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1 寂れた工具店

「ここか」


 買い物を終えてコンビニを出る直前。俺は立ち止まった。

 周りの人からは迷惑な目で見られるが、それは仕方がないことなのだ。何故なら()()()()()()のだから。

 そしてそんなことを考えた直後、突然目の前にスリップしてきた車が横転して滑ってきた。

 もし巻き込まれていたら確実に命に関わる怪我を負っていただろう。けれど、俺は斯の車が来ることを知っていたのだ。


 周りの人たちは怪我はないか?と色々と問いかけてくるが、別にこっちは怪我一つしていない。

 俺はそのままいつも通り帰宅した。



 みんなは夢を見たことがあるだろうか。まあ普通はあるだろう。

 いつからかはわからない。けれど、俺はいつからか予知夢を見られるようになっていた。

 その予知夢の出来事がいつ起きるかはわからない。けれど、決まってそれは自分の身と、自分と距離が近い人に起きることが夢に出てくるのだ。

 予知夢を見る条件は不明。ただ寝たらたまに見るくらいだ。



***



 知らない人が俺の前で何やら話し合っている。

 一体何の話をしているのかはよく分からない。何故か耳はよく聞こえなく、視界もとてもぼやけていた。

 そして俺の背後にも二人いる。

 と、そんな時、不意に俺の肩を、背後にいる二人のうちの一人がトントンと軽く叩いてきた。

 その人は、「音が聞こえる」とだけ耳打ちすると、そのまま何事もなかったかのように戻った。

 一体なんなんだ? でも今のこの人、知ってるな。それにしても俺の身体……なんかめちゃくちゃ機械がまとわりついてる?

 そんな事を考えていたその時──パァン!! と大きな音が響き渡り、その刹那、俺の意識は真っ暗になった。

 その瞬間、俺の目は開き、それが夢であった事を知った。


「今日の夢は……最悪だな……」


 予知夢にしてはヒントがなさすぎるだろ……。あまり考えないようにしたいな。

 時刻はまだ七時。朝食を食べ終えた俺は、仕事に行こうと玄関に向かう母親を呼び止めた。


「部屋の椅子のネジがゆるゆるなんだがドライバー知らないか?」

「んー? そんなのとっくに捨てたわよ」

「え?! なんでだよ! いくら最近断捨離(だんしゃり)しているとはいえドライバー捨てることないだろっ」

「あのドライバー錆びてたのよ」


 なるほど。そりゃ捨てるわけだ。

 けど今すぐ俺はドライバーを欲しているんだ。まあこうなったら買いに行くしかないか。


「んじゃ俺も出るわ」


 めんどくさいけれど、あんなぐらぐらする椅子に座るくらいなら今ちゃんとドライバー買って直した方が後々苦労しない。

 いつ椅子が外れるかもわからんしな。

 そんなわけで俺は母親と家を出て、すぐに別れ、一人道を彷徨(さまよ)った。


「しかしドライバーってどこに売ってるんだ?」


 コンビニにあっただろうか。いや、流石のコンビニもドライバーは無かった気がする。となると……。

 頭を回転させながらトボトボと歩いていると、ちょうど視界の端に有野工具店と書かれた寂れた看板が見えた。


「い、一応工具店だし……いいよな」


 シャッターも開いているしやってはいるようだ。

 俺は恐る恐るゆっくりと扉を開けて中に入った。


「誰だ!」

「へっ!?」


 いきなりの叫び声に驚き、間抜けな声を出した。

 視界の先にいたのは、一人の男。年はあまり離れていないように思える。

 見た感じは身長は俺よりも少し低く、髪も特に整えていない地味な青年と言ったところだろうか。

 そんな男が、とても警戒した面持ちでこっちをじーっと見ていた。


「お前、なんで入ってきたっ」

「──そ、それは。ここが工具店だから……」

「は? 僕は一度も工具店だと名乗った覚えはないぞ」

「いやいや。店の看板に書いてあるだろ」


 結構寂れてるけど。

 ここまで言ってもこの男はクエスチョンマークを浮かべているようだったので、見てもらった方が早いと思い俺は手招きして男を外に連れてきた。

 そして建物に付いている看板を指差した。


「ほら見ろ。有野工具店って」

「な……。そんな。じゃあ僕工具を売らないといけないってこと!?」

「そうだ」


 もう一度俺たちは店に入り直した。

 よく店の中を見てみると、結構いろいろな工具が──いや、よく分からない機械がたくさんある。

 これは──あれだな。


「これは男のロマンがくすぐられるな」

「おぉ! お前には分かるのか。この良さが!」

「ああ。こういうよくわからないグチャグチャした機械系にはロマンがくすぐられる」

「ふっ」

「へっ」


 何故か拳と拳を合わせて意気投合していた。

 やっぱり分かるやつには分かるんだよ。


「で、ドライバーはどこにある」

「ああ。これでいいか?」


 そう言って、結構使い古されたドライバーを持ってきた。

 ま、まあ俺が使うぐらいだろうし別にいいか。


「ああ。何円だ?」

「………」

「ん? 何円だって訊いてる」

「いや、やっぱりダメだ!」

「なんでだよ!」

「だってこれ売ったら僕のドライバーが無くなっちゃうじゃないか!」

「ここは工具店じゃ無かったのか! 在庫は一つでその一つさえこんな使い古されてるとか中古屋としても終わってるぞ!」


 早口で言い切りため息をついた。

 まあしかし見たところここは完全に店として営業してる感じはないし、店は既に営業終了してて、今日たまたまシャッター開けてたら俺が入ってきたみたいな感じなのかな? 変な偶然だ。


「まあいいや。ドライバーはどっかで買ってくよ」

「うん。僕今やっと思い出したんだ。昔お父さんだったか、お爺ちゃんが工具店をやってたこと」


 いまの今まで忘れられるほど存在感がなかったのだろうか。自営業なら結構記憶に残りそうなもんだが。というか記憶曖昧過ぎるだろ。


「んで、今は工具店をやっていないのならこの機械たちは一体なんなんだ?」

「ふっ。やっぱり君は目の付け所が違うね」


 何と違うんだよ。


「いいよ。見せてあげる。ちょっとこっちへ」


 そう言って建物の奥に入っていった。

 俺も仕方なく男について行く。いくつか扉を抜けて庭らしき場所に出た。


「さぁ見てよ! これが男のロマン! 飛行装置さ!」


 やはり俺がものすごいロマンに共感してくれる人だと勘違いされている──って、今なんて?


「ひ、飛行装置?」

「そう。まあいわゆる人が自由に飛べる装置さ」


 おいおいマジかよ。こいつ馬鹿だと思ってたのに……めちゃくちゃ頭いいことになっちまうじゃねぇか!


「なんか僕めちゃめちゃ馬鹿にされてないかな。まあいいや。君にはこの良さがわかるみたいだし、特別に試運転させてあげよう」

「え、いいのか?」

「うん。まあ正直なところ僕一人しかいなかったから試運転すらできなかったんだよね。だから君がきてくれてよかったよ!」

「ちょっと待て! 今ものすごく不安になることを言っていなかったか?」

「え? ものすごくワクワクすることなら言ったよ?」


 いや、今『試運転すらできなかった』って。てことはこの機械まだ誰も使ったことないってことじゃねぇか。

 こんなところで命をかけられるか!

 俺は大きくため息をつき、空を一瞥し、


「今日はサンキューな。じゃ」

「ちょっと待った!」


 いきなり俺の前に回り込んできやがった。


「大丈夫だよ! ちゃんと試験は何度もしたから。ただ人に付けてしたことがないってだけで……」


 やっぱり最後に爆弾を置いていくな……。

 けどまあ、興味がないわけでもない。正直言って空を飛べると言うのなら飛んでみたい。

 俺は深く考えた。

 もし俺がここで死ぬと言うのなら予知夢で何かしらみているはずだ。けれどこんな出来事は夢に出てこなかった。と言うことは大丈夫なはず……。


「わかった。死ぬ覚悟で挑もう」

「そ、そんなに覚悟しなくても大丈夫だよ」


 さて、やるとなったら行動は早かった。

 見た目はシンプルなようでいて複雑で、まず足の(ふく)(はぎ)の部分にはタービンのようなものを左右に一つずつ取り付けられ、背中には同じくタービンのようなものとエンジンのようなものがずっしりと背負わされる。

 両腕にはタービンのようなものが二つずつ付けられているものをつけ、手は機械の中にすっぽりと収まってしまった。

 中にはレバーがあり、どうやらこれで出力の操作でもするみたいだ。

 これらの機械は全て骨組みで一体化されており、調節も可能なようだ。

 それからヘルメットを付けて完了だ。

 それにしてもクソ重いな!


「おおっ。思ったよりもちゃんとしてるな。これなら安心──って、おいこのヘルメット中学の自転車用だろ! 目を守れよ目を!」

「えー? どうせ落ちたら死ぬんだからいいじゃん」


 こいつ……俺の気も知らないで。こっちは死ぬ覚悟でやってるって言っただろうが。

 大体中学校の自転車のヘルメットをするくらいなら何も付けてなくても同じじゃねぇか。

 いや、それはないか。だが空中から落っこちたら意味なんでないかもな。


「はいはい。わかったよ。じゃあこのゴーグル付ければいいだろ?」

「いやこれどこからみても水泳用じゃねぇか」

「目を守れればいいんだろ? だったらいいじゃん」

「……確かに」


 というわけで最終的に自転車用のヘルメット(安物)と、水泳用のゴーグル(度付き)を装着していざ本番となった。


「ちなみにこのケーブルは200メートルまでしか届かないから上に行きすぎないようにね」


 そう言いながらケーブルを発電機に繋ぎ、エンジンをかけていた。


「行きすぎたらどうなるんだ?」

「装置が止まって地面に真っ逆さま」


 空を飛ぶ機械なのに電気のケーブルが繋がってるのはどうなんだ? それは果たして空を自由に飛んでいると言えるのだろうか。まあいいか。


「よし。じゃあ行くよ!」

「おう! 来い!」


 俺は手元の操作機器を握りしめて息を呑んだ。


「3、2、1、ゴー!」


 締まらない掛け声と、物凄い轟音と共に俺はゆっくりと浮き出した。

 まあ、浮き出したのはいいのだが……。


「さっきから機械の音がうるさすぎて鼓膜がやぶれるわ!」

「あ。忘れてたよ。この耳栓付けて」

「多分一番大事だぞそれ!」


 と文句を言いながらも、あまりのうるささにこいつの返事を待つ前にヘッドホン型の耳栓を受け取りすぐに付けた。

 うっ。これ付けてても結構頭に響くな。


 と、そんなことを考えているうちにだんだんと俺の体は高度を上げていく。

 そんな俺をキラキラした目で見つめる奴の顔がだんだんと小さくなってきたあたりでとりあえずホバリングでもできないか試みた。が、


「あ、あれ? なんだこれ」


 出力を上げるボタンを離しても一向に止まる気配がない。それどころかどんどん上昇速度を上げていく。


「お、おいおい。おいおいおいおい!」


 既に地上からは150メートルは超えただろう。

 ケーブルの猶予は残り50メートルほど。このままだとケーブルが切れるぞ!


 その頃。安全な地面では。


「あはははっ。あいつ初めて空を飛んだからってはしゃぎ過ぎだろ〜。おーい! そろそろ上昇やめろよー!」


 そんな平和な空間が広がっていた。

 空中の空気感とは大違いである。


「おーい。あと数メートルしか──って、あ。発電機も飛び始めた! この発電機が無くなったら僕は終わりだ! これだけは守ってやる!」


 そう言って勢いよく発電機に抱きついた。

 それによって飛行装置と発電機を繋いでいたケーブルのコンセントが外れ、発電機は無事に地上に降りてきた。


「ふうっ。これで一件落着って! ケーブル外れたら──!」


 一方空中では完全に動力を失った飛行装置と共に地面に真っ逆さまに落ちてきていた。


「ぬぁぁぁぁあーーー!! 死ぬーーーー!!」


 この状況には能天気だった平和な地面にいる男も焦り、すぐに発電機にケーブルを繋ぎ直した。

 すると動力を取り戻した飛行装置が息を吹き返して落下速度が落ち、地面に落ちる頃には軽く尻餅をついたくらいの勢いになった。


「はあぁぁーーっ。し、死ぬかと思ったぞ! なんで何度も試験して上昇が止まらない誤作動が起こってるんだよ!」

「え? はしゃいでたんじゃないの?」

「違うわ!」


 心臓が今でもバクバク言ってる。流石に今回ばかりはダメかと思った。

 けど……。俺、今飛んでたんだな。

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