12 ヒロイズム
「俺って、ほら、主人公じゃん?」
黒ドラゴンが唐突に阿呆なことを言い出して、リアルに「はぁ?」って声が出た。
こいつ何言っちゃってんの。
「割と若くして事故死してしまいました。そしたらば異世界転生。生前の記憶を持ったまま、神としてチート能力を携えて。
生まれた先では理不尽な仕打ちに苦しむ人々。俺を慕ってくる子羊達。その傍ら正妻ポジションにクアランタみたいな美人のエルフがいてさ。俺のことサポートしてくれてさ。ほんでなんだかんだ俺の周りには女の子や腕の立つ側近が増えていって。自分で言うのもなんだけど、俺、こっち来てから結構モテるんだ。
これってもう、主人公だよね。物語の主役だよね。俺、今、チョー輝いてる。
じゃあさ、やるしかないじゃない。苦難に面した人々を助けるしかないじゃない。チート能力を使って世界を平和に導くしかないじゃない!
でもって、そこに現れるライバルポジションのあんた。幾度となく衝突を繰り返して、お互いなんだか認め合う部分が出来て、当然、最後は俺の熱い説得で心動かされて改心する流れだわな。そんでもってかつての強敵同士は手と手を取り合って新しい未来を築くんだよ。
ハッピーエンド。めでたしめでたし」
頭沸いてんのか、こいつ。
俺は下あごを突き出しながら、自分のこめかみを人差し指でぐりぐりしてみせる
「厭らしいジェスチャーで挑発してくれるなよ」
「馬鹿にされてもしょうがない事言うからだろう」
これって、「人生の主役は自分自身」的なことじゃあないよな。完っ全に自分に酔ってる。置かれた立場に溺れている。ズブズブだ。
「すげーよ。お前、今、最高に見苦しいよ」
漢字一文字で表すなら「痛」。厨二病炸裂である。妄想逞しいにも程がある。
「いやいや、待て待て。俺だって自覚はあるよ。浮かれてるさ。調子に乗ってますともさ。
でも仕方ないだろう。嬉しかったんだよ。前世はパッとしない地味な人生だったよ。それがなんてことない事故でこれまた地味に死んじゃってさ。けどもチート転生して一発逆転!
雑誌の懸賞に当たるよりも! 宝くじに当たるよりも! 石油を掘り当てて億万長者になるよりも! 大当たりだ!」
浮かれている。ふわっふわに浮かれすぎている。
テンション高いなあ。これが踊る阿呆という奴だろうか。同じ阿呆なら踊らにゃ損なのだが、これに同調すると大怪我する気しかしない。
「いやー、どうかなあ。当たりはでかいが責任も重大だろう。道端で百円拾った程度の小さな当たりでいいんだよ。宝くじなんかヘタ金手に入れたら泥棒に入られるぞ。石油なんか掘り当てたってうまく扱えなくて逆に破産しちまうよ。いわんや、神様をや」
「ネガティブな奴だな。責任の重さは――――感じてるよ。十分な。俺なりにこの世界のことを考えているし、憂えてもいる。
だがしかし! なってしまったものは仕方がない! 楽しもうが嘆こうが神に生まれた結果は変わらない。変えるべきは未来だ! だからこそ俺はやるぞ、やってやるぞ!
人種による差別のない世界を! 争い傷付くことのない世界を!」
「うぜえ」
「簡潔に酷いな!」
おっと、心の声が漏れ出たか。
「まず、お前は主人公じゃない。神様って裏方ポジションだから。勇者のサポートしたり迷える子羊にちょっとした助言を与えたりする役柄だから」
「そんなこと無いだろう。神様が主役だっていいじゃない。異世界だもの」
「主役が成り上がって神様になることはあるけど、最初から神様が主役の時って残念な性格してたり、ポンコツ神様だったり、神格が最底辺だったり、封印されてて人並みの力しかなかったりするのがセオリーなんじゃないの。なんの物語とは言わないけれど」
黒ドラゴン考え中。
表情から察するに、思うところはあるらしい。『博識』で検索かければ神様無双の作品も出てくるだろうがそう多くはないはずだ。多分。まあ、俺は調べないけど。口の中が渋くなるし。
「俺は――主人公じゃ――――ない?」
愕然として戸惑いを見せる黒ドラゴン。おお、なんと哀れな背中であろうか。ここは人生の先輩として一つアドバイスをしてやろうではないか。
「そうだよ。お前は結局脇役なんだよ。主人公のサポート要員でしかないんだ。頑張る側ではなく、頑張らせる側なんだ。分かるね」
「いや、でも、人生の主役はいつだって自分…………」
「お前の一生はそれでいいよ。お前が主役で。でも歴史の主役はお前じゃないんだよ。お前個人ではないんだよ。
この時代の歴史を未来の歴史家が紐解いたとして、百人が百人とも、『獣神こそが主役であった』とは言わないよ。
絶対言わないよ。絶対だ。絶ーーーーっ対にだ!」
「そんな、そんなこと――だって、世の中に絶対は無いだろう……。そんなに全力で否定しなくったって……」
「ははははは、馬鹿だなあ。お前の名前なんて出てくるわけないだろう。
名 無 し の く せ に」
「うわーーーーーー!」
黒ドラゴンは耳を塞いでいやいやし始めた。子供か。あ、子供か、零歳児か。
「なー? 己の分をわきまえたまえよ。分相応だよ。出しゃばっちゃ駄目なんだ、後悔するぞ。これは君のためを思っていってるんだよ。分かるね?」
「嫌だ、嘘だ、聞きたくない! これは俺の心を惑わそうとする天魔の戯れ言だ。お前は悪魔だ! 消えろ悪魔よ!」
「ふはははは、自分を釈迦かメシアとでも思っているのか。
俺は女神さ、知っているだろう? 貴様と同じ神だよ。ほぅら、認めるがいい。
我が言葉は神の言葉。己を神と信じるならば、同じ神である俺様の言葉に耳を傾けるが良かろう。信用出来ないのであれば、貴様という神の言葉も信頼を失う! 何故ならば我々は同格。貴様が神を僭称する限りなぁ!
それとも貴様は神ではないのかなぁ? ただほんの少し力の強いドラゴン。スキルのおかげでちょっぴり勘違いしてしまったは虫類という事かな?
どうなんだ。認めろよ! 貴様は神ではないし! 主人公でもないし! 名前すらない哀れな存在よ! ぐははははは!」
「立ち去れ悪魔よ! 俺はこの試練を乗り越えてみせる! 何故ならば俺には信念があるからだ! 貴様の言葉に惑わされる事などないのだ! 諦めろ、そして消えるが良い!」
「諦めるのはお前さぁ。いつまでも意地を張ったって辛いだけだぞ、んん~?
さあ、認めて改めるが良い。そして高らかに叫べ、『わたしは神ではありません。卑屈で矮小な冷血動物野郎です』とな!」
黒ドラゴンは泣き咽び、絶叫を上げた。ストレスに押しつぶされてしまったのだ。
ふ、脆い。神を名乗るには若すぎたな、坊主。
そして悶え藻掻いていた黒ドラゴンはやおらひるがえり、敵意に満ちた目をしてこちらに突っ込んできた。
ああ、結局こうして争う事になるのだ。なんて虚しいことだろう。世界の歴史とは、結局戦いの歴史なのだなぁ。しみじみ。
さて、肉弾戦なら負けないぞぅ! なにせこちとら『全知全能』。負ける要素皆無。
そしてようやくこの時が来たとも言える。美女を侍らしてきゃっきゃウフフしてるリア中の糞野郎を思う存分ボコにしてくれるわ!
ふあーっはっはっはーっ!




