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あ、お寿司が食べたい、新鮮なやつ

「お父様、わたくしお寿司が食べたいの、新鮮なやつ。だから王宮で募集していた隣国の王太子の婚約者候補に立候補してもいいかしら?」

「ワルフリーデよ、わしにはいまいち寿司と婚約が結びつかんのだが・・・」

「単純な話よお父様、わたくしたち貴族が理由無く国境を越えられないではありませんか。魔力でばれてしまうもの。本当に婚約者になるつもりなんてないわ。こちらから接触しなければわたくしを選んだりしないでしょう。三年間おいしいものを食べに行くだけよ。ヨシアの王都は海に面しているから新鮮なのが食べられそうですわ」

「・・・わかった、ことにしておこう」

ワルフリーデの父は諦めたように言葉をつむいだ。

「お寿司を食べに行くわよセバスチャン、すぐに準備なさい」

「はい、ワルフリーデ様」



こうしてワルフリーデは王太子の婚約者候補としてヨシア貴族学園に入学することになった。



そして三年がたち、ワルフリーデと王太子が学園を卒業する日がやってきた。

簡単な卒業式の後は飲み食いするためのパーティーの時間だ。

ワルフリーデはイカとタコを頬張りながらエビと鯛とウニを小皿に取った。

さすが海が近いと新鮮でおいしいですわね。幸せ・・・だけどこれも領地に帰ったら当分お預けね。

この国の貴族とお友達になって交易品と一緒に水槽に入れて魚を送って貰う算段は付いたけど、費用の問題があるのよね。

イカとタコを堪能し終え、今度はわさびをましましにした鯛を一貫同時に口の中へと放り込んだ。

わさびのなんとも言えない刺激がツーンときた後で、今度は新鮮な鯛と銀シャリのうまみが舌をとろけさせる。

ワルフリーデが幸せをかみしめていると、背後から何者かの声がした。

「ワルフリーデ侯爵令嬢!きさまの悪行にはもう我慢ならん。おまえとの婚約は破棄だ。僕はこのビューティフル伯爵令嬢と結婚する!」

ワルフリーデは鯛のおいしさの余韻に十分浸り、キープのエビとウニののった小皿をテーブルに置いてから背後の何者かに正対した。

「何か言うことがあるだろう!」

「何か言うことがございましたか?」

何者かの問いにワルフリーデは問い返した。

「きさま!もうよい、ワルフリーデ侯爵令嬢、きさまは我が愛するビューティフル伯爵令嬢を悲しませた罪で国外追放とする。二度とこの国に足を踏み入れることは許さん。異境の地で己の罪を悔いながら野垂れ死ぬが良い」

何者かはワルフリーデを指さしながらふんぞり返っている。

「そうでございますか・・・」

婚約破棄、ヨシア王家の紋章入りの服、ああこの人が王太子か。

ワルフリーデはやっと状況を理解した。

自分の領地の中を横断する川の下流に領地を持つ貴族とは頻繁に交流したが、興味がないので王太子とは最初に対面してからは一度も会っていなかった。

しかし婚約者候補が私以外みんな辞退したと言っても婚約者候補の私が婚約者になるわけではないし、国外追放って言われても母国に帰るだけだし何故野垂れ死ぬことになるのかしら。

それはともかくこれではお魚輸入計画が頓挫してしまうわ。

困ったものだ。

仕方がないので別の計画に切り替えましょうか。

「理解いたしました」

ワルフリーデはくるりと向きを変えて出口の方へ歩き出す。

その途中で駆け寄ってきた自身の従者に指示を出した。

「セバスチャン、あれとあれとそれを」

セバスチャンと呼ばれた男は寿司の置かれたテーブルに向い寿司桶を三つ重ね、その上に布をかぶせてから持ち上げワルフリーデの後を追いかけた。

会場には指を指したままあぜんとしている王太子と、王太子にしなだれかかる令嬢、そして状況を理解できていない一部生徒が残された・・・




「ただいまお父様」

領地に帰ったワルフリーデは馬から飛び降り、慌てて屋敷から出てきたお父様ににこりと笑った。

「ワルフリーデ、留学先に迎えにやった他の護衛や馬車はどうしたんだい?」

「お寿司の国から出禁食らってしまったわ。で、まだ食べ足りないからもう一度食べにいく準備をしようと思って。他の護衛たちはその準備をお願いしているの。大丈夫よ、途中で王都によって国王陛下にお目にかかって、今こそ好機って説得してきたわ」

ワルフリーデは同行していた護衛に手綱を渡し、手綱を渡された護衛は同じく同行していた侍女と一緒に厩の方へと歩いて行く。

「ちょっと待ってくれ、ええと、出入り禁止、もう一度食べにいく、準備、国王陛下、と言う事は・・・わかったよ、好きにしなさい。家から出せるのは三千が限度だよ」

「ありがとうお父様」


半月後、ワルフリーデは兵二千五百を率いて進発した。



地王歴二百六十二年、侯爵令嬢と隣国の王太子の婚約してない婚約破棄に端を発した争いは、両国の全面戦争に発展した。

資源はあるが険しい山脈に囲まれ海もない侯爵令嬢が所属する国と、資源は乏しいが海や陸の交易路で賑わう王太子の国、両国の国力は長く拮抗していた。

そのためこの戦争は長期化すると思われたが、蓋を開けてみれば短期間で収束した。

侯爵令嬢が所属する国の圧勝であった。

自国の王太子の蛮行とそれを御すことも出来ない王に付いていてもこの先未来はない、今こちらに付けば領地と家門は安堵する事を約束しよう、との手紙に卒業パーティーでの出来事を理解している王太子の国の貴族たちの一部が離反、それを見た日和見の貴族たちが追従、そして負けを悟った残りの貴族たちが王太子の国を裏切った。




「きさま!きさまは国外追放だと言ったはずだ。何故ここに居る!」

鉄格子の中からギャンギャンとうるさい声が響いた。

「わたくしもだいぶあれな人だと言われておりますけど、あなたはそれ以上の方ね。この状況で・・・まあいいわ。あなたが国外追放だと言うから約束通りにいったんわたくしたちの国には帰りましたよ。今は侵略者として王宮に来ています。侵略者が踏んだ土地はわたくしたちの国、ここはあなたの言う国外ですわよ」



この戦争で侯爵令嬢の所属する国は交易路を、侯爵令嬢は海に面した小さな領地を手に入れた。

「セバスチャン、みてみてこんなに大きなサザエがいっぱい捕れたわ」

水浴の服を着て海に潜っていたワルフリーデは網を掲げる。

「ワルフリーデ様、炭火と醤油、それと白米の準備は出来ております。そろそろご昼食になさいませんか」

「そうね、着替えてくるわ」






セバスチャンが網の上にワルフリーデから渡されたサザエと、自身が捕まえたエビと野菜を並べながら呟いた。

「あの王や王太子が渡来品の白い粉に興味を示してくれたおかげで最高の結果が得られたな」

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