ラスト5行でGet Wildが流れ始める小説
かくして俺は無職になってしまった。
大学生の時にまじめに就職活動をしなかった結果、ブラック企業に就職するはめになった。この会社から内定がでたときに『家から徒歩10分だし、引っ越ししなくていいし、就職活動めんどくさいし、もうここでいいや』と思って、二つ返事で入社を決めた。手作り感あふれる会社のホームページと、「アットホームな会社です!」のキャッチコピーがいささか気になったが、見なかったことにするふりをした。なにしろ、もう就職活動をしたくなかったから。
それが大きな間違いだった。
自称アットホームなその会社では、パワハラ、いじめが横行していた。陰でこっそり横行していたというよりは、それらの営みは公然的に行われていた。
例えば新入社員のMくんは、人見知りで挙動不審なところがあった。掃除の時間にちりとりを持ってみたものの、どうしていいのか分からなくなったらしく、所在なくあたりをうろうろしていた。それを見かけた課長が発した一言が衝撃だった。
「なんだそれ?ちりとり音頭か?おい、真ん中でみんなの前で踊ってみろよ」
クスクスと笑う周囲の社員。なんだこれは。愕然とした。
Mくんは歪んだ笑顔で話題がすぎるのを待っていたが、課長はしつこかった。結局、掃除をしている社員の前で、ちりとり音頭を踊るはめになった。Mくんは「これはいじめではない」ということを事実化することに協力する姿勢をみせ、おどけながらちりとり音頭を踊った。その目には涙がにじんでいた。
そんなアットホームの概念を根底からくつがえすブラック企業っぷりだが、ブラックなのはそれだけではない。残業代だって、20時間までしかきちんと支払われなかった。
「仕事の効率が悪いやつが、仕事の効率がいいやつより給料もらうなんて、おかしいだろう」
というのが課長のいいぶんだった。しかし仕事の効率がいいやつには、もちろん追加で仕事がふってくるのであった。
残業代はでないくせに、なぜかタイムカードは切った。このデータは何に使われるのか謎だった。
Mくんのちりとり音頭は、掃除時間の定例行事になっていった。俺はちりとり音頭を16回見た時点で、もうだめだ。こんなアットホーム耐えられない。そう思って辞表を提出した。
自分はまだ大した戦力ではなく、仕事の切りも良かったこともあって、辞表を出してから二週間ほどで、会社をやめることができた。みんなから冷たい目線を送られながら、俺は会社を後にした。
というわけで、冒頭に書いたとおり、俺は無職になってしまったのだ。
しかし。俺はこのままで終わらせるつもりはない。アットホームの概念を取り戻すために、俺はまだ戦わなければならない。
土曜日の深夜3時。月のない空の下、俺はあの会社へと向かう。
会社につく。外側から窓を眺める。電気はついていない。よし、誰もいない。いくらブラックといえども、さすがにこの時間には仕事をしていないか。
俺はポケットの中から、鍵を取り出す。会社をやめる前に、総務部のロッカーから抜き取り、こっそり複製をとっておいた鍵だ。俺はその鍵で、会社の入り口のドアを開ける。
部屋の中は真っ暗だ。俺は懐中電灯であるものを探す。社員全員分のタイムカードと、給与明細だ。来週が給料日なので、給与明細は経理のTさんのロッカーの中にしまっているのを知っていた。俺はそれらをカバンにつめこみ、こっそりと会社を抜け出す。
「これで残業代未払いの不正を明るみにできる。誰かが、誰かが止めなければならなかった。それがたまたま、俺だったというだけだったんだ……」
〜 ここでGet Wildが流れ始める 〜
俺はカバンを強く抱きしめ。
この中に詰まっているのは、あの会社に務める社員の未来だけではない。夜にはびこるブラック企業に務める、社員たちの未来も詰まっているのかもしれない。
俺はこれのコピーをとって、新聞社やら週刊誌やら労働基準局やら人気ユーチューバーやらに送りつける。俺の叫びを、ブラック企業に務める社員の叫びを、Mくんの叫びを、世界に届ける義務があるんだ。
俺は決意を新たに顔をあげる。
その俺の背中の後ろで、あのブラック企業のビルが大爆発する。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。