11 仲田さんの告白
私はホテルで眠った。長い時間、眠りについていたようだ。仲田さんは、何も聞かないで、親切に世話をしてくれた。部屋にいることを約束させられたが、ベランダから森は見える。私は、父と母の側に行けなかった。山の子にも、町の子にもなれない。両方を望み、両方をなくしている。
私は、誰にも何もあげるものはない。誰かを困らせたくない。苦しめたくも無い。そんな私に、仲田さんは、おじい様の孤独な生活を話してくれた。
塚原家は、この町が興る時からの旧家であり、資産家である。代々の家を継ぐ跡取りさんが絶えて、急遽、次男坊さんが呼び戻された。君のおじい様である。おじい様は、家を嫌い遠い地方に住んでいた。だが、この家の主になることになった。
家を継ぐだけでなく、町も町に住む人達も、近隣の町にも責任を持たなくてはならない立場になる。おじい様は、何もかも初めから覚え、仕事に取り組んだ。仕事に没頭したあまり、家族を心やる時間が無かった。夫人は慣れない土地での生活に疲れて、病に倒れ亡くなった。
おじい様は、悲しみと苦しみからも逃れられず、家も町からも離れることができない。みなが許してくれない。許されもしない。小学生の娘さんも一人残された。手伝いのおばさんに任かされていた。優しくておとなしい子だ。
友達は僕だけ。僕の家が一番近くにあるからだ。いつの頃からか、僕と結婚させることに、おじい様は決めていたようだ。僕は反発した。家も、町も面倒を見るつもりは無い、自分は自分の力で生きていくと決めていた。彼女が行方不明になると、おじい様を見ていられなくなった。
譲る当ての無い財産は、公共でも個人でも、なんにでも寄附した。だが、働くことを辞めない。働くだけの生活がつずいている。おじい様は、働いたために家族を亡くした。なくした後で、働くのを辞めても意味が無いのだ。僕は、僕自身を捨てた。おじい様の側についた。仕事の手伝いをしている。
君の友達の進一君も、犠牲者の一人かもしれない。おじい様の対象にされている。進一君は、経済で縛られている。その必要の無い家の子だが、おじい様の向けられる所のない思いのためにだ。おじい様が生きていくためにだ。
進一君は、しっかりした子だ。学生としての力で報いている。決して取り込まれはしない。私も彼を守る。絶対に進一君を守る。私のようになって欲しくないからだ。進一君には、自分の道を歩いて欲しい。
おじい様や私が、働くのを辞めた後、家や町からも必要に思われたなら、初めて進一君の判断で、後を継いで行けばいい。今は、そう思っている。
君のことだが、山で暮らしている時は、父さんと母さんの子供でいたはずだ。長く山にいたからね。君は男の子で無いから、山で一生暮らすことはできない。孤独な生活をしながら、山の自然を守らなくてはいけないからね。
父さんも、自分の意志を曲げるつもりは無いしね。母さんも、町に帰る気は無い。それで、私たち三人は考えた。君が町で暮らせるようにするためにね。町のどこかの家族として暮らせるように、何軒かに交渉しておいた。
十七歳の誕生日が来たときから、町か、私のところかに帰すことに、話を決めていた。母さんは、戸籍上は、わたしの嫁さんになる。君はわたしの娘になっている。
「なぜ、父も母も願いを掛けるの」
「山に暮らしたものには、町の空気はなじめないのだ。生活の時間が違いすぎるからね」 山の生活は、日が昇り、日が沈む生活だ。父は山で生まれ山で暮らした。私が生まれて数回町に出るだけだ。
「私は、何とか暮らしているわ。苦痛のときもあるけど…」
「君の母さんは町で暮らしていた。父さんは君を町に返すつもり。君は生まれた時から、適応するように、少しずつ教え込まれていたからさ」
「大人は、長い年月の計画を立てるの?。特に子供のことを…。そんなの悲しすぎるわ。いつも忘れずにいるのよ」 私の両親は、なんて悲しいことをしたのだろう。私が生まれたために…。
「ああ、君は特別な立場に生まれた。普通、人間は寿命いっぱい生きるものなんだ。君の父さんのように生きる人は無いのだ」
「私は何も解らない。両親をとめることもできなかった」 本当に知らないでいたのだろうか。もっと注意深く見ていたら、何かを見つけたかしら…。
「無理は無い。君にはわからないようにしていたから、私は少しは理解したから、話し合いをした。とめることはできなかった。彼らの人生は決められているのだろう」 私は、両親の犠牲の上に生きるのか。そんなのは辛すぎる。
「君は何も悩むことは無い。むしろ重大な責任がある。孫として、私の娘として生きなくてはならないからね。 三人で暮らしても、縛り付けるつもりは無い。友達を大事にして、自分の生活をしなさい。両親報いるためにもね」
「ありがとう。私は町で暮らします。新しい家族三人で暮らします。
あくる日、私は、仲田さんに連れられて、おじい様の家に行った。待っていてくれた。門の外に立ち、私の行くのを待ちかねていた。
「祥子ー、祥子ー。よく来た。さあ、おいで。早くおいでー」 車から降りた私の肩を抱え込むと、ずっと離れず、ご自分の部屋に連れて行った。
話をしたが覚えていない。顔を見て泣いた。顔を見て笑った。ずっと、ずっと一緒にいた。私は、おじい様を頼りにできる。おじい様は世話をする子ができた。わたしは孫になる。娘になる。私を愛して下さい。 私も愛します。