19 神罰
目の前が真っ暗になった。
女性達の叫び声を遠くに聞きながら、俺は水底へと沈んでいく。
三ヶ月目。
どういうこっちゃ。あんさん、計算が合わへんやないか。
俺が一人旅に出てから二ヶ月ちょっとである。
ほんでもってそれ以前、王都についてフルの修行を見届けたのが大体一月くらいである。
更に遡れば、村から出て来て王都に着くまでが数日程度なのだ。
ほんま、かなわんわ。
ちょっと、いつなのよ。えー、まさか俺が旅立つ前からそういう関係ってあーた。それを俺に知られないように上手いことよろしくやってたって。どないやねん。
へ、下手するとこれ、王都への道中で? ま、まさか、村にいる間に既に…………。
あー。いやー。うおー。泣きたい。泣ける。いや、泣いてる? これは心の涙か?
俺にとって母親的な存在の少女が。これなんてエロゲ? NTR注意って教えとけよ。R18の世界やんけ。薄い本が分厚くなるわ!
鬱だ。死にたい。
なんという俺に厳しい世界。滅べ。
あー! あー! あー! やだー。もうやだー。
…………あ、でも、これってラブコメでお決まりの勘違いパターンか?
そ、そうだよ! なんだ、早合点しちゃったな。あはははは。俺のうっかりやさん。
希望はある! 希望は、あるんだ!!
◆
俺復活! 水の中からこんにちわ。
フルが驚いて女の子らしからぬ声で「どぅわっ!」と驚いていたが、そこはそれとして。
「フル! さ、さ、さ、三ヶ月目って、ななななな、なにが!?」
「え? そりゃあ、妊娠よ♪」
確定。はい死んだ。
◆
嫉妬渦巻く怨嗟の世界。この世は兎角屑ばかり。
嫉みに捕らわれあな憎し。
穢れ蔓延る俗世間、世直しせずに居られよか。
討たれたとても恨むまい。
仇を討たずに居られまい。
トラスタ、殺す。
天誅で御座る。
正真正銘、偽り無しの神罰に御座る!
己が罪をあの世で悔いろ。
おれ、おまえ、ぶっころす。
◆
「トラスタァァァァァ=ヴィィィィィィィィィィル=アイィィィィィンス!!」
神の力、スキル「全知全能」を使ってトラスタの居場所を検知。城の訓練施設で部下に稽古を付けている目標を捕捉。転移にて移動。口の中が渋くなる事なんて構ってられるかぁっ! こちとら人生がしょっぱいんじゃぁっ!
俺は恨みの丈を吐き出すべくおどろおどろしい声と演出で姿を見せる。その姿、正に祟り神。この俺ドラゴンの心の闇を存分に現した姿である。
周囲の雑魚兵士共が驚愕し腰を抜かす中、当の本人は冷や汗をかきながら苦笑いを浮かべていた。
「コート殿……いや、女神コート様。よくぞご帰還なさい――――」
のんきにお帰りなさいとか言うとる場合じゃないぞお前ぇぇぇ。
「じゃかぁしぃわっ! 言ったよなぁぁぁ、お前にぃぃぃ、俺の代わりにフルを護れとぉぉ!」
「ま、護ったとも!」
「決っっっっして!! 間違いは犯すなとぉぉぉ!」
「いや、それに関しては言われる前から――ごにょごにょ」
「万が一があればチンコもぎって地獄に落とすとぉぉぉ!」
「い、言ったっけ!? ドラゴンキックじゃなかったかな!?」
「おぉぉぉん、ぅおぉぉぉん……憎らしい……恨めしい…………。トラスタァ=ヴィィィル=アイィンスゥ! 神罰を受けよぉ!」
「あ……あはは…………」
トラスタは諸手を挙げて降伏の意を示す。その潔さすら腹立たしい。
陰気を押さえて元の子ドラゴンへと戻り、鈍重騎士の眼前へと降り立つ。正面で対峙して、拳に力を込め握りしめた。
「歯を食いしばれぇいっ!」
覚悟を決めてアゴに力を込める鈍重騎士。だが残念、俺はチビドラゴンでトラスタは二メートル越えの長身である。その身長差を思えば、俺の拳がその横っ面に届こうはずもない。結果、拳は腹に突き刺さる。鈍重騎士は「ごふっ」と吐き漏らして、くの字に崩れ落ちた。
だがこんなもので気が済むはずもない。今や神となった俺の拳に生身で耐えられるはずもなく、当然手加減した。手を抜いた拳一発だ。それで怒りが収まろうものか。
しかしよ。こんな糞野郎でも亡き者にしてはフルが悲しむ。それに産まれてくる子も片親ではよろしくない。
ああ畜生。憤懣やるかたない。
「者どもよく聞けぇい! 神罰は下った! これにて我が巫女に手を出したトラスタ=ヴィル=アインスの罪は不問とする! 以後、この件に関してトラスタを責めることは禁ずる!」
――――俺以外はな。
訓練場の有象無象はワッと駆け寄り歓声を上げる。とどのつまり、神であるこの俺ドラゴンが巫女と騎士団副団長の婚姻を認めた形な訳だからな。悶絶する鈍重騎士を抱え上げて「よくやった」の「おめでとう」のと声がけしている。
いい見世物になってしまった。まあいいか。
なんか良い雰囲気になってしまったが俺はお前のこと許してないからな。この先小姑よろしくねちねちねちねちいびり倒してやっかんな。
はぁ~あ、しかし、なんだ。フルと夫婦になるならそれなりの稼ぎがないといかんな。あと地位も。いつまでも騎士団副団長で留まってもらっては困る。
ついでに出張の多い役職について欲しい。「亭主元気で留守が良い」というからな。いや、別に嫉妬とかじゃないけど。四六時中べったりよりも、ある程度離れてた方が二人の気持ちも長続きしようさ。いや、決して言い訳ではなく。
よし、こいつを今代の勇者にしよう。
俺のために働け。死ぬまで前線に立つがいい!




