間違えてやっちゃったら……」
「あいつなら大丈夫だろ」
そんな、とても慌てている有野と、全く慌てる様子のない桜井を見ながら、いったい何のことなんだろうと首を傾げる刻だった。
一方その頃、地下の作業場では慌てた様子で昨日までとちょっと違う飛行装置を身につけていた。
「んん? なんか付いてる──けどまあいいか」
俺は電源を入れ耳栓にヘルメット、ゴーグルを着用し(急いでいたのでアシストスーツは着けられなかった)、そのまま急いで飛び上がった。
さて、違和感に気づいたのは飛び立って一分ほどだった頃だった。
「これ、昨日まで無かったよな……」
そう言いながら、右の腰あたりに付けられている大きな棒状のものに目を向ける。
これ、もしかしてだが──レールガンじゃねえだろうな。
そうは考えるものの、流石にそんなものをつけるとは思えないよなと思いながらも、あいつらならあの時のヘリとの交戦の事を思い出して武器があった方がいいと言う結論に至り、付けた可能性もあるわけだ。
「くそっ。ちょっとかっこいいと思ってしまった俺が憎い……」
さて、どうやらこのレールガン。腕を機械から出さずに撃てるようになっているようで、腕の機械とレールガンをスライドさせて合体させる事で連動する──みたいな感じなのかな。
「そうか。だから手に新しくボタンが追加されていたのか」
腕の機械の中には元から、手で推力を調節できるボタンが付いていたが、そこにレールガン用のボタンらしきものがプラスされていた。
「これ、誤発とかしないよな……」
ま、まあ腕と合体させてないしな。大丈夫だろ。
そう自分を安心させながら、目的地の大学が近づいてきたので出力が弱めながら減速させていたその時──。
バンッ!!!
「ヒイッ!! や、やっちまった!!」
早速操作ミスを犯した。
しかし、幸いにも真下に人はいなく、ちょうど木に直撃していた。
しかし、耳栓をしていながらこの音……。とすると威力は大学にある固定型のレールガンよりは低く、低威力型よりも遥かに高い……。
「な、なんてもの付けてんだよ! 危なすぎるだろ!」
そう文句を言いながらもいそいそと大学の会室に到着。そこに飛行装置を脱ぎ捨てて急いで講義室に向かって走った。
***
「あー間に合ってよかった」
九十分の講義を終えて、軽く伸びをしながら会室のある方を見る。
あの装置、やっぱ結構使えるな。あの距離を五分足らずで走破──というか、飛行破というか、まあとにかく五分で行ってしまうんだから本当に大したものだ。
「って、それよりも気にしなきゃならないものがあったじゃないか!」
そうだ。時間に間に合ったことにより忘れかけていたが、あの飛行装置に取り付けられていたレールガン。あれは一体なんだったんだ!
「危険すぎるだろ……」
すぐさま会室に足を運び、適当に地面に置かれた飛行装置を見た。
「やっぱりこれ、そうだよな」
あの時は焦っていたからおかしくなっていたんじゃないかと思ったんだが、そんなことはなかった。
これは紛れもなくレールガンだった。
しかも見たことのないバージョンである。
と、そんなところに──。
ガチャ。とドアを開けて有野も桜井が入ってきた。
「よう。今日は間に合ったか?」
「『よう』じゃねぇよ!」
「ヘイヨウッ!」
ノリ良く言っても意味ないからな?
「お前ら、一体なんてもん飛行装置につけたんだ!」
ボケる有野を冷たくあしらって、俺は二人にこのどうしようもない焦りをぶつけた。
なんたって一発打っちまったんだからな!!
「別に、前回のヘリとの交戦時に武器があった方がいいのではないかと思ってな」
そう冷静に説明する桜井。
けれどどう考えてもそれはあまりにもやり過ぎているだろ。あれ普通に人を殺せる武器だぞ。
「こんなもんいらないだろ……」
「何故だ。お前の身を思って付けたんだぞ?」
「いや、そう思ってくれるのはありがたいんだが……。実は一発誤射しちまってさ」
「なにっ?! お前いくらテンションが上がったからって!」
「違う! 普通に操縦ボタンの近くにある射撃ボタンを間違えて押しちまって、その時発射されたんだよ」
俺の言葉が信じれないのか、有野は腕の部分の機械と腰のレールガンを接続しないで発射ボタンを一度押した。
すると──……。バンッ!!!
「「………」」
「………な?」
二人はレールガンを見ながら唖然としていた。
「……まさか……ね」
「……本番前に気づけてよかったじゃないか」
「本番前に人が死ぬところだったわ! って、おい、地面を見てみろ!」
そう言って、俺がレールガンの銃口の先の地面を指差した。
そこには──穴が空いていた。
「……おい」
「さて。カーペットでも買ってこようかな」
「なら私がタクシーを呼んでおこう」
「なに隠蔽しようとしてる」
二人の肩を掴み、歩こうとしていたところを止めた。
「だ、だってこんなのどうしようもないじゃん!」
穴をよく見てみると床下にまで貫通しており、厚さ何十センチもある鉄筋コンクリートが、その意味をなしていなかった。
「流石にこれはまずいね」
ここが一階だったからまだよかったが、ここが二階や三階だったら一体どうなっていたか……。想像しただけでゾッとする。
「ま、まあでも今はどうしようもないよね」
「そうだな。この穴はいずれセメントでも流し込んでおこう」
これから冬休みに入る。それが終わった頃には全てが終わり、平穏な日常が訪れることを願い、この穴は放置することとした。
というわけでその方向で話は終わったが、とりあえず穴を開けた要因である飛行装置とレールガンについて、二人は反省してすぐさま改善を施した。
***
それから数日が経ち、12月24日。会室にて。
「いやー遂に冬休みがやってきたね」
「つったって、たった二週間程度しかないけどな」
テンションを上げる有野と対照的に、俺はテンションを下げることを言い放つ。
そこから更に「それに」と続ける。
「この二週間が、大事な二週間になるんだよ」
「……そ、そうだったね」
こいつ、もしかして忘れてた──訳ではないよな。だって今後の生活にかかってる重大なことだからな。
「まあお前たち安心しろ。どうせすぐに春休みがやってくる」
そう椅子に座りながら腕を組んで話す桜井。
そういえば大学生の春休みは二ヶ月くらいあるんだったな。
でもコイツらは四年生だから来年から就職だよな? 忘れてんのか? 有野は内定貰ってんのか? まあいいか。
「ま、それならちょっとの辛抱だね」
「その前に死んだら元も子もないけどな」
「怖いこと言うなよ。結構ガチのやつじゃんそれ」
本当に桜井の言う通りだ。この二週間でもし死んだら、新生活を迎えることなんて無理だからな。
不安は積もるばかりだった。
と、そんな時、会室に置いてある一台のパソコンにメールが届いた。
「あれ。こんな時に誰だよ」
「長原さんか?」
俺たちは食い入るようにモニターを見る。
「………ふーん。もうか」
「早いものだな」
「今日から動けってことか。始まるんだな……」
思い思いな感想を呟く。
さて、モニターにはこう書かれていた。
『皆さん。このメールは読んだらすぐに消してください。今日からの行動を皆さんに伝えます。今日から二週間は大学には戻れないと思うので、持って行くものがあれば今日中にまとめて持ち出してください。集合は明日の九時。大学の正門前です』
とりあえず明日の九時まで荷物はまとめておけと言うことらしいので、そこだけ覚えてすぐに言われた通りメールは消した。
「しかし、これから一体何が起こるんだろうね」
「さあな。殺し合いか?」
「そんなの一瞬で死ぬよ!」
「バカ。冗談だ」
そんなことになってたまるか。
正直、これから始まることが不安で仕方がなかった。それに、あの桜井の家で見た夢。
いつも予知夢ならば全て覚えていたのに、今回は全く覚えていなかった。
もしかしたらただの夢だった可能性はある。だが、もし仮にとても悲惨な光景を目の前で見たから涙を流したという場合、それはほとんどの確率で予知夢なのだ。
だから全く安心ができなかった。
「はあっ。本当に大丈夫なんだろうか」
そう思わずにはいられなかった。
そして翌日。必要だと思われる荷物を全てまとめて(俺は飛行装置とアシストスーツを着て)正門前に立っていた。
一見すれば旅行にでも行くのかと思われそうだが、俺の体を見た瞬間その考えが一瞬で消し飛び、マジで意味不明になる。
通行人がそれを物語っていた。
俺はただ警察だけは通らないでくれと切に願いながら待った。
そんな中、俺たちの前に一台の車が止まり、一人の女性が降りてきた。
「おはようございま──って、何ですかそれ?」
当然俺の飛行装置に、新たに付けられたレールガンを指差して言っている。
俺は頭を掻きながら、「飛行装置です」と答えた。




