改心します!
“このネタ、温めますか?”という短編集においていた作品です。
ジャンル変更にともない、短編として投稿することにしました。
その昔、大陸を震撼させた一人の女がいた。
彼女はその類い稀な美貌で次々と男達を魅了し、骨抜きにしていったそうだ。男達の誰もが彼女を欲しがり、気づけば大きな戦となった。二つの国と五つの王家を滅ぼし、最期は魔族によって凄惨な死を迎えた女――マリアネラ・アルバラード。
――――五百年経った今でも、彼女の名前は悪女の代名詞となっている。
◇◇◇
昼時の戦争のような忙しさが過ぎると、ここ“波乗りモグラ亭”にも一時の休息がやってくる。
「レジーナ、今日はもう手伝わなくて良いぞ」
テーブルについた汚れを躍起になって落としていると、厨房の中からお父さんのボソッと呟くような声が聞こえた。お父さんは素手で熊を殺せそうな見た目をしているくせに、シャイなのか家族とも小声でしか話さない。……ちなみに、他人には相槌すらマトモに打たない。接客業なのに。
「そうだよ。折角の祭りなんだ、楽しんどいでよ。……マウロに誘われてるんだろ?」
ニコニコしながらそう続けたお母さんは、まるでお父さんの声をかき消すつもりじゃないかと思う程声が大きい。
最後の方は内緒話をするみたいに口元を隠してるけど、お母さんの声は店中に響き渡ってる。
「あー、……うん。一応、一緒に行かないかって言われてるけど」
正確に言うと、マウロとミゲルとフェルナンドの三人からだ。もちろん、四人で遊ぼうという話じゃない。それぞれから所謂“デート”に誘われたのである。
(問題は、誰と行くかなんだよね)
家柄だけで選ぶなら、次期領主であるフェルナンドが一番だ。
彼は容姿も悪くないし、仮にも貴族だからかレディーファーストが身に付いている。デートの場所も洒落たセンスのあるところが多い。しかも、すべて彼の奢り。
(でも身分的に釣り合わないんだよね。愛人とか絶対嫌だし。……今世では人の物は取らないって決めてるし)
何より、女の恨みの怖さは身に染みて知っている。愛人なんて正妻から恨まれそうなポジションは御免だ。
(だからって、ミゲルもねぇ。顔は良いんだけど……)
役者を目指しているというだけあって、ミゲルはこの田舎町では珍しい程整った容姿をしていた。輝くような金の髪も、透き通った青い瞳も、まさに“王子様”といった感じで、町の女の子達がキャーキャー騒ぐのも頷ける。
まあ、その分性格は夢見がちでかなり頼りないが……あれはある程度ダメでも女が食わしてくれるタイプだろう。
(マウロはなぁ。……良いヤツではあるんだけど)
お母さんイチオシの、向かいの肉屋の息子であるマウロは良くも悪くも普通の少年だ。
整っている訳ではないが男らしい精悍さを感じさせる顔は魅力的だし、働き者の次男という、婿に貰うにはピッタリのポジションにいる。ただ、幼い頃から彼だけを見つめている幼馴染がいるのが難点だが。
(誰を選ぶのが一番“無難”なのかしら?)
今世では“清く正しく美しく”をモットーに平凡に生きようと決意している私にとって無難……つまり“危険のないこと”が一番重要だった。
◇◇◇
前世の私――マリアネラ・アルバラードは確かに酷い女だった。男が好きで、お金が好きで、権力が好きで……何より自分が大好きな、どうしようもない性格の“悪女”であった自覚がある。
――――自分が幸せなら、それで良い。
本気でそう思っていた。
私が欲しいと強請った希少な宝石を手に入れるために一人目の夫の国が傾いたときも、親子で私を取り合って王家が一つ滅んだときも、隣国の王と関係を持って戦になったときも。
一度だって、その生き方を悪いと思ったことはなかったのだ。
『貴様の所為で……っ。一体、どれだけの民が犠牲になったと思っているっ!!』
『あら? 私は何もしていないわ。みーんな、“私を幸せにしたい”と言って自分から差し出すのよ。……その命も』
『……っ! この悪魔がっ!!!』
何度言われたことだろう。
私を愛する男達から“美しい”と囁かれる一方で、同じかそれ以上に、私を嫌いな人達から“悪魔”と罵られた。
――――この世界は私のためにあるの。
“傾国”と謳われた美貌が自慢で、貧乏な伯爵家に生まれたのに贅沢が大好きで、自分が世界の中心だと信じていた愚かな私。
だから、あんな最期を迎えるまで、自分が悪いだなんて微塵も思っていなかった。
正直、今の私――レジーナ・コスタの容姿は十人並だ。好意的に言っても、ちょっと可愛いくらいのレベル。前世の私が見たら“同じ生き物なの?”と憐みそうな容姿である。
間違っても、そこそこの良い男達から求婚されるような存在ではない……はずなのだが。
「レジーナ、今日は私に付き合ってくれるのだろう?」
「今日は一段と可愛らしいね、レジーナ。まるでお姫様のようだ。この祭りでは僕だけのお姫様でいて欲しいな」
「……お前が見たがってたサーカスのチケット、手に入れたんだけど。一緒に行かねぇ?」
三者三様のデートのお誘いに、開けたばかりの扉をこのまま閉めたくなった。……まさか、玄関の真ん前で私が出て来るのをずーっと待ってたんだろうか。三人一緒に。
(もう面倒臭いから、一人でお祭りに行って新しい男をつかまえようかと思ってたのに)
レジーナとしても、私はそれなりにモテた。
それが前世から引き継いだ特殊能力なのか、それとも昔の癖が抜けず、ついつい男を見ると如何に貢がせるかを考えて行動してしまう習性――もはや反射と言っても良い――の所為なのかは分からない。
ただ、人間とはなかなか変われないものなのだ。……たとえ、一度死んだとしても。
(前世で懲りてはいるんだけどね。やっぱりチヤホヤされるのは嬉しいっていうか、気分が良いし……。贅沢な生活って簡単には忘れられないものなんだよねぇ)
決して、熱い視線を向けてくる男達が嫌いな訳ではない。それどころか、毎日朝と夜の二回“清く正しく美しく無難な人生を送るのが私の夢!”と唱えなければ、うっかり手当たり次第に男達を誘惑してハーレムを築いてしまいそうだ。
(あーっ、ダメダメ!! 私はもう二度とあんな目には遭いたくないの……っ!!)
前世の最期の記憶がよみがえりそうになり、慌てて頭を振って悪夢を消し去る。……闇のような黒髪も、禍々しい黄玉の瞳も、何一つ思い出したくない。
「マリアネラ」
――――なのに、なぜか私の目の前にはその“悪夢”が人の姿をして立っていた。
◇◇◇
マリアネラ・アルバラードの最後の恋人は魔族の男だった。
それもただの魔族ではなく、魔王の息子だ。“ついに魔族まであの女の毒牙にかかった”……そう噂されていたのは知っている。尤も、そのときの私にはその噂は自分の美貌を褒め称える、ただの賛美にしか感じられなかったが。
あの、“本物の悪魔”が私のもとに来たのはその頃だ。
『マリアネラ・アルバラードだな?』
『ええ、そうよ。私程美しい女が他にいる? ……でも、貴方も綺麗だわ。魔族って本当に“魔性”の美しさなのね』
『大陸きっての美女に容姿を褒められるとは光栄だ。……確かに、お前以上に美しい女は見たことがない』
『ふふっ、正直ね。素直な男は好きだわ。貴方も、私が欲しいの?』
『……我らの王子にまで手を出したのは失敗だったな。お前の処刑が決定した。この大陸のすべての民が、お前の死を望んでいる。俺はその執行官だ』
そこから、処刑に至るまでのことはあまりよく覚えていない。ただ、処刑まで間に私はその魔族の男からありとあらゆる“痛み”を……拷問を受けた。処刑される瞬間を待ち望む程の絶望を与えられたのだ。
ぼんやりと、自分が夢から覚めるのを感じた。
ずいぶんと長い時間眠っていたのか、頭の後ろの方に鈍い痛みがある。悪夢の所為でカラカラになった喉から溜め息と一緒に小さく愚痴をこぼすと、なぜか答えが返って来た。
「……ううっ、嫌な夢見ちゃったわ。最近は全然思い出さなくなってたのに」
「それは残念だな。俺と同じように、お前も常に俺のことを思い出していて欲しかったのに」
「……っ!?」
闇のような黒髪、禍々しい黄玉の瞳……そして、見る者の魂すら奪うような魔性の美貌。
私に痛みと絶望と死を与えた男が、ベッドのすぐ横の椅子に腰掛け、感情の読めない顔でこちらを見下ろしている。
「なっ、あ……っ」
舌が凍り付いたように動かない。
寒くもないのにガタガタと震えだす身体を両方の腕できつく抱き締めた。
――――怖い。
覚えているのだ。
たとえ、レジーナ・コスタとして新しい生を歩み始めていたとしても。この魂が、マリアネラ・アルバラードが与えられた恐怖を覚えている。
「マリアネラ……いや、今はレジーナという名だったな」
男の口から自分の名前が出ただけで気が遠くなるような気がした。
「……長かったな。お前に会えない五百年は、本当に長かった。折角転生させたお前が、また他人の物になっていたらどうしようかと思ったぞ」
ゆっくりとこちらに伸ばされる手を拒む手段はない。
それでも恐怖で凍り付いた口を必死に動かし、なんとか言葉を発することができた。……尤も、無様な程みっともなく震えていたが。
「……て、転生させた?」
魔術の中に“転生術”と呼ばれるものがあるのは知っている。とても高度な魔術で、たとえ魔族であっても簡単に使うことができるようなものではないとも。……それが“禁術”であることも。
「ああ、その所為で魔王にこの五百年監禁されていてな。……お前のいない牢は退屈なばかりだった」
……牢。
その言葉に、私にとっては地獄以外の何物でもない場所を懐かし気に口にする男に、どうしようもない程の恐怖を感じる。
この男は、私を地獄へと引き戻しに来たのだろうか。
「わ、私は……もう、マリアネラ・アルバラードじゃないわ……っ。ただのレジーナよ!」
「違うな。たとえ何度生まれ変わり、その名と姿が変わろうとも……お前は“お前”だ。変わることは、この俺が許さない」
「……っ」
「ああ、だが一つ誉めてやろう。あのときとは違い、今のお前は“清い”ままだな。……これで、お前を俺だけのものにできる」
明確な意図を持ったその手の動きに、男が何を望んでいるのかは嫌でも分かった。拷問ときとは違う方法で私を傷つけようというのだ。
何人もの男を受け入れていたマリアネラとは違う、ただの少女でしかないレジーナではこの男の行為に耐えられない。
(また、死ぬ瞬間を待ち望むような時間が始まるんだ……っ)
私が何をしたっていうの。
前世はともかく、今世では何もしてないじゃない。男を弄んでもいないし、家庭を崩壊させたりもしてない。もちろん、国を滅ぼしてもいない。
“清く正しく美しく”真っ当な人生を送ってきたのに。
「そんなに私が憎いのっ!? 貴方のところの王子を誑かしたから!? 五百年も前の、それも私にとっては前世の話なのに!!」
「…………」
「だいたい、そんな簡単に誑かされる男が悪いのよ! なんで私が一方的に悪いことにされるの!? 女にすぐに騙されるような緩い下半身なんか去勢しちゃえばよかったのよ!!!」
突然怒りを爆発させた私に、男は呆気に取られたように目を丸くした。ほんの一瞬でもこの男の意表を突けた事実に胸がすくような思いだ。
「……くっくっく、小声で怒鳴るとは器用なヤツだな」
「…………」
「まあ、お前のいうことにも一理ある。……お前に触れた男など、全員死に絶えれば良い」
「……私はそこまで言ってないわ」
「が、気に食わんな。“憎い”だと? 俺がこれ程までに愛してやっているというの、その言い草はなんだ」
「…………は?」
「まさか気づいていなかったのか? はぁ……鈍いな。大陸一の悪女が聞いて呆れる」
「ちょ、ちょっと待ちなさい。貴方、私の爪を剥いで、耳を削いで、焼き鏝を身体中に押し付けたわよね?」
動揺のあまり、思わずマリアネラの口調が混じってしまった。
私の中の悪女の知識を総動員しても、彼から受けた拷問に“愛”とやらを微塵も感じることができないのだが。
「ああ……、あのときのお前の悲鳴はどんな楽器よりも美しかったな。何度その唇に触れたいと思ったことか」
「……歯を抜くときに思いっきりこじ開けてたじゃない」
「安心しろ。お前の身体のほとんどは燃やさなければいけなかったが、歯や瞳などの小さな部位は俺が大切に保管してやっている」
「~~~~っ!?」
その悍ましさに、身体中に鳥肌が立つ。
いっそ“邪悪なるもの”として全て燃やされた方がマシだった。この身体はその痛みを知らないはずなのに、引き抜かれた歯が、刳り貫かれた瞳が、剥ぎ取られた皮膚が、じくじくと痛む。
目の前の男から私の血の匂いが漂ってくるような気さえする。
「さあ、そろそろおしゃべりは終わりだ。……俺の愛が信じられないのなら、しっかりとその身体と魂に刻みつけてやろう。永遠に消えない程深く、な」
近づいて来る男の唇はきっと死の味がするんだと、そう思った。
とまあ、主人公が“これからちゃんと改心します! だから誰か助けてー!!”と、ようやく前世の行いを悔い改める話でした。←ホントに?
あっ、別にレジーナはこのあと殺されたりはしませんよ。雨柚が「えっ、死んだの?」とか言ってきたので一応補足しときますね。
きっとレジーナはこれからの人生を、このヤンデレから逃げるために使うんだろうな。……たぶん、逃がしてもらえないけど。
《簡易人物紹介》
・レジーナ・コスタ
自分が大好きで、ややナルシスト気味な主人公。16歳。やや可愛いくらいの平凡顔だが、自らの努力でそこそこの美少女へ。前世スキルの所為か、とてもモテる。しかし、前世の死に方がトラウマになっているので、今世では“清く正しく美しく”をモットーに生きようと決意している。
時々、昔の生活(金持ち時代)を思い出して“やっぱり贅沢って良いな”とか思ったりする欲望に弱い子。男を見ると如何に貢がせるかを考えてしまう。←もはや反射。
・ヴァジム
一応ヒーロー、のはずなヤンデレ魔族。前世で主人公を拷問&惨殺した人。
実は主人公に一目惚れしていたのだが、出会った時点で処刑が決定していたため、魂に転生の呪いをかけて、自らの手で惨殺した。人に殺されるくらいなら自分で殺したかったので。その時に呪いをかけたため、五百年罪人として罰を受けてて、んで、この度目出度く主人公を迎えに来た。