19 無くした夢の記憶
「よお有野。掃除してるか?」
「んー? お前ねぇ。ノックくらいして入ったらどうだよ」
見れば有野は既に待機モード……いや、悪く言えばニートモードになっていた。
倉庫に保管されていた適当な布団を床に敷き、その上でまるで自室かのように寝転がり暇を潰していた。
「お前は怠けすぎだろ……」
まあいいか。こいつがどうしていようが俺には関係ない。
もし度が過ぎた行動をして仕舞えば、ここは桜井の家だからな。テーザー銃で撃たれ、そのまま寒い中外に放り出されるだけのことだ。
「ああ、そうだ。桜井がさっきの地下の作業場に来いって呼んでたぞ」
「ふーん。今度はどんな事をするっていうんだろうね」
そう言う有野の顔はどこかワクワクしていた。
こいつら本当に気が合うな……。
そんな事を考えながら倉庫を出て地下室目指して歩き始めた……が、
「あれ、地下室ってどこだっけ?」
「え? 知らないよ。僕はただ杉田の横を歩いてただけだからね」
「俺は──忘れた……」
「お前、結構鳥頭?」
笑いながら有野はバカにしてくる。
こいつにだけは言われたくない言葉だ……。
「お前だって忘れてんじゃねぇか」
「へへっ。ま、この家が広すぎるからいけないんだよ」
「そうだな」
初めてこの家の外観を見た時のことを思い出しながら歩く。
この家、外見からは結構普通の家だと思わせておいて、中に入った途端その考えをぶち壊す家だな。
「しっかし、こうもいい家だとこの何気なく置いてある生花の壺も、この時計さえも高いと思っちゃうね」
「だな。売ったら一体どれほどの値段になるんだろうな……」
「こりゃこれからが楽しみだねぇ」
「ったく、お前なぁ……」
と、そんな何気ない会話を交わしていたその時だった。
「へっ? キャーー! 不審者ーー!」
「なに?!」
「ど、どこだよ!」
突然部屋から出てきた女性が奇声を上げた。
つーか不審者ってマジかよ!! こんないい家なんだからセキュリティも高いはずだろ!
どうでもいいがさっき有野と交わしていた会話。泥棒が家に侵入して物を物色してる時の会話に置き換えても違和感ないな!
有野は女性に話を聞くために近寄っていく──が……。
「ち、近寄らないでください不審者!」
「へっ!? ぼ、僕?!」
「ははっ。お前不審者扱いされてやがるっ」
有野を指差し高らかに笑ってやる。
「そんなこと言ってないで早く誤解を解いてくれ!」
「仕方ねぇな」
俺はゆっくりと荒野に近寄ると、両手を体の後ろで拘束した。
「な、何してるんだよ」
「すみません。俺私服警察なんです。さっき通報が入ってここまで勝手にお邪魔しました」
「そ、そうですか」
何故か安心したように女性はほっとため息をついた。
いや、ちょっと待ってくれ。この人簡単に信用しすぎじゃないか?
まあ犠牲は最小限で抑えておくべきだろう。
「て、テメェ後で覚えておけよ!」
「まあまあ落ち着け」
「落ち着いてられるか!」
そう叫ぶと、有野は思いっきり腕に力を入れて俺の拘束を振り切り逃げ出した。
「おい! ちょっと待てよ!」
「こんなところで捕まってたまるか!」
「逃すか不審者!」
「グハッ!!」
桜井が撃ち放ったテーザー銃により有野は地面に倒れた。
「ふー。これで安心だ。って、有野? それに杉田も……。お前たち何やってるんだ?」
「お前こそなんで有野を撃ったんだよ」
「いや、妹が不審者ー! だなんて叫んだら飛んで駆けつけるものだろ?」
た、確かにそうだな。──って、今こいつ妹って言ったよな。妹。妹?
「も、もしかしてお前妹がいるのか!」
「もしかしなくてもそうだろ。妹でなければあいつは誰だというんだ」
「本当の不審者?」
「不審者が不審者ー! だなんて叫ばないだろ……」
俺と桜井が会話をしているところに、有野がため息をつきながら入ってきた。
「あの、コントみたいな会話してるところ悪いんすけど、あんまりその銃乱用しないでくれませんか?」
「誰がコントみたいな会話をさせてるんだ。失礼な。また撃たれたいか」
「ヒイッ! け、結構っす!」
こいつら、一生同じような事をしながらやっていきそうだな。いつも桜井が脅し、有野は最初は嫌そうな顔して普通に従順になる──って、コイツもしかして奴隷体質が? 脅されることが本望なのか?
「何考えてるのか知らないけど、多分違うからね」
何か感じ取ったのかよ……。
「あの、そろそろ良いですか?」
「あ、ああ。すまんな刻。こいつら話し出すと長くて」
桜井は頭に手を当てながらやれやれと言いたげに俺たちを見た。
「おい。ちょっと黙れお前たち」
「黙ってるって」
「黙れ」
「はい」
完全に有野が口を閉じたところで、桜井の妹は話し始めた。
「あの、先程はすみません。勝手に不審者などと叫んでしまい」
「いや、気にしなくて良い。こいつ、有野って言うんだがこいつに関してはあながち違うとも言えないからな」
俺は指を指しながら説明してやった。
「僕が何をしたって言うんだよ!」
「まあそう興奮するな」
「有野。刻が怯えている。離れろ」
「あ、はい……」
なんだか虚しいやつだな。
刻と呼ばれた妹の方を見てみると、桜井の陰に隠れるようにしながら少々怯えていた。
「そ、それで、私は桜井刻と言います」
「ああ。俺は杉田慶だ。よろしく」
「はい。よろしくお願いします」
お互いの手を取りしっかりと握手した。
「あの、僕有野翔駒。よろしく」
「は、はい。よろしくお願いします……」
有野は手を前に出して握手をしようと試みるが、刻さんは応じてはくれなかった。
それどころか数歩後ずさる。
「なんで僕だけこんなに怯えられてるんすかね……」
「まあ第一印象が最悪だったからな。これから挽回のチャンスはいくらでもあるだろ」
「そ、そうだね。この子姉と違って結構可愛いし、仲良くなっておいて損はないよっ」
そう俺に向けて耳打ちしてきた。
こいつ、桜井が目の前にいるってのに怖いもの知らずか? いや、ただ単に学習しない馬鹿なだけか。
それから自己紹介も終えたので、そのまま有野と桜井は地下の作業場に向かっていった。
俺はというと、正直開発も改善も改造も機械に関しては本当に何もわからないので、二人をこの場で見送り再び桜井家巡りに没頭することとした。
「さーて、次はどこを回るか……」
ある程度は回ったと思うが……他には何があるか。
いや、あんまり人の家を見て回るのは失礼かな……。
そんなことを考えて立ち止まると、突然刻さんが話しかけてきた。
「あの、良かったら私が案内しますよ?」
「え? 桜井──刻さん?」
あれ? さっきどこかにいったと思ったんだけどな。また戻ってきたのか。
「刻でいいです」
「じゃあ刻さんで。えっと、案内してくれるんですか?」
「はい。と言っても観光スポットでもないんですから面白くもないと思いますけどね」
「いや、暇つぶしになればそれで良いよ。よろしく頼む」
頭を軽く下げてお願いすると、刻さんは微笑み「分かりました」と言ってゆっくりと歩き出した。
それから次にやってきたのは──庭。
「おーっ! 普通に十人くらいでも余裕でバーベキューとかできそうな広さの庭だな。この家どうなってんだ?」
「そんなに凄いですか?」
「そりゃ、見慣れないからな」
よく見れば刻さんが着ている服だって、ファッションに関して何も知らない俺が見ても普通に高そうでとてもおしゃれな服だ。
それでいてスタイルも良くて、顔も整っていて……こりゃ──。
「あ、あの、そんなにジロジロ見てどうかしたか?」
「あ、いや、繊細だなと」
って、咄嗟に変なことを言ってしまった。なんだ繊細って。こいつは飴細工か何かなのか? 俺の認識おかしすぎるだろ。
やはりと言ったら良いのか分からないが、刻さんも戸惑っていた。
「あ、いや。すみません。なんか変な事を言ってしまいました」
「そ、そうですよね。繊細って意味わからないですから」
そう言ってくすくすと笑っていた。
それからは別に何をするでもなく雑談をし、時間がある程度経つと桜井の母親が帰ってきた。
そこでもなんだか誤解をされたが、なんとかそれを解き夕飯を食べ、気づくと時刻は九時近くになっていた。
有野と桜井は食事を終えると再びいそいそと地下の作業場に引っ込んでしまうし、一体何をしているのやら……。
「あの、お風呂沸きましたので入りますか?」
しばらくぼーっとしていたところに、刻さんがそう尋ねてきた。
一番風呂か……。しかし今日はただ泊まりに来ているだけのよそ者だし、ここは別に最後でも良いと伝えよう。
あ、でもそういえばここって露天風呂あったよな。そっちも沸かしてくれたのか?
「あの、外の方も沸いているんですか?」
「はい。今日はみなさん来られているので」
「よし。悪いが一番に入らさせてもらう」
「は、はい。どうぞ」
そう言って俺にバスタオルと着替えを持たせてくれた。
ちなみに下着は無いので使い回すしか無い。決して刻さんがパンツを抱えていたわけでは無い。
……って、俺は一体何故こんな事を考えているんだ?
それからただの客人が一番風呂に入るなんていいのか? というなんとなく感じる罪悪感を抱きながらも、一人で入る冬の露天風呂という魅力的なものに抗えず、そそくさと風呂場に足を運んだ。
先に体を洗い、そして念願の露天風呂へ。
「おお! これマジの露天風呂だ……」
本当に温泉地にあるような露天風呂である。効能とかは無いだろうが、この万点の星空を見ながら入る風呂というだけで気分は最高だった。
「ふーー……。しかし、今日までの一ヶ月は本当に激動の日々だったな……」
考えてみれば本当にこれまで想像もつかないようなことが連続で起きまくったな……。この一ヶ月の間に物凄い大きな変化が起きた。
そして同時に死ぬかもしれない目にも遭った。
そして、それはこれからも続くのだ。出来るものならばここから逃げてしまいたい。
俺は普通の大学生で、命の取引など一度もしてこなかった。
だが、逃げるわけにはいかない。まあ、逃げられないとも言うべきだが。
「あいつらを置いて一人逃げ出すなんて、んなこと出来ないしな。それに、長原さんだって見捨てられない……」
立場的に一番危ないのはあの人だろう。
長原さんは組織を裏切りこっちについてくれた。だからこそ敵からすればもはやいらない存在だ。俺たちに対してもだが普通に殺しにかかることもあるはずだ。
そんな時、俺は動けるのだろうか……。
「まあ、これは今考えても仕方ないよな。その時になってみないと、分からない事だからな」
それからも湯船に浸かり、良い感じに身体が温まったところで露天風呂を出て室内のお風呂に足を運んだ。
「は?」
「………?」
は? おいおいおい。ちょっと待てよ。なんで……なんで桜井がここにいるんだよ!
視線の先。そこでは桜井がちょうど顔を洗っているところだった。
いや、待て落ち着け。こいつは、今顔を洗っている。だから幸い目を開けられない。だったら今バレないよう早々にここを立ち去れば良いだけのことだ!
「おかしいな。何か声が聞こえたと思ったのだが……」
た、頼む。気のせいだと思ってくれ。
そーっと音を立てないように、そして桜井のいいスタイルと意外とあるものをなるべく見ないようにしながらも、何故か視線がそっちにいってしまう、このどうしようもない感覚を押し殺しながらドアの前まで近づき──。
「ふうっ……なんとかバレずに済んだ……」
無事、浴室から出られた。
バレていたら本当に殺されるところだった。俺は命拾いをした。
それから適当に時間を潰し、夜中になったので俺はそのまま寝た。
***
悔しい。何が? あれ? 大切な人を、守れなかった……。無力だ………。
「っ!! ………今のは……なんだ……?」
俺はこの日、勢いよく目を開けて飛び起きた。
そしてそれと同時に──何もかも──。
「忘れた……。今、俺は何を……」
見ていたんだ? 必死に思い出そうとする。だが、何も思い出せない。
ふと、顔に違和感を覚える。
普段あまり感じない感覚……。これは……。
頬に手を当てる。すると、やっと俺は気づいたのだ。
俺が、涙を流していることに。
「どうして……? 俺は、何を見たんだよ……」
何もかもが分からない。だが、一つだけわかることがある。それは、これから何か悲惨なことが起きる可能性が高いということだ。




