第四話『能力試験』
俺はロンベルという男のステータスを眺めた。
[ステータス]
名称:ロンベル
性別:男
体力:A+
総魔力量:2680
攻撃力:A+
耐久力:A-
魔導力:C
敏捷性:B
スキル:体幹(体力上昇)
豪腕(攻撃力上昇)
堅盾(耐久力上昇)
????
総合的な能力値が高く、スキルも多い。ルーネルやロッザスとはレベルが違う。勿論、俺は比較対象にすらならない。空欄のスキルが気になるが、今はそんなことを熟考する余裕がなかった。
『典型的なパワータイプ、しかし並大抵の経験では、ここまで鍛え上げるのは不可能でしょう。探索者の中でも、間違いなくトップクラスだと思われます』
だとすると、ギルド内では名の知れた男ということか。ルーネルが驚くのも無理のないほどに。
ロンベルが、俺の顔を覗き込む。他人と対面して嫌な緊張感を味わうのは今日何度目だろうか。特にこの男は滲み出るオーラが異なっているような気がする。
「君は新人か? ふん。中々、肝が据わっているように見える。将来有望だな……と、そんな俺の評価は全く当てにならない。人を見る目がないんだ、俺は。もっと鋭い鑑定眼を持っているのが一人いるんだが__」
「あら、それは私のことかしら、ロンベル」
振り返ると、青いドレスのような服装の女性が歩いてくるところだった。ヒラヒラと揺れる衣装と長い銀髪、目鼻立ちのはっきりとした端正な顔は、自己主張の塊のように見えた。美人だが、関わり合いにはなりたくないタイプだ。
「フレイラン、なんで君が一階にいる?」
ロンベルは、さっきのルーネルと同じようなセリフを口にした。
「あなたを呼びに来たのよ。……でも、それよりも大事な用事ができたみたい。このルーキーさん、訳有りなんでしょう?」
「そうなのか? 俺は何も聞いていないが」
「あなたは鈍感過ぎるのよ。少しは私を見習って頂きたいものだわ」
「努力はしてきたつもりだが、結局、空気を読むことは俺の役割ではないからな。君が居れば十分だ」
「そういうところを直した方がいいって言っているのよ。ほら、ルーキーさん達が戸惑っているじゃない」
「すまんな。それで、訳有りとはどういうことかな?」
俺達は顔を見合せた。ルーネルは不意をつかれ、きょとんとしている。ロッザスも眉を寄せていた。無理もない。俺達が話を切り出す前に、先制パンチを喰らったようなものだ。このフレイランという女性は、読心術の心得でもあるのだろうか。
『性質は私と同じでしょう。ストラ様、というより、私の魔力が感知されているのだと思います。ステータスを見て下さい』
[ステータス]
名称:フレイラン
性別:女
体力:C
総魔力量:5100
攻撃力:C
耐久力:C
魔導力:A+
敏捷性:B
スキル:魔奏(魔導力上昇)
????
『魔導力というのは、魔力を行使する際の技術力のようなものです。この値が高ければ、魔力感知の精度や、魔力に関するその他諸々の能力が高いということになります。私でも見るだけでは、個人の具体的な能力はわかりませんので、あくまで目安ですが』
なるほど、魔導力がA+ってことは、それだけ魔力感知能力が優れているってことか。しかし、トップランカーと思われる人間でも、魔力量はアイの半分程度なのか。魔力量一万って、もしかしてとんでもない数値なんじゃないか。
俺があれこれ考えている間に、ロッザスが口火を切った。
「あー、俺達、実は話さなきゃならないことがあるんです。ストラウスの迷宮のことで」
「迷宮? 私はてっきり、そこの男の子に関する話かと思っていたのだけれど」
フレイランが、俺を見つめながら言った。
『やはり、目をつけられていたようですね』
ああ、余計に不味い状況になってきた。
「そいつにも関係があるといえばあるんですが……最初から説明します。実は、管理迷宮のダンジョンマスターが消えました」
ロンベルの顔色が変わる。
「消えた? それは、迷宮が攻略されたということか?」
「結果的には、そういうことになりますかね」
「どうやら、詳しく話を聞く必要があるようだな。フレイラン、まずは信用できるやつをストラウスに向かわせてくれ。至急、迷宮が攻略されているか確認を取らせる」
「了解よ。だけど、私も話を聞きたいから、あとで戻ってくるわね」
流石に実力者だけあって、行動が早い。フレイランがその場を離れると、ロンベルは俺達に二階に上がるように指示した。一時的ではあるが、フレイランがいなくなったのには、ほっとする。
俺達は、誰もいない二階の一室に通された。ルーネルとロッザスが、これまでの経緯を簡潔に説明する。俺は時折相槌を打つだけだった。
「なるほど、状況は君たちにとっても不明瞭というわけか。残されたのは攻略された迷宮と、記憶喪失の男だけ。厄介だな。ヴィルゼームに付け入る隙を与えてしまう」
「ヴィルゼーム?」
俺の疑問に、ルーネルが答える。
「さっき言った、もう一つのギルドのことよ」
ロンベルは頷く。
「その通り。そして、俺達アーニアスとヴィルゼームは対立している。といっても、表立って派手な争いはしていないがな。探索者ギルド同士、どうしても利害の一致しない場面は多い。俺達が失態を演じれば、奴らは喜んで叩いてくるだろうな」
「ダンジョンマスターが消えたことが、その失態だということですか」
「そもそもストラウスの迷宮は、ギルド間の協定によって管理迷宮に指定されている。管理迷宮とは、ダンジョンマスターを残すことで存続させている迷宮のことだ。今回の場合は、アーニアス側が管理していた迷宮が攻略されてしまった、とみなされるだろう。当然、俺達の責任が問われる」
ロンベルの推測も俺達と変わらないようだ。やはり、状況は好転しないか。
隣のルーネルが手を挙げた。
「今後、私達はどうなってしまうんでしょうか」
「ストラウスの攻略が本当なら、ヴィルゼームにバレるのは時間の問題だろうな。そうなった場合、要求されるのは金、魔導技術、迷宮に関する情報、とまあそんなところか。どうにせよ、こちらに落ち度があるのなら、多少の譲歩はやむを得まい」
ロッザスが肩を落とす。そして、呟くように言った。
「俺の責任です。処分は甘んじて受けるつもりです」
「君達には能力と未来がある。それを潰すようなことはさせないさ。俺が保証する。しかし、そこの君だけは話が別だ」
ロンベルが俺を見据えた。
「君は、アーニアスに所属する探索者ではない。俺が君を助ける理由はないわけだ。それに、仮に俺達が君に有利な証言をしたとしても、俺達にとって利益があるとは思えない。それを踏まえた上で、君はどう行動する?」
確かに、それは考えてみれば当たり前のことだ。どこの誰とも分からない俺を、損得勘定なしで助ける義理はない。俺にとっても、頼れる人間など最初から存在しなかったのだ。
『ストラ様。私は、どこまで行ったとしてもストラ様の味方です。打開策は、きっとあります』
泣かせてくれる。だが、依然としてどうすればいいのかわからない。どん詰まりである。
「それは、ストラを見捨てるということですか」
ルーネルが唐突に言った。何を思っての発言なのか、理解はできない。
「そこまでは言っていない。だが手助けする理由がないのは事実だろう」
「でも__」
「あら、じゃあこの子が私達にとって必要な能力を持っていることを証明すれば良いのかしら、ロンベル」
気づかないうちに、フレイランが部屋に入ってきていた。にっこりと微笑み、扉の横に佇んでいる。
「それはどういうことだ。フレイラン」
「言葉通りの意味よ。決断を急ぐのはいいけど、本質を見逃したまま切り捨てるのは、損でしょう?」
「まあ、アーニアスに引き入れる価値のある人材ならば再考するが、その証明はどうする?」
「ストラ君に訊きましょう。何が得意なのか」
フレイランは、余裕の笑みで俺に振った。
試されている。一発逆転、ここが最大のチャンスか。
『ストラ様、答えは一択でしょう。どうやら運は私達に回ってきたようです』
ああ。お前がいてくれて良かった。
俺は唯一の答えを口にする。
「俺は、人間の能力を詳細に判断することが出来ます」
フレイランは目を見開き、驚く素振りをみせた。これは演技かもしれない。
「魔力感知能力ね。穿鑿手には必須の能力だわ」
「で、どうやって力を測る?」
「そうね、こういうのはどうかしら。一階にいる探索者の中で、最も能力が高い人間を私が選定する。誰を選んだかは、ロンベルにだけ伝えるわ。ストラ君がそれを当てることが出来たら見事合格、アーニアスに引き入れる」
「君がそこまで彼を買っているのなら、いいだろう。やってみるといい。それで、彼が失敗した場合はどうする?」
「万が一にもそんなことは無いと思うけれど、そうね、失敗した時には煮るなり焼くなり、あなたの好きにすれば良いわ、ロンベル」
勝手に俺の命運を決めるな、とは口が裂けても言えない。この場の主導権が俺にはないことは確かだ。俺はただ、与えられた試練に真っ向から挑んでいくことしか出来ない。
「では、そうしよう。ストラ君、といったな。今フレイランが言った条件で問題はないか?」
俺はロンベルを見据えて頷く。
問題はない、そうだよな、アイ。
『もちろんです』
「じゃあ、私とロンベルは一階に降りるわ。この時間帯なら探索者は大勢いるから、試すのにはもってこいでしょう。一分ほど経ったら、あなたも降りて来てね」
フレイランとロンベルが部屋を出ていった直後、ルーネルが強い口調で言った。
「あなた、大丈夫なの? 能力の優劣を判断するなんて、言うほど簡単じゃないわよ」
それは常識的にも分かっている。だが、俺は普通ではない。
「やってみないと分からない。けど、自信が無いわけじゃないよ」
それまで静観していたロッザスが、口を開いた。
「自分を過小評価しないだけマシだが、この勝負、なかなか厄介だぜ。それを理解した上で受けて立ったんだろうな?」
勿論、問題は分かっているつもりだ。
「……最も能力が高い人間、っていう定義が曖昧過ぎる」
「そうだ。その定義に関して、お前とあの人の間に認識の差があればそこで終わりだな」
「ちょっとロッザス。それじゃあ、これは単純な試験じゃないってこと?」
「暗黙のルールってやつを汲み取れるかどうか、それも試してるんだろうな。まああの人にとっちゃ、お遊びみたいなもんなんだろうが。……もっとも、こいつは全部了解してる顔してるぜ。余程の自信があるんだろうよ」
そろそろ時間のようだ。俺達三人は扉を開き、階段に向かう。一階まで降りると、先ほどと変わりのない混み具合だった。決して狭くはない空間といえ、四十人以上の人間がひしめき合う光景は、なかなかにむさ苦しい。
「さて、ストラ君。この探索者達の中から、私が選んだ最も能力のある人間を一人、選んでみせてちょうだい」
「……一人、ですか」
俺はフレイランとその隣のロンベルを見る。既にロンベルには誰を選択したのか伝えられているようだ。
「そう、選べるのは一人だけよ。あなたの実力なら、この条件で問題ないでしょう?」
「それじゃあ、あなたは俺の能力を把握しているということですか」
トップランカー相手に強気に出過ぎたか、と少し後悔するが、フレイランは意に反して笑いだした。
「ふふっ、ごめんなさいね。いいえ、あなたの質問が可笑しかったわけではないの。ただ正直に言えば、私はあなたの実力を把握しているわけではないの。むしろ逆よ」
「逆、とは?」
「あなたがとんでもない潜在能力を持っていることは分かる。私クラスの魔力感知が出来る人間なら誰でもね。でも、具体的に何が得意かなんて私には分からない。私の限界、というよりは人類の限界ね。だからここで試しているのよ、ストラ君の能力を」
それはつまり、魔力量は感知できるがその他のパラメーターは判断できないということか。
『恐らくそうでしょう。フレイラン様の魔力感知能力は人並み外れていると予測されますが、私のレベルには及ばないと思われます』
人類の限界。ダンジョンマスターならそれを越えられるということなのか? それが本当なら、いよいよもって人外じみてきたぞ、俺。
『優れているのは魔力量とその一点だけです。慢心は敵ですよ、マスター』
慢心なんてしていない。そもそもこれは俺の力ではなく、お前の能力だろう。
『ストラ様が謙虚な方で安心しました。では、どのような方針でいきましょうか。この中から正解を導きださなければいけません』
俺は探索者がごった返すロビーを見渡した。まずは条件を設定して絞り込むのが定石だろう。
分かりやすく、魔力量が2000以上の人間をピックアップできるだろうか?
『やってみましょう。魔力量は、最も感知しやすいパラメーターです。現にフレイラン様のような人間も自然に感知を行っていますね』
魔力量が高い人間イコール能力のある人間だと決めつけることは出来ないが、一つの指標にはなる。フレイランもその指標に則って判断しているのなら、むしろ魔力量が最も高い人間を選べば、それが正解となる確率は高い。
だが、そんな単純な話なのだろうか?
『私も同意見ですが、判断材料が少なすぎます。考えすぎ、という場合もありますから。ところでマスター、魔力感知が終了しました。この中で魔力量が2000を越えている人は、二人いますね』
二人か、意外と少ないな。
『魔力量2000以上の人間の数は、上位数パーセントといったところでしょうね』
ルーネルやロッザスも、魔力量は1000にも満たなかった。そう考えると、むしろ二人いることは多い方なのかもしれない。
『まず、一人目のステータスを表示します。あのテーブルに突っ伏している男性です』
そのテーブルに目を向ける。黒っぽい上着にフードを目深に被った人間が、眠るように体をテーブルに預けていた。顔は見えないが、体格からみて男であることは確実だろう。傍らには、僅かに液体が残ったジョッキが放置されている。酔っぱらいだろうか?
[ステータス]
名称:????
性別:男
体力:B+
総魔力量:2060
攻撃力:C
耐久力:A+
魔導力:C
敏捷性:C
スキル:堅盾(耐久力上昇)
????
ステータスは耐久力に極振りしたようにピーキーなものだった。
『これはこれで評価に値するステータスではありますが......』
なんとも言えない、というのが正直なところか。
俺はこのステータス表示に慣れている訳ではないので、適切な分析はできない。しかし、特定のステータスだけが高く、他はそれほどでもないというのは素人目にみても個性的すぎる。一概に評価を決定することはできない。
アイもそれは同じようで、頭を抱えているようだった。いや、アイには物理的な頭などないのだが、何となくの感情は伝わってくる。
『これは一旦保留でしょうか。一目見てこれだ、と決めることができれば良いのでしょうけれど、現実はそう上手くいかないものです。もう一人を見てから考えましょうか』
そうだな。一通り確認してから考察する方が効率は良い。
『ではもう一人の方を。あの壁際に立っているサングラスの男性です』
待ち合わせでもしているのだろうか、その男は壁を背に腕を組んでひとり佇んでいた。顔の上半分を覆い隠すマスクのような黒いメガネを着けている。そのマスクのせいで、表情は読み取れない。
『私は、あの男性が非常に怪しいと考えています』
確かに、風貌は一級の怪人風だ。
『それだけではありません。あの男性は、体から流れ出る魔力を抑制しています』
魔力を抑制?
『そうです。魔力は通常、その人間の体内と体外を循環しています。魔力感知に長けた人間は、体外に出た魔力を認識し、その絶対量を見積もることができるのです。あの男性は、体外に出る魔力量をコントロールし、見かけの魔力量を小さくすることができるようです』
つまり、わざと魔力量が少ないと見せかけて、フレイランのような魔力感知ができる人間に警戒されないようにしているということか。
『さすが理解が早くて助かります。分かったところで、ステータスを表示します』
[ステータス]
名称:????
性別:男
体力:A
総魔力量:3750
攻撃力:C
耐久力:B
魔導力:A+
敏捷性:B+
スキル:魔奏(魔導力上昇)
????
『私の魔力感知能力は、人間の内部に達します。よって、魔力制御による見かけの魔力量には左右されず、真の魔力量を見積もることができます。今示したステータスには、あの男性の真の魔力量が表示されているはずです』
なるほど便利だな。
それはそうとして、こっちは魔導型か。総合力では、この男の方が上回っているように思える。それに、意図的な魔力制御の件もある。順当にいけばこの男を指名することになるんだろが、さて、次の一手はどうするか。