18 新たな家
それから翌日。大学での講義を終えた俺たちは早速大学を出て、今日から有野が泊めさせていただく桜井家に向かっていた。
「なあ、なんで杉田も着いてくるんだよ」
「別にいいだろ? つーかそもそもお前の家じゃないんだから決定権はお前には何もない」
「ぐっ。そ、そうだけど……」
きっと桜井と二人きりになるチャンスを潰されて悔しがっているのだろう。
そもそもこいつらどうせ機械と開発にしか興味はないんだし、二人きりになったところでどうせ作業しかしないだろ。
「さ、桜井には許可取ったのかよ!」
「当たり前だろ」
「なんで僕のいない所でそんなことするんだよ!」
「お前たちタクシーの中だぞ。もう少し静かにできないのか」
「「す、すみません」」
そういや今は桜井の家に向かっている途中で、タクシーに乗っている最中だったな。
幸いタクシーの運転手はとても柔らかい笑みを浮かべながら「大丈夫だ」と言って許してくれた。
それからタクシーに揺られること数十分。別に自転車でも行けなくはないだろという区間をタクシーで走破した俺たちは、これが金持ちのやり方か……。と深く思いながら桜井に運賃を払ってもらった。
タクシーを降りた後は、荷台に積んでおいた飛行装置を俺が装着させて歩みを進めた。
「杉田。それ寒くないのか?」
「あ? めちゃめちゃ寒いよ。なにせアシストスーツと飛行装置の組み合わせによって防寒着の着用は一切不可能になってるからな」
「いやー寒いねー」
わざとらしく有野は両手で体を抱いて身震いさせていた。
「そんなに寒いなら飛行装置の噴射口に手を入れてみろよ。俺がすぐに温めてやるから」
「手がなくなるよ!」
「ほら、着いたぞ」
有野と変な言い合いをしているうちに着いたようだ。
桜井が向ける視線の先を見てみると、そこには──普通の家よりはちょっと大きい普通の一軒家があった。
「なんだお前ら。そんな残念そうな顔をして」
「いや、勝手に想像した僕が悪いんだ」
「ああ。俺たちの責任だ」
俺たちは顔を見合わせお互いにうんうんと頷き合う。
そんな光景を、桜井は不思議そうに見ていた。
それから普通に玄関を開け、中に入るとそこには──!
「な、なんだこの絵画は!」
「よくわからない絵画が目の前に!」
「ん? これは母の趣味だ。私もよくわからない」
か、金持ちの趣味ってのはよくわからない事が多いからな。これはもしや桜井家、金持ち説が結構確信をついているのではないか?
いや、まだ断定するのは早い。もう少し見るべきだろう。
「それからここがリビングだ」
「ひ、広い! それに天井も高い! それに開放的な空間! それになんだこの金持ちの家によくある天井のプロペラは!」
「いや、海外の家には普通にある装備だし、別に金持ちに限定するものではないぞ……」
桜井はさも当然のように言ってのけ、そのまま歩みを進めた。
しかし改めて見てもこの家はとても普通の家とは言えない。そもそもリビングが本当に開放的すぎる。窓も大きいしテレビも大きい。それでいて物は少なく表にある物は必要最低限と言った感じだ。
「で、ここがキッチンだ」
「あ、アイランドキッチンだと?!」
「か、金持ちか!」
「いや、有野落ち着け。おしゃれに見せたい人はよくアイランドキッチンにするはずだ」
「そ、そうか? それよりさ、そのアイルランドキッチンってなに?」
聞いていた俺、桜井は思わず額に手を当ててため息をついた。
どんなキッチンだよ。ほんと、こいつよく大学に受かったな。
有野の疑問は無視して桜井は案内を続ける。
「それからここがお風呂だ」
「な、なんだこの開放的なお風呂は」
「す、杉田! このバスタブ見ろ! 銀色のものが沢山中に付いているぞ」
「こ、これはもしかして……ジャグジー……だと……?」
「や、やっぱり桜井は金持ちなんじゃ……」
「お前ら……本当に元気だな」
そう頭を掻きながら言う桜井が、今やとてもすごい人に見えてきた。
お、落ち着け俺。もしかしたら両親が大のお風呂好きという線もある! だから……まだ焦る時ではない!
「ああ。あと外にも湯船はあるからな」
な、なにっ!? ろ、露天風呂だと?!
呼吸を落ち着かせながらゆっくりと外に出てみると、そこには石で作られた結構な広さの露天風呂があった。
周りには高い建物もなく、視線を気にすることもない。最高のシチュエーションだった。
「こ、これは流石に……杉田。もうこれは認めるしか……」
「お、温泉が大好き過ぎたんだきっと!」
「で、でもこんなの普通大好きでもやらないよ!」
確かにそうだ。大好きだったら普通に考えて温泉に週に何回か行けばいいだけの話だ!
さて、そんな動揺しまくる俺たちを尻目に桜井は別の部屋に向かって歩き出した。
「で、ここが自室だが……流石に見せないからな。ああ、でも作業場だったら見せてやるぞ」
そういうと何故かテンションを上げながら階段を降りて行く。
待てよ。これ、もしかして地下ってやつじゃないか? 普通の家に作業場だけの為の地下なんてあるか?
色々と考えながらも着いて行くと、目の前に現れたのは有野工具店の地下で見た作業場よりも、何倍も広く、そして先進的なよく分からない機械や、銃に似た形状の物、それにぐちゃぐちゃした機械などが色々とあった。
「ね、ねえ杉田。これは……大学生の作業場?」
「さあな。でも、一つ言えるのはこいつはお前と同い年だ」
信じられないが……な。
「杉田。ここに飛行装置は置いておけ」
「あ、そうだな」
ちょうど作業場だし都合がいいな。
俺はゆっくりと飛行装置とアシストスーツを取り外し、作業場の端の方に置いた。
さて、色々と見て聞きたいものが沢山置いてあるな……。しかし今は案内してもらう方が先だな。
桜井は作業場を一通り見せた後再び地上へ。それから階段を上がり上階に。
たどり着いたのは廊下の一番奥の部屋だった。
「それから、最後にここが今日から数日間のお前の部屋だ」
「へ?」
「こ、これは……っ」
俺も思わず吹いてしまった。
それもそのはずだ。何故ならさっきまでの凄すぎる部屋の数々を見てきた俺たちからすれば、もう有野が泊まる部屋もそれはそれは凄いものだろうと、勝手に期待してしまった為だ。
だが今俺たちの目の前にある部屋は、どこからどう見てもただの倉庫なのだから。
まあ倉庫といっても外にあるようなデカい倉庫ではなく、家の空きスペースと化した狭い部屋が物空き部屋になり、それから間も無くして倉庫になったと言うだけの、簡単に言って仕舞えば物だらけの狭っ苦しい部屋だ。
「こ、ここが……僕の部屋?」
「ああ。屋根のある場所で寝る事ができ、朝晩食事があるだけでも幸せに思え」
「い、いや、でも……」
「ん? 何か言ったか?」
確実に放置されてから何年も経っており、掃除はあまり行き通ってないようにしか見えない。
だが──桜井の顔には、嫌だと断る事が絶対に無理な圧倒的なオーラがあった。
ま、正直泊めてもらえるだけ感謝しろというものだ。
文句など言えるはずがなかった。
有野は膝を地面につけて項垂れていた。
「さて、俺はそろそろ時間だし帰ろうかな〜」
「ま、待てよ杉田!!」
「なんだよ! 足掴むな!」
涙を流しながら這いつくばって、俺の足を掴み動けなくしてきた。
もう片方の足で蹴り飛ばしてやろうとも考えたが、流石に人の家でやることではないと思い、思いとどまった。
「んで、なんだよ」
「いや、せっかくだしここに泊まって行ったら?」
「いや、俺には家があるしいいや」
「まるで僕には家がないみたいな言い方だな!」
実際あの家はこの冬休み中は使えないと考えても間違いではないだろ? だから別にいいだろ。
「くそっ。誰も僕の気持ちを分かってくれない! いいよ! 外で寝るから」
「明日の朝、最低気温氷点下5度らしいぞ」
「僕明日死ぬのかな」
「だから大人しくこの倉庫で寝ておけ」
まあ氷点下5度までいくのなら、暖房のないこの部屋は果たして暖かいのだろうか。
ま、まあしかし金持ちの家だし何かしらあるだろ。
さて、ずっと黙って聞いていた桜井は、ようやく静かになった俺たちを見て口を開いた。
「それで、有野。お前は今日からどうするつもりだ。外で凍え死ぬか」
「い、生きさせてください」
「分かった」
というわけで生きることになった。
「でもせっかくだ。杉田も今日は泊まっていけばいい」
「は? でも部屋ないだろ? この狭苦しい倉庫で男二人おしくらまんじゅうして寝ろってか」
「いや、誰もそんなことは言ってないだろう……」
いや、でも有野にこの部屋を紹介するってことはそういうことなんだろ?
そう思っていたのだが、とうやら違うらしい。
「いや、お前になら別に普通の部屋を紹介するぞ」
「は!!?? なんだよそれ!!」
「じゃな有野」
「ちょっと待て! 話が違うぞ!!」
「うるさいやつだな……。人の家だぞ。ちょっとはマナーを守れ」
「ぬあぁぁぁ!! 僕が悪いんすかね!」
そんなこと言われてもな。いや、俺自身も部屋がない思ってたからな。これは想定外だった。
「な、なあ杉田。僕たち友達だよな?」
「わりぃ。友達だと思ったこと一回もねぇや」
「あんた薄情すぎるよ! なんだよ。僕を助けに来てくれたってのに、あれはじゃあなんだったんだよ」
「いや、あれは──」
ただ普通に助けなきゃな──と思ってやった事だからな。
「ふっ」
何故か桜井が俺の方を見て微笑んでいた。
なんだよ桜井まで。そんなに俺がおかしいか?
「いや、なんでもない。それより杉田。泊まっても別に問題はないだろ?」
「ま、まあ別に今日夕飯はいらないと言っておけば問題は何もないが……まあいいか。俺も泊まって行こう」
「杉田……僕の部屋に泊まってくれるのか!」
「そんなことは一言も言っていない」
そんなわけで適当に母親に電話をする。が。まあ当然のことながら母親は今仕事中なので電話には出られないわけだ。なので適当に今日帰らない事をメールで送り、済ませた。
「オッケー。もう今日は暇だ」
「よし。じゃあ杉田。一緒に部屋の掃除しようぜ!」
「わりぃ。俺別にすることあるんだ」
「あんたさっき暇だって言ったでしょ!」
「気のせいだ。じゃ、掃除がんばれ」
そう言って即座に有野に背を向けて歩き出した。
背後から嘆きの声が聞こえてくるのを無視して下階に向かった。
改めてとても広い桜井家を見回しながら歩く。
「しっかしすげーなこの家。俺の家と大違いだ」
悔しいとかで嫉妬するとか、対抗心を燃やすなんてことも生まれないほど自分の家とはかけ離れていた。
改めて見て回るとリビングの天井は吹き抜けになっており、天窓が付けられていた。
もともと天井は高いのだが、そこだけ天井が筒抜けになっている。
しかもこの家、スリッパを履いているから気づかなかったがなんと床暖房付きだ。
「通りでほんのり足裏が暖かいわけだ」
「ん? 何が暖かいんだ?」
一人呟いているのを桜井に聞かれてしまった。
別に聞かれても問題ないが、なんとなく恥ずかしい気分だ。
「いや、この家がな、俺の家と違い過ぎてちょっとな」
「そんなに違うか? 別に普通だと思っていたのだが……」
「そりゃものすごい感性だな」
桜井の普通と離れた考えに、思わず苦笑する。
「お前、馬鹿にしているだろ」
「いや、そんなことはない」
今こいつを怒らせたらこの家から放り出されかねないんだぞ? そんなことするわけないだろ。
だが桜井は疑り深いようで、しばらくじーっと俺を見ていた。
「まあいい。そうだ。あいつを地下に連れてこい。ここでならもっと飛行装置を改良できるからな」
「もっとすごくなるのかよ。既に加速力も限界高度も普通に生身の人間に耐えられる限界に結構高近そうなんだが……」
「安心しろ。人は時速何キロにだって耐えられる。ま、光速にでもなれば話は変わってくるかもしれないが、そこまで早くするのは今は不可能だからな。限界高度に関してはお前が自分で調整しろ」
「ゔっ。そ、そうだな……」
もうあんな無茶はしないから安心しろ。しかし人って結構速さに強いんだな。意外だ。
ちょっとした豆知識的な事を聞いた後、俺は階段を上り、有野が今日から寝泊まりする倉庫に向かった。




