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ストーカー生活零日目

 


「彼女を見ていると異様に興奮するんだよ。」


「は?」



 とある昼下がり。

 サラリーマンはひと時の休息を得、財布を手にコンビニへ向かい、学生は勉強からの一瞬の解放に興奮し、大いに遊びつくす。

 主婦は忙しい家事を一休みでもし、ニートの方は起きる時間帯だろうか。


 まあ要するに12時半、昼休みだ。


 至って平凡な高校に通っている俺は、目の前に座りながら昼飯を食べている友人といつも通り、くだらない会話を行っていた。


 友人が、落とした箸を拾いながら俺に再度話しかけてくる。



「ごめん、質問の意味が理解できなかったか? 俺は『好きな人いる?』って聞いたつもりだったんだが。」


「理解してる。その答えだ。」


「申し訳ないがその返答は俺が理解できない。」



 彼はそう言って頭を抱えた。

 一体何が理解できないのだろうか。俺は至って普通の回答をしているつもりなのだが。



「どこが普通だ。異常以外の何物でもないだろうが。」


「なぜ俺の心の声を!?」


「途中から口から漏れてたからだアホ。」



 おっと悪い癖が出てしまった。

 昔からそうだ。昔から俺は思ったことをすぐ口に出してしまう。

 しかもほぼ無意識のうちに。

 直さないといけないな。


 そんな俺の思考を断ち切るかのように彼はまた話し出した。



「はぁ……なんで『好きな人はいるか』の答えが『木下を見ていると興奮する』になるんだよ……。要するにそれは木下のことが好きってことか?」


「いや、木下は別に好きじゃないな。」


「なんなんだよお前は!」



 俺の回答に彼は声を荒げた。

 いやなんなんだと言われても。

 事実そうなんだからしょうがないじゃないか。


 人を恋愛的な意味で好きになったことはないため『好き』という感情が具体的にどういうものかは知らないが、今俺が彼女に抱いている感情は『好き』ではないと思う。


 今俺が彼女に対して抱いている感情がもし『好き』だというのなら、世界の恋愛事情はかなり下品だなと言わざるを得ない。


 俺が彼女に抱いている感情はそんな陳腐な感情じゃない。

 そんなものよりもっと本能的なものだ。



「好きとかじゃなく興奮するってだけだ。」


「お前やべえやつじゃねえか。」


「失礼な。」



 なぜ彼女を見ていると興奮すると言っただけでやばい人認定されなければならないのか。

 誰かを見て興奮するということは男子高校生なら至って普通の事だろう。



「それを真顔でなんともないように言うことがやばいんだよ。」


「またしても心を!?」


「だから口から出てるっつってんだろ。」


「おっと。」



 まただ。本当に悪い癖だ。



「まあ……要するに好きな人はいないんだな?」


「そうなるのかな?」


「俺に聞かれてもわかんねーよ。」


「俺の唯一無二の親友であるお前ならわかると思ってたのに……。」



 それでもお前は俺の中学時代の友達なのか。

 お前はいつだって俺の分からないことを教えてくれたじゃないか。



「分かるか! ……で、好きではないけど木下を見ていると興奮すると。」


「そう!」


「なんで返答がそんなに力強いんだよ。」



 いやあ、やっと分かってくれたか。

 良かった良かった。全く、物わかりの悪いやつだよ本当。



「だから口から。誰が物わかりの悪いやつだって?」


「おっとっとうす塩味。」


「つまらん。」


「これは手厳しい。」


「やかましい。しかし、なんでよりにもよって木下なんだ?」


「?」



 彼の問いかけに俺は首を傾げた。

 よりにもよってとはどういう意味だろうか。



「だって木下ってあの木下だろ?」


「ほかに木下がいるのか?」


「いやいねーけど……お前が言ってる木下って『根暗ちゃん』だろ?」


「そうその木下。」


「お前あれに興奮すんのか?」


「そうそう。」


「趣味わりーなぁ。」



 彼は苦笑しながら教室の隅を見つめた。

 彼の視線の先には話題の中である木下がいた。

 つられて俺も一緒に木下を見る。


 彼女はただ黙々と一人で読書をしていた。

 和気あいあいとしている教室の中でただ一人で静かに読書にふけるその姿は少々浮いている。

 だが彼女はそんなこと一向に気にしていない様子だった。


『根暗ちゃん』とは、彼女につけられたあだ名のようなものだ。


 誰かと和気あいあいと話すこともなくただひたすら教室の隅で本を読んでいる外見が地味な女の子。

 話しかけても明るいわけでもなくむしろ小さい声でぼそぼそと話す。


『根暗ちゃん』というあだ名をつけられるのは大して頭もよくないうちみたいな学校なら当然といえるだろう。


 むしろあだ名だけでいじめに発展していないだけたいしたものだ。


 俺はかなり言いえて妙だと思う。

 確かに根暗と言われればそうだろう。

 彼女を見ているとそんな考えが浮かんでくる。



 うん。彼女を見ているとひとりでに俺の息子がはしゃぎだす。

 要するにムラムラしてきた。



「やっべ興奮してきた。」


「まじかよお前。嘘じゃなかったのかよ。」


「嘘なんてつくかよ。」


「えー……。お前まじであれで興奮すんのかよ。」


「悪いか?」


「いや悪くはねぇけどよ。」


「自分の息子を抑えきれない。すまんトイレ行ってくる。」


「我慢しろ。ここ学校だぞ。」


「くそう。」



 なぜ学校という空間の中では性欲を我慢しなくてはならないのか。

 人間の三大欲求の一つだというのに。

 全く理解しがたい。



「しかし木下か。あいつの何に興奮するんだ? 別に美人ってわけでもないしただ根暗なだけじゃん。」


「わからない。」


「は?」


「理由はわからないが興奮するんだ。」


「意味がわからん。」



 別に俺だって木下のことは美人だとは思わない。

 髪は手入れしてないのか傷んでいそうだし、肌だってちらほらニキビが見受けられる。

 掛けている黒縁の眼鏡はおしゃれの欠片もないし、目だって小さい。

 別に胸が大きいわけでもない。見たところA、あってBくらいだろう。

 俺の目から見ても中の下、良くて中の中だろう。


 しかし、なぜか彼女を見ていると興奮するのだ。



「木下ねえ。俺にはわからんな。堀内や高川って言われると納得するんだが。」


「そうか?」


「おう。あの二人だったら俺だって見てたら興奮してくる。」



 彼が名を挙げた二人は校内でも美人と評判のクラスメイトだ。


 堀内は日本屈指のお金持ちの娘で、いわゆるお嬢様である。


 金持ちらしく顔や体のケアは十全であり、ニキビや肌荒れなど一切存在しない雪のような白い肌に大人びた顔立ち、腰まで伸ばした絹糸のように艶のある黒髪。

 性格も良好だ。誰にでも分け隔てなく接し、金持ち特有の傲慢さは一切感じられない。

 成績も優秀。常に学年順位は一桁台をキープしており、授業態度も真面目。

 この学校の生徒会長を務めており、ファンクラブも存在する。


 まるで漫画の世界から飛び出してきたのかといわんばかりの完璧美人だ。



 対して高川は、ショートボブの茶髪に愛くるしい顔立ちが特徴的な子だ。

 性格は明るく愛嬌が良い。

 クラスのムードメーカー的存在である。

 女子テニス部の部長を務めており、運動神経は高い。


 ただ、頭はちょっと残念な子だ。この前のテストだって確か下から数えた方が早い順位だった。

 教室で友達と騒いでいたのを覚えている。


 堀内を大人びた完璧美人とするならば、高川は可愛い系の近寄りやすい美人だろうか。


 残念ながらファンクラブは存在しないが、それでも校内で人気な女子であることは確かである。



 確かにどちらもとても魅力的な女子だ。悪いが木下とは比べ物にならないほど可愛いと思う。


 だが、俺は別に彼女達を見て興奮はしない。

 自分でも少し不思議なくらい全然だ。



「別に彼女達はそんなになんだよなー。」


「マジかよお前。その感性はあまり理解できねえなあ。」


「やっぱり木下だなぁ。興奮するとするならば。」


「ふーん……。」


「そんなにおかしいか?」


「俺から見たらおかしいと思うけどなあ。」



 そんなにおかしいおかしい言われると少し傷つくな。

 確かに自分でも木下に興奮することは不思議だとは思う。

 でもそんなに否定しなくてもいいじゃないか。



「まあお前の趣味にあれこれ言うつもりはないが。趣味悪いなとしか言えねえな……。」


「ひでえ。」


「やっぱり俺は高川だな。あの無邪気な感じがたまらん。」


「このロリコン。」


「なんでそうなるんだよ!?」


「だって無邪気な子が好きなんだろ?」


「意味が違えよ! いや違わないけど……。とにかく俺はロリコンじゃねえ!」


「あの……。」


「「え?」」



 友人との会話が盛り上がっていると、突然誰かに声をかけられた。

 俺と友人は声をした方向に顔を上げる。


 するとそこには木下がいた。



「えっと……次、移動教室で……。」


「え?」


「お?」



 ふと、教室内を見渡すと、そこには俺と友人と木下の姿しかなかった。

 そして、時計は昼休み終了5分前を指していた。



「やっばい! おい急げ遅刻するぞ!」


「おう! 次の授業担任誰だっけ!?」


「武山だ! 遅刻したらまた反省文だぞ!」


「やべーじゃねえか! 急ぐぞ!」


「その……。」


「ああ木下さんありがとう! 木下さんも遅刻したら大変だよ!」


「いえ……。」



 俺と友人は急いで弁当をしまい、次の授業の教科書をバッグから引っ張り出した。

 そして、全速力で次の授業がある教室へ走り出した。


 廊下をボルトもビックリのスピードで駆ける。今なら短距離走でとんでもない成績が出せそうだ。

 別に陸上部なわけじゃないけど。


 しかし……これはまずいな。


 一種の危険信号を感じたため、俺の隣を並走している友人へ、俺は話しかけた。



「友人よ!」


「なんだ! 時間がやばいのか!?」


「木下を近くで見て興奮度がやばい。トイレ行ってきていいか?」


「馬鹿なのかお前は!? 遅刻するっつってんだろ!」



 そんなこと言われてもこんなに興奮した状態じゃ授業なんて真面目に受けれる気がしない。

 ならいっそ遅刻を覚悟の上で一発すっきりしてきた方がいいんじゃないだろうか。



「んなもん学校が終わってからにしろ!」


「しかしなんで俺は木下にこんなに興奮するんだろうか。」


「知るかあああ!」



 俺が率直な疑問を口にすると友人は突然大声を発しながら頭を両手で抱えながらヘッドバンキングを始めた。

 突然どうしたのだろう。彼はバンドマンにでも憧れているのだろうか。


 しかし全速力で走りながら大声をあげヘッドバンキングとは。

 なかなか器用なことをする。



「お前の馬鹿発言に付き合ってられるか! んなもん木下を観察でもしてりゃわかるんじゃねえのか! どうでもいいから早くいくぞ!」


「木下を観察……。」



 友人の言葉に俺は全速力で動かしていた足をピタリと止めた。

 木下を観察か……。



「おい何足止めてんだよ遅刻するっつってんだろうが!」


「それだ!」


「は?」


「ずっと謎だったんだなんで興奮するのか! わからないなら当事者を観察すればいいじゃないか!」


「おい」


「何も興奮する原因は見た目だけじゃない! 仕草や立ち姿、服の着こなし……。俺は木下のそういった些細な部分に興奮していたんじゃないだろうか!」


「ちょっとまて」


「わからないならわかるまで探求すればいい! つまり木下を観察すればいいんだ!」


「聞け」


「ありがとう俺の唯一無二の親友よ! お前のおかげで気づくことが出来た!」


「だから」


「早速今日から木下の後ろをつけてみようと思う!」


「ちょっとまてそれってストーカー」


「そうと決まれば善は急げだ! 木下を探そう!」


「おい授業忘れて」


「急ぐぞ友よ!」


「まてなんで俺も」


「うおらあああ!」


「話を聞けえええ!」



 こうして俺の長い長いストーカー生活が始まった。



 ちなみに授業にはばっちり遅刻した。


 反省文辛かった。






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