8 悩み
私は女の子になった。おじい様の所に残るように説得されたけれど、私は嫌だ。二人の親と兄ー(同じ年だから双子かな)と 一緒に生活するのが楽しいから。
おじい様は、もうすこしの間、そのままでいて下さい。いつかは一緒に暮らせるはず…。
今は母さんの父親だ。私のおじい様になって欲しくない。母さんだけを思ってあげて下さい。遊びには行きます。
パパさんは弟を、今度は娘を持てたと有頂天。必要以上に(祥子、祥子)と言う。ママさんも、ほんとに大喜び。服を買いに連れて行く。料理を二人で作る。私は今、母さんが教えてくれた女の子をしている。勝彦だけが変だ。居間でテレビを見るときも、話をするときも、食事をするときも、今までのような態度をしている。だが、決して私には触れない、二人の共通点は無くなった。一番の代わり方は、女の子を家に連れてくることだ。
あるとき、私は居間にいた。二人が来た。
「きみ、センスがいいね。僕が選んだのより、その方が可愛いよ」 女の子が手に持っているぬいぐるみを、ぎごち無くほほにつけた。自分のほほに触れられたように女の子は赤くなる。でも、なんとなく不自然なやり方だ。これは絶対に、私に見せ付けるためだ。私は、そっと居間を抜け出して、部屋に戻り、宿題を済ませ、本を読んだ。
ベランダに出て、暗い空に星を捜した。星が目的ではない。静か過ぎる時間をもてあまし、空を見ていただけ。
「東のほうに一つ星があるよ」 勝彦だ。私は驚いて声のほうを見た。自分のベランダに立っている。いつ彼女を送り、いつからそこに居たのかも知らない。きっと音も立てずに、ベランダに居たのだろう。
「どうしてこっちに来ないの」 勝彦は、ぐずぐずしていたが、近くに来た。
「今日の勝彦、変だよ」 私はまた言う。返事は無い。私はかまわずにつずけた。
「ぬいぐるみではなく、あの子のほほに手を当てたらいいのに…。きっとあの子喜んだはずよ」
勝彦はイヤーな顔して私の顔を見た。
私はなんて子。ほほでもない、どこにも触れて欲しくない。女の子も連れて来て欲しくない。私は欲張りになったのか。意地悪な女の子になったのか。そんな私に、
「前のように、君と話せるといいのにね」勝彦は、ぽつりと言った。
「あら、どうしてできないの。私は前と同じよ」 私は外側が変わっただけ、中身は何も変わらない。そう思う。
「女の子に大変身だよ。弟が妹になっただけと思いたいよ…。でも、できないんだ。君はほんとに女の子だもの」 どこがどう違うの。ズボンがスカートに変わっただけ。
言葉使いには、苦労しているけど、妹をしたこと無いから無理に違いない。惑わしてはいけない。二人は同じ家に居るんだから…。
「勝彦、このごろバスケに集中していないみたいだけど、どうしてなの」と 私は、他に気分を向かせようとした。大好きなバスケだ。進一と二人で抜群のコンビを作る。かっこいいのは一番だ。
「そうかな?」気のない返事。
「この前も、部活でしかられていたでしょ。勝彦らしくないもの」
「祥子は、僕のこと気にしてるんだ」と 私を見た。うれしいような疑わしい様な勝彦の顔が覗いた。今は兄弟で居なくてはならない。
「当たり前でしょ。兄さんが何かへまをやれば、すぐ報告が入るのよ。私にも友達は居るの」失言だった。
「進一が言うのか」 応援するときは、どうしても進一のほうに少しだけ多く思いが傾く。二人とも知りながら、私を仲間にして試合のときも、部活のときも一緒に行動する。
「まさか、女の友達よ。勝彦のこと気にかけてる子が沢山居るの。その子たちが教えてくれるの。その代わり、勝彦のこと色々聞きたがるけどね」 何かいらいらしてきたみたい。
「何を話した」と 語気が荒い。
「本を読み、公園でボールけりをして、サイクリングに行く。女の子とも遊ぶ。私、他のこともいっぱい話したよ」 勝彦は、少しむっとして、
「これからは、俺のことを何も話すな」私はやり方を間違えたと気を落とした。もう一度頑張る。「サイクリングに誘えばいいのに、私紹介するけど」「僕が誘えば君は行く」 これは、
方向が違う。
「私はだめ、乗れないの」「教えるよ」 勝彦は妹にしたくないのだ。女の子にしたいのだ。それはだめ…。家族と暮らすのを願っている私は妹で無ければいけないの。勝彦、ごめん。あなたの気持ちは受けられない。少しでも無理だ。私はこの家を出たくない。妹と見てくれなければ、住むことができない。
二人の話は片回りだ。外に出られない。私はあきらめて部屋に入ることにした。「おやすみ」と 別れた。勝彦の部屋が騒がしい。一度、私の部屋の壁に何かが投げつけられた。
学校生活が変わった。ほとんどの人は驚いている。今は、私が戸惑っている。
男の子が、私の周りに沢山くる。朝は門のところでつかまり、話の仲間に入れられる。私のカバンを持ち、教室まで付いてくる。特に困るのは、鉢巻を取り上げた三年生の拓哉君だ。休み時間は必ず私の側に居る。
「私、すごく忙しいの。来てくれても困る」と いくら言っても聞き入れない。教室が混雑している。二人も、三人も連れてくる。今は進一の代わりに拓哉君が御弁当を食べる。
後ろの空き場所に、三年生が座り込み、皆の邪魔をしている。進一に、助けてくれるように、顔を向けてもプイと横を向かれる。何でこんなになるのか腹が立つ。女の子になっただけなのに…。変身はしないけど、女の子は沢山居る。こんなのはもう嫌だ。
私は授業中に、日曜日ハイキングに行くデートの申し込みを書いた。ノートをやぶして進一に差し出した。どうどうと手渡した。先生に見つかり叱られてもかまわない。私のイライラは募るばかり。進一も巻き添えになってもかまわない。彼が悪いんだから。
読んだ。何も言わない。彼は読まないような顔して、平然としている。なお、イライラした。私をいじめ、困らせたことなど忘れている。進一は女の子には興味を持たない。 男の子とはさよならした私にかかわりたくないのだろう。無関心で居られるのだから。
苦しんでいるのに助けてくれる気は無い。涙が出てきた。あわてて上を向いて、目をパチパチさせて押さえた。当ての無い希望は持たないことにして、机をかたずけていると、
「日曜日の待ち合わせは何時だ」 席を立ち、私のほうに身を寄せ、小声で言う。また、涙が出てきた。ありがとう。気にかけてくれていたのだ。進一だけでなく、クラスの人に迷惑を掛けている。私では解決できない。助けてくれる人が欲しい。うれしかった。私の顔は明るくなっただろう。
「気をつけて帰れよ」 窓の点検をして回りながら、進一は声を掛けてくれた。今は一緒に帰れないで居る。教室を出ると拓哉君が待ち受けているから。今日は大丈夫。元気で帰られる。進一に、さよならをしてローカに出た。
待ちどおしかった日曜日が来た。私はピンクのトレシャツにジーンズ、帽子は白い野球帽。これは勝彦のだ。どうしても欲しくて、何度も頼み手に入れたもの。
支度は整い進一を待つだけ。ベルが鳴る。いそいで「いってきます」と 言いながら玄関に向かい戸を開けた。進一は私を見て、上着のファスナーをすばやく上げた。進一が挨拶している横をかすめて外に出た。ママさんは手を振ってくれた。勝彦は、自分の部屋で見ているだろう。(ごめんね。今は進一に助けて欲しいの) 心の中でつぶやいた。
「どうして、ファスナーを閉じたの」 歩道を歩きながら聞いた。
「色が同じだろ」 上着を脱ぎながら、身体を寄せた。私はピンクのシャツ、進一も薄いピンクのシャツを着ている。
「周りの気持ちも考えないとな」「偶然の一致でも」
「ああ、僕なら見たくない」 なんか変な雰囲気になってきた。
「どうして読まない振りしたの」 今日は近くに居られる。沢山話してソッポを向いていた分を取り戻そう。わたしは欲張りになる。
気を使いながら話す友達とは、長い時間付き合った。話して欲しい友達は近よらせてくれない。またいつ、知らぬ振りするかわからないのだから…。
「君はいつも男の子で手一杯だろ。僕が入り込む必要は無いと思えたからさ」と 進一は言いながら、遠くを見ている。
「私が喜んでいると思うの」
「そんなに悪い気分でもないみたいに見えたよ」 完全に頭に来た。そんな見方をしていたのだ。
「やっぱり、男の子が好きなんだ」 ものすごい目で睨まれた。言ってはいけないことなんだ。男の子の振りをする難しさを一生懸命にカバーしてくるた進一は、いつも私のほうを向いていてくれると思い込み、甘えていたのだ。
「私が助けを求めたのに、知らんぷりをしたでしょ」
「男の子に囲まれているとき、見られても自慢してるとしか思えないね。言葉が無いのにどうすればいいか解ら無いだろ」 みんな私が悪いみたい。大きな人達に囲まれて、何が言えるの。わたしは女の子になったけど、何が解るの。どうすればよかったの。
「私のこと全部分かっていたくせに」 悔しい。もう友達でいたくないんだ。
「前わな。今は皆の祥子だろ」「それ、どういう意味」「意味なんか無いよ」
「うそ。進一の嘘つき」 私は皆の笑いものなんだ。進一はそんなの好きでないんだ。涙が出てきた。どこへ行くのか知らない。早足で前に歩いた。ずっと歩いた。突然、手を引っ張られて、進一の身体にぶつかった。
「ここを曲がり海に行く」 私の腰に手を回した進一は、危険な岩場を避けながら降りていく。決して手を離さないで、二人が乗れる岩を選んでいる。黙ったままいくつも岩を渡り、
「ここに座ろう」 平らな岩に上着を広げてくれた。
二人で掛けた。何も話してくれない。手は腰に回したままだ。離す気は無いみたい。二人はじっとして海を見ていた。波だけが動いている。波は小さな白波を残して去っていく。遠くは青く静かだ。空も青い。
左の空に小さな白い雲が二つ浮かんでいる。とても静かな声がした。私は顔を動かした。進一の顔が私の顔を見つめていた。その顔をゆっくりと空に向けて、
「君の父さんと母さんだね」 進一にはわかる。私は頷いて、ずっと見ていた。
「君が男のこのときは心配で、いつも気にしていた。今は皆が君を思っている……。特に勝彦はね。彼はかわいそうだよ。いつも目の前に居るのに、何もいえない。何もできない。すごく辛いと思う」 同情している。まだ、なにかが隠されている。
「私は妹なの」 妹でなくてはいけないの。
「それは残酷だよ。君を見て妹に見えるわけ無いだろ」 私はどうしたら言いの。私は私なのに…。
「それで、あなたは逃げていくの。面倒なことに巻き込まれたくないから」 どこまでいじけていくのかしら。これでは進一も離れても仕方ない。
「君は一人の女の子だ。この先、君にふさわしい人が見つかる。僕は束縛しない。君は自由だ。これからもずっと自由でいられる」進一は遠くを見ている。地平線を見ている。
「そう。自由なのね。進一も自由にほかの女の子と友達になれるものね」 わたしは泣かない。父さん母さん、私の涙を止めて。彼は私を嫌いになったの。仕方ないね。
「祥子、泣かないでくれよ。僕は今でも一番祥子が好きだよ。大好きだよ。だけど、もう一人の祥子を恐れるんだ」 進一の悩みは何なの。何にを考えているの。もう一人の祥子とは、どういうこと。
「私は一人だけよ」
「いや、塚原祥子がいるよ。僕は、それが嫌なんだ」 そうなの。わたしは孫娘になった。山の子が町一番の孫になった。
「私が求めたのではないの」「それでも孫である」「そうね、それが嫌なんだ」
私は白い雲を目で追った。父さんも母さんも、私のことを心配してくれたのに…。私は泣いた。声を出さないで泣いた。私の背中は、進一の胸に抱かれて震えていた。手は髪をなでてくれる。
「泣かないで。友達にはなれるから」「そうね、一人になるだけね」
「祥子、僕を困らせないでくれ、辛いんだ。ずっと祥子のそばに居たいのに、僕にはわからない。君には約束できないー。僕の人生は、機械に携わっていくことなんだ。社交家にはなれない。解るね。僕の気持ち…」 かわいそうな進一。私のために悩むなんてー。
「進一の人生を束縛はしない。新しい時代へつなげていかれる力を、私一人のために捨てるのは望ぞま無い。でも、しばらくの間、友達で居てね。少しずつ忘れるようにするから」もう二人の先はわからない。私は私なのに…。祥子は二人居るんだ。いつ一人になれるのだろう。
山の祥子は女の子になっても、一人では何もわからない。女の子とはどんなこと。
男の子にとってなんになるの。私は女の子になった。周りの人は何で私を困らせるの。友達は友達でしょ。
町の女の子は、どんな子なの。資産家の孫娘になったのが何なの。私は何も持っていない。おじい様のものであり、私のものは無い。
私を見て、私の後ろには山があるだけ。ほかには何も無い。一人の女の子がいるだけなの。
私を悩ませないで、皆も悩まないで。
勝彦が代わった。身体のあちこちに傷をつけて帰ってくる。夜遅く戻るときもある。生活が乱れている。ある日、公園をと通りかかり、遠くのほうで、ののしりあう声を聞いた。その中に聞き覚えのある勝彦の声がわずかに聞こえた。私は声のほうに近ずいた。
「お前は、進一が怖くて手が出せないんだろ」と 言う声がしてきた。
「僕は、誰も怖くない。進一のやることも、話すこともみんな知っている」と 言い返している。
「うそ言え、お前が一番有理な立場に居るんだぞ。家には二人で居るんだからな。誰にも遠慮は無いはずだ」何か聴きたくないような言葉が、ずるそうに伝わってくる。
「黙れ、俺はそんなこと考えていない」 勝彦が怒っているみたい。
「お前は意気地なしだ」 「そうだーそうだ」 何人か居るらしい。そのうち騒々しくなってきた。
「うーん」 「やばい、帰るぞ」 数人が走り去っていった。
去っていく子たちが言うのは、進一が言うのと同じなのだろうか?。勝彦は何かを悩んでいる。解決できない、何かを抱えている。かわいそうな勝彦…。
どこに居るのだろう。広い芝生は見晴らしがきく。姿は無い。木々の茂る場所を探した。名を呼んだ。声がしたほうを捜したが、組み合いの時にどこかへ行ったのだろうか。木から木へと捜した。居た。太い木の根元に倒れている彼を見つけた。ほほが赤い。口の横に血がついている。私は、ハンカチでそっとふき取ろうとした。顔をしかめて痛そう。
手を調べた。触れてみたが痛くないようだから骨折は無いみたい。あちこちすりむいて赤くなっている。足の骨折は無い。ズボンを上げることはできないから、傷は調べられない。
「勝彦、勝彦大丈夫。何とか歩ける…」 私は聞いてみた。返事はない。
「家に帰ったほうがいいんだけど。まだ動けないの」 また聞いてみた。
「ほっといてくれ。俺にかまうな。君は帰れ」
「それはできない。一緒で無いといやなの」 私は粘った。
「私のために喧嘩はやめてくれる。勝彦の傷つくの嫌なの」 悲しくなる。私のために皆が傷つく。涙が出てきた。
「祥子泣くな。君には関係ない。俺が弱虫なだけだ」
「勝彦は強いよ。じっと我慢してるもの」 いつも胸にしまい黙っている。私には解る。だけど、どうにもならない。
「祥子、僕は傷ついて弱っていると思い聞いてくれ。僕の肩に君の背中をつけて、向こうを向いて聞くだけにしてくれ」 苦痛をこらへ、一生懸命に言っている。
「僕は、祥子が好きだ。誰にも負けない好きだ。進一にだって負けないよ。大好きなんだ。家に来たときからね。 男の子だと自分に言い聞かせたよ。だがだめなんだ。祥子が祥子だけでいればいいのに……。今では僕にはだめなんだ。いくら考えてもだめなんだ。祥子ではないからね。ほかの人は、僕の気持ちを理解してくれない。パパとママが少しわかるだけだよ。祥子好きだよ。 だが今からは言わない」 私は泣いた。私の何かで……?、苦しむ人がいる。私の何かで…。男の子は私を祥子ではないという。私は祥子なのに…?。
涙がぽろぽろ落ちた。勝彦の指が涙をふき取ってくれた。手を握ってくれた。
「僕たち、このことでは、もう泣かないようにしような」 勝彦も泣いたのだ。
私は、勝彦の腰に腕を回し、頼りない杖代わりになり家に帰った。私は次の日も次の日も勝彦から離れなかった。学校に行くときは、カバンを持ち、彼の脇を歩いた。帰りは教室まで出掛けて、待ち合わせて帰った。 彼は、「一人で大丈夫だから、構わなくていい」と 言うけれど、私は自分の思いどうりに彼について歩いた。
進一は、不振そうに思っているようだが、無視した。もう一人の私の行動だから、構わないはずだ。 だが、また違った。 私が勝彦に近ずけば、彼の彼女がいらつく。
「家でも一緒。学校でも一緒。そんなにしなくてもいいのに」と言う。
私は、誰かを傷つける。町の子とは違うのだ。山の子は、山の子らしく一人で居るのがいいのかもしれない。 私は考えて、一人で行動をした。