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第三話『迷宮都市ラヴィリア』


『ダンジョンマスターだった頃の記憶は曖昧ですが、迷宮(ダンジョン)全体の魔力を掌握するあの感覚は、確かに覚えています。まるで全身が迷宮と一体化したかのような心地。ああ、思い出すだけでもゾクゾクします』


 お前はそういうキャラなのか、それとも冗談で言っているのか。ともかく、こっちの気持ちも考えた発言をして欲しいな。


『冗談かどうかの判断はストラ様に任せますが、私がダンジョンマスターだったことは、私が把握する限り事実です』


 しかし、ダンジョンマスターと言われてもピンとこない。俺にとってほんの少し前に知った単語なのだから。


 それに、驚くべき事実なのだろうが、果たしてその話は今する必要があるのか。今はルーネルの猜疑心に対応するべき状況だろう。


『そうです。なので、ストラ様がダンジョンマスターだったということにして誤魔化しましょう』


 飛躍が過ぎる論理だぞ、それは。誤魔化すとかいうレベルの話なのか。もしかしてお前、へっぽこキャラだったのか。


『私にだってそれなりの理屈はあります。今後のことも考慮すると、ルーネル様に対する弁明は筋の通ったものにする必要があります。ここで問題となるのは、ご主人様が記憶を完全に失っているということです。これでは、ルーネル様を上手く言いくるめることも難しい。そこで、僅かですが残っている私の記憶を利用します。私の記憶をさもストラ様自身の記憶のように話すだけで、話の整合性が取れるというわけです』


 確かに、理屈としては間違っていないように思う。だが、事を進めるにあたって致命的な問題がある。


『問題とは?』


 いや、少し考えれば分かるだろう。現状のルーネルの認識において、俺は少なくとも人間だ。それをダンジョンマスターという異形の怪物に変換するのだから、コミュニケーションの難易度が一気に上がる。向こうにしたって意思の疎通を続けようとする気が失せるだろうが。


『確かに、そこは失念していました』


 とにかく、俺は記憶喪失で押し通す。まあそれが事実なんだけど。


『ストラ様、再びルーネル様の視線が』


 わかっている。それにしても、ルーネルに睨まれることも、徐々に慣れてきている気がするな。


「あなた、たまに不気味なほど黙り込むわね。怪しい」


 アイとの会話は通常の会話よりも短時間で済む。しかし先ほどの会話は、ルーネルには不自然な間として認識されているようだ。


「記憶喪失の弊害かもしれない。意識してやってるわけじゃないんだ」


「無意識ね。……あくまでも何も知らないってわけ?」


「本当なんだよ。何かを隠したいってわけじゃない」


 これは本心だ。誰も好き好んで嘘をついたりはしていない。嘘をつかないと余計にややこしくなるだけなのだ。


「まあ、いいけど。……なんだか疲れちゃった。無駄に神経尖らせて消耗するのもバカらしいわね。さっさと迷宮を出ましょう。考えるのはその後よ」


 ルーネルは、爆発によって開いた穴をくぐり抜けた。俺も後に続き歩を進める。先のことを考えると不安しかないが、なんとかこの場は収まったようだ。


『ストラ様は、私が余計なことをしたと思っていますか?』


 アイが問う。余計なこと、か。あの爆発は、かなり派手にやらかしてしまった部類に入るだろうな。実行したのは俺だが。……でも、アイがいなかったら、俺は今よりも気分は落ち込んでいたかもしれない。そういう意味では、お前がいて良かったと思ってる。


『そう言っていただけると嬉しいです。これからもよろしくお願いしますね、ストラ様』


 切ろうとしても切れない、そんな関係で俺とアイは繋がっている。記憶を失う前の俺だったら、どう感じていたのだろう。ダンジョンマスターという異物に対して嫌悪感を抱いていただろうか。それとも、何もかも受け入れる精神力を持っていたのか。今の俺には、そのどちらも無く、ただこの一瞬を生きるために進んでいる。


『今はそれで良いと思います。私はストラ様がどのような選択をされようとも、ついて行きます。あ、そろそろ出口のようですよ』


 顔を上げると、先を行くルーネルの背中越しに柔らかな光が差し込んでいた。ルーネルが魔光石の明かりを下ろして、こちらに目を向ける。


「誰かさんのおかげでこんなに早く出られたわね」


 嫌みのつもりなのか。ともあれ、この陰気な洞窟を脱出できたのはありがたい。


「さあ、気合いを入れなさい。これから面倒事がたくさん待ってるんだから」


「なるようになる、ことを願ってるよ」


『何だかワクワクしますね、ストラ様』


 同意はしかねるが、完全に否定もできないな。


 俺たちは迷宮の外に一歩を踏み出した。強い日差しに一瞬だけ目が眩む。光溢れる外の世界は、迷宮の中とはうって変わってカラッとした陽気だった。穏やかな風に運ばれてきた若葉の香りが鼻腔を刺激する。


「よおルーネル、随分と早い帰還じゃないか」


 低音の声がすぐ近くから響いた。声のした方を向くと、庇の欠けたボロ帽子を被った男が切り株に腰掛けている。


 男は帽子に手をかけ、グリグリと弄びながら俺を睨んだ。赤銅色の癖毛が帽子の隙間から覗く。


「で、そっちの連れは?」


 ルーネルは俺を横目で見て、僅かに考える素振りをみせたあと、男に言った。


「リストを見ればわかるでしょ。過疎迷宮なんだから、そう何人も潜ってる筈はないし」


「それもそうだな」


 男は脇に立て掛けてあった銀色の板に手をかけると、何故かその体勢のまま固まった。


「いや待てよ。おかしいだろ。俺がここの担当に交代した時点で、誰も迷宮に潜ってなかった。それからずっと俺はここで監視してたが、今まで迷宮に入ったのはルーネル、お前だけだ。つまり、お前と一緒に迷宮から出てきたその男は……」


「その男は?」


「明らかに怪しい」


 何だかよく分からないが速攻で怪しまれてるぞ。


『なかなかの洞察力ですね、あの男性』


 感心してる場合か。


『では』



[ステータス]


名称:???

性別:男


体力:B

総魔力量:830

攻撃力:D+

耐久力:B-

魔導力:C-

敏捷性:C


スキル:なし



 耐久が高いな……って、このタイミングでステータスを出すか。お前、わざとやってるだろ。


『すみません。しかしあの若い男性、迷宮の入口を監視する役回りのようですね。リストと言っていたのは、迷宮を出入りした人間を記録する物を示しているのでしょう。恐らくあの銀板がそうかと思われます』


 今までの話の流れから、アイの推測は正しいと思う。本当に男の言う通りなら、俺は迷宮に入っていないのに、迷宮から出てきたということになる。それが何故かは俺にもわからない。つまり、面倒臭いことこの上ない。


 男の三白眼が俺を射るように見た。男は座ったまま左腕を背中に回す。それが警戒を示す動作であることは明らかだった。


「で、本当におたく何者?」


 俺は何も応えられなかった。代わりに、ルーネルが応える。


「記憶喪失らしいわ。だから、自分が迷宮にいた理由さえ知らない。そうよね?」


「あ、ああ。本当に、何も思い出せないんだ」


「そりゃあ大変だ。記録も記憶もなしか。いや、迷宮へ入った記録が残ってないのは、監視役が見逃しただけかもしれない。職務怠慢、俺は絶対にそんなミスしないがな。当面の問題は、その記憶喪失ってやつか」


 男は無精髭が生えた顎に手を当て、明後日の方向を向いた。


「いいえ、最大の問題はこの迷宮、ストラウスが攻略済みになってしまったことよ」


 ルーネルが言うと、男はそれまで無気力だった両目を見開き、表情を一変させた。


「嘘だろ。まさかルーネル、お前が攻略した訳じゃないよな」


「当たり前よ。私が着いた時にはもう、ダンジョンマスターはいなかったわ」


「だとしたら、この男が攻略したっていうのか。それが原因で記憶を失ったとでも?」


「辻褄合わせの解釈をすれば、そういうことになるわね。でも、たった一人でダンジョンマスターを倒せるようには見えないし、何を考えても結局のところ推論止まりなのよね」


「うーん。行き詰まってるな。それに話が突然過ぎる。こうも五里霧中じゃ、俺も頭が回らねえ。……まあ一つ言えるのは、ダンジョンマスターがいないとすると、もうこの迷宮を監視する必要も無いってことだな」


 男は銀板を上げてヒラヒラと振った。ルーネルはそれを見て苦笑する。


「あなた、仕事したくないだけでしょ」


「間違ってはないが、俺は事実を言ったまでだぜ」


 男は悪びれる様子もなく、大きく伸びをした。俺は、先ほどから疑問に思っていたことを口にする。


「あの、ダンジョンマスターってやつがいないと何か不都合でも?」


 男は一瞬、不可解そうな顔になったが、すぐに思い出した様に真面目な表情に戻った。


「記憶喪失か。やれやれ、全部説明しなきゃなんねぇのかよ。こりゃ骨が折れるな」


『これは嫌われてますね、マスター』


 仕方がないだろ。何もかも知らないことだらけなんだから。それと、俺の呼び名を統一するつもりはないのか。


「ここで話していても、埒が明かないわね。アーニアスに戻りましょう。説明はその道中でも出来るわ」


 ルーネルが言った。


「そうと決まれば、早速行くか。勿論俺も付いていくぜ。仕事放棄なんて野暮なことは言うなよ」


「はいはい、わかってるわよ」


 そんなこんなで、俺達はアーニアスという場所へ向かうことになった。聞くと、アーニアスとは迷宮探索者ギルドの名称らしい。ギルドは探索者を統括する組織であり、迷宮に入る人間はほぼギルドに所属しているそうだ。


「私達が向かってるラヴィリアっていう都市には、二つの探索者ギルドがあるの」


 砂利道を歩いている途中のルーネルの談である。


「細かいことは省くけど、二つのうち片方のギルドがアーニアスってわけ。私とロッザスはそこに所属してる探索者よ。まだ新参者だけどね」


 男の名前はロッザスというらしい。


「けど、出入り監視の仕事を任される位の実力はあるぜ。ギルドに信用されてる証拠だ」


「すぐ調子に乗るのがロッザスの悪い癖。正直言ってストラウスはさして重要な迷宮じゃないから、迷宮の出入り監視も重要度は低いわ。身分相応ってところね」


「自分を卑下し過ぎるのも考え物だぜ、ルーネル。……ああ、それで、何でダンジョンマスターがいなくなると問題かって話だよな」


 俺は頷く。ようやく本題に戻ってきた。


『私も早く聞きたいと思っていたところです』


 そのダンジョンマスター自身が言うと、なんだか滑稽である。


「ダンジョンマスターが消えるってことは、その迷宮が死ぬってことだ。つまり、迷宮内の魔力の流れや魔物の存在が失われる。それを防ぐ為に、俺達はわざと一部の迷宮を完全に攻略せず、ダンジョンマスターを生かし続けているんだ」


「魔物を殺さずに、放置していると?」


 迷宮で魔物に襲われた時の嫌な光景が頭に浮かんだ。あんなものを野放しにしているのか。


「放置っていうと、語弊があるわね。確かにダンジョンマスターには干渉しないけど、その他の魔物はむしろ積極的に狩っているわ。魔物から得られる素材を集めるのが、探索者の主な仕事だから。魔物は資源なのよ。資源が湧いてくる場所が無くなってしまったら困るでしょう。だから、環境を維持する為にダンジョンマスターを残すの。勿論、そうやって攻略を規制してるのは一部の迷宮だけで、攻略して良い迷宮もたくさんあるんだけどね」


「なるほど。じゃあ、今回みたいに、攻略してはいけない迷宮が攻略されてしまったらどうなるんだ?」


 ルーネルは首を振り、ロッザスに目配せした。ロッザスもわからないといった風に手を振る。

 

「前列を知らないな。ただ、残す迷宮は二つのギルド間で決められてる。だから、事はギルド規模になるだろうな。個人でどうこう出来る問題じゃない」


「それって、結構大きい問題じゃ……」


「そうだな、覚悟はしておいた方がいいぜ、お前も。俺だってこう見えて緊張してるんだ。下手したらクビだぜ」


 不安要素がまた増えてしまった。俺は裁判にでもかけられるのだろうか。記憶はないが、自称ダンジョンマスターがここにいる時点で、限りなく有罪に近い。


『しかし、ストラ様が迷宮を攻略したという証明は難しい筈です。私の存在を自ら明かさない限り、証拠不十分で無罪を勝ち取ることが出来ます』


 気休めでも、その可能性に頼るしかなさそうだな。


 先を歩いていたルーネルが、小さくため息をついた。


「後悔をしても始まらないわ。さあ、もう見えてきたわよ、ラヴィリアが」


 乱立する木々の隙間から、巨大な灰色の壁が見えた。十メートル程の高さを持つ防壁は、視界に捉えられる以上の範囲に渡って続いている。


「ここら辺には、数多くの迷宮がある。迷宮を求めて集まった探索者達が集まり、出来たのがあの迷宮都市、ラヴィリアってわけだ」


 ロッザスが指差す方向に目を向けると、壁の下部に大きな鉄扉が開いているのが見えた。そこが入り口らしい。


「物々しい壁だろう。入り口があんなに狭く見える。昔、大きな災害があった時に建てられたものらしい。今となっては、ただの邪魔な壁だけどな」


 ロッザスとルーネルに先導されながら歩き、俺達は壁を見上げる位置にまでたどり着いた。壁は間近で見ると傷や汚れが多く、少なくとも数十年は風雨に晒されていると思われる。


 鉄の扉は、俺の身長を優に越える大きさだった。どんなに大きい荷物を運び込んだとしても、この入り口で引っ掛かることはないだろう。意外だったのは、この大きさにも関わらず、門番のような人間がいないことだった。ルーネルにそのことを問うと「必要ないからでしょ」と即答された。


『ラヴィリアは平和な都市なのでしょうね』


 昔の災害ついては少し気になるが、アイの言う通りなのだろう。


 入り口を抜けると、そこは石畳を敷いた広場だった。歩く人々は疎らで、どこか急いでいるように見える。旅人風の格好をした男女が数人、俺達と入れ替わるように外へ出ていった。

 遠くに目を向けると、数十メートル離れた場所に大きな石造りの建物が見えた。一際目を引くのはその堅牢な建物だが、レンガや木造の比較的小さな建物も、数えきれないほど軒を連ねていた。

 

「あの一番でかいのが、アーニアスの本部だ。出入口に近い方が何かと便利だからな。ちなみに、もう一つの探索者ギルドはラヴィリアの端、こことは真逆の位置にある」


 俺達は迷わず、最も大きなその建物に向かう。三階建てのギルド本部は、来るもの拒まずといった風に佇んでいた。ちょっとした階段を登り、広い玄関を抜けると、人口密度が急激に上昇した。恐らくほぼ全員が探索者なのだろう、俺達には目もくれずに、それぞれの世界に没頭しているようだった。


 人混みの奥に半円状のカウンターがあるのが見えた。どうやらあそこが受付らしい。ルーネルが身振り手振りでそちらを示している。俺も付いていこうと一歩踏み出したとき、突如肩を掴まれた。


「よっ、期待のルーキー。おっと、すまない。君は見たことのない顔だな」


 野太い声に似つかわしい短髪と顎ヒゲ、そしてやけに筋肉質の男が俺の背後に立っていた。


「ロンベルさん!」


 ルーネルが上擦った声で叫ぶ。訳もわからないが、思わず俺もギクッと飛び上がる。


「なんでここにいるんですか?」


 ルーネルの問いに、ロンベルと呼ばれた男は薄く笑いながら答えた。


「俺がここを出入り禁止にされるとしたら、よっぽどの緊急事態だな」


『ストラ様、一応、警戒はしておいた方がよろしいかと』


 何故だ、と問う前にステータスウィンドウが表示された。



[ステータス]


名称:ロンベル

性別:男


体力:A+

総魔力量:2680

攻撃力:A+

耐久力:A-

魔導力:C

敏捷性:B


スキル:スタミナ(体力上昇)

    豪腕(攻撃力上昇)

    堅盾(耐久力上昇)

    ????



『このロンベルという男、常人ではありません』


 俺は唾を呑み込んだ。


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