5.神指の街2
時計台から降りると、街は夕日でオレンジ色に染まり、通りは食事や買い物客で賑わっていた。大通りのだから、男性も服装は和装と洋装混在といった感じ。四嬢さんに聞くと、和装のほうが布の加工や裁断といったものに手間がかからない点などもあり、普段着的な感じらしい。洋装は動きやすさとかを重視する職業の人が中心のよう。
込み合う通りの東側に立ち並ぶ店の一軒に四嬢さんと向かう。副長さんお勧めの店らしいけど、副長さんって、あの尋問してきた人だよね?怖い感じがすると四嬢さんにいうと、仕事はまじめな人だからと笑われた。軍資金やこのフード付きの防寒着も、用意してくれたのは副長さんだと教えてもらって、第一印象で判断しちゃだめだな~と思い返す。
込み合う店に入り、空いてる席に座って、四嬢さんが注文をする。
「おっちゃん、三等食二人前ね。おかずはお任せで頼むわ~。」
店のおじさんは、ちらりと私のほうをみると言った。
「三等二人前ね。そっちの嬢ぢゃんも同じものが?」
四嬢さんが何かをおじさんに見せると、納得したように調理に向かったのか奥へと入っていく。込み始めた店内は忙しそうだ。他の席へも注文されたものが届き始めてしばらく後で、二人分の料理をもったおじさんが私達の席に料理を置いた。
「今日のお勧めだ。いい食材が入ったからな。ゆっくりしていってくれ」
目の前には、ご飯と味噌汁。それにお皿にのったキャベツとほどほどの焼き加減のお肉だった。既に食べやすいように切り分けられていて、四嬢さんと箸をつけようとした時だった。
「おまえ、こんなもの被りながら、飯食べる気なのかよ!」
背後で男の子の声が聞こえて、フードが引っ張られる。
「あっ、駄目」
そういって、手で押さえようとしたときには、既にフードが外されてしまった。
*****
被っていたフードが外れ、纏めていた髪がなぜか腰まで広がる。思わず立ち上がって、後ろを振り返った私の目には、少し年上に見える男の子が立っていた。その目は驚きに見開いている。夕日に照らされた顔は#仄か__ほのか__#に赤い。
「おまえ、なりそこないか?」
男の子はそう言うと、二三歩後ずさってしまう。背後でも人がざわめき始める。まだ日が沈みきってはいないが、店内は既に明かりが点いていて店内からでも白い髪は見えるだろう。背後では、縁起でもないとかこの間の雷の生き残りかとかひそひそ話が聞こえはじめる。
四嬢さんは格子の部屋で、人々がもつ「なりそこない」への感情も教えてくれた。人は自分とは異なるものを生理的に恐れる。この西の領では領の外との交流自体が行商人だけという極端に少ない地域であり、閉鎖性が特に強い。人が脅威に感じる魔獣は、森の奥に自分から求めて入る人以外では遭遇もせず、落雷による魔獣化が平穏に一生を終えることのできる世界の中では最大の災いである。「なりそこない」自体は無害とされているが、周囲になじめず(周囲がなじまずが適切だろうけど)に、人に危害を加えるなどして追われるものが圧倒的に多いらしい。その優れた膂力で、衛士・嬢士や#狩人__ハンター__#として活躍するものも多いが、部隊やパーティーの危機の際は犠牲にされる事が多く、周囲はそれを当然と思う感情が多数であるということも。本来、同じ人として扱うことが、定められているにもかかわらずに…。
周囲からの驚きや嫌悪・哀れみといった視線は、物理的圧力を持っているかのように感じられて、恐怖心がわいてくる。頭の中が恐怖一色に塗りつぶされる寸前、ぽんと左肩に手を置かれた。震える目線をあげると、四嬢さんがいつの間にか隣に立っている。
「嬢ちゃん、抜いちゃあかんで」
小声でそう言われて、自分の右手が刀の柄に伸びているのに気づく。四嬢さんが男の子につとめて明るく言う。
「女の子の着てるもの、勝手に取っちゃあかんやんか。謝りなはれ。」
四嬢さんの声で私も男の子や周囲の人も少し落ち着きを取り戻したようだけど、まだまだ不穏な空気は消えたわけじゃない。退廃的な一部の領民の中には、弱者を虐待することで憂さ晴らしするものも居るらしい。そういう人には、『なりそこない』は格好の標的となるだろう。
「そいつ、『なりそこない』じゃないか。街に連れて来ていいのかよ」
男の子の発言もそれを示しているし、周囲の人も肯いたりひそひそと小声で話す人やあからさまに不快気にする人などさまざまだ。神様に助けを願ったり、四嬢さんの陰に隠れることも考えtけど、塔の上での四嬢さんの言葉を思い出した私は、必死に頭を回転させる。ここで四嬢さんに隠れて逃げたとしても、今後四嬢さんとずっと一緒に居られるわけではない。一人で何とかしないと。。
(考えろ、私の脳細胞…)
長い時間がたった気がしたけど、実際は10秒程度だったのだろう。男の子を見ていた私の頭の中に、不意に幾つかの文字が浮かび声に出した。
「#中里 走馬__なかざと そうま__#? 7歳 神指東3番町5組 什6位?」
呟いた私の声に、男の子が驚き固まる。
「なんで?どこで解ったんだよ?」
男の子の声に、周囲の大人達のざわめきもとまり、不穏な空気が薄くなる。(これはこの子のステータス?使えるスキル持ちって事になれば、身の安全は図れるかも知れない。嬢士隊の役に立つとなれば、このまま一緒にいられる可能性も。こ、これだ。これに賭けるしかない)
私は頭に浮かぶ文字に意識を集中して声に出す。
「走馬さん。あなたは今日4つの理由で#什長__じゅうちょう__#にしかられます。」
「なっ、何でだよ」
たじろぐ走馬くんですが、私に彼の様子を思いあげる余裕はなく、頭に浮かぶ文字を読み上げるのが精いっぱいです。
「あなたはまだ私に謝ってはいません。」
四嬢さんの方をみながら、走馬くんにいいます。
「一つ、年上の人の言うことに背いてはなりません」
一歩、走馬くんに近寄ります。
「一つ、戸外で女性と話してはなりません」
また一歩、踏み出します。
「一つ、みだりに女性に触れてはなりません」
そう言いなが、私は走馬くんに抱きつきます。走馬くんは暴れますが、逃がしてあげません。
「わぁぁ、何をするんだよ。離れろ」
そして、耳元で呟くの四つ目の理由。
「……門限、過ぎてますよ?」
「え?」
時計台の方を、ばっと音を立てて振り向きますが既に18時の鐘は過ぎています。子供の門限は18時。私はそっと身体を離して上げます。気づいた走馬くんは、真っ赤な顔をして離れて、駆け出しました。
「ば、ばっか野郎、覚えてろよ~、このふしだら女~」
失礼ですね。私は野郎ではありませんよ。周囲の人々も逃げた男の子を見ながら苦笑いしたりして、不穏な空気はすっかりなくなりました。うまく切り抜けられたと思いつつ、四嬢さんのほうを振り向いた私の耳に聞こえたのは…
「…まさか、鑑定能力?」
この声が聞こえたとたん、また周囲は静まり返ります。
「真名どころか、属している什や掟まで見抜いたぞ…。まさか二段読みかよ。あんな小さいのに?」
「…もしかして、『御領四姫』様なのか?第三姫様か?」
かえって周囲のざわめきは大きくなってしまいました。どうしてこうなった…
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