衝突
◆爆走
Kawasaki Z400FX
濃紺の無骨なオートバイ
初秋の薄暮の自動車専用道をアクセル全開で走る
並列4気筒のブォーンという排気音が闇に消えていく
速度は120Kmを超える
振動と風圧
暴れ馬から振り落とされそうな恐怖
照明灯のオレンジが矢のように流れ去る
1年付き合った彼女からの言葉
「会社で好きな人ができた・・・」
短大を卒業し、ぼくより先に社会に出た彼女は
夏を過ぎた頃、
一緒にいても
どこか遠いところにいるような手応えのない女になった
MarkⅡの乗るという大人の男に抱かれているのか・・・
愛する女が他の男に身体を委ねていることを想像するという
身を斬られるような苦しみにぼくの唇は歪んだ
そして無防備な二輪で爆走する緊張感で心臓は軋むように鼓動する
その時、
真っすぐ伸びた自動車道に小さな点をみつけた
次の瞬間、
その物体は100m程先に迫っていた
それは大きめの犬だった
うなだれた姿でのしのし歩いている
100kmを超える速度を初めて体感するぼくは
頭が真っ白になった
ブレーキが操作できない
どいてくれ
この速度でブレーキをかけたらオートバイは制御できない、転ける
爆音の接近に犬も気づく
こちらを見る
目が合う
犬は動かない
しゃがみ込む
目の前に迫る
ここでハンドルを切ったらバランスを崩して転倒する
200kgの鉄の塊が柔らかい物体に乗り上げる感触
ギャインという声
オートバイは転倒しなかった
そのまま駆け抜ける
恐怖で身体が硬直し操作ができない
ただそのまま走り続ける
心の汗
心臓の鼓動
4気筒のエンジン音も聞こえない静寂
◇彷徨
秋の昼下がり
わたしを乗せたワゴン車は
見慣れない自動車道をひたすら走り続ける
運転する老人も助手席の女も無言だ
夕方になって自動車道を降り
大きな川の河川敷にワゴン車は停車した
わたしは外に出て
葦原を駆け回る
首輪は外されていた
久し振りに眺める大きな空
川の流れ
ワゴン車が走りゆく音がした
振り返る
車は去っていく
どうしたんだろう?
わたしはなぜここにいるのか?
日は暮れかかる
葦原は赤く染まる
すこし肌寒い
帰ろう
家へ
わたしは本能のままにあるき続けた
高架道路に続く
灰色の坂道をのぼる
坂道を登ってしばらくすると
真っ直ぐな自動車専用道に入った
この道を進もう
空を見上げると紫色の薄暮
オレンジの照明灯
なぜか心細い
そしてブォーンという音が迫ってきた
一つのヘッドライトがわたしを照した
眩しさにわたしは立ち止まった