番外『マグロス』編5話 猫に恋することはできるのだろうか
「それだったら、このマニア向けポイントね。あまり猫が来ないから観光客はこないの」
昨日、猫恋やらスロラ流儀やら、投資の形を決めるために猫島拠点のメンバー達に話を聞いた。
必要な情報は得られて、渋川社長に指示を出しておいたから、今日1日はフリータイムだ。
せっかく猫マニア垂涎の猫島に来ているんだから、少しは猫に恋する気持ちになってみたいな、と思った。
だけど、今は観光客が多いらしい。
餌やりスポットや、お昼寝スポットなど。
猫が集まる場所だと、観光客が多すぎて猫に恋する気分にはなれないと、猫島ボスの美代子さんにアドバイスされた。
で、やってきたのは島の中心近くにある林の中。
林の中にぽっかりと開いた広場。
大きな平たい岩がひとつ、真ん中にあって不思議な感じがする空間。
清涼な風が流れていて、気持ちがいいところだ。
ただし、猫はまだ来ていない。
だから、観光客も来ない。
静かなここで、猫待ちするというのもオツだな。
俺は広場の中にある岩の影で猫待ちしようと思ったら、先客がいた。
年齢は美咲さんと同じくらいかな。
30歳になったかならないか。
白いワンピースを着ていて、印象派の絵画に出てきそうな儚げな感じがする女性。
そんな女性が腹ばいになって、何やら見ている。
「何を見ているのかな?」
「しっ! 音を立てないで」
彼女の視線の先を見てみると、いる!
1匹の黒い猫。
まだそんなに大きくないけど、子猫ほどは小さくない。
生まれて半年くらいの猫。
「なんて名前だろう」
俺はスマホのカメラを黒猫に向ける。
最大限アップにして、こっちを見た瞬間シャッターを切る。
「えっと、クロール、か」
なんだか、良く泳ぎそうな名前だ。
しかし、この猫ネームアプリは便利だな。
猫島のほとんどの猫には、猫ネームアプリで名前が登録されている。
さらに猫同士の関係や、いつ頃生まれたとか、関連する情報が入れられている。
猫に恋する人達がせっせと名前を付けて、情報を入れたり写真や動画をアップしたり。
猫恋につながる情報はどんどんと増えている。
だけど、クロールに関しては名前以外情報がない。
「そう、クロール。猫島のレア猫なの」
蕩けるような顔をして話してくれる。
相当、猫に恋している方なのね。
「チューラは持ってきているから、食べるかな?」
「無理よ。クロールは人慣れしていないから」
「そうなのか?」
残念ながら、遠くから見ているだけの猫らしい。
でも、小さくてかわいい黒猫だな。
じぃーっと見ていたら、クロールと目があった。
みゃあ、と小さく鳴いた。
「えっ、嘘!」
「どうした?」
「なんで、初めて見たあなたに鳴くの?」
猫が鳴くのは人に対してだけで、親愛の表現らしい。
1週間も観察している彼女には鳴かないのに、俺に向かって鳴いたのが不満のようだ。
「まぁ、偶然だろう。そもそも、俺に鳴いたかどうかわからないだろう」
「そんなことない。あなたのことを見つめて鳴いたわ」
まぁ、そういうことにしておこう。
ん? なんだ……クロールをじぃーっと見ていたら、こっちに歩いてきたぞ。
「!」
それなら、あれだな、チューラの出番だ。
猫の喰いつきがすごいとCMしている猫おやつ。
美代子さんに3本ほど手渡されている。
「ほら、チューラだぞう。うまいぞー」
猫の気持ちは分からないがCMの通りなら喜ぶはずだ。
どうなんだろう。
「さすがに、それは無理ね」
「そうか?」
「人の手から何か食べるっていうのは相当な親愛のサインなのよ」
みゃあと鳴くのとチャーラを手から食べるにはレベル差が相当あるらしい。
だけど、せっかく寄ってきているみたいだから、先を切ってちょっと出したチューラを差し出して待ってみる。
「!」
なんだ、食べるじゃないか。
あ、かわいいな、必死になって舐めているぞ。
ちょっと猫に恋する気持ちが分かった気がするぞ。
うーん、かわいいなっ。
同感をもとめて彼女を見たら…怒っていた。
「なんで? なんで、私じゃないの? 私じゃダメ?」
あ、恋に破れた女になってしまった。
ヤバイかも。
「ほらほら、彼女にもご挨拶しないとね」
チューラを1本食べ終わった時に言ってみた……すると。
「みゃあ」
「きゃあーーーー」
ちゃんと挨拶したぞ、なかなか、できる猫だな、クロールよ。
☆ ☆ ☆
「だから、もっと無心で接してみて」
「無心って? 無理! こんなにかわいいのよ」
なぜか俺は猫に恋している女性、遥さんに猫と会話する方法を教えている。
なぜか俺は、猫と話せると認定されてしまったらしい。
まぁ、話せる訳じゃないが、猫の気持ちはなんとなくわかる。
それがクロールとの出会いで分かってしまった。
「どうやって猫と話せるようになったの?」
「えっ、知らんがな。猫と話したのはクロールが初めてだ」
「ええー」
「元々、猫と話せるんだから、俺は猫語はネイティブだ」
英語は絶対無理だけどな。
S&Sの交渉は英語でやっていたけど、俺は横で通訳を通して状況を把握していただけだ。
しかし、猫なら大した利害もないし、シンプルに伝わるぞ、気持ちがな。
「猫と話ができる人って優しい人が多いって言われているわ。悠人さんもそうね」
「じゃあ、遥さんは違うってことで」
「おーい、そういうこと、言うなっ」
名前が似ているから、気楽に接することができるのがいいな。
猫に恋する女性の友達ができたようだ。
そして、不思議なくらい彼女の気持ちが分かる。
そう、猫の気持ちが分かるのと同じくらいに。
海底宇宙人も言っていたな。
「どうして、人間は共感力を失ってしまったのか?」
古代の人間は共感力を持っていたと言ってた。
共に相手の気持ちを感じる力、共感力。
海底宇宙人にとって当たり前の感覚が人間にはない。
だから、トラブルが起きるし悪化すると戦争にも発展してしまう。
「お金を生み出したときから、共感力が失われて行ったのではないですか?」
共に感じる力を捨てて、お金という便利なツールを手に入れた人間。
その結果、奴隷ばかりの国ができあがってしまった。
「もしかしたら、猫に恋するっていうのは、お金の呪縛から解放されることなのかな」
「そうよ! お金を稼ぐために仕事を頑張った結果、やっと得た癒しの有給1週間なの」
「それなら、仕事やめてこの島に住んだらいいんじゃない?」
「えー、そんなこと言っても。ここじゃお金稼げないでしょ」
あー、やっぱりお金の呪縛から解放されてないのね。
猫と一緒にいるという「やりたい」ことより、お金を稼ぐという「やらねば」ならないこと。
「やらねば」から「やりたい」主体に生きるためには、何が必要なのか。
俺が今、やりたいと思うのは、「やらねば」で生きている遥さんみたいな人をどうやって解放するか。
そのために何がいるのか。
海底宇宙人にも、不思議がられていた日本人の「やらねば」好き。
そこを変えるためにも、「やらねば」がどこから来ているのか。
もっと、良く知らなければいけないな。
猫サイトがスタートアップ中。
人気サイトになるのかな。