第一章 陽解 ③
「はい、できるなら娘がしたいことをできるような生活、みんなと同じような生活ができるようにしたいと考えています」
紅葉父の切実な願いが籠った返答がきた。紅葉さんは、ソファの後ろでそわそわしている感じがある。紅葉父の願いは、紅葉さんがしたいけどできなかったことがあったからなのか?だが、この願いの返答はひどく残酷に聞こえるものになると思える。
「すみません、お父さんの願いは治療ということでは叶えることができません」
「そう……ですか」
紅葉さんたちは、落胆したように見える。
「紅葉海依さんの能力は、体液が溶解性を持つということで間違いないでしょうか?」
「はい」
「紅葉海依さんの能力は、本来私たちが持つ血液や汗などの体液の代わりに溶解性の体液になっているということが研究チームからの情報で分かったことになります」
「はい」
「治療をするには、溶解性をなくす、もしくは、今の体液の代替を用意することになります。」
「はい、それはできないのでしょうか?」
「できるのかできないか分からないのが結論になります。体液の性質を変えるもしくは、代替にすると体の影響がどのようにできるのか分からないので危険性が分からないため行うことができないということです。実験的に行うことが同じような条件を持つような生き物も再現することもできないので一発勝負になるので危険なのでできないとのことです」
「そうですか」
と研究チームの報告書の内容を説明した。紅葉さんは、落ち込んでいるように見える。すると、紅葉さんは、ソファの後ろに座り込んだ。落ち込んでいる姿を見られたくないのだろうか?と推測しながら話を続けた。
「治療はできませんが、対処は私たちの方でできると思います。私たちは、考察者である私、研究者が集まる研究チーム、オーダーメイドで作成する開発チーム、あとは、事務等があります。これらのチームによってできる限り日常生活をサポートしていきたいと考えています。例えば、この部屋のような物を作り提供することもできます」
私は、このほかにもできる限りサポートできることを話した。その中で、紅葉さん家が反応を示したのが寮の話だった。
「すみません、寮の話をもっと聞かせてください」
「はい、わかりました。寮は、日常生活を難しい人が入ることができます。なので、治療が成功した場合、日常生活が困難ではない際には、退居もしくは入居してもらうことができません。寮には、私も含め専属のスタッフが就いており、内線通信で何かあった際に対応できるようにしています。ここの敷地内にあるので何かあった際は、ここで治療を行うことができます。国が定めた法律により、今までも援助金があったともいますがそれにより補い生活費や治療費などは無償で提供することとなっております。大まかな概要は以上になります」
寮の話をしている時にソファの後ろからのぞきながら聞いている紅葉さんに姿がちらっと見えた。気になっているのかな?と少し考えているとご両親から質問が来た。
「寮には、私たちも一緒に済むことができますか?」
「それはできません。あくまで寮なので、寮に住むのは対象者だけになります。面会も不自由になりますが、こちらに予約や連絡を通していただくことになります」
私は、この話については濁して言わなければならなかった。実際は、ご家族が一緒に暮らすことは推奨したいものの、他の寮に住んでいる人たちが他の人たちにその子たちが故意でなくとも加害者になってしまう。なので、この寮は「監視」することによって成り立っている。見方によって変わるが犯罪者予備軍として接しなければ、寮にいる子たちが最悪人殺しになってしまう。それだけは避けなければならない。なので、できるだけ表面上は良い施設を保たなければ、ここに来るような子たちがこの施設のない場合にどうなるかは分からない。私たちがいなくても社会に適応するかもしれないし、適応できないかもしれない。でも、適応できない子が一人でも減らせるのなら、やる理由として十分だと思う。
「他にも寮についてお話したいのですが、今回は、紅葉海依さんについて詳しく知りたいので二人で話してみたいです。いいでしょうか?」
「はい。紅葉、先生と二人で話せるかい?」
「だ……大丈夫」
と了承はもらったので、二人で話すためにご両親に外に出てもらうことにした。その際に、寮についての話やその他の話もできるように他のスタッフに案内を頼んだ。私は、ソファに戻ると仕切り板を取り出した。
「ごめんね。待たせてしまって」
「大丈夫です」
と紅葉さんが口を手で塞ぐような動作をさりげなくしながら言った。紅葉さんは、少しきょとんとした表情をしているようだった。仕切り板のことが気になるのだろうか。
「この仕切りは、顔を合わせない方が緊張しないかな~と思って」
「そうなんですね」
仕切り板の意味はそれだけではないけど。今までの人との距離感的につばが飛ぶことが嫌だったのではと思い試しに取り出してきた。紅葉さんは、まだ、ソファの後ろにいる。でも、ソファに手を付いているので、ソファに触っても安心ってことが分かったのかな。それとも、疲れただけかな。さて、今のままだと話をしたいとおもえないだろうから。どうしようか。そうだな。緊張とかもしているだろうから、少しだけアイスブレイクをしようか。
「えぇ―と。まずは、私のことを信用してもらうために私のことについてもう少しだけ話そう」
紅葉さんは、正直あまり興味がなさそうな感じがする。でも、話しは一応聴いてくれるらしい。
「私に紅葉さんの能力は効きません。なので、故意でなくても体液に触れるとかの場合でも大丈夫です。私が、ここの施設で唯一、ただ一人だけの考察者になります。理由は、私が持つ能力にあります」
紅葉さんは少し興味を持ってくれたのか、顔を少し出して話を聴いてくれているような気がする。
「私の能力は『健康』です。健康と言っても特殊ですが。原理は、難しくて説明しにくいのですが、私に起こる負の出来事は全てプラスもしくはゼロの状態になります。分かりにくいかもですね。数学でマイナスというのがあるのは分かりますか?」
紅葉さんは、頷いてくれた。
「私には、そのマイナスがないのです。マイナスというのが身に起こる、害とすると私にはマイナスがないので害というものが存在しないのです」
紅葉さんは、分かったような、分からないような表情をしていた。私は、説明が下手だな。分かりやすい、例え話でも出来ればいいのですが、無理に例え話をするよりかはこちらの方がマシな気がするので今は仕方がない。いい例え話を考えといた方がいいな。
「要するに、この時間では、紅葉さんの能力は気にしなくてもいいということです。そうは言っても、信用の問題もあると思うから、紅葉さんが自分から話したいと思ってからでいいですよ。そうだな……。一応紅葉さんのことを知りたいから自分から話すのが苦手だったら私から質問するので頷きとかでジェスチャーするだけでもいいですよ。早速、質問をするね。今日、聞いてみて何か気になることとかあったかな?」
紅葉さんは、頷いてくれた。どの話が一番気になったのか。やはり、治療の話だろうか。いや、寮の話しかな。一番、反応が見られたのは、治療の話だったような気がする。少し、治療について質問をしてみるか。
「紅葉さんは、今日治療の時に紅葉さんの能力についてのことを話したけど自分の能力について知っていたかな?」
「溶かすこと以外は……」
紅葉さんは、首を横に振った。ということは、あまり能力については知らなったのかな。これは可能性の話だけど……。話すべきか話さないべきか。話さない方が良いか。何を話そうか。そういえば、ずっと座っていないな。そろそろ疲れてくるかもしれないな。