2 未知との遭遇
「****! *****! **! **! ****!」
あー、んー、ん? ちょっと聞き取れないなぁ。モア、スロウリー、プリーズ。
日本語じゃあないね。英語でもないだろう。中国語な感じでもない。ドイツ語とかフランス語とかよく知らないけど、違うだろう。
だって、ここ多分異世界だから。地球じゃないから。
じゃなきゃ、自分、ドラゴンなんかに転生してないッスよぉ。わっはっは!
「**、*********************」
……あー、まいった。何言ってるかさっぱりだ。
おっかしぃなぁ。ドラゴンなんていかにもファンタジーな生まれ変わりを経たというのに、どうしてこうも現実的な問題が起こるんだ。
そりゃね、今生での親兄弟と会話した記憶もないし、どころか、初めて出会った知的生物であるのが彼女ですよ。日本語しかできない生粋日本人だった俺が、異世界の言葉なんぞ理解できるわけがないのは道理ですよ。
でも、そこはなんか、ご都合主義的なアレでさぁ。剣と魔法のファンタジー的なやつでさぁ、神様の力だったり、翻訳魔法だったり、意志が通じる魔導具だったり、あるでしょうよ。
でもね。ないんだよ、これが。
トホホ、どうしてこうなった。
いや、逆に考えるんだ。自分が人生の主役だと思ってるからご都合主義を期待してしまったが、相手の立場になって考えてみよう。
仮にこの女の子が物語の主役だったとする。
やむにやまれぬ事情で単身森の中へ。お母さんの病気を治すために薬草が必要で……みたいな、ね?
そこで出会ってしまった一匹の獣。形は小さいが恐ろしい――そうさなぁ、子グマとかどうだろう。最初は怯えてしまうのだが、どうも襲ってくる様子はない。
そんな状況。
そりゃ、種属レベルで違うのだ、言葉も通じない。子グマだもの。がうがう鳴くのが関の山ですよ。
そういう物語、あるよね。
じゃあ、そのあとはどうなる?
敵意がないことが伝わると女の子も安心。あら、よく見るとかわいいわね、なんて頭を撫でてみたり。子グマも女の子のケガを舐めて、あら、心配してくれるの? なんつって。良い子ね、拾ってうちで飼っちゃおうかしら、みたいな。
いや、ないな。
残念だけどクマは飼えないわ。でも、明日なにか食べるもの持ってきてあげる! いい子にして待ってるのよ?
そして始まる餌付け。回数を重ねるうちに女の子はクマと仲良くなって――うん、これならありそう。
ほんわか心温まる物語の始まりだ。そこに、言葉が通じる必要はあるかい? いや、ないね。なぜなら心が通じ合っているから。
そういうことなんだよ! 言葉じゃないんだ! 心なんだ!
俺たちは通じ合える! 仲良くなれる!
そうと決まればかわいさアピールだ! 仰向けに寝転がり腹を見せる。
ぼく、こどもだよ? こわくないよ? ほーら、おなか、なでちゃってもいいんだぜ?
四十過ぎたおっさんがなにやってんだ、と頭の冷静な部分が嫌悪感を抱くが今は空気読んですっこんでろ。俺は生まれたばかりの赤ちゃん(?)ドラゴンなんだ。あざとい愛嬌を振りまいてなんぼじゃろうがい!
とかやってる間に逃げられた。
◆
生きるってなんだろう。そんな哲学的なことを考えながら鬱々と森を彷徨う。
――うおぉぉぉっ! ダメだ、疲れた中年親父が樹海で首吊る一歩手前みたいなモチベーションだった。
どうにか持ち直せたのは目の前が僅かに明るくなったから。木々の間隔が広くなり、日が差し込んでくる。やっとのことで、森の端にたどりついたのだ! その先には木製の柵に囲まれた人里が!
村だ! いやっほーぅい!
矢も盾もたまらず猛ダッシュ。なんだかざわついている気配があるがなんだろう? 何をしてるのかな? 村の中でも一際大きな家の前で村人達が集まってる! 俺も混ぜてくれよ―! おっとそうだ、かわいさアピールだ! いえーい、ぼくドラゴン。今日から君たちのフレンズさ!
人垣の中心へダイブして、仰向けに寝そべり腹を見せる。さらには馬鹿そうに舌を出して無害さを強調した。
直後、パニックが起こる。
響く絶叫、逃げ惑う人々、怒号と共に農具を構える男衆。言葉は分からなくても、この空気は分かる。歓迎会って雰囲気ではない。外敵の侵入から女子供を逃がして闘おうという気迫だ。
ここに至ってようやく俺は理解した。赤ちゃんは赤ちゃんでも、ドラゴンの赤ちゃんは愛されないんだ。おれ、きっと、かわいくないんだ……てね。
男達は口々に同じ言葉を叫びながら俺を打っていく。あれ、多分「出てけ」って言ってるんだろうなぁ。一方こちらは打たれるまま。反撃など以ての外だ。代わりと言ってはなんだが、涙目で「きゅ~ん、きゅ~ん」と子犬のような鳴き声を出す。
かわいさアピールはやめだ。ここからはかわいそうアピールで行く。不特定多数を相手取ると狙いが定まらないので一点集中。実は、先ほどダイブした時に森の中で出会った女の子が村長っぽいじいさんの隣に立っているのを見つけていたのだ。そして、逃げ遅れたのか今もその場に立ち続けている。
目が合った。女の子は戸惑った様子でこちらを見ている。
俺は涙目で泣き続けた。女の子は動揺している。
女の子は隣に立つじいさんと言葉を交わした。そしてじいさんは片手を挙げて男衆を制止する。
――勝った!
かわいそうアピール成功である。
そしてここからは俺のターン、攻勢に出るぜ!
涙目のまま女の子に近寄り、感謝の頬ずり。鱗で傷付けないように衣服の上から逆撫でで。更に更に、女の子が逃げる途中で負った足の傷を心配そうに舐めてやる。
女の子はくすぐったそうに笑い、じいさんは微笑ましい目でこちらを見つめ、遠巻きに伺っていた村人達にも穏やかな空気が流れ始める。
無害な存在だと言うことが知れ渡り、俺というドラゴンがこの村に受け入れられた瞬間であった。
――くくく、計画通り。
などといった腹黒さはおくびも出さず、心の中だけでほくそ笑む俺なのであった。




