エピローグ
ドラゴン殺しの大英雄・バルシェンを知らぬ者など存在するだろうか。
これは彼の大英雄のもう一つの伝説。
英雄バルシェン、冒険者を辞めてのち、田舎暮らし。
かつての英雄はどこへやら、すっかり村の守り手として悠々自適な生活を送る。
しかしある時、転機来る。
村へ迷い込んだるは一匹の子ドラゴン。
かつてドラゴンを殺した英雄。これも因果か。応報か。
しかしドラゴン、人懐っこく、まるで暴れる気配がない。
ならばとバルシェン、村で世話をすることを決める。
これもいつかの罪滅ぼし。
やがては村の、いやさ国の守護竜となることを見越して。
ドラゴン、村で飼い育てられる。
やがてドラゴン、知性が芽生え、バルシェンの元へお礼に参る。
「英雄バルシェン、わたくしのような子ドラゴンにも情けをかけて頂きありがとう御座います。いつかきっと貴方様のお役に立つと、この時この場で誓いましょう」
感激したるは英雄バルシェン。その日より子ドラゴンにあらゆる知識を教授する。
師弟関係を築いた英雄とドラゴン。なんとも奇妙な関係性。
しかしドラゴン、恩義を返すため、八面六臂の大活躍。
英雄と共に村を襲い来る魔物退治。
噂を聞きつけ王都より騎士参上。
「おお、聞きしに勝る神々しさよ。これこそ正に神託にあった女神に相違無し!」
いつか下ったその神託。女神亡き後授かった次代の女神。
それこそ英雄の育てしドラゴンの子!
神殿よりの使者に連れられ旅立つ神の子。
無論バルシェンも命尽きるまで供をする覚悟。
しかし神の子は諭す。
「バルシェンよ。これまでわたくしを育ててくれたこと、真に感謝致します。
しかしあなたにはやるべき事があるのです。この村で備えて下さい。いつか、時が来ればあなたの力が必要となります。どうか、その時まで、息災で」
神の子は神殿へ。
英雄は村に残り。
安寧とした村で鈍った体を鍛え直すのは並ではない。
しかし英雄、神に託された言葉を信じてただひたすらに努める。
神の言葉はやがて実り、迎えの日は訪れた。
「おお、バルシェン。今こそあなたの力が必要とされる時。さあ、わたくしと共に大魔王と戦い、人々の希望を取り戻すのです」
「御意に!」
かつて英雄と呼ばれた頃の剣・盾・鎧で身を包み、いざ参らんとす、魔王退治。
神の加護を得た英雄バルシェン。
大魔王ジルダリアスを相手に臆さず、怯まず、果敢に戦う。
おお、バルシェン!
大英雄バルシェン!
神と共にある真の勇者!
その力圧倒的。大英雄に相応しき勇ましさよ。
こうして人類は獣の国を圧倒しその勢いを取り戻したのであった。
全ては神と英雄の力である。
称えよ、大英雄を! その所行を!
この世に生きる全ての人類に祝福あれ!
◆
「なんじゃこりゃああああああああああっ!」
俺は本屋の軒先で見かけた一冊の絵本を立ち読みしていた。のだが、その内容のあまりの酷さに我を忘れて、真っ二つに引き裂いた。
「ちょぉぉっ! お嬢ちゃん、売り物に何してくれてんだい!」
「うるっせぇぇぇっ! なんだこの本、デタラメばっかじゃねえか!」
「冗談言っちゃいけねえ! 内容に関しちゃ帝国のお墨付きだ!」
「スーシャ・ヌーク・ビ・オ・セントスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」
「うぉおおおおいっ! 帝国の初代皇帝だぞ! 神君スーシャ帝の名前を軽々しく叫ぶ奴があるもんか!」
知らんわ! 知り合いじゃぁぁぁっ!
「もうどっか行ってくれよ! お代は頂くけどな!」
「うるせえ! とっとけ! 金なら腐るほどあるわぃ!」
本屋の親父に金貨を投げつけ道へ戻る。が、その後背後から投げかけられた呟きに居ても立ってもいられなかった。
「全く、見た目は美少女だってのになんて性格だ」
ガッデム! 俺だって好きで美少女やってんじゃねぇよ!
言っても、どうかと思うんだ。安易な擬人化って奴は。俺だってドラゴンに産まれたからには一生ドラゴンで貫き通すつもりだったさ。例え『全知全能』で出来たとしても、死んでも人の姿にはならない心積もりだった!
だが忌々しいことに呪いの力で人の姿になってしまったのだ! 不可抗力なのだ! 元に戻ろうにも『全知全能』が制限されてて戻れないし!
畜生! ままならねえ!
好き勝手自由に面白可笑しく生きるはずが不自由だらけだ!
それより何より何が気にくわないって! さっきの絵本!
フルの名前が一個も出てきてねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!
「ちっくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
俺の物語、こんなんばっかだよ。




