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14 一本の電話

 その翌日。いつものように大学に行くと、意外にも桜井しかいなく、有野はまだ会室には来ていなかった。


「あれ、あいつ今日は来ないのか?」

「さあな」


 あいつが来る前に昨日の出来事でも話しておくか。


「なあ、昨日桜井は帰り道でつけられたりしなかったか?」

「ん? 唐突に何を聞くか。別に何も──いや、そういえばタクシーに乗るまで誰かにつけられていたような……」

「は? タクシー?」


 今こいつタクシーって言ったよな?! 大学生で帰宅時にタクシー使うとかどんな富豪だよ!


「いや、そこは今注目するところではない」

「あぁ、そうだな。お前もつけられてたのか。実は俺も昨日。一応撒いたんだが……この感じだと多分……」

「ああ。確実にあいつ、死んだな」


 御愁傷様だ。南無阿弥陀仏。安らかに眠れ。

 適当に語呂が良さそうな言葉を並べておけばあいつ、ツッコミに来てくれるだろ。

 そう思っていたのだが、待てど暮らせど有野は姿を見せなかった。

 そして大学の講義の間の空き時間に一旦会室に訪れた時、会室の一角に追いやられた固定電話が久しぶりに仕事をした。

 電話が来たのだ。


「はい、もしもし」

『もしもし。君は杉田と言ったかな? 初めまして。突然だが有野は預からせてもらった。生きて返してほしければ我々の要求を呑め。さもなくば有野は死ぬことになる』


 声は男か。この機械、逆探知装置でも付いてないのか?

 いや、今は話に集中するべきか。


「要求は何なんだ? そもそも有野は……本当に捕まったのか」

『ああ。声を聞かせてやるよ』


 そう言うと、電話口でなにやら小さく話し声が聞こえてきた。

 それから少しして再び男の声が聞こえて来た。


『変なことを質問したら、その時点で殺すからな。お前も、変なことを言ったら殺す』


 それに続きすぐに小さくは、はい。と聞こえて来た。

 あ、あいつだな。


『も、もしもし? 杉田か。僕有野だよ』

「ああ。聞けばわかる。ま、暴れたりとか変な事はするなよ」

『当たり前だ! そんなことしたら……死ぬよ!』

『テメェ叫ぶんじゃねえ!』

『ヒイッ! す、すみません!』


 あいつ絶対ばかだろ。自分の状況を考えろ。

 それからじゃあな。と電話から聞こえてくると、そのまま話手は変わった。


『じゃあ、ここからは要求の話だ』


 ああ。ここからが本題だな。まあ大体こいつらが求めるものなんてわかってるけどな。


『そちらに飛行することができる装置があるだろう。そこに入っているBE──ではなく、筒状のものをこちらが送る使者に渡せ。日時は今日の午後9時。場所は大学の正門前だ。いいか? もし警察に通報でもしたら、こいつの命はないからな』


 それだけを言ってその電話は切られてしまった。

 くそっ。どうする。どうするよ! 警察に通報したら有野が殺されるってことは、まず警察は呼べない! ど、どうするよ……。いや、まずは落ち着け。冷静に判断するんだ。

 まずやるべきなのは……。


「ん? あいつはまだ来ていないのか──って、どうしてそんなに慌てているんだ?」


 ちょうど会室に入って来た桜井が俺の顔を見てくすくすと笑っていた。

 すぐに俺はさっきの電話の内容を説明した。


「なるほど。まああいつの命はどうでもいいだろう」

「いや良くねぇだろ! このままじゃ本当にあいつ死んじまうよ! どうすりゃいい……っ」


 俺は想像以上に焦っていた。多分桜井が言った言葉はきっといつもの冗談だったのだろう。けれど今の俺には余裕がなく、それに本気で答えてしまった。

 杉田がここまで慌てるのは相当なことだと、きっとここで初めて桜井は思ったのだろう。


「まあ落ち着け。慌てたところで事態が良くなることなどない。一旦冷静になれ」

「そうは言っても……こんなの、どうすりゃいい……?」


 誰かに縋るしかない俺がとても情けない。けれど今はそんな事は言ってられなかった。


「まずは敵組織の場所の特定からだな。と、その前にあの三人も呼んでおかなければな」


 あの三人と言うのはきっと長原さん、阿久津さん、安田さん達だろう。

 桜井は落ち着いた様子で電話をかけ、三人を呼んだ。そして電話を終えた桜井はすぐにパソコンを立ち上げた。


「ん? 何するんだよ」

「だから敵組織の場所を特定するんだ」

「どうやって」

「電話、それでしたんだろ?」


 桜井が指差す先には俺がさっき受話器を握りしめていた固定電話があった。


「その電話はただの電話ではなくてだな、自動的に電話の相手を逆探知してくれるんだ」


 今サラッと物凄いことを言わなかったか? 自動で逆探知?


「とても暇だった時に適当に作ったんだ。まさか役立つ時が来るとはな」


 本当ならば警察にでも突き出してしまうのが一番いいのだろうが、今は人助けのためだ。多めに見ておこう。


「探知したデータはすべてパソコンに転送されている。ファイルを見れば……あったぞ」

「本当か!」

「どうやらそれほど離れてはいないようだな」


 俺には何やらよく分からなかったが、照合した地図を見る限り同じ県内の、しかも電車で数分程度で行けるくらいの距離にあった。


「近っ! てか本当に住所わかるんだな……」

「ふふっ。どうやらいつの間にか落ち着いたようだな」

「は、本当だ……」


 ほんの少しでも希望が見えて心に余裕ができたのが大きいだろう。

 しかし、桜井はこんな異例な事態だと言うのに一切取り乱さず、すぐさま解析をして場所を特定してしまうとは、本当に凄いやつだ。

 と、そんなことを考えていると不意にドアが開いた。


「すまんっ! 待たせたな!」

「今の状況は?」


 先に呼んでおいた三人がちょうど到着したようだ。


「ああ。今敵の居場所がわかったところだ」

「は?」

「え?」

「ん?」


 三人は同じような反応を桜井に返していた。

 まあそうなる気持ちはよくわかる。

 まさか電話に逆探知機能が付いているとは普通考えないからな。


「そ、それで、場所は?」

「ここだ」


 パソコンのモニターを指さして場所を示す。


「でも、電話だけここでしたという言う可能性はないの?」

「それに関しては多分大丈夫のはずだ。なにせあいつらは律儀に有野の声を聞かせてくれたんだからな。公衆電話からかけたとしても、怯える有野を連れて電話をするのは少し危険を伴いすぎるてると思う」

「なるほど」


 まあこれに関しては俺の勝手な考察だけどな。

 それから襲撃と防衛についての作戦会議が始まった。

 しかし流石はプロと言ったところか。お三方がいるだけで作戦がどんどんと決まっていった。

 まあ民間人の俺たちに危険なことをさせるのは危なすぎるので、殆ど三人が引き受けてくれているだけだが。

 それから少しして作戦はまとまり、阿久津さんが確認に入った。


「それじゃあまとめるぞ。安田はここで大学に来た奴らの足止め」

「ああ」


 ここに敵が来た時点で、奴らはきっとすぐにここに目的のブツが無いことを察するはずだ。だから少ない戦略を無駄にしないためここに配置する人間は一人だ。

 そして、出来たら足止めだ。


「それからわたしと長原、それから杉田、桜井は敵本拠地に乗り込む。突入時には杉田は飛行装置を着用する。それで、もし危険だと感じたらすぐに窓からでも良い。撤退しろ」


 大学内に置いておけば、もし思った以上に大学に人がたくさん来た場合、隠していたとしても見つけられてしまうだろう。

 俺はそこで俺の家に置いておくことを提案したのだが、もし見つけられてしまった時、家族を巻き込むことになるぞという阿久津さんの言葉を聞き、俺のために必死で働く母親の姿が浮かびすぐに意見を取り下げた。


「けどこの飛行装置、重くないか? まさかずっと浮いた状態で行くんですか?」


 その問いに対し、答えをくれたのは桜井だった。


「それに関しては心配するな。結構前にアシストスーツが出来たんだ」

「は?」


 いや、ちょっと待て。アシストスーツが『結構前』に出来ただと?

 アシストスーツを探している桜井を呼び止め、問いただす。


「その結構前って……いつだ?」

「一週間前か、その辺りだ。それがどうした?」

「何でこの前飛行装置を体育館に運んだ時それを出さなかった!」

「いや、出そうとしたんだがお前があまりにも必死で運んでいるからな。まあ良いかと」

「何でそこでまあ良いかってなったんだよ! こっちは滅茶苦茶大変だったんだぞ!」


 なるほどな。だからあいつは運んでいる俺たちの姿をぼーっと見つめていたのか。

 まさかここで疑問が解決するとは。まあ今更文句を言ったところでしょうがないか。


「話はついたか?」

「あ、はい」


 おっと。今は作戦会議のまとめの部分だったな。変に取り乱してしまった。

 静かになったところで阿久津さんが再び話を進める。


「それから武器についてだ。これについては君たち二人には護身用として何かしら持ってもらいたい」


 と言っても、銃刀法違反に該当する実弾銃やナイフなんかを持っていくのは気が引けるしな。というか、人を殺すための武器は正直扱える気がしなかった。

 顔を(しか)めて悩んでいると、桜井が自信満々に自分の身体よりも大きなレールガンを引きずって来た。


「私はまあこれで良い」

「良いわけあるか。普通に考えて大きすぎるだろ。そもそも貫通力が高すぎる。却下だ」

「まあ落ち着け。ネタだ。本命はこっちだ」


 そう言って桜井は、自分の腕ほどのゴツゴツとした見慣れない棒状のものを持って来た。


「それは──なんだ?」

「擬似レールガン試作二号機低威力型だ」


 お、おう。


「安心しろ。威力は前作よりも1000分の1してある。人体に当たっても足の小指を角にぶつけた時と同じくらいの痛みだ」

「それめちゃめちゃ痛いぞ! けどまあいいか」


 別に死ぬわけじゃないからな。動きを封じる事は可能だって事だから護身用としては十分だろう。

 さて、じゃあ問題は俺だな。


「ふん。じゃあお前さんにはこれを持たせよう」


 そう言って差し出して来たのは、みんなが想像するところの信号弾のように銃身が短くて太く、四つ大きく穴が空いた──銃だった。


「え? これアウトっすよね……」

「わたしから言わせてみればそのレールガンは一発アウトだ」


 確かにそうだ。あの身体より大きなレールガンは簡単に人を殺せるからな。


「さて、この銃、名をオサーだが君には催涙弾、信号弾、ゴム弾、発光音響弾なんかを使ってもらう」

「は、はい」


 これはきっと、人を殺す武器を使うのに抵抗がある俺への、阿久津さんなりの配慮だったのだろう。


「すみません。一番足手(まと)いになると思うのに……」

「ん? 何のことだ」


 阿久津さんにははぐらかされてしまった。けれどまあ、自分で足手纏いになるかもって自覚してるのなら、そうならないように必死になるしかないよな。


「絶対、助けましょう」

「そうだな。ああそれと、銃についてだがお前らが持っている銃は殺傷性は極めて低いはずだ。一人を除いて。だからもし危ないと感じたらすぐさま撃て。当たったら動きが封じられてラッキーだからな」


 それから続けて、


「だから、もし俺と長原が人質に取られたりとか、動きが封じられたりとかした場合でも容赦なく俺たちを撃て」

「な……っ」


 そんな事……。いや、だが自分の命を守るためにはこの人たちの言っている事はもっともなんだ。


「ちょっと阿久津さん」


 長原さんが阿久津さんに耳打ちをし、なぜか阿久津さんがすまんと呟いたが、杉田はそれに気づかなかった。

 ただ自分の命を守るために仲間を撃てるのかと、自問自答していた。

 そんな杉田の肩に長原さんは手を置き、


「大丈夫です。心配しないで。あなた達のことはちゃんと守るから」

「まあ、そんくらいの覚悟を持ってくれと言っているんだ」

「……はい」


 長原さんはとても優しかった。だからこそ、俺が余計に子供に見えた。まるで子供のようにあやされている俺は、とても大学生には見えなかった。


「さ、今の時間は午後三時だから残りのタイムリミットは六時間もない。だからそろそろ出発し敵の拠点の偵察に行くぞ」


 ついに始まるのか。

 各々準備を済ませ、阿久津さんが準備した車に乗り込んだ。

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