18 三ヶ月
女神教の神殿よ、私は帰ってきた! こっそりと。
祭壇部屋にいるかと思ったのだが、人っ子一人いない。礼拝所でお祈り中なのだろうか?
驚かせようと思って何も告げずに帰ってきてしまったが、転移先を間違ってしまったようだ。
神殿の中はそれなりに広い。建物から外れた修行場まで含めればかなりの敷地面積を誇る。いっそのこと『全知全能』で調べてやろうかとも思ったが、やっぱりやめた。口の中が渋くなるし、探して回るのも一つの楽しみだ。それに、うっかり神の気配なんぞが漏れ出たら俺の巫女であるフルにばれちゃうかもしれないからね。
忍びよろしく密かにフルを探すでござる。にんにん。
そうと決まれば早速ミッション開始である。抜き足、差し足、忍び足。気配を殺して移動し、祭壇部屋の扉を開く。
開ききる前に外の気配を窺ったのだが、ビックリ仰天。扉の前に待機していた大祭司・マイナばあさんと目が合ってしまった。
「お帰りなさいませ。女神コート様」
側付きの巫女共々、俺に対して深々と頭を下げる。わー、むず痒い。ぼかーそんな偉い者じゃあないんで、畏まるのは勘弁ですな。てへへへ。
っていうか、なんで俺がいることばれてたんだろう。
「たまたまですよ。礼拝堂から私室へ戻る途中、祭壇の方から神々しい気配を感じたので確認しに参ったのです。
コート様はお変わりなくご壮健のご様子。安心致しました」
「あー、あのー、できればもっとラフな感じでお願いします」
「かしこまりました。それが神の御意志とあらば我々は従うのみです。
改めて。お帰りなさい、コート様」
いや、あんまり変わってない気がするが。ちょっと雰囲気柔らかくなったくらいで。でもお付きの娘達は驚いた顔してる。
「マイナ様、よろしいのですか?」
「良いのです。コート様は女神の意思に目覚められて日も浅いのですよ。突然周囲の者が態度を変えれば御困惑なさるというもの。なにより、ご本人がそれを望んでおられるのです。皆も、今まで通りコート様に相対するように」
お、おう。流石は老女、悟っていらっしゃる。俺も側付きも感心しきりですよ。
でも、君ら元々かしこまった態度だからね。育ちの良さが前面に出てるよね。
おっと、惚けてる場合じゃない。折角出会ったのだから、フルがどこにいるか訊いてみるか。
「――そうですね。コート様には色々と伺いたいこともあるのですが、それが順序通りなのでしょうね。
フル様なら、コート様のご神託がいつ来ても良いように修練場で滝業の最中です。ご案内させて下さい」
「いやいや、それには及びませんて。かつて知ったる我が家のような場所だしね。あそこでしょ、北東の崖になってるとこ」
我が家と言われて感極まる面々を尻目に俺は駆け出した。
フルがそこにいる。フルに会いたい。居場所が知れるといても立ってもいられなくなった。おおよそ二ヶ月ほどのご無沙汰だろうか。客観的には短い気もするが、体感時間としては長かった。なにせ生まれて日が浅いもので。
あーなんだか緊張してきた。嬉し恥ずかしちょっぴりドキドキ。
以前、鈍重勇者トラスタに「刷り込み」状態を指摘されたことがあったが、この気持ちがそうなのだろうね。母恋しさ。それを自覚する恥ずかしさ。でもまだ子供なんで良いよねと言い訳する甘え。
嫌な感じではないんだけれど、もどかしいというかモヤモヤすると言うか。心こそばゆいわー。きゃっきゃうふふ。
滝の側まで辿り着いた。ここは神殿の敷地という扱いだが、建物をぐるりと囲う壁の外にある。崖になっており周囲は岩場。天然の壁があるような場所で人目には付きにくい。
そこで滝業や水垢離を行う巫女と見習い達。薄手の行衣を身にまとい、水透けも相まってなかなか扇情的な光景となっている。
故に男子禁制。
ここ重要。
男・子・禁・制!
俺? 俺は良いの。メスだから。女神だから。女の子だから。
ありがとうございます。あんなに嫌で否定し続けてきたこのメスの体に素直に感謝することができました。嬉しいです。すごく、嬉しいです。
あー、たまらん。こっそり会いに来たのに抑えがききましぇん。
「フルー!!」
自制出来ずに口が勝手に叫んでいた。神託とは違う肉声を耳にして、滝に打たれていたフルがこちらを見る。俺に気付くや否や嬉しそうに駆け寄って来てくれる。
俺も嬉しい!
あー、でも、駄目だよ。転けちゃうから。水場は滑りやすいから。急いで走り寄るのは俺がやるからね。
ばっちゃばっちゃと水音を立てながら俺達は抱き合い、久しぶりの再会を喜び合った。俺はちょっと邪な気持ちもあったけど。てへへ、サーセン。
「フルー! 会いたかったよー、フルー!」
「わたしもよ! あなたに話したいことがたくさんあるの。たくさん。たくさんよ!」
「俺もだよ。俺もフルに話したいことがたくさんあるんだ!」
報われた。
これまでの苦労も、魔族との戦いも、姫殿下に虐められたことも、なんだか上手くいかない世の中も。この一瞬で全てが報われた。
好きだ。フルが大好きだ。
恋愛感情ではないのかも知れないけれど、ただの刷り込みかも知れないけれど、今この瞬間の感情が、喜びが、恋しさが、本物であることは間違いがないのだから。
フルのために頑張った。これからも頑張れる。神でも悪魔でもなってやろうじゃないか。フルの幸せのために。それだけのために。
「うふふふふ。フル、修行は辛かった? いや、そうでもなかったのかな。なんか、お腹ぽっこりしてる。ちょっと太った?」
フルのお腹を優しく撫でる。ご飯が美味しかったのかな? 元気な証拠だ。良いことだよ。女の子はふくよかなくらいが健康的で丁度いい。
「いやねえ、コートったら。レディーに太ったなんて失礼よ。
今ね、三ヶ月目なの」
「ん~? んふふ、三ヶ月目って、なにが?」
…………女の子。
……………………お腹ぽっこり。
…………………………………………三ヶ月目。
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ちょ、え、なにが!!?




