4.神指の街1
「ん~」
格子の部屋からでて階段を上がり、建物の外へと出た私は軽く背伸びをした。狭い部屋で一日半(実際には11日半だけど)過ごして、外に出たのだから開放感が半端ない。
「ほらほら、フードが外れてまうで。」
隣に立つ四嬢さんは、今日はいつもの羽織袴姿ではなく、脚にぴったりとしたシルエットのパンツスタイルに、上は#白橡__しろつるばみ__#色のポンチョ風のコートを羽織っている。
「そうそう、今からは四嬢ちゃうく、遙さんって呼んだって。うちもさくらのことをサクランってよぶさかい。」
「いやいや、サクランはないですよ。#錯乱__さくらん__#みたいで変じゃないですか」
「いやなら、チェリー「それは絶対いやです。」…。ほな、嬢ちゃんって呼ぶで~」
ずっとましである。変な呼び方受け入れたら、今後もずっと呼ばれそうで…。そう考えたら、ふと気づいてしまった。今はこうして一緒に居てくれるけど、当然学校に入れば四嬢さんとは離れるわけで…。もしかすると、その後二度と会えない可能性もあるよね?
「ほらほら、折角のええお花見日和なんやさかい、楽しまな。軍資金もあるんやしね」
そう四嬢さんは言いながら、小銭の入った巾着袋を見せてくれる。…そうだよね。考えても仕方ない事は考えない。思考の無限ループに入ってしまいそうになる。
西大通りは、当然女性しか歩いておらず、そのまま街の中央へと四嬢さんと歩いていくと、右手に門が見えてきた。道行く女性も、和装の女性だけじゃなく、四嬢さんのように洋風っぽい服装や、皮鎧をつけた人達も歩いている。街はここまで見た感じでは、一辺が800m弱の正方形の形をしている。街の周囲は石垣の上に土塀と瓦屋根がついている日本のお城の塀とほぼ同じだ。所々に狭間と呼ばれる弓などを打つ穴が開いている。外周は運河と直結した10mくらいの幅の堀があり、木の橋で門と街道をつなげている。街自体は周囲の土地から5mは高いんじゃないだろうか?心地よい風が吹いていて、緑が芽吹き始めた土手と、その先に川らしい水の流れが光り輝いている。
「ここが西門やで。ひねりもなくそのまんまやなぁ~」
四嬢さんはそう言うが、街の門の名前とか変にひねりがあると解らなくなってしまうから、いいんじゃないかな。視線を門の外から街の中に転じると、そこには時計塔があった。四方に文字盤が見えていて、そこに並んでいる数字は私にとっては普通のアラビア数字だ。驚いてる私をみて、四嬢さんがにんまり笑う。
「どや?時計塔なんて珍しゅうあらへんやんか?とええたいとこやけど、西の領以外にあるって聞いたことあらへんで。なんでも、振り子式機械時計っていうんやて」
四嬢さん、ドヤ顔である。時計台をそのまま見ていると、鐘の音が聞こえてきた。
「15時やし、お茶でも飲んでのんびりしまひょか~」
そういいつつ、街の中央時計台方向へと歩き出すと、橋が見えてきた。近づくと、橋の下5m位に水面があり、運河なのだとわかる。水面まで緩い傾斜の階段などがあり、運河の水を利用して洗濯や洗い物をしている女性もいるし、満開に咲いた桜の花を見ながら、のんびりお花見をしている人達も多い。私達もお茶屋さんでのんびり桜の花を見ながら、お団子を食べたりしながらたわいの無い話をして楽しいときを過ごした。小物屋さんとかもまわっていろいろかわいいものもみたよ。四嬢さんが髪飾りを買ってくれたけど、フードを取る訳にはいかないから、似合うか合わせたわけじゃないけどね。
街の中央、南北の大通りと東西の大通りの交わる交差点に、その時計塔はあった。下から見上げると、10階建てのビルと同じくらいの高さにみえる。時計台の下は、嬢士隊の人の詰め所のようになっているらしく、四嬢さんが一声かけて中に入らせてもらった。下3階位までは普通の建物だったけど、それより上は空間が広がっていて、上の方で振り子が左右に揺れている。壁面の所々にあるのは、明り取りの窓だろうか。外壁にそった螺旋階段を上って、時計の機械室へ。大きな時計機構を脇にみながら、四嬢さんが外に出るドアを開けてくれた。
そこは、下からは見えないように配置された回廊のような場所で、街や街の周囲を見渡すことができる。四方の壁にはラッパ型の蓋のついた官がある。四嬢さんが手招きをしているので、そばによるとわきの下に手を差し入れられて、持ち上げて窓の外を見せてくれる。
「こっちが北方向で、遥か彼方に見えるのが北街やで。北東の山の上に見せるのが関所やなあ」
四方の小窓から外を見せてくれて、いろいろ説明してくれた。神指の街の真北には、北街。北東には東壁と呼ばれる関所があり、北西には西都という街がある。南西には本郷の街があり、南東には黒川という街があるとの事。
窓から見える黒川という街は他の街と違って、日本風のお城を中心とした城下町らしい。他の4つの街は人が住む為の街。黒川の街は、衛士・嬢士隊の拠点であり、商業・工業ギルドの中心地でもいわば西の領の活動の中心地であるらしい。領自体の運営は、各街・里からの代表者だ方針が決まる為、お城に領主が居るわけではないとの事。領主の代わりに、『#護領四姫__ごりょうしき__#』と呼ばれる姫がいる。この領で生まれる女子に多く発現する『鑑定』スキルを持つ『鑑定士』の中でも、より強い能力をもって、商業・工業ギルドの発展の石杖となるだけでなく、戦場においては相手の策や部隊の能力まで見通せるという力。ただ、常時四人の姫が存在することは無く、全てそろっていたのは西の領の#開闢__かいびゃく__#のときだけという伝説の中の存在らしい。普段は多くて二人の姫が存在するくらいで、現在は『#氷華__ひょうか__#』様と『#焔華__ほのか__#』様の二人がいらっしゃるとのこと。
一見繁栄している西の領にも問題が無いわけでは無いらしく、安定期が長く続く中で停滞的・退廃的な空気が出始めており、四姫に期待する民衆は多いことなどを話し終えると、四嬢さんはゆっくりと床に私を降ろしてくれた。
西の領は山に囲まれた盆地だけど、運河と街道が街をつなぎ、街道には並木道。運河には桜の並木があり、地を桜色に染めている。街の間には農村としての里があり、所々に林が配置されていて、上から俯瞰することができれば幾何学的に配置されていそうな感じだ。
そう感じた矢先に、脳裏に一つの映像が浮かぶ。水と緑のひょうたん型の地形、幾何学的に走る線。高い梢…。倒れていく人々。驚いた顔をした、刀を背負った少年のような少女…。身体が一瞬ふらつき、四嬢さんがあわてて支えてくれる。身体がふらついたのは一瞬だったけど、心配そうに覗き込む四嬢さんにまずはお礼を言わないと。
「いろいろとありがとう、遙さん」
そういった私に、四嬢さんは膝を折って、目線を合わせてまじめな顔でいった。
「そうそう、最後にこれだけは覚えといてや。この世界には神様はようさんいるで。せやけどなぁ。『神は尊ぶべし、頼むべからず』やで。自分で動かな、現実は一切変わらへんって事は覚えといてや」
言い終えると、私の頭をわしゃわしゃしてくれた。
「さ、後は夕飯でもたべて帰ろか。うちとしては、あそこのたこ焼き屋かお好みやさんが好みなんやけど、副長があそこの食事はうまいって教えてくれたさかいね」
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