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10 話し合い

 それからもしばらく話し合いは続いた。

 そしてあと5分ほどで講義が始まるというところで有野が俺たちに向けめんどくそうに言った。


「あ、そういや長原さん今日も夕方くらいに来ることになってるけどどうするの?」

「いや、そりゃこんな事言えるわけないだろ」

「ま、そりゃそうだよね」


 確かに長原さんが密告した可能性は考えたくない。けれどこれはそんな個人的な考えで判断して良いものではない。

 今ここで使われる判断材料は長原さんが敵の組織の一員であること。それくらいだ。


「じゃあ隠しながら話し合いするってことで良いね」

「ああ。つったってそんな器用なこと出来るのか?」

「やってみるしかないよ」


 もともとお前と桜井がこの場所を紹介したからこんなことになってるのかもしれないんだぞ。分かってるのか?

 そんなことを心の中で呟きながらその場は解散となった。


 それから講義があり、時間が経過して気づくと夕方になっていた。


「さーて、そろそろじゃない? 長原さんが来るの」

「ああ」


 俺たちは今有野工具店に集まっていた。

 今日の集合場所はここになっていたのだ。

 昨日の時点ではここに再び襲撃が来る事を疑ってもいなかったためここに集まることになっていたのだ。

 だが今は違う。


 コンコン。

 正面の扉から音が鳴った。


「来たか」

「さーて、いっちょやりますか」

「別に私たちはただここに来る事を想定した話し合いをするだけだ」


 まあ桜井の言う通りなんだが、既に違う事を知りながら話し合いをするのって難しいと思うぞ。


「お邪魔しまーす。あ、こんにちは。今日はよろしくお願いしますね」


 まさかこんな礼儀正しい人を疑わなければならないとはな。

 疑っている事をバレてはいけない、非常に難しい話し合いが始まった。


「えっと、まずはどこからどう来るかを改めて確認したほうがいいですよね」

「あ、は、はい。そうっすね」


 やべぇな。何とか普通の態度をとっているつもりだが、これがいつまで待つか……。


「あの、どうかしましたか?」

「いや! 何でもっ!」

「そうですか」


 早速バレそうなんだが!

 選手交代をしたいところだ。おい、有野、桜井。お前らどこに──って、なに隅の方で二人だけで話し合いしてんだよ! こっちは何とか悟られないようにしないとって必死だってのに!

 長原さんが丁寧に一つ一つ説明しているのをよそに、俺は有野の首根っこを掴み引き寄せ、耳打ちした。


「お前らなんで二人だけで話し合いしてる風を装ってるんだよ! 俺だけに押し付ける気か!」

「いや、だって僕話しちゃいそうだから」


 くそっ。こう言う時だけ律儀にしやがって。そういう態度は昨日しやがれ。


「ここでどうやって構えるかですよ」


 どうせ桜井も同じような事を言うだろうし……。


「あの、杉田さん。聞いてますか?」

「……え? あ、はい。続けてください」

「……あの、ほんとに聞いてましたか?」

「すみません。何でしたっけ?」

「玄関から静かに入ってくるんです。その時、どうやって無力化するかって事を話し合っていくところなんです」

「は、はい」


 長原さんは少しだけ怒っていた。

 まあ向こうは一応熱心に対策を考えてくれているわけだし、それを邪険にされたら怒るよな。

 というか結構しっかりした可愛い感じの人なのに『無力化』なんて単語を使っているのにギャップを感じるな。

 やっぱり……そうだよな……。


 それからも俺と長原さんの話し合いは続き、気づくと辺りは真っ暗になっていた。

 その間有野と桜井が介入してくることはなく、俺も特別話し合いに参加させようとはしなかった。

 面倒なことになるのはごめんだからな。


「それでは、また明日ですね」


 有野工具店の軒先で明日も来る約束をし、俺は長原さんを見送る。


「じゃあ」


 長原さんが頭を下げ、歩き出そうとした時俺はやっと覚悟を決めた。


「あの──」



***



 それから翌日。今日は生憎朝から大雨だった。天気予報によるとどうやら今日は夕方までずっとこの調子で土砂降りの雨が続くらしい。


「やっぱ今日だよな……」


 あくびを噛み殺し、外を見ながらそう呟いた。


 大学に着くと既に朝から二人は揃っていた。


「よう。調子どうよ」

「よくそんな気楽でいられるな……」


 有野は朝から軽快な笑顔で俺を出迎えてくれた。

 これから死ぬかもしれないってのに、呑気なやつだ。

 それとは反対に、桜井は朝から何か作業をしている様子だった。


「桜井。何してんだ?」

「ん? ああ。テーザー銃を改造していたんだ」

「お。おう」


 はて、それを向けられるのは俺らなのか、それとも敵なのか。

 桜井はハテナ顔をしていたが、俺と有野はグッと警戒心を高めた。


「それよりさ、今日本当に来るの?」

「ああ。この大雨っぷりといい、今日以外はあり得ない」

「ふーん。ま、別に疑ってるってわけじゃないけどさ、実際に僕が見たわけじゃないから実感ないんだよねぇ」


 まあそりゃそうだろう。一度目の時だってこいつらからすれば、ただ後から知っていたと言われただけだしな。疑う気持ちはわかる。


「けど残念だがほとんど確実なんだ」

「ま、何事もなきゃそれで終わりだしね」


 本当にその通りだ。

 今日は土曜日ということもあり建物内に生徒は殆どいなく、その上大雨まで降っているという襲撃するなら絶好のタイミングとなっていた。

 こっちの武器は今のところは桜井の使うレールガン。それに俺らが使うテーザー銃と手札は少ない。けれど決まれば効果は絶大となっていた。


 さて、会室に来て二時間程が経過した11時ごろ。桜井と有野が飛行装置の今後の方針について話し合っていた。

 俺はいつ来るのかとそわそわし、窓の外を見ていた──その時だった。


 バン!!


 いきなり大きな音を立てて扉が開かれ、三人の銃を構えた人が入ってきた。


「うわぁあ!!! ぐはっ! き、来た!!」

「フッ。本当に来るとはなっ」

「え、え、え?! っえ?」


 有野は文字通り椅子から転げ落ちビビり散らかし、桜井はすぐにレールガンを打つために構え、俺はというと、ただ疑問しか出てこなかった。

 それもそのはずだった。

 その何人もの人たちの中には──長原さんもいたのだから。


「──え? な、なんで。なんで長原さんが?!」

「そんなの敵だからな決まってるだろ!! 杉田! とぼけてる場合じゃないぞ!」

「い、いや、そんなはずは──」


 そんなバカなことがあってたまるか! だ、だって……。

 それぞれ銃を構え、有野と桜井が撃とうとしたその時だった。


「や、ちょっと待ったーーっ!!」


 突然長原さんの大きな声が室内に響き渡った。

 

「二人とも、落ち着いたください。私たちは別に戦いに来たんじゃないんです」


 そう言うと、長原さんは隣にいた男の人に腕でちょんちょんと突き、何やら命令でもしたのか。すると男の人は口を開き話し始めた。


「ああ。わたしはこの組織のリーダーを務めている。阿久津(あくつ)といいます。どうぞ、よろしく」

「俺は安田宏(やすだこう)だ。よろしく」

「こ、こちらこそ。よろしくお願いします」


 こ、この人……多分一番初めの襲撃の時もいたはずだ……。

 流れで一応握手をする。

 阿久津と言ったか。この人結構ガッチリした腕をしてるな。顔もかなり男前だし。と、そんな事より気になるのは──。


「あ、あの、それよりその銃は……」

「ああ。これは一応敵がいた時の為の護身用さ」

「え、でもあの時は……」


 そう。あの時はこの人たちは銃など所持していなかった。けれど今回は銃を所持している。

 普通に考えれば後から支給されたと考えられるが。


「あの時はあくまでも民家に突入するということだったからな。まあそれで負けてしまったわけだけれど」


 今では笑い話さ。とでも言いたげ表情で阿久津さんは苦笑した。

 と言うことは、もしあの時銃を所持してきていれば、確実にこちらが負けていたことになる。


「なぜ今日ここに?」

「それに関しては私からいいですか?」


 ここで長原さんが阿久津さんと話し手を交代した。


「今日は、皆さんに謝りに来たんです」

「え?」

「昨日の夜。私はリーダーである阿久津さんを説得しに行ったんです。あの場所にもう一度襲撃に行く意味は無いと」


 そうか。そういうことだったのか。


「それで、話し合いの末それは承諾されたんです。私たちのせいであの日、怖い思いをしたと思います」

「そんな。だってそれは一応上からの命令なんですよね?」


 有野工具店に襲撃に行くよう命令したのはこの人たちよりも上の存在だ。ならば命令に従うのはやむを得ないとは思う。


「それでも、それを受けるか受けないかは我々の選択です」


 まあ、そうと言えるか。

 しかし、要するにもう襲撃の心配はないということでいいのか?

 混乱する頭で何とか結論を導き出したところで、もっと混乱している人たちが俺の肩を叩き助けを求めてきた。


「な、なあ杉田。説明してくれるか?」

「ん? ああ。つまり長原さんが昨日リーダーを説得してここに襲撃に来るのを取りやめにさせたんだ。んで、今日はこの前襲撃に来たお詫びに来たんだ」

「な、なるほど……。え、ってことはもう安心ってこと?」

「そう言うことだ」


 その俺の言葉を聞いた瞬間、有野と桜井は大きく息を吐き、安堵していた。


「あの時は申し訳ありませんでした」

「まあ被害は少なかったんだし、まあいいでしょ」

「ありがとうございます」

「さて、それじゃあ我々はこれで」


 そう阿久津さんが切り出すと、三人の人はそのまま帰って行った。

 ふうっ。これで、終わったんだよな? ああ。そのはずだ。


 それから俺は気分転換のため一度会室を離れ、コンビニで食事を買い、カウンター席で食べ始めた。

 今回、こんなにも簡単に終わるものなのか? そもそも俺の予知夢は俺と、俺に近い人に起きる出来事のはずだ。それなのに今回は特に何もなかった。

 いや、銃を構えた人たちが部屋に入ってきたのはそりゃ驚きだが、それが予知夢として登場するまで大きなことなのかと言われたら──そうでもない気がする。

 んーーー。なにか、何かがおかしい気がするんだ。

 何かが引っ掛かるんだ……それが一体何なのか、それがわからない……。


 悩みながら食べる飯はあまり美味しくなく、10分程で食べ終えるとすぐに会室に戻った。

 窓際の椅子に座りながら外を見る。

 今もなお外では土砂降りが続いており、外は薄暗くなっていた。

 視線を室内に向けると有野と桜井がテーザー銃の改良を進めており、今後のパワーアップに期待がこもっている。

 ぼーっと二人を眺めながら、一連の会話の一部分を何となく思い返していた。


『あの場所にもう一度襲撃に行く意味は無い』

『つまり長原さんが昨日リーダーを説得してここに襲撃に来るのを取りやめにさせたんだ』


 ………あれ? 何かおかしいぞ。長原さんの言っていることと、俺の言ったこと。そこに、なにか齟齬が──。


 バン!!


 大きな音が室内に鳴り響き、扉が開けられた。

 それに続き五人の顔を隠した黒服の奴らがズカズカと突入してきた。

 その手には夢と同様、拳銃が握られていた。

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