5 くそったれな歴史
二代目獣神は頭の中こそピンク色であったが、先代の意志を継いで真面目に世界平和を願っていた。
初代よりも強力な加護を用い、人々が争うならば抑止力を働かせそれを未然に防いだ。また、大陸全土と周囲の海を結界で覆うことで外敵の侵入を妨害し、不可侵の地を作り上げた。
この時点で、彼のもたらす恩恵は人類と魔族を区別せず、等しく与えられるものであった。
状況を変えたのは女神の一言である。
「あー、ホモホモしたいわー」
獣神はギョッとした。次いで「何言ってんだこいつ」と不安になり、女神の頭を心配した。時々心のチンコがどうとか言っていた時点で言いしれぬ悪寒を感じてはいたのだが、遂に何かしらの病気が発症したのだろうか、と。
まあ、病気と言えば病気である。しかも不治だ。恋の病と同じ症状で、しかし圧倒的に質が悪い。
そんでもってこの馬鹿女神、妙に行動力があった。幸か不幸かケモナーではなかった女神、人類側に対して衆道を奨励し始めた。
衆道というのは、あれだ。男同士で、なんというか、性的な感じの。ええと――ホモだ。
こういった同性愛の歴史は意外と馬鹿に出来なくて、地球でも古くから行われてきたし、それなりに歴史や文化的側面もあったりする。そしてこの世界でも女神が阿呆なことを言い出す以前から少数存在していた。
獣神は脳内真っピンクなのでエロスに関してはそれなりに寛容であった。自分の趣味ではないが人様の趣味にケチを付けられるほど己がまともだとも思っていなかった。
でも、それを女神が奨励しちゃうのはダメだろう、と判別が付くくらいの常識と倫理観は持ち合わせていた。
もちろん女神だって常識も倫理観も備えている。
「でも、まあ、いいんじゃね?」と女神は言った。
「いいわけねーだろ」と獣神は応えた。
そんな下らない理由で人類VS魔族の構図が出来上がってしまった。
この時、人類側が女神に付いたのは決してホモホモしたかったからではない(一部熱狂的な例外は存在した)。彼らは未だに選民意識が強く、原住民である魔族を見下し、対等に置かれた現状に不満を抱いていたのだ。
女神を後ろ盾として公然と魔族の国へ攻め入ることが出来る絶好の機会である。これを逃す手はないと彼らは考えたのだ。
戦いは当初、人類有利であった。獣神の加護に加えて女神の加護まで付いていたから。その間に人類は自分たちの都合に合わせて事実をねじ曲げた。
女神は聖なる神である。敵対する神は邪神。それに従う魔族共も邪悪な存在である、と。
魔族劣勢の折には、獣神の加護は魔族だけに絞られるようになった。それでも人類には女神の加護が与えられ続けていた。
しかし加護だけでは不利と見た女神は初代獣神が組み上げた魔法体系を解析し、人類の言葉で扱える人類のための魔法体系を組み上げた。理由が理由なくせに、女神は無駄なハイスペックを駆使して人類に魔法を授けたのである。
両者が魔法を使えるようになり、『魔族』を表す言葉の意味は『魔法を使える部族』から『災いをもたらす魔の者』に転じていった。
◆
戦いは長く続いた。
その間に戦いの理由は失われた。
人類側が余所の大陸から流れ着いた漂流者であったことなど歴史の彼方である。
魔族達が元々獣人と呼ばれていたことなど誰も覚えていない。
女神と邪神も、争い、傷付き、代替わりを重ねるにつれて争う理由など忘れてしまった。
今となっては両者共に己を信仰する者達のためと信じて加護を与え、敵を滅ぼそうとするばかりである。
そして魔族の王は魔王と恐れられるようになり。
対抗するように勇者という存在が奉り上げられ。
恨みの怨嗟は募り魔物という悪しき存在が生まれ始めた。
そしてまた、女神と邪神は相打ちとなり、次代の神が選ばれた。
女神は跡継ぎを残す余力が無く、別世界から魂を呼び込みドラゴンとして転生させた。その卵に神性を注ぎ込んで。
邪神はなんとか世継ぎを産み落とし、滅びを迎える最後の最後まで粘り、力と知識の全てを次代へ繋げた。
神達の誤算は二つ。
一つに、女神の引き寄せた魂が勤労に飽き飽きしていたこと。
過労死するほどの者ならば人類のために精根尽くしてくれると期待していたのが裏目に出た。
そしてもう一つに、邪神の世継ぎもまた転生者であったこと。
自然発生でない、単為生殖で産まれたオスのドラゴンにも関わらず。その魂には前世の記憶が色褪せずに残されていた。
そして、二つの魂はセントス国の闘技場で見えた。
◆
スキル『全知全能』の引継ぎが終わった。
神のスキルを頂いた私の意識は既に以前のものとは異なっていた。
この生存戦争の全てを知り得た私が成すべきことは一つである。
争いを終わらせるのだ。
最早いがみ合う理由も失われた。
惰性で敵対し続けるこの歪な関係を私達の代で真っ新な状態に戻し、新しい歴史を作り上げる。
悲しき負の連鎖はようやく終焉を迎える。これからは輝かしい未来を迎えるだろう。
祝福あれ。全ての生きとし生ける者達に。
さあ、まずはセントス国へ。
目的地を思い浮かべ、転移する。『全知』がそのやり方を教え、『全能』がその実現を可能とする。
彼の国の姫と、私を待つ者達に、これから成すべきことを伝えよう。
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