20 勇者トラスタ
勇者とは!
魔王に対抗するため生まれた存在である。
勇者となった者には、それが身に付けるに相応しい装備が用意されている。神が生み出した武具は四つ。
神授の剣。
輝く白盾。
聖人の蒼鎧。
気高い外套。
かつて、勇者に選ばれた者達はそれら四つの装備に身を包み、魔王に戦いを挑んだのだ。
先代勇者の没後、その子孫達に受け継がれたそれらは、現在四人の勇者候補により一つずつ管理されている。
ところがこの糞装備が問題有り有りなのだ。
トラスタが装備する鎧からして、身に付けると喋れなくなるという欠点があった。王都への道中もコミュニケーションが取れずに苦労したものである。
Q:不具合ですか?
A:仕様です。
実はこの糞装備、元からそういう設計で造られているのだ。勇者装備はそれぞれが何かしらの感覚を奪う。剣を持てば感情を失い、盾を持てば痛覚を無くし、鎧を着れば言葉を無くし、外套を羽織れば音を失う。
何故わざわざそんな仕様にしたのか。
それは人として無くした部分に過剰な加護を詰め込み、人を超えた力を得るため。生き物を器に例えた時、その容量は決まっているのだから、余計な物を捨てればその分詰め込める、という考えだ。
更に、殺し殺されることに躊躇無く、理屈と理論だけで効率的に戦えるように。死に瀕するほどの怪我を負っても戦えるように。そして相手と言葉を交わし相互理解することを拒否するために。諫める者の制止の声が届かぬように。
四つの装備を全て身につけることで、完全なる戦闘マシーンが完成する。勇者とは名ばかりのバーサーカーであり、キラーマシーンであり、対魔王の最終兵器となる。
そんなもん、ぶっちゃけ生け贄だ。
この世界の勇者とは、物語に出てくる格好良い主人公ではなく、神に捧げられた供物なのだ。
その装備を造ったのが何代か前の女神だっていう、ね。本当、この世界の女神って奴はろくな事をしない。まともなのは僕だけか!?
◆
「そんなわけで鎧、没収」
「いやー、それちょっと困るといいますか。つい先日勇者に認定して頂いたばかりですし、これから魔族戦での最前線に出ることも増えますし、戦う上であの鎧がないと大幅な戦力ダウンに繋がるので」
因みに今現在の状況はといえば、騎士団の詰め所で椅子に座ってふんぞり返る俺と、床に正座するトラスタの図である。神の巫女で且ついたいけな少女に手を出したこの糞野郎は未来永劫この俺ドラゴンに頭が上がらないのだ。だが流石に外聞が悪いのでこうして人目に付かない場所でいびり倒しているのだ。
俺、今、最高に小姑してる。輝け俺の悪辣な魂。小さな事からこつこつと。今の俺は女神ではなく、いびるドラゴンである。
「ばーかーやーろぅ。俺の話聞いてたか? あんなもんに頼るのが真の勇者かね。そんなわけないだろう。ただの卑怯者だよ。男なら裸一貫でぶつからんかい」
「むりむりむりむり。アレは私の代名詞みたいなものだし、勇者装備の無い勇者なんてちょっと腕の立つ普通の人だよ」
「敬語使えや」
「……普通の人ですよ」
俺はイスから立ち上がると窓の外を眺めるように立ち、鈍重勇者に背を向ける。
「いいかね。勇者とは、勇ましき者である。だがそれは当人だけのことだろうか。
普通の人が、勇気を振り絞り戦うその姿――――数多の人々に勇気を分け与えることができる、そうは思わないかね? それこそが真の勇者の姿だ!」
「死にますって。普通に。普通の人だから!」
あなたは死なないわ。私が守るもの。加護でね。
なんて、ネタに走っても伝わらないから、本題に入ろう。
「ああいう身を削るような装備は、良くない。それにあれ、顔が見えないだろう? やっぱり顔が見えないとねー。盛り上がらないよねー」
「そんなことないですよ。顔が見えないから想像力がかき立てられるって。私が王都に上京した当初、街の人たちが噂してましたよ」
だから鎧返して、と言外に圧をかけてくる鈍重勇者。お断りしますです。
「因みにお前、顔ばれしてない時と面が割れてる今、どっちがモテる?」
「…………ええと、今、です」
「だろうね! モテそうな顔してるもんね! その面で俺のフルをたぶらかしたわけだ! その面で!」
「いや、私達は顔だけで惹かれ合ったわけではなくてですね」
「うるっせー! 聞きたくねえよ。デカブツ! ウドの大木! 鈍重! リア充! イケメン! 畜生、この勝ち組人生が!」
もう喋るなこの糞イケメンが。俺はモテる男が嫌いなんだ。前世でモテなかったからな。
いいか、人生には三回のモテ機があるという。が、嘘だ。いや、ひょっとしたら長生きしていれば俺にもあったのかも知れない。しかし、大切なのは回数ではない。一回一回の長さだ。三回ともマッハで過ぎ去る者もいれば、こいつのように一回目が死ぬまで続くような輩も居るのだ。
世の中は不公平なのだっ!
「ゴホンッ! で、話を戻すが、貴様にはこの俺謹製の新しい装備をくれてやろう。加護も十分に付与してある。まあ、戦うための装備じゃなく、目立つ仕様の装備なんだがな。人類の旗頭として立つ、ということはそういうことだ。
名も知らぬ勇者が立ったのではない。勇者トラスタとして人類を導け!」
鈍重勇者の俺を見る目に、驚愕と畏敬の念が浮かんでいる。
そうだろうそうだろう。今回は真面目にやってるからな。神様らしくやろうと思えばできるのだよ。
――――はぁ。
目の前の相手に気付かれぬようこっそり溜息を漏らす。
俺としてはもっとゆっくり事を進めたかった。折角帰ってきたのだから、フルと一緒に二、三年だらだらとしたかったのだ。子供もお腹にいるというフルに要らぬストレスなど抱えてもらいたくなかった。
だというのに。
あー、人選間違えたー!
姫殿下とエルフ美女が軍備拡張を推し進めている。大戦争が始まってしまうー!
違うだろう。そうじゃないだろう。それなりの小競り合いをやるんだよ。細く長く。緊張感が途切れない程度にさあ。ほどほどの奴をさあ。
あー、分かっちゃいねえ。分かっちゃいねえなあ、あいつら。




