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拝啓、大切な貴女へ

作者: 雨滴

大切な貴女へ

拝啓。桜の若葉が美しい季節になりました。貴女は天国そちらでいかがお過ごしでしょうか。私は周りに風邪が蔓延していても一人ぴんぴんしていて、馬鹿だけじゃなくて天然も風邪を引かないのかと笑われる始末です。

貴女の最愛の彼なのですが、今でも貴女を忘れる時は無いようです。しょっちゅう貴女の得意料理だった和食をねだられ、作った事もない料理のレシピ調べから、おおわらわです。休日に二人で出掛けると、彼の日本人には稀に見るレディファーストぶりを見れるのですが、一つ一つの丁寧な心配りに貴女の影がちらつき、いつも少し複雑な心持ちになります。

彼は今でも彼に私のことを頼んだ貴女の最後の言葉を忠実に守っていますよ。もちろん私も彼を支えるという貴女との最後の約束を違えることは決してありません。

あれから、もう三年の月日が経つんですね。それでも、貴女という存在を失った心の穴を埋めようと互いの姿に貴女の影を探すことを止めることは当分出来そうもありません。

いつかは、貴女が懐かしいだけの想い出になる、そんな日が来るのでしょうか。願わくは私にも彼にも、そんな日が訪れることのないことを。

敬具


カタリ。亡くなった従姉妹への手紙を書き終え、ペンを置いた。何度も言葉を悩みながら、いつの間にか没頭していたらしい。窓の外を見上げるともう月が傾き始めた頃だった。


鳴り響く目覚まし時計の音に引き摺られ、意識が浮上する。睡眠が足りていないと脳はしきりに訴えているけれど、彼の朝食とお弁当作りを放り投げる訳にはいかない。重たい目蓋を擦りながら、台所へ向かった。


朝は二人とも暖かいカフェオレを飲む。甘党な彼のカップには蜂蜜をひとさじ。彼の分のトーストはマーガリンを塗り、ふりかけをかけて焼く。私の分は、焼き終えてから薄くマーガリンを塗る。彼が飲むインスタントの味噌汁と、私のオニオンスープをお湯の中へ。

完全に洋食な私と違い、随分とちぐはぐな和洋折衷である彼の朝食。けれど彼女と違って私は、和食派な彼のために朝から手の込んだ和食を作るような細やかな優しさは持ち合わせていないのだから、仕方がないのだ。彼も朝はこれで納得してくれている。その代わりに。

「あ、ねえねえ。今日の夕飯、鯖の味噌煮がいいな」

朝食を食べながら、時折行われる夕食のリクエストはいつも随分な無茶振りである。私は鯖の味噌煮を作ったことなんて一度だってないのだ。


「はい、お弁当ね」

「ありがとう。それじゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

玄関先で彼を見送って、ほっと一息ついた。これで寝れる。柔らかな布団が寝不足の身体を包むと、瞼があっという間に重くなる。すぐ眠りに落ちた。



中々の出来だった鯖の味噌煮を食べ終え洗い物をしていた時、彼は机の上に置いてあったそれに気がついたようだった。

「……これ、手紙?宛先も書いてないけど」

「彼女に渡そうと思って。明日、貴方も休み取ったでしょう?」

「当然」

彼は笑顔で答えた後、ふと思案顔になり沈黙した。そして暫く経った後、不意に口を開いた。

「ねぇ。その手紙さ、俺も書いて一緒に入れていい?」

構わないと返事をしようとして、手紙を書き終えた時の傾きかけた月を思い出した。

「別にいいけど、今から書くの?」

「そうだよ」

何か問題があるだろうかと言うようなきょとんとした顔の彼に伝えた。

「明日早いし、あまり夜更かしはしないでね」

「そこまで時間掛けるつもりはなかったけど……そんなに掛かったの?」

予想外だと言わんばかりの丸い目。私は苦笑した。

「まぁ……夜更けまで」

私は文を書いていると時間を忘れてしまう性質だから、仕方あるまいが。

「多分、そんなにかからないとは思うけど、一応今から書いてこようかな」

そう言って彼は立ち上がった。

「私今日は早めに寝るつもりだから、先に寝てるよ」

「うん、お休み」

「お休み」


静かでどこかひんやりとした空気の漂う部屋の中。一日前には女性が一心不乱に手紙を書いていた机に今夜は男性が向かっている。彼は真っ白な便箋にペン先を滑らせた。

ーー母さんへ。

お読みいただき、ありがとうございました。いかがでしたでしょうか。もし最後で騙された、と思った方がいらっしゃったら、よろしければ読み返してみてください。あらすじに書きました通り、優しくて暖かい話になっていれば良いと思います。

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