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13 夜道の足音

 あれは俺が幼稚園に通っていたぐらいの時だったか。

 その日は定期検診も無く、いつものように母親が買い物に行き、俺と父親が家で一緒に留守番している時のことだったと記憶している。


 俺が無邪気に遊んでいた、その時だった。突然大きな地震がこの地を襲った。

 突然の揺れにより俺はバランスを崩してその場で転んでしまった。

 その転んだ頭の先には、大きな本棚があったのだ。

 大学生になった俺からしてもそれは大きな本棚だと思うはずだ。何せそこには何百冊もの分厚い本が収められていたのだからな。


 父親はすぐにその本棚の存在に気づき、俺を抱えて逃げようとする──が、少しばかり遅かった。

 固定していれば……あるいは。けれどそれはもう遅い。

 その巨大な本棚は父親の身体に襲いかかるように倒れ、父親は本棚の下敷きになってしまった。


「お、お父……さん……?」

「慶……お前は大丈夫か……」

「う……うん……でも。お父さんは……?」


 苦しそうに俺を心配する父親の声だけは、何年もたった今でもはっきりと覚えている。


「お父さんは──大丈夫だ……っ。さあ、慶……。お前は早く……逃げるんだ……っ」


 とても弱々しく、いつ途切れてもおかしくないような薄い声で促される。


「で、でも、お父さんが」

「俺は大丈夫だ……! さあ、早くいけっ」


 そう最後に力強く叫ぶ父親の姿は、本棚に隠れて見ることはできない。

 唯一見えているのは、いや、見え始めているのは、赤く染まっていく本のみ。

 この時俺は、何が何だか訳がわからなかった。けれどお父さんが早く行くように促している。だったら早く行くしかないのか? という、これまで生きてきた中で間違いなく一番混乱した中での決断だったはずだ。

 酷く眩暈もするし、頭も痛い。

 その混乱した中での選択で、俺はお父さんの言うことを素直に聞くことにした。


 まだ余震により少し揺れている地面を蹴り、俺は外に向かって走り出した。


 それから数日が経ち、家から本棚の下敷きになって潰れている父親が発見された。

 その日から俺は夜な夜な考えるようになったんだ。もしあの時、あの本棚が倒れることがわかっていれば、父親が死ぬことはなかったはずだと。

 異変に気付いたのはそれから数日が経った頃だった。

 まだ復旧の目処も立っていない瓦礫だらけの街を歩いていると、ふと、とても強い親近感を覚えた。


「ん……? これは……?」


 目の前にあるのはただの瓦礫だ。けれど……この瓦礫、どこかで見たことがある気が──。

 そう思った時だった。いきなりその瓦礫が俺に向かって崩れてきたんだ。

 すぐに俺は避けようと足を踏み出した。が、一歩遅かった。俺の身体は瓦礫の下敷きになり、身動き一つ取れなくなってしまった。

 呼吸は何とかできるものの、身体中が悲鳴をあげている。


「いっっ」


 その時俺は思い出したんだ。この瓦礫が崩れ落ちてくる夢を見たことを。


 俺はその後1日ほど経ってから救出された。

 きっと瓦礫に親近感を覚えてその場で立ち止まったのが生死を分けたのだろう。

 もし何も気付かずあのまま歩いていたら──俺は確実に頭を打って死んでいた。



***



「それから俺この予知夢について少しずつ理解していったって訳だ」


 ある程度の事を話し終えた俺は、飲み物を一口飲んだ後全員を一瞥したのち、


「ま、ただの後悔話になってしまったな」

「大変……だったんですね」


 誰も口を開こうとしなかった中で、ただ一人、長原さんはそう小さく呟いた。


「まあ、そうだな」

「と、とにかく。お前はそれから予知夢を認識していったんだな」


 とても気まずい空気を変えるため、有野は話を進めることにした。


「ああ。予知夢を見るようになった原理はよく分からないが、あの日からずっと後悔していて、本棚が倒れてくるのを分かっていれば──って、そんな事をずっと考えていたら、ある日から予知夢を見るようになっていたんだ」

「ふーん。本当に謎だね。お前がそうやって願ったところで実際その願い通り未来が夢で見れるようになっただなんて、そんな都合のいい話は普通ないよね」


 そりゃ有野の言う通りだ。普通に考えたらそんなことはある訳がないのだ。だが今の俺は実際に予知夢を見ているのだ。

 その予知夢にやって命を救われたのは今回のことだけではない。

 何度も夢によって救われているのだ。それをたまたまだと言い切るには少し無理があると俺は思う。


「ま、今疑ったところでどうしようもないしな。それにこっちとしちゃ一つの武器なわけだからな。有効活用すればいいだけだ」

「ま、阿久津さんの言う通りだね。疑ったところでどうしようもないんだから」


 阿久津さんと有野がそう言うと、それに続いて皆んなも頷いていた。

 それから俺たちは会室に戻った。

 時刻はもうすぐ昼を終えようとしている頃。そろそろ解散しようかと時計を見ていた時だった。


「あの、私たちから一ついいでしょうか?」


 長原さんが俺たちに向けて何やら話し始めるようだ。

 至って真剣な顔をしているので、俺たちは自然と座り直していた。


「我々を、救っていただけないですか?」

「「「は?」」」


 俺たち三人は同時に全く同じ間抜けな反応を返してしまった。

 ここまで揃うと逆に誰かがヤラセでもしているんじゃないかと疑うレベルだが、そう思ってしまうほどに俺たちからすれば予想外すぎる言葉だったのだ。


「──っていうと少し語弊がありますね。いえ、私たちに協力してくれませんか?」


 それまた疑問を浮かべるしかできなかった。

 俺たち三人が話を理解していないと分かり、長原さんはフォローしたつもりなのかもしれないが、すまん。言葉の意味はそりゃ分かるが、分からん。


「えーっとですね、何で言えばいいんでしょうか……」


 長原さんが困っていると、今度は阿久津さんが口を開いた。


「えーっとだな。昨日、上の組織の奴らがここを攻撃しにきた時、俺たちの顔は完全に向こうの連中に見られたんだ。だったら、これから次誰が狙われるか──分かるな?」


 なるほど。そういうことか。確かに考えれば簡単な話だ。

 上の組織にとってはこの人たちは裏切り者ということになったんだ。

 下っ端とはいえ組織の中に裏切り者がいると分かれば、そんなの真っ先に消そうとしてくるだろう。


「そこでだ。お互い狙われているもの同士協力しないか?」


 そう言って阿久津さんは握手を求めてきた。

 当然ここで拒否することなどあるはずがなく、素直に俺はその手を取って協力することにした。



***



「と、協力することにしたのはいいものの……俺たちに一体何ができるんだ?」

「さーねー」

「お前たちで考えてくれ。私はすることがある」

「お前ら……」


 三人が帰った後、俺たちは会室で今日の出来事について話し合いを行っていた。

 と言っても俺が一方的に話している感じになっているのだが。


「明日また襲撃があったっておかしくないんだぞ? いや、明日じゃなくてもしかしたら今日これからまた来るかもしれない。それなのに何でそんなにのんびりしてられるんだよ……」

「んー………ねえ、そもそもさ、あの発電装置を狙ってあいつらは来たんだよね。だったらそれを壊しちゃえばもう来ないんじゃないの?」


 椅子に完全に脱力しながら言うこいつの態度はとてもムカつくが、確かに言われてみればそれは盲点だった。

 そもそもの原因を根本的に取り払って仕舞えば問題は解決するんじゃないか?


「いや、それは却下だ!」


 だが、意外にもそれに反対する人物がいた。


「な、何でだよ桜井」

「この発電装置がなくなって仕舞えばこの飛行装置は永遠に動かなくなると言っても過言ではないぞ? そんなのは無理だ」


 メチャメチャ私情が入った理由だった。が、それを聞いた瞬間即座に意見を変えた人物がいた!


「はっ! そ、そっか。今これが無くなったら飛行装置が動かなくなっちゃうのか。じゃあ無理だね」


 どれだけ飛行装置が大事なんだよ……。


「そうは言ってもお前の父親が手紙に残してた言葉、忘れたのか? なんか俺の代わりに壊してくれ──みたいなこと書いてなかったか?」

「あー、確かにそんなのもあったかな。まあそれは今じゃなくてもいいからね」


 それからも会議は平行線のまま、特にいい案が出るわけでもなくそのまま時間だけが過ぎていき、この日は協力できることは見つからなかった。


 そしてその日の帰り。時刻はすでに八時を回っており、辺りはすっかり暗くなってしまった。

 ため息をつきながらここ最近のことを振り返っていた。


「これから俺は本当に大丈夫なんだろうか……。前回の襲撃はたまたま三人が助けてくれてけれど、次はダメかもしれない」


 今後も定期的にあんな襲撃があるんだとしたら……早めにけりをつけなければならないかもしれないな。


 ──ん? 気のせいだろうか。さっきから俺の後ろをずっとつけている足音がある気がする……。

 まさかな。だが、もしかしたら……。

 試しに俺が早歩きをするとその足音もついて来た。そしてゆっくりになると向こうもゆっくりになった。

 まさか……な。


「くそッ!!」


 このままでは家まで追って来てしまうかもしれない。そう思った俺はすぐに近くの大きな店に向かって走った。

 予想通りその足音も一緒に走ってきた。

 チラッと後ろを見ると、そこには見知らぬ黒い影。

 暗くてよく分からないな。だが追って来ているのはこれで確実だ。


「くそっ。住宅街の細い道路なんて歩くんじゃなかった!」


 もっと広い大通りだったらまだ簡単に切り抜けられるって言うのに。路地だから反対車線に逃げるとかそんなの無いしな。

 これまで何度も通って来た道路を思い出しながら、逃走経路を頭の中で構築していた──その時!


「おいおいおいおいっ! 前からとか反則だろ!」


 視界の先に待ち構える姿をした人が二人。まさかの挟み撃ち。

 狭い道路だからそりゃこっちがそっち側の立場だったらそうするけどよ、実際やられると……くそっ! どうするよ。


「行くしかねぇか」


 一才減速することなく、逆に俺は速度を上げて走る。

 ここで立ち止まれば終わりだ。だったら目の前を通過するしかない。

 姿勢を低くし、頭の前に両腕を構えて激突することを前提に俺は走った。

 ドシン!!

 強い衝撃が体に走る──が、構わず俺は歩みを進める。


「よしっ。やった!」


 どうやら前の敵を突破したらしい。あとは後ろから追いかけて来ているやつらだけだ。

 

 全速力で道を駆け抜け、やっとの思いでショッピングモール辿り着いた。

 ここに来れば出入り口が複数あるから適当な場所から出れば、たとえ待機していたとしても撒くことができるだろう。


「はぁっはぁっはぁっ。ここまでっ来れば……大丈夫だろっ」


 流石に店の中にまでは入ってこないようで、そいつは店に入った俺を見た後そのままどこかに行ってしまった。


 まさか帰宅途中を狙ってくるとはな……。

 いつからつけられていた? いや、そこまでは分からないが今後はちゃんと注意した方が良さそうだ。


「あいつらは大丈夫か?」


 特に有野が心配だ。

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