5 体育祭
一人山で暮らした私は沢山の人と行動するのが出来ないが、進一君に助けられて何とかこなす。
今日から体育祭の月。 あちらでひそひそ、こちらでひそひそと、学校が落ち着かなくなった。勝彦の話では、クラス対抗、学年対抗で、すごい事になるとか。私は、体育には関係ない。クラスが体育をしているとき。別教室で個人授業を受けている。とてもユニークで、教科書の無い時間を過ごす。新聞、学校内のこと、この町のこと、先生の話してよいこと、私の話したいことを、先生と話している。時には、外で体育をしている人を、窓に寄りかかり眺めている時もある。
その時間も、沢山の話を聞いて、少し休みを取りぼんやりしていた。
「しょうくん、初めての体育祭は、どうするのかね」 先生に聞かれて、私はびっくりした。
「参加できる種目が有るのかわかりません。休んだほうがいいと思います」と 自分の気持ちを伝えた。
「どれでもいいから、是非参加しなさい。私も一つこなすからね」
「どのような種目に出られるのですか」 私には理解できないので、大きな声で聞いていた。
私の二人分ほどの体格をしている先生だ。走れば血圧が心配になりそう…。
「ごめんなさい。失礼しました」
「君がびっくりするのはわかるよ」 笑いながらつずけて話された。
「この町の人は、すごく待ち望んでいるのだよ。今年は、自分にどんな役が来るのかと、胸をわくわくさせてね」ほんとに面白がっている。
「学校と町の人が一緒に盛り上がるのですか」 私にはとても解らない。
「うちの生徒は、毎年ユニークなプランを立てるからね」町の子供から、お年寄りまで待っているんだよ」先生も待ちきれないみたい。毎年先生も出場しているようだ。
どのような役に付くのかな。想像できるのは走ることしか知らない。ほかには何があるのか考えていた。 ここで私は失敗した。自分の立場を完全に忘れていた。窓から、身を出し過ぎた。「わかった」と 言うように、みんなにはわからない手の振り方をして、私に知らせた。
何なんだよ、まったく。進一の目や神経は、四方八方に届くみたいだ。油断のできない奴だ。 午後の授業はすべて終わった。私は帰ろうとしたところを捕まった。
「今日から、プラン作りに入るから、残って頭を働かせよ」との事。なんと横暴なんだ。
「僕は、体育会系ではないよ」と 膨れて言うが、「それでも、やってもらう仕事はある」
「いやだね。ごめんだよ」 負けずに言い返したが、睨まれただけ。悔しいがなんともならない。クラスの人は、どうして勝手にさせておくのだろう。同じ年で、同じ勉強をして、同じ日課を過ごしているのに…?
「横でぼそぼそ言われたら気が散るんだ。だまっていてくれると集中できるんだな」 今度は、みんなくすくす笑い出した。私の顔を見て進一も笑った。頭に来たし、顔も赤くなったのも恥ずかしくて、口を尖らせていたようだ。
窓辺に行き、両肘を突き、あごを乗せて、遠い空を見た。白い雲が浮かんでいた。
「父さん、母さん、私が見える。私はは二人が見えたよ。会いたいんだよ。すごくね」 ぼんやりしていた私の頭を、進一は、両手で抱えてくれた。涙が出てきて、止まってくれない。
私は、頭を振って進一の胸に埋めた。強く抱え込んでくれた。しばらく、じっとしていた。
「帰れるか」「ごめん」「無理するな、俺の胸は、いつでも空いているからな」
「うん」恥ずかしいので、顔を見ないで教室を見回した。「「みんな、とっくに帰ったさ。僕らも行こうか」 カバンを持ち歩きだした。俯いて歩いた。
「考えなくてもいい。俺が責任を持つ」 進一には、普通のことに考えられる。私には気が重いんだ。
一体、どんなプランができて、どう競うのだろう。今まで一人で走り、木登りもした。泳ぐこともできる。一人でする。沢山の人と共同作業をしたことが無い。 学校にも行かない。山にいるときは、いつも父と母が教えてくれた。テストもした。どれも一人でやるものと思っていた。 祭りも見たことも無い。パニックになるに違いない。
今週は、めちゃめちゃな日で過ぎた。授業はそっちのけで、体育祭のプログラムを手に、どれに参加するか、誰と組むかと、頭を寄せ集めている。先生まで大乗り気だ。
種目により、幼稚園児から、お年寄りまで組合せになっている。総合点に入る種目には、人選に真剣だ。
「家のじいちゃんがいい」「家のちびがでられる」と大騒ぎだ。 進一は、候補者の名を順次書きとめている。二日もかけて全種目の選手をえらび出した。 この騒ぎでも、進一はすごいリーダーシップを発揮して、すべてに、よく配分していく。私は、おとなしく、じっとして目立たないようにしていた。
いくら気をつけていても、役目はあるようだ。進一に引っ張られて、事務所まで印刷に連れて行かれた。
「しようー、逃れようとしてもだめだからな。覚悟しておけよ」 また脅された。少しも優しくないんだ。まったくいやな奴。
町を挙げての祭りの日が来た。パパさんは、朝早くからそわそわしている。私は聞いてみた。
「パパさんは、何の種目に出るの」「それは秘密さ」まったくなんてこと。
自分のことは秘密にして、他人の出番を気にする。それでもにやけている。勝彦も、絶対に教えてくれない。家族は、朝早くから、うきうきしている。私だけが、惨めな思いをしていた。昨日…、「しょう、何も言うなよ。寝言にも口に出してはだめだからな、勝彦にさとられるな、いいな」といわれていた。ほんとに頭にきた。
「進一のように秀才でないから覚えていないよ」 腹が立つから言い返した。
「それは言えてる」 もう、好かない奴。
幾度、私をいらだたせれば、気が済むんだ。おかげで、寝言を言わないようにと気にして、よく寝られなかった。隣の部屋に、聞こえるわけ無いのに…。
なお、悪いことには、私も参加するらしいのだが、さっぱりわかっていない。いくら聞いても、「そのときに教える」というだけで、取り合ってくれない。私は、無視することにして、口も聴かないで過ごした。
朝の食事も無口で食べ、学校に出掛けた。車がいつもより多く通る。歩道は、荷物を持った親子やお年寄りが沢山歩いていく。
「おお、すごい」 構内には、モールや造花が飾られている。木、テント、綱、見事に飾られている。 教室に入っていくと、進一が、校庭を指差して、「全部、町の人が作り、飾り付けてくれた。競技に出られない人は、造花を作り、準備に回り、備品も全部作ってくれた。町中が協力してくれる」 まじめに話していたかと思うと、振り向いて、にやりとして私を見た。 いやな予感がした。
「ところで、しょうー、お前の役割を覚えて欲しいんだ」「僕は、なにもやらないよ」 すばやく言い返した。
「そうはいかないな。お前も二つばかりやる事が有るからな」 なんて強引な奴だ。
睨み付けたが平気な顔して、何人かを呼んでいる。集まった人達に、「君達二組は前側に回れ、他の二組は、おれの両側に並べ」指示してから、最後に、「君に指示する」と私の顔に指差した。
「しょうは、高い所怖くないだろ」 解りきっているのに、覗き込むようにして聞いてくる。塀を思い出させて、私の顔が赤くなるのを見て、にやけるためだ。
「まあね」横を向いた。
「良かった。それだから、俺の相棒だ」 にやけながら、私の気分を良くしたつもりでも、そうはいかないからな…。
「俺たち、騎馬戦に出る。俺が馬、お前が騎手。俺が{よし}といって、お前の足を押し上げるから、立ちあがり、相手の鉢巻を取るんだ。取ったら、真っ直ぐに立ち、鉢巻を高く上げよ。解ったな」
「そんなこと、出来るわけ無いだろう」
「いやできる。俺に任せよ。絶対にお前を守るから」 真剣そのものの顔で見つめられた。一度も見たことの無い顔をしている。
「そんなに鉢巻が欲しいのかよ」
「ああ、絶対に欲しい。それも一番先だ」すごい意気込みだ。
「何かあったの」 私は聞くと、悔しそうな顔で、そっぽを向いた。しばらくして、気が治まったのか、こちらを向いて、
「去年、二年生が一丸になり、俺一人を攻めやがった」 思い出して悔しそう。
「俺を使い、仕返しかよ」
「協力してくれるだろう」 顔を覗かれて嫌とはいえない。
「ああ、わかったよ」 二人で握手して、なんとなくお仕舞い。とまたにやけた。何なんだ。
「まだ、何かするのかよ」
「団子食い競争だから、楽なもんさ」 顔を見る限りでは、信じられそうに無い。
体育祭は始まった。小さな子から、お年寄りまで、男の人も女の人も、すごい数の人が集まっている。この中にいるのは怖い。どきどきする。どうなるのかと恐れた。
私は、ママさんの横で、始めてみた。恐々見ていたが、だんだん面白くなってきた。いつの間にか一生懸命、大援に声を張り上げていた。パパさんも勝彦も、いい成績で頑張っている。 朝早くから、ママさんが作った御弁当をつまみ、ジュースを飲み、こんな楽しいのは初めてだ、そんな時、進一が呼びに来て、パニックになった。
「俺の、一年のときの服だ」と 学生服を着せられて、鉢巻を巻いた。整列して、笛が鳴る。作戦通りすばやい。私の、高々と挙げた手に、鉢巻が揺れた。一番だ。三年生は、悔しそうに、怖い目で睨んでいる。次々と攻めたが、結果では負けた。それでも進一は得意満面だ。
その後は、ママさん応援に回り、チアガールの見事さにも大拍手。
「あの人、進一の彼女、きれいですね」とママさんに教えた。のんびり、おじいさん、おばあさんと仲良くしていた時、またもや進一に呼び出された。今度は難しそうだ。
競技場は、校庭の中ほどに設けられている。すごく人目に付きそうだ。 八十メートル程、離れている所から、目隠しで走らなくてはならない。初めは、校庭も静かなので、進一の呼ぶ声が聞こえてきた。それに答えて真っ直ぐに走った。だんだん騒がしくなり声がわからない。どこかで「向こう向こう」という声や、「イタイ」と 悲鳴を上げる声とで騒然としてきた。三度目の進一の声がわずかに聞こえた。
「しょうー、いいぞ。真っ直ぐに走れ。それでいい走れ」 進一の声が良く聞こえてきた。
「到着」 耳の側で、優しい声がして、両手で顔を挟まれた。その時、口に何にか押し付けてきた。焦がした醤油のような匂いがした。口の中には、何にも入れられなかった。進一は、私の両手を押さえて、唇に手がいくのを押さえながら、どこかえ連れて行く。
「食べた証拠あり、一番、いってよし」 私は腹をたてていた。絶対に許さない。許してやるもんか。すぐ、この場を離れようと歩き出したが、うまくいかない。手を取られていた。沢山の人も見ている。手を振りほどこうとしたが、自由にならない。目隠しだけといてくれた。
「僕は、何も食べてない。反則だろ」
「食べさせるつもりはないね」 なんて男だ。いやらしい男。癪にさわる男。睨みつけた。
「君ににらまれても怖くないよ。僕は、君にキスした。今度は、君が僕にキスするんだ」 強く手を握り締めて、怒りを抑えるために地面を見ていた。
頭では、彼を見ないようにと、命令しても目は勝手に進一の口にさまよっていく。
「僕を、どうしたいんだ」
「早く、あるべき姿に戻ってくれるとうれしいよ」 進一の願いが叶う、どんな方法があるのか私には解らない。考えるのはやめた。今日の終わりの時間にするため、二人で歩いた。
顔のあちこちに、団子粕をつけた人達が、ふき取るのか、取らないのか、顔を見つめている人、笑い転げている人、まだ、余韻を楽しんでいる。
この出場者は、自由にペアを組めた。恋人同士、親子、祖父と孫、色々組合せになっている。距離もまちまちの設定。私の走りが一番永い。進一の企みだ。 どこかで、誰かが言った。
「毎年、進一は面白いプランを考える子だな」僕にも聞こえた。進一も聞いた。「僕たち、二人のためさ」チラッと見たが、そ知らぬ顔で前を向いて、私を引っ張っていく。手をつないでいるのを、決して見られないようにして、身体で隠していた。