四日目 無力と予兆
ゲームの世界での生活四日目の昼。
俺とヒナをゴブリンの群れから助けてくれたテレシアさんとロストさんの隠れ家で一休みしていた。
「ゴブリンの群れから
助けていただきありがとうございます」
「ありがとうございます」
俺とヒナはテレシアさんとロストさんに頭を下げてお礼の言葉を言った。 頭を下げている俺達の耳に、ロストさんが紅茶の入った木のコップをテーブルに置く音がした。
「頭を上げてください お二人共」
落ち着いた女性の声が頭上からした。
「分かりました」
俺とヒナは頭を上げた。 テレシアさんは気まずそうにしている俺とヒナに微笑んだ。 テレシアさんはロストさんに匹敵するぐらいの美貌を持つ蒼髪に水色の瞳の少女である。
「そうえば、見たところあなた達は冒険者のようだけど、見たことの無い武器と防具をつけているのね」
テレシアさんは俺とヒナの防具や武器を物珍しそうに見て言った。 その言葉を聞いた瞬間、俺の頭に、いや、全身に電流が走るような感覚に陥った。 それは無理もない。 自分達がつけている装備はすべてこの世界にあるはずの装備なのだから。しかし、こんな装備は知らないという。 謎だ。
「そうなんですか?」
「えぇ、この世界にある武器や防具の事はすべて私の頭の中にありますので」
サラリと凄いことを言うテレシアさん。 ん? てことはテレシアさんってめっちゃ凄い人?!
「あ、あの、テレシアさんは何故、武器や防具に詳しいんですか?」
「それはね、私は今までに低級武器から伝説級武器を自身の目で見てきましたので」
「え、ほんとなんですか?」
「えぇ、そうです。 ですが、あなたが持つ弓と今身につけている黒色のコートなどは見たことがありません」
「ならこれはどうですか?」
俺はコートで隠れていた腰にかけられた破邪の魔銃剣を取り出して見せた。
「そ、それはどこで手に入れたんですか?!」
テレシアさんは机を強く叩いて身を乗り出し言った。
「えーと、これは破邪の幻双竜ファントムから手に入れた武器です」
「やはり、ファントムから手に入れたものですか.... しかし、おかしいですね? 何故、ファントムが倒せてゴブリンは倒せないのですか?」
「グッ」
痛いところを突かれた。 何故なんだろうか?なぜ、勝てないのか? それは多分、ゲームとは違うから。 ゲームなら一度死んでもまだチャレンジできる、だけどここは本物の世界だ。 だから、死んだら終わり。ゲームっぽく言えばゲームオーバー、リアルでいうと死亡。 恐らく、恐怖しているのだ。死ぬことを恐れている。
「まぁ、それはまた聞くとしましょうか。 それより、どうするの? またゴブリンにリベンジでもしに行くのですか?」
テレシアさんは俺の言いにくそうな顔をしていることに気づき、話題を変えた。
「はい、リベンジするつもりです」
「ですが、あなた方だけで勝てるのですか?」
「無理だと思います」
「あら、素直な子ね」
ずっと紅茶を飲んでいたロストさんが空になった木のコップに新しい紅茶を注ぎながら言った。
「ですが、お2人が協力してくだされば、勝てる気がします」
俺は真剣な顔でマジトーンで言った。
「失礼ですが、貴方方に協力するとして、私達には何のメリットがあるのですか?」
「それは、お2人が隠している事を無償で手伝うというのでどうでしょうか?」
「わかりました、協力しましょう。 ただし、私と姫様は支援魔法をかける程度しか手伝いません。それでもいいですか?」
「はい、ただ、ゴブリンの弱点や苦手な魔法を教えてくれればそれで充分です」
俺は破邪の魔銃剣を右腰にかけ、言った。
「それでは行きましょうか」
俺はテレシアさん達にそう言って隠れ家を出ようとすると、
「その前に貴方方の武器と防具を強化させてもらってもいいですか?」
テレシアさんがそう言って俺を止めた。
「強化ですか?」
「えぇ、今のままではゴブリンを倒せません。それにこの先、旅をまだ続けるのであれば、強化した方がいいと思います」
「わかりました、お願いします」
「えぇ、強化は2時間で終了するからそれが終わってから出発しましょう」
「分かりました」
俺とヒナは身につけていた全装備をテレシアさんに渡して、ロストさんが淹れてくれた紅茶を飲みながら2時間経つまで暇を潰していた。
☆☆☆☆
そして、2時間が経った。 もう外は暗くなり、千里眼や俺達の世界にある暗視ゴーグルがない限り見えないほどに外は暗い。俺とヒナは、テレシアさんが強化してくれた装備を身につけ、同じく装備を身につけたテレシアさんとロストさんと共に隠れ家を出た。
「所で、俺の千里眼じゃゴブリンが見つからないので、お願いしてもいいですか?」
俺はテレシアさんにお願いしてみると、
「大丈夫ですよ、貴方がつけていた黒邪の指輪にスキルアップ+10付けましたので」
「まじですか?! スキルアップ+10ってそうそうついてませんよ?!」
スキルアップ+10はレジェンダリーウェポン級にしか付いていない最強のスキルである。
俺は早速、『千里眼』を発動させた。 すると、森すべてのモンスターが見えた。そして、目標のゴブリンの群れも見つけた。 まだこちらに気づいていないらしく、火を囲んで踊っている。
何かしらの儀式なのだろうか?とそんな事を考えていると、突然、テレシアさんが声を上げた。
「人がいます! 場所はゴブリンの群れが囲んでいる火の上の木です!」
「え?! なんでわかるんですか?!」
俺はテレシアさんに言うと、
「私には、生者を見通す眼を生まれつき持っているんです。 貴方方を見つけれたのもこの眼のおかげです」
テレシアさんは森を駆け抜けながら言った。
「ちょ、速っ?! テレシアさんとロストさん、速すぎ?!」
テレシアさんとロストさんは『神速移動』を使ってもいないのに、俺達よりとても速い。
「遅いです?! 早くしないと間に合いません?!」
「って言ってもこれで全力ですよ?!」
俺は叫んだ。
「なら後で来てください! 私は姫様と先に行きますので! 行きましょう、姫様!!」
「んー」
テレシアさんとロストさんはそう言って、一瞬にして、目の前から消えた。 まるで風のように、まるで影をはう怪物のように、そのどちらにも当てはまる動きは俺達には出来ないものだだ。
「クソ、急ぐぞ! ヒナ」
「う、うん!!」
俺とヒナは『神速移動』を全力で発動させて、30分をかけてテレシアさんたちの元へとたどり着いた。 最初に目に映ったのはゴブリンの死体の山。 そして、その奥で膝を折り、小さな子供を抱いて泣いているテレシアさんとテレシアさんと同じく泣いているロストさんが映った。 テレシアさんが抱いている子供の小さな右手が力なくだらんと垂れていた。 そして、小さく可愛らしい顔には沢山の刀傷と火傷の跡。 小さな子供はテレシアさんの手の中で死んでいた。
「テ、テレシアさん....」
俺はテレシアさんに声をかけると、テレシアさんがこちらを振り向いた。 その目は怒りに満ちていた。 俺とヒナを親の仇の様に睨んでいた。目尻には涙が浮かび、歯軋りさせて、息が荒い。
「お前らが、お前らがもっと強かったら!! この娘は巻き込まれなかった! なんで、なんで、そんなに弱いくせに、ゴブリン達を怒らせた?! お前らがゴブリンを狩ろうとしなければこの娘は助かったんだぞ?!」
テレシアさんは叫んだ。 それは無理もない。 元凶は俺達なのだから。 俺達が、ゴブリンを、ゴブリンの巣を狙わなければ、この娘は襲われなかったし、死ななかった。 死なせたのは俺達2人だ。 いや、そもそもこのクエストを選んだのは俺だ。 ヒナは悪くない。 俺だけが悪いんだ。
「う、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺は叫んだ。己の無力さに怒りを込めて。
誰も彼の叫びに悲しむものはいなく、ただただ彼の叫ぶ声だけが暗い森の中に響き続けた。
☆☆☆☆
クロード達がいるエンデュラの森近くの白い館。木々で守られている白の館。そこはかつて強欲の罪を持ちし魔神が処刑された館。 魔神と言っても魔族の神でなく、ましてや魔術の神でもなく、それは魔女の頂点を意味する。 そんな館に陽気な笑みを浮かべる緑髪に黄色目、褐色な肌にちいさな胸を持つ幼い少女と地べたに倒れ伏し緑髪少女を睨む黒髪に茶目の白い服を着た青年がいた。
「君は違うようだね♪」
緑髪少女は無邪気に笑う。笑う。 笑う。まるでおもちゃで遊ぶような笑顔で。
「ふざけるな?! お、俺こそが.....俺が....」
「バイバイ♪ 偽転生者さん」
「魔女が....絶対.....殺し...」
偽転生者と呼ばれた黒髪の青年は
緑髪少女の手によって灰となり消えた。
緑髪少女はテラスの柵に座り、
鼻歌を歌いながら愛しい人を待ち焦がれるように
「あー、早く会えないかなぁ〜♪
私を殺してくれる転生者さんに」
緑髪少女はそう言って外の景色を眺めていた。
次回もよろしくです!