16 動揺
「……そんな……まさか……バカな……」
心の中で、俺は動揺しまくっていた。けれど、俺以上に有野や桜井、それに何故か長原さんが硬直し、目を大きく見開いたまま動かなくなっていた。
相当動揺している。
だが俺は一つの答えを導き出したため、表情に出るほど動揺はなかった。ショックはあるが。
「ん? 杉田。お前はそれほど驚いてないんだな」
「──はい。まあ、撃たれる瞬間に、たくさんの違和感が形になりましたから」
「ほお。せっかくだ。君の考えを聞かせてくれ」
阿久津さんは余裕の笑みを浮かべたまま、俺に話すよう促してきた。
何かの時間稼ぎかとも思ったが、銃を発砲している時点で警察が出動してもおかしくないため、時間稼ぎの線は薄いと考えた。
「まず、阿久津さん。どうしてこの場所まで一度も迷わずに来れたんですか」
「この手のビルは単純だからな。ある程度はわかるだろう?」
「なら、何故一度周辺をさっと歩いた程度であれほどの情報を掴むことができたんですか。周囲の商業施設の有無。それに防犯カメラまで」
「昔、普通に通ったことがあれば、周辺に商業施設があるかないかなどは分かるはずだ。防犯カメラはちゃんと見りゃわかる」
しっかりと否定してくるな。あくまでもそうやって否定するのか。だが、次はいけるはずだ。
「なら、さっきまでの敵であるはずの人との会話。あれは完全に無理があるでしょう。なぜあそこまで警戒心もなく長々と話をしていられたんですか。警戒しないなど到底考えられない状況だったはずです」
真剣にそう説明する俺を見て、阿久津さんはプッと吹き出して笑い出した。
「いやー、これはまいったな。まさか最後の最後でやらかしてしまうとは」
そう言うと、フッと笑みを消し、俺に冷たい目を向けた。
「そう。まあ別に言い逃れようなどとは思っていなかったが、まさか本当に出てくるとはね」
「阿久津……さん。それに……安田さんも……。一体どうして……?」
「ああ。そうだったな。長原。お前はこの計画には参加していなかったな。なぜ──だなんて、そんなことは訊かなくても分かることだろ?」
全てお見通しだと言わんばかりの余裕の笑み。それに対して長原さんには焦りと動揺。対局していた。
「……ま、まさか。知っていたんですか? 私が初めの計画に反対していたこと……」
「当たり前だ」
「……そんな……」
なんだ? どう言うことだ? 長原さんはグルじゃないのか? いや、だが絶対に違うとも言い切れないか。それも全て奴らの計画の一端かもしれない。
だが長原さんは、とても演技とは思えないほどショックを受けているようだった。
「さて、そろそろいいか?」
俺たちに向けて再び銃口が向けられる。
一度目のことを含めて考えると、安田さん阿久津さんも、それに黒ずくめの三人も本気で殺そうとしている。
もしこのまま何もしなければ……確実に死ぬ! まずい。まずすぎる! どうする? どうすればいい? ここから打開するためには一体どうすればいい!!
有野は未だ拘束され、身動きは取れない。俺と桜井は銃を向けられ身動き一つ取れない。どうすれば……いい……。
「──え、長原……さん?」
すぐ隣にいた長原さんが、俺に向けて銃を構えていた。
そうか。どうやら全て演技だったみたいだな……。終わった……な……。
降参するしかなかった。もはや打開策はない。
さあ早く撃ってくれ。
俺は目を閉じ両手を上げ、完全に無抵抗状態になり諦めた。
………………。
………。
「ん?」
おかしい。待てど暮らせど一向に銃声が聞こえない……。
恐る恐る目を開けると、目の前にいた阿久津さんが何故かとても分が悪そうな顔をしていた。
そしておもむろに舌打ちをし、
「長原。その銃を下ろせ」
「嫌です。それは出来ません」
ど、どういうことだ? 意味がわからない。何故長原さんが俺に銃を向けるのが不都合なんだ?
桜井の方を見てみると、とても不安そうな目で見ているがどうやら何かわかっている様子。
「いいから銃を下ろせ。撃つぞ」
「撃てるものなら、撃ってください」
「黙って銃を下ろせ!!」
「それはこっちのセリフです! こっちこそ撃ちますよ!!」
「クソッ! こんなところで……終わってたまるか! お前ら、あいつを抑え込め!」
阿久津さんの命令により、黒ずくめの三人が一斉に動き出す──が、その瞬間。パァン!! と銃声が響き渡った。
「次は、壊します」
三人は動くに動けず、ジリっと一歩後ろに下がることしかできなかった。
そうか。あいつらは俺が背負っているこの飛行装置の中の発電装置を欲しがっているんだ。だからそれを逆手に取り人質にしたわけか。
「有野君を解放しなさい」
長原さんの圧に負けたのか、渋々有野は解放された。
「動いても撃ちます。私たちが動いてもあなたたちは動かないだください」
これまで生きて来た中でも一度も見たことがない、本物の殺気立った目が俺たちに向けられている。
それを恐れず長原さんは俺の手を引いて歩き出した。
「桜井さん。有野君。あなたたちも行きますよ」
「あ、ああ……」
それから一度も警戒を緩めることなく一階まで降りてくると、ここまで来るのに使った路上に停められている車に乗り込み、車内に閉じ込めた二人を外に放り出すと、そのまま勢いよく走り出した。
「さ、周囲を警戒して。銃を構えて」
「あ、あの……どうして……」
「質問に答えるのは後でもいいですか? 今は逃げる事に集中するの」
「は、はい」
長原さんは敵なのか味方なのか。それを訊きたかったが今は長原さんと言う通り、逃げるのに集中するべきだな。
長原さんは車を上手く制御し、道路交通法に引っかからない程度に飛ばしながら逃げる。が、それではやはり限界がある。
「後ろから敵だ!」
「うぉ! マジで映画みたいだな!」
「笑ってる場合かよ! って、マジで車から身を乗り出して銃で狙って来てるよ!」
敵は何発も撃ってくるが、それをなんとか長原さんの運転技術で回避していく。
しかし敵もなかなかしぶとい。何発も避けられているのに一向に諦めようとしない。
そのまま事態は平行線で進み、どんどん街から遠ざかっていく。
それにより車の量はどんどんと減っていくので走りやすくはなるもののその分敵から撒くことが難しくなって行った。
「こ、このまま行ってもいつか捕まって殺されちゃうんじゃないの?!」
と、ここで衝撃的すぎる言葉が長原さんの口から飛んできた。
「仕方ない……。誰か向こうの車の運転手に向かって撃てますか?」
いやいや! そんなことは出来る奴がいるわけないだろ! 俺たち銃なんて一度も扱ったことのない。いや、そもそも少し前まで見たことさえなかったようなガキだぞ?!
「ここに擬似レールガン試作二号機低威力型がある。これならいける」
それにサラッと応じたのは言うまでもなく桜井ただ一人だ。
こんな状況でよくそんな早口言葉みたいな名前をスラスラ言えるな。
「え!? 僕それ初めて見たよ」
そういやお前が連れ去られてから出て来たからな。その銃。
「ただ威力が通常よりも1000分の1になっているだけだ」
「え、じゃあ結構弱いんじゃ──」
言いかけたところで桜井がリアドアガラスから顔を出し、運転手めがけて何発か撃った。
それにより運転手は痛みを堪えるのに必死になり、車のコントロールを誤ってガードレールに激突していた。
しかし、こいつこんな暗くて街灯しか灯りがないような場所でよく正確な射撃ができたな。凄すぎるだろ。
「……ま、そうだよね。元があれだもんね……」
「しかし、これで追っ手は倒せたのか?」
桜井が身を乗り出して後ろをキョロキョロと確認していると、有野がポツリと呟いた。
「なあ、何か聞こえないか?」
「ん? 何がだよ」
「空気を切るような、独特な音……」
俺たちはよーく耳を澄ませて音を探していると。
バババババババッ。
「──って、これってヘリコプターの音じゃねぇか!!」
おいおいマジかよ! あいつらそんなものまで持ってたのかよ!
「長原さん。どうしますか? このままじゃ逃げきれませんっ」
「ん〜〜〜………」
流石に長原さんも考え込んでしまうようだ。
それもそうだろう。何故なら騒ぎにならない為に敢えて田舎の方に行ったのだから。
まさかそれが裏目に出るとは思わなかっただろう。
今から都会に戻ることもできるが、その動きを察して奴らが銃火器を使ってくる可能性もある。
八方塞がりか?
「一応やってみよう」
そう言うと、桜井はリアドアガラスを開け、レールガンをヘリコプター向けて撃つ。が、
「ダメだ。威力が弱すぎる」
流石にこの威力の低下したレールガンでは、車のフロントガラスに穴を開けることは出来ても、ヘリコプターの鉄板を貫通させることは出来ないらしい。
「やはりちゃんとしたものを持ってくるべきだった……」
「いや、あれはデカすぎて使えないと思うけど……」
有野が久しぶりにまともなことを言ったが、その言葉に反応していられるほど俺に余裕はなかった。
「………長原さん。ヘリコプターはどうすれば止められますか?」
「……ヘリコプターの上部に付いているメインローターを壊せば落ちますね。あのヘリはとても低空で飛行していますし、壊したところですぐ下に落ちて、中の人は死なないはずです」
最後の一文を聞いた事により、俺は背中を押された気がした。
中の人が死なないというのなら……もうあれをやるしかない。
「分かりました。俺、やりますよ」
有野と桜井が驚いた顔をして俺を見る。当たり前だ。何せ敵はヘリコプター。銃火器を装備しているものではないにしても、人間は何かしら持っているはずだ。そんな奴らに一人で挑もうって言うんだからな。
だが、やらなきゃやられるんだ。
「分かったわ。私の銃を持って行って。終わったら大学で落ち合いましょう」
「はい」
車の中という狭い空間の中で俺は飛行準備を始める。
「おい杉田……。本当に行くのか?」
「ああ。やるしかないからな」
そう不安そうな顔をしないでくれ。俺の決意が鈍ってしまいそうだ。
正直言えば滅茶苦茶怖い。でも、もし今回逃げ切れたとしても、それはこれからも明日には殺されるかもしれないという恐怖の中での生活を強いられるということだ。
そんな中では到底やっていけるとは思えないな。
「へっ。こんな状況でもそのゴーグルするんだな」
「これしか目を守るものがないからな」
ヘリコプターの音は今でも聞こえ続けている。車はずーっと田園地帯を走っており、さっきまであったビルは一棟もない。
この辺ならば被害も少ない。
「よし。じゃあ行ってくるな」
「杉田!」
バックドアを開けて飛び出そうとしたところで桜井に声をかけられた。
「なんだ?」
「──死ぬなよ」
「分かってる」
耳栓を付け、準備万端になったところで車が一瞬停車。そのタイミングで装置を起動させながら車から飛び降りる。それを確認するとすぐさま車は走り去って行った。
それからいつもの轟音が響き始め、すぐに俺の体は浮き始め、とてつもない加速力でヘリコプターと同じ高度まで浮上する。
ヘリコプターは暗いせいか、俺が後ろから降りたことを知らないようで、未だに車を追いかけていた。
その隙に横までやって来ると、搭乗員は口を大きく開けて驚いている様子だ。
「へっ。滅茶苦茶驚いてやがる……」
敵は銃を構えて俺を撃とうとしてくるものの、俺が背負っているものを確認するとすぐさま銃を下ろして悔しそうにする。
お前らはこの発電装置を狙ってんだろ? だったら撃てるはずないよな。
「よし。あとは撃つだけだ」
しかし一つだけ問題があった。
銃を扱うには少なくとも片手を使わなければ扱えない。だが今現在俺は両手を機械の中にすっぽりと入れ、完全に塞がっていた。
欲を言えば両手で撃ちたいが、両手離せば俺が落ちてしまうのでそれは不可能だ。
「このままじゃ使えないぞ!」
こんなところでこの飛行装置の弱点を見つけてしまうとは……。
そうしている間に敵は再び銃を俺に向けて構えて来た。
「なっ。俺はお前らが狙ってる物を背負ってるんだぞ?!」
まさか……俺の足でも撃って降伏させようって言うんじゃねぇだろうな……。
「仕方ない……。時間もないしここは無理をして片手だけで制御するしかないか」
右手を機械から出し、腰に引っかかっている銃を手に取る。
それを見た敵はすぐさま俺の足目掛けて撃ってきた。
「あっぶね!!」
急上昇し間一髪弾道から外れた。と、それと同時にしっかりと銃を片手で構え──。
「文句言うんじゃねぇぞ!」
パァン!!
まず一発撃つ。が、ちゃんと狙えていなかったため弾はどこかに。
「クソッ! 意外と反動があるな……」
空中に浮いているため銃の反動が直に伝わりそれがそのまま体に。
そのため何センチも後ろに下がった。
「くそっ。やってやる……!」
左手のみの制御によりいつもより安定感はなく、今にもひっくり返ってしまいそうになる。が、それをなんとか上手く操作しながらも、リロードだけはどうしても両手が必要になる。
なので思いっきり上昇し、一瞬だけ左手も機械から出して慣れない手つきながらも素早くリロードを済ませる。
「よし。次こそは──っと!! 危な!! あいつら容赦なく撃って来やがる! だがこっちの方が身軽だからな。お前らの死角に行って仕舞えばこっちなもんだ」
奴ら、ヘリコプターが不利なことに気づいたのだろう。すぐに旋回し物凄いスピードで前進し始めた。
「逃すか!」
グラグラと揺れながらもなんとかヘリコプターと同じ速度で並走し、何百キロという速さで飛行しているなか、ゆっくりと狙い──撃った。
当たったかは視認できないが、ヘリコプターはどんどんと高度を下げていき、最終的に田んぼに墜落した。
幸い爆発や火災などは起きていないので大丈夫か……?
けど……。
「流石に見て見ぬ振りをして逃げれねぇだろ」
敵とは言え目の前で人が亡くなるかもしれない状況を、見て見ぬ振りはできない。
敵と分かっていながら、俺はゆっくりと高度を下げていきヘリコプターの近くに着陸した。
「おいっ! 大丈夫か!!」
すぐさま壊れた機体に近寄り機内を見る。
メインローターとテールローターは折れており、飛ぶことは不可能になっていた。それに機体自体も殆どが損傷しておりとても危険だ。
ヘリコプターの中には操縦席と副操縦席に一人ずつと、それに後ろの席に一人の合計三人がいた。
俺はすぐに操縦席に行き、ぐったりしている男の肩をパンパンと叩く。
「おい! しっかりしろ!」
「……ん……あ、あぁ……。お前は……」
って、こいつ大学に襲撃に来た黒ずくめの一人じゃねぇか。ってことは他の奴らもか。
しかし今は過去のことより命だ。まあ俺こいつらに殺されかけたんだけどさ。
「よかった意識があって……。すぐに出してやるからなっ」
「いや、一人で出れる……」
「分かった」
「ありがとう……」
そう言うと、その男はシートベルトを外し、ゆっくりとヘリコプターから這い出てきた。
俺はその間に救急車を要請した。
操縦席に座っていた男は、見た目以上に平気そうで、出てくるなりすぐさま副操縦席の男を助けに行った。
「なら俺は後ろの席のやつを助けに行くか」
身体中に着いているアシストスーツと、飛行装置を傷つけないように慎重にヘリコプターの中に入り、席でぐったりしている男の肩をパンパンと叩く。
「おい! 大丈夫か!」
「………あ、ぁあ」
「どこか痛いところはあるか?」
「あ、足が……それに……頭も……」
足と頭か……。墜落する時に足を何かに挟んだか。それに頭はぶつけたんだろう。いや、今はそんなことを考えても仕方ないな。
今は救助が優先だ。
「すぐに出してやるからな。ぐっ、ぬぬぬぬ……」
アシストスーツのおかげで案外楽にヘリコプターから出すことが出来た。
さて、これからどうするか……。
「おい、あんた」
「ん? なんだ?」
初めに俺が助けた操縦席に座っていた男が、副操縦席に座っていた仲間を助けた終え声をかけて来た。
「あんたはここから離れたほうがいい」
「は? なんでだよ」
「そんな機械身体中に付けたやつが、救急隊が急行した現場にいたら、そのまま警察に捕まってヘリコプターを落とした主犯だと見做されるぞ」
「けど……もし俺がいなければあんたたちは絶対に俺がやったと主張するだろ」
その場合は反論の余地なく俺はきっと捕まるだろう。
それにそもそも落としたのは紛れもなく俺だ。
「大丈夫だ。俺たちはそんなことはしない」
「その言葉を信じろと?」
「……既にあのビルを警察が捜査しているはずだ。もう俺たちは逃げられないのさ」
あれだけの発砲音が夜の街に響き渡れば確実に警察が来るだろう。しかし……。
「そもそも夜とはいえ、この街で起こしたカーチェイスが防犯カメラに写っていないとでも思っているのか?」
「……分かった」
「ほら、救急車の音が聞こえて来たぞ。早くいけ」
早く行くよう促された俺は、すぐに飛行装置に手を入れ、電源を起動させてその場から去り大学に向かった。




