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第二話『ダンジョンマスター』


「ところで、あなたのことはなんと呼べばいいのかしら」


 それを今、考えているのである。


 この少女には、俺の左目(自称アイ)の言葉が聞こえていない。俺は、二重の質問に煩わしさを感じながらも答える。


「好きにしてくれ。名前なんて今は正直どうでもいいんだ」


『では、ご主人様とお呼びすればよろしいでしょうか』


 アイが言う。前言撤回、なんだか気持ちが悪い。そもそも俺と俺の左目の関係は主従関係といってよいのだろうか。肉体の動作は俺が支配している、と少なくとも俺は思っているが、精神的にはこいつに支配されている感じが否めない。


「ここはストラウスの迷宮(ダンジョン)だから、ストラっていうのはどう?」


 少女が言う。ストラか。まあ、問題はないだろう。というか、俺の名称の前に、この少女の名前を聞いていなかった。


『声で伝えなければ、この女の子には伝わりませんよ』


 わかっている。お前と会話していると、こっちの調子が狂ってくるんだ。


『失礼、マイマスター』


 アイからどう呼ばれるかは、ひとまず置いておく。


「俺の名前はそれでいい。それで、君の名前を聞いていなかった。名前を知らないと、俺も呼び名に困るんでね」


「私はルーネルよ。よろしく」


『ステータスを更新しますね』


 即座にアイが呟いた。視界のウィンドウが一瞬だけ暗転し、再び表示される。



[ステータス]


名称:ルーネル

性別:女


体力:B

総魔力量:750

攻撃力:C+

耐久力:D

魔導力:C

敏捷性:B+


スキル:疾風(敏捷性上昇)



 このステータス、説明も無しに現れるので、どう扱えば良いのか困惑しているんだが。


『では、大まかな説明をしましょうか』


 頼む。できれば手短に。ルーネルの俺を見る目が徐々に鋭くなってきている。


『このステータスウィンドウは、私の独断と偏見で表示しています。とはいえ、根拠もなしに出鱈目なステータスを示している訳ではありません』


 その根拠とは?


『魔力の流れ、とでもいいますか。ストラ様は記憶を失っているので理解し難いと思いますが、この世界は魔力という力で成り立っているのです。魔力は、生命力であり、意思の力であり、万物を構成する第一のファクターです』


 論理的な理解はできないが、その説明の大枠は頭の中で整理されているような気がする。神経が繋がっていることで、情報の共有がスムーズになっているのだろうか。


『魔力とは何か、という問題について説明すると哲学的な話になってしまいますので、省略します。魔力は、あらゆる現象に関与する因子である、とだけ理解して頂ければよろしいかと』


 俺は頷く。アイでさえ完全に分かっていない問題を考察する意味はない。


『その魔力の流れを感知することで、対象の性質をある程度の範囲で知ることができます。もっとも、能力のない者にはそのような芸当はできません。この能力を高い水準で使える人間は、ほんの一握りでしょう』


 つまり、そうやって感知したデータを、独断と偏見で絶対量として表示しているということか。


『そういうことです。……ところで、先ほどからルーネル様の視線が痛いのですが』


 それはアイに言われるまでもなく気づいていたが、ステータスウィンドウを見るためにはどうしてもルーネルを凝視する格好になってしまうのだから仕方がない。


「そんなにじろじろと見て、私の顔に何かついているのかしら」


 蔑むような視線を向けてくるルーネル。俺はどうすれば良いのだろうか。


『私の存在を明言するのは避けた方がよろしいかと。どうやら私はこの世界ではイレギュラーな存在らしいので』


 ああ、記憶喪失の俺でもわかる。自分の目が別の人格を持っているなんて、異常以外の何ものでもない。例え伝えたとしても信じないだろう。というか、お前は本当に俺の左目なのか?


『何度でも繰り返しますが、信じてもらうほかないです。それより、ルーネル様の問題を解決することが先決です』


 わかってる。しかし、ステータスウィンドウのせいでどうしてもルーネルの方へ視線が向いてしまうのだ。


『でしたら、ウィンドウ表示を消しましょうか』


 できるなら先に言ってくれ。


『失礼しました。では、今後ストラ様が不必要だと感じたときには、非表示にさせていただきます』


 そうして、ステータスウィンドウなるものが左目の視界から消えた。しかし、ルーネルの俺に対する印象は、依然として地に落ちたままである。改善できるとも思わないが、このままでは居心地が悪い。


「なあルーネル、俺には記憶がない。だから俺にとって、いわば初めて見た君という人間が特別なんだよ。君のことを見つめてしまって申し訳なかった」


「気持ち悪い」


 一蹴された。


『客観的にみても気持ちが悪かったですね。マイマスター』


 お前は俺の一部だろう。それは客観的というのか? 

 

「そんなことより、あなたはここを出たくないの?」


「そりゃ出たいに決まってる。だから......お願いします。俺をここから連れ出してください」


「それは、あなたも戦闘に参加するということでいいのかしら」


 こうなったら、腹をくくるしかない。他に選択肢はないのだから。


『大丈夫です、ストラ様。私がサポートします』


 アイが俺の左目だとはいまだに信じられないが、俺にだけ聞こえる声がその傍証になっている。もしそれが事実だとしたら、たかが左目のアイが頼りになるとは思えない。でも、一人だけよりは心強い。


「わかった。俺も戦う」


「そうと決まれば、早速行きましょうか。ここで話していても時間の無駄だわ」


 ルーネルはそう言ってこの部屋の出口に体を向けた。深い迷宮へと続く入り口は、暗闇に包まれている。


「真っ暗だな。こんなのどうやって進んだらいいんだ?」


「これを使うのよ」


 ルーネルは地面に転がっている石のようなものを拾い上げた。今まで気が付かなかったが、その石はぼんやりと発光していた。


「魔光石よ。魔力を与えると光る石ね。与える魔力量によって光度が変化するから、照明として使い勝手が良いのよ。探索者の必需品だわ」


 そんなことも知らないのかとでも言いたげな眼差しで説明される。親指ほどの大きさを持つその石は、ルーネルが拾い上げたものの他にも、大量に地面に転がっていた。


「ああ、だからここは明るかったのか」


「私が撒いたのよ。得体の知れないものと遭遇したときは、周囲に魔光石を展開して視界を確保する。これも探索者の鉄則」


 なるほど合理的である。不審者呼ばわりはまあ致し方ないとして、俺は試しに足元に落ちていた魔光石を取り上げてみる。左目のウィンドウが表示される。



[ステータス]


名称:魔光石

許容魔力量:4

魔力量:1



 人物を見たときよりのも幾分簡素なステータスが表示される。


『許容魔力量は、その石が蓄積できる魔力の最大量です。現在の魔力量は1ですね。魔力は絶対量表示ですが、私とストラ様の合計魔力の値を10000として算出しています。』


 10000というのは多いのか? 


『現時点での私の考えですが、恐らく人間としては規格外でしょう。ストラ様のステータスでは扱いきれない量です』


 オールDだからな。逆にお前は制御できるのか?


『いいえ。私は一介の眼に過ぎないので、莫大な魔力を一度に制御することはできません。魔力とは、保有している時点では負担は少ないですが、使用する際に術者の体に負荷をかけるものなのです』


 つまり、持っていてもそう多くは使えないということか。ますます俺とお前が何モノなのか分からなくなってきた。


 困惑していると、ルーネルが大声で言った。


「ぐずぐずしてないで、早く行くわよ」


 ルーネルは、腰のポーチから円筒形の何かを取り出した。同時にその筒から光線が発した。どうやらそれも魔光石らしい。


「こっちが私がメインで持っている照明。そっちの石みたいに発散する光じゃなくて、一方向に集束するタイプね。もう一本持ってるから、あなたにも貸してあげる」


 ルーネルの魔光石を受けとる。ずっしりとした重量を感じるが、手に馴染むサイズなのもあって、取り回しは良さそうだった。 


 

[ステータス]


名称:魔光石

許容魔力量:50

魔力量:0



 こちらの方が大きいせいか、許容魔力量が多い。光を発していないので、充填されている魔力量はゼロである。これ、どうやって魔力をいれるんだ?


『私がやりましょう。ストラ様は感覚を覚えておいて下さい』


 アイの言葉の直後、石を持っている右手を水が伝っていくような感覚があった。と思うと円柱の魔光石の先が光り、真っ直ぐな光の軌跡を宙に描いた。これが魔力を使うという感覚か。


『石の結晶構造によって、このように特異的な光の配向を示すようですね。大変興味深い現象です』


 俺としてはどうでも良いのだが、アイは好奇心が強いようだ。


『この世界は謎と驚きに満ちています。素晴らしいとは思いませんか?』


 それよりも俺は自分の記憶の謎を解き明かしたい。


『そうですか』


 心なしかアイは寂しそうにそう言った。


 ルーネルが魔光石を掲げ、暗闇の中へ一歩踏み出した。俺も照明を前方に向けて後に続く。道幅は二メートルもなく、土煙の匂いとひんやりとした冷気が辺りを取り巻いていた。


 魔光石の明かりは眩しいくらいだったが、道がうねるように曲がっているので、先がほとんど見通せない。枝道がいくつかあったが、ルーネルは迷うことなく進んでいく。


「そういえばあなた、体調に変化はない?」


 前を向いたままルーネルが俺に言った。


「変化? ……いや、頭が痛いとかそういうのは今のところ大丈夫だけど」


「逆に体が軽く感じたりはしない?」


「それもないよ」


 考えてみれば、左目が意思を持つ生命体に置き換わっているのだから、体に変化が無い方が不思議である。もっとこう、強烈な違和感を感じるのが自然だと思うのだが。


『私達は相性が良いのですね、ご主人様』


 胡散臭い。


「でも、どうしてそんなことを聞くんだ?」


 俺の質問に、ルーネルは大して興味もなさそうな口調で返す。


「ダンジョンマスターを倒すと、体に何かしらの変化かみられるはずなの。状況的にみてあなたが倒したんだと思うけど」


「その、ダンジョンマスターっていうのは何者なんだ?」


「一から説明するのは難しいけど、要はその迷宮の主のことよ。最も魔力が強くて、迷宮内を支配している魔物。迷宮によって形は様々だけど、他の魔物に比べて段違いに手強いっていう点は共通してるわね」


「俺がそんなのを倒したってことか」


 全く実感が湧かない。そもそも記憶がないのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。


「あくまで可能性が高いというだけよ。あなたが来た時にはもうダンジョンマスターがいなかったっていう可能性も少なからずあるわ」


「ああ、そっちの方が納得できる」


「あなたの記憶が無いのなら、あれこれ考えたって意味はないけれど。……とにかく、ダンジョンマスターを倒すことで、何かしらの能力を得ることができるのよ」


「能力?」


「一般的にはスキルと呼ばれているものよ。ダンジョンマスターの強力な魔力が解放されることで、近くにいる人間の肉体に影響を与えるって解釈されてるけど、仕組みは私にもわからない」


 そういえば、ルーネルのステータス欄にスキルという項目があったな。確か……


『私が疾風と名付けたスキルですね。敏捷性の上昇、つまり、体が軽くなる効果を持っています』


 ネーミングセンスはどうでもいいとして、アイはスキルの有無も判別出来るのか。


『スキルを持っている人間は、纏う魔力の質が若干異なっていますので。それよりストラ様、前方に複数の魔力反応があります。数は恐らく三体かと』


「三体?」


 思わず声に出してしまった。ルーネルが振り向く。


「どうしたの?」


「いや……」


『敵です。ルーネル様の実力なら問題はないと思われますが、数が少し厄介ですね。ストラ様、気を付けて下さい』


 気を付けるっていったって、具体的に何をすれば良いんだ。取り敢えず、これをルーネルに伝えた方がいいのか?


「ルーネル、敵だ。前方に三体……らしい」


「急に何よ。それに、『らしい』って」


 そう言いながらも、ルーネルは短刀を抜き出して警戒モードに入った。魔光石で前を照らし、急カーブを描く道の先を凝視する。


「言っておくけど、あなたの事は信用してないから。妙な真似をすれば、腕一本くらい吹き飛ばすわよ」


 怖い。もとよりそんなつもりはないが、変な気を起こさないようにしよう。


『ストラ様、来ます』


 アイの言葉が終わらない内に、洞窟内を一迅の風が吹き抜けた。はっと思う間に、三つの黒い影が視界に入る。人間の様な形の真っ黒な影だ。しかし、絶え間なく輪郭が蠕動しており、固体ではなくガスのような質感をしている。



[ステータス]×3


名称:???

総魔力量:65

攻撃力:E+

耐久力:E+

敏捷性:D



 ステータスを読み込む余裕も、頭でアイと会話する余裕もなかった。俺は魔光石をポケットに突っ込み、ルーネルに貰った短刀を強く握りしめる。ルーネルは小さな魔光石を周囲にばら蒔いた。石が散乱する乾いた音がこだまする。


「まさか本当に、数まで当てるなんてね」


 ルーネルが呟く。同時に不定形の魔物に斬りかかった。しかし刀が触れる直前、魔物の黒い影が斬撃を避けるように形を歪めた。空振りに終わった格好のルーネルが体勢を整える前に、もう一体の魔物が腕を伸ばす。黒い腕がルーネルの首を掴んだが、瞬く間にそれは短刀によって切り落とされた。


 腕を失った魔物は、それでもダメージを受けているようには見えなかった。ゆらゆらと揺れる影が二つ、ルーネルを挟んで浮かんでいる。魔物には眼も顔も無いが、もう一体の魔物が俺の方を向いたような気がした。


「ごめんなさい、もう一体は自分でどうにかして」


 冗談だろと言いたいところだが、どうしようもない。


『正攻法では無理でしょうね。私が指示しますので、ストラ様は安心してください』


 信頼できるのかできないのか判然としない。だが、やるしかない。


『武器を構えて下さい。攻撃が通らなくても、身を守ることはできます』


 黒い魔物が俺に向かってきた。滑るように近づいてくるその姿は、まるで死神のようだった。震える右手を正面に翳し、迎え撃つ。揺らめく影との距離がゼロになった時、俺は右腕を振り下ろした。


 不思議な感触だった。固い物に刃を押し当てたというよりも、目に見えない風が押し返してくるような感覚。磁石が反発するように、俺の持つ短刀と魔物との間に確かな力が働いている。これが魔力の感触か。


 力の差ははっきりとしていた。少しでも手の力を抜けば、押し負けてしまう。そう感じるほどに、俺は無力だった。


 不定形の魔物はその影を伸ばし、腕のような物体を形作る。ルーネルに対してやった様に、俺の首を絞めるつもりのようだった。


『ストラ様、避けてください』


 簡単に言ってくれる。俺だって必死なんだよ。


『重心を低くして、横に避けるんです。そのあとは出来るだけ魔物から遠ざかってください』


 アイの言った通りに行動するが、刀を引く動作が手首に強烈な負担を与える。歯を食いしばりながら痛みに耐え、なんとか魔力の圧力から解放されると、俺は全力で駆け出した。息をつく時間が一秒でも多く欲しい。


 ある程度距離を取れたと思ったところで振り返ると、魔物がゆっくりと俺を追いかけてくるのが見えた。舐められているのだろうか。……アイ、次はどうすればいい?


『魔光石を持って下さい。私が魔力を充填します。そのあとは、私が示す方向に走って魔物を誘き寄せて下さい』


 理由を考えることもせず、俺はポケットに入った円柱の石を左手で捻り出す。魔力を注ぐ感覚を味わいながら、ジリジリと近づいてくる黒い影を凝視した。


『ストラ様、目印通りに移動を』


 突然、地面の上に緑色に光る線が現れた。その線は俺のいる場所から、魔物を避けるようにカーブしてその向こう側まで続いている。試しに左目を一瞬閉じると、緑の線は消えた。俺にだけ見える道標ということか。


 今度は魔物の方へ向かっていくようなものなので、緊張の度合いが違う。俺は再び走り出した。緑の道筋はしっかりと網膜に焼き付いている。大丈夫だ、と自分に言い聞かせながらも、たった数十メートルの道のりは、異常に長く感じる。魔物は俺の動きに反応し、軌道修正しながら近づいてきた。その動きが先ほどよりも速くなったような気がする。凝縮された時間の中で、ルーネルが踊るような動きで影の間をすり抜ける瞬間を見た。どれくらいの時間が過ぎたのかわからないが、いまだに手こずっている様子だ。


『自分の事に集中を。もうすぐ終わります』


 わかってる。だからこうして今も足を動かしているんじゃないか。


 気づくと俺は、アイが描いた線の末端に到達していた。絶えず輪郭を変える影は、数メートル先に浮かんでいる。


『あの魔物の中心に当たるように、魔光石を投げて下さい』


 どこが中心なんだ、という無粋な問いが口から出かかったが飲み込んだ。しかし、考えた時点でアイには筒抜けである。もうそんなことを考えている時点で無駄だ。


 魔光石は直視することも難しいほどに輝いている。俺は無心で光る魔光石を投擲した。自分でも驚くことに、石は吸い寄せられる様に黒い影の中心に向かう。そして魔物に当たった瞬間、煌めきが増幅して視界がホワイトアウトした。


 一拍子遅れて爆音が鳴り響く。熱風が押し寄せる。爆発? その一瞬で視覚も聴覚も見失う。唯一、意識だけは研ぎ澄まされたようにはっきりとしていた。


『失礼、事前に注意を促すべきでしたね』


 鼓膜が張り裂けそうになるほどの衝撃に、耳鳴りがまだ続いている。それなのに、アイの言葉は明瞭だ。


『魔光石に限界まで魔力を籠めました。魔力の塊である魔物にそれを投げつけることにより、石の許容量を急激に越えた魔力は行き場を失い、爆発現象を引き起こします。もっとも、これをするにはギリギリまで石に魔力を充填する繊細な技術が要求されますが』


 このタイミングで解説するのか。脳内で会話しているとはいえ、理解が追いつかない。


『どうですか、目と耳は徐々に回復してきましたか?』


 ああ、だいぶ戻ってきた。


 視界が薄茶色に染まっているが、それは土埃が大量に舞っていることが原因だ。耳鳴りはいまだ残っているものの、その音量は小さい。


 爆発の余韻の中、ごほごほという咳の音と足音が近づいてきた。目を凝らすが、霞がかってよく見えない。


「ストラ、あなた何をしたの?」


 どうやらルーネルがそこにいるようだった。


「そっちは大丈夫だったのか?」


「ええ、あんなの余裕よ。あなたがいなければ、もっと早く終わってたわ。それより今の爆発、あなたがやったの?」


「えーと、俺と言えば俺なんだけど、この結果は予測していなかったというか……」


「なんだかはっきりしないわね。あなたまだ寝ぼけてるの?」


 ルーネルの呆れ顔が目に浮かぶ。言い訳を考えるのも億劫だ。


「それにしても、視界最悪ね。魔光石を使ったって見通せそうにもないわ。ストラ、試しにあなたの魔光石も点けてみて」


「ごめん、俺のは爆発した」


 数秒間の沈黙。その後、ルーネルは言った。


「どんな使い方したら爆発するのよ。限界を越えて魔力を入れたって普通、割れて終わりでしょう。……あとで弁償してもらうからね」


「……ごめん」


 数分後、土煙がほぼ収まり、爆発の被害が視認できるようになった。そして俺達は、迷宮の壁に空いた巨大な穴を発見した。魔物を巻き込んだ爆発は壁を破壊し、その奥に存在した通路への入り口を作ったようだ。迷宮の天井が崩落しなかったのは、不幸中の幸いとしか言い様がない。


「ほんとにめちゃくちゃするわね。規約違反も甚だしい」


「規約って?」


「その話は外に出てから。……え、この先ってまさか?」


 ルーネルが穴の先の通路を覗き込みながら言った。俺も釣られて見るが、特に目立つようなものも無い、ただの洞窟だ。


『この穴は、迷宮の出口へのショートカットです。さあ、行きましょう』


 ショートカット? つまり、元々あった通路同士を無理やり繋いで、出口を近くしたってことか。でも、そんなこと狙って出来るものなのか?


「ストラ、あなたこれを狙ってやったの?」


「いや、狙って出来るような事ではないだろう」


 口に出した瞬間、自分のミスに気付いた。


「ふうん。あなた、ここが距離的に出口に近いと分かっていて爆破したのね。それが『狙っても出来ない事』だってわかってるんでしょう」


 ルーネルが俺を睨む。異常に圧を感じるのはそのつり目のせいだろうか。


「あなた、何者なの?」


「それは俺自身が訊きたいよ」


 お前は何者なんだ? 半ば自暴自棄になって発した問いには、答えなど期待していなかった。しかし、予想外の回答が頭の中に流れた。


『申し遅れました。私は、この迷宮のダンジョンマスターです』


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