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第9話 行為後の倦怠感

クラス委員として、真昼が体育後の片付けを買って出た。


体育倉庫にカゴを運び込んで、そこに授業で使ったボールを片していく。ささっとやってしまえば、ものの五分で終わる作業だ。

血を吸われた直後でぼうっとする頭をさすりながら、真昼はクラス委員としての仕事を全うしていた。


次の授業の提出物を用意していなかった綾と、その綾を手助けする京子は、片付けを手伝えないことを謝罪しながら教室へ戻った。めざめは、


「『病弱な夜庭さん』が片付けをするのは不自然でしょ。先に着替えておくわ」


というわけで、一人でせっせと仕事をしている。

そもそも大人数で取りかかるような作業量でもない。


「佐伯さん」


「あ、夕片さん。どうしたの?」


「舞台のそばに落ちてたんだ。これどうぞ」


夕片翔子が、落ちていたバレーボールを届けてくれた。

どうやら授業前の隙間時間に、クラスメイトの誰かが使ったものらしい。


「ありがとうっ」


「使ったなら片付けて欲しいよね。でも、わたしもバレーボールやってみたいかも」


「難しそうだよね。私ならあのネットを超えるようにボールを打つので精一杯」


受け取ったボールを片付けながら、そう応じる。

身体を動かすのは好きだけれど運動音痴な真昼にとって、球技は憧れだ。あれだけ格好良く動けたなら気持ちいいだろう。


「でも佐伯さん、背は高い方じゃない。きっと才能あるよ」


「確かに比較的背は高いかもしれないけど、そこまでじゃないよ。それに背が高くなくても活躍している人もいるだろうし……あはは、私もあんまり詳しくないんだけど」


リベロという言葉がある、程度のことは知っている。

真昼は夕片の言葉に返答しながら、テキパキとボールの片付けを終わらせた。

そしてポケットから、体育教師に預けられた用具倉庫の鍵を取り出し、最後に片付けが終了しているかの最終チェックをして扉を閉ざす。


「そういえば佐伯さん……」


「ん? なに?」


普通より幅も長さも大ぶりな鍵を差し込んで、ひねる。

抵抗感の後、がちゃんと重々しい音が聞こえた。


「授業中、どこに行ってたの?」


「…………っ!」


扉が閉まっているかを確認しようと、取っ手にかけた手が止まった。


脳裏に蘇るのは舞台脇でのこと。


自分の荒々しい呼吸と、汗のにおいをからかってくるめざめのひそやか声音。

血を吸われたあとの質量ある倦怠感を思い出し、だらりと床に身体を投げ出した状態で見上げた吸血鬼の真っ青な瞳が最後に想起された。


「な、なんでもないよっ、ちょっとだけ休憩してただけで……」


「そう? なんだか、夜庭さんの姿も見えなかった気がしたんだけど」


「へ、へぇ……そ、そうだったのかな。偶然だね」


怯えたように心臓が跳ねる。

バレたくない。

首筋のあたりが熱くなっているような気がした。


「鍵、閉まってるみたいだよ。そんなに念入りに確認しなくたっていいんじゃない」


「え、あ……うん」


体育倉庫の扉は間違いなく施錠されていた。指に力を込めても、扉はびくともしない。動揺のあまりなんども扉を開けようとしていたようだ。


真昼は恐る恐る、夕片の方を振り返った。

もし、軽蔑の表情を浮かべていたら? もし、疑念が目元に滲んでいたら?

それは杞憂で終わった。夕片は平然としていて、表情に特段の感情は見て取れない。ぱっちりとした目元も、うっすらと赤みがかった唇も、いつも通りだ。


「どうしたの? わたしの顔に何かついてる? 目とか、鼻とか」


「うん、ついてるよ」


「サイアクー、外し忘れちゃった……なんて?」


「ぷっ、あはは。大丈夫、つけておいた方が可愛いよ」


夕片には似つかわしくない『ギャル』っぽいしゃべり方は、面白いというよりくすぐったかった。

照れたように頬を掻いて、黒い瞳でちらちらと真昼の方を見やるのも、近寄りがたさを少しだけ纏った夕片にはなかった愛嬌だ。


「そういえば佐伯さん、一つお願いごとをしてもいい?」


「? うん、私にできることなら」


「外の体育倉庫、あるでしょ? わたし、そこの掃除を頼まれちゃって。でも今日は病院に行く日なんだ。必ず埋め合わせをするから、掃除代わってくれないかな?」


「お安いご用だよ。埋め合わせは楽しみにしていましょう」


「グミ一粒とかでいいかな」


「タダ働きだよ⁉」


バレたくない。

その感情は、果たしてどこを向いていたのだろうか。

夜庭めざめが吸血鬼であるという事実?


それとも……。


真昼はそこまでで、考えるのを止めてしまった。


  ◇


「吸血鬼って……」


校舎の最上階。屋上へ向かうための階段には、屋上への侵入が禁止されている関係から使われていない机でバリケードを築かれていた。

教室からも距離があるし、学生食堂とも反対方向に位置しているため、昼休みにここら一帯はほとんど無人になる。


加えていうと、薄暗かった。

屋上に繋がっている扉の磨りガラスから、太陽光が間接照明のように差し込む程度。


だから真昼とめざめは、ここの階段の中腹あたりに陣取って昼食を摂った。

薄暗くて人気が少ない、それは吸血行為に必要な条件だから。

階段の上に行くと太陽光に触れてしまうため、中腹だ。


「……具体的に、どういうのが苦手なの?」


「どういうの、とは?」


めざめは、真昼がプレゼントした保温性の高い水筒に入れたコーヒーを啜っていた。

てっきり紅茶派だと思っていたのでそれを指摘すると、


「紅茶は家で飲めばいいのよ」


という回答になっているのかいないのか分からない答えが返ってきた。ともあれプレゼントを有効活用して貰えるのは、素直に嬉しい。


「だから、日光とか十字架はダメなんだよね? 他にも、あるのかなって……」


「一番は、聖域かしら」


「聖域? っていうと、お寺とか教会とかってこと?」


「そうね。信仰に祝福された土地は、そのつもりがなくても結界になることがあるのよ」


「へぇー……ちょっと疑問なんだけど」


真昼は弁当に残っていた白ご飯を全て平らげ、水を含んだ。

血を与え、そのうえ体育までしたものだから、身体は疲労を訴えている。そこに水と食物は効果てきめんだ。


「由緒正しいお寺とか教会とか? なら、吸血鬼を拒む結界を持ってそうだけど、例えば私が今から急ごしらえで作った教会でも同じ効果があるものなの?」


「同じは難しいかもしれないわね。けれど、吸血鬼を滅する力を生み出すことは、あるいは可能かもしれないわ。人には、信仰という力があるのよ」


「信仰って、力なんだ?」


「ええ。人間一人では、吸血鬼には敵わない。けれど人が沢山集まれば、吸血鬼では敵わないの。だから吸血鬼という種族は……いえ、種族ではないわね。私たち『継承者』は、こっそりと永らえてきたのよ」


吸血したあとの傷がすぐに塞がるのは、吸血鬼の存在を悟らせないためと言っていた。

吸血鬼ほどの力があれば、人類なんて容易く滅ぼせてしまいそうだけれど。

そう、ことは簡単ではないということか。


「継承者のほとんどが、太陽の光を苦手としているわね。それに十字架、祈り、聖水なんかも。けれどたいていは個人差があるわ。私なら、」


「吸血しておくことで、ある程度克服できる……んだもんね」


「ええ」


めざめの言う『吸血鬼』――つまり継承者というのは、統一した生き物ではないのだ。


それぞれが違う能力と弱点を持った、別の生物。

だからひとくくりに、太陽や十字架をもってすれば滅することができるとは言えない。

そして、各々が持つ個性こそが、『爪』というものなのだろう。


「日光を浴びたら、灰になっちゃうの?」


「実際にこの目で見たことはないから、断言はできないけれど……なんでも、黒い炎に包まれるそうよ。そして吸血鬼としての不死性や、能力を発揮できなくなる。そして終には、絶命してしまうの」


「黒い炎……」


弁当の具を全て平らげ、弁当箱を重ねながらふと思い出した。

継承者は互いの『爪』を、吸血によって継承することを目論んでいる。

故に吸血鬼同士は争い合う……。


「もし、継承者がうっかり陽の光で死んでしまったとしたら……その人が持っていた『爪』は、誰も継承できなくなっちゃうの?」


「炎で死んだ後、血も遺体も残らないくらい風化してしまえば、そうなるわね。けれどその前に誰かが嗅ぎつけて、継承してしまうでしょう」


「そういうものなんだ……」


「そうよ。世界一立派なお墓だって盗掘に遭っているんですもの」


その例えが適切なのかは分からなかったけれど、納得しておく。


「そうだ、めざめちゃん。私、放課後にちょっと掃除してから帰りたいんだ」


「殊勝な心がけね」


「うん。だから三〇分だけ、帰るの遅らせてもいい?」


「構わないわ」


「念のため訊くんだけど……めざめちゃんも一緒に片付けする?」


「吸血鬼は、片付けをしたら死んでしまうのよ」


「嘘かどうか分からない……」


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