16 世界
「姫殿下、食物連鎖って分かるよね?」
「はい?」
あ、通じてない。食物連鎖は専門用語なのか? こっちの世界に該当する単語はなんだろうか。
「えーと、弱肉強食」
「この世の摂理ですね」
弱肉強食は通じるのか。ニュアンスで通じてるのかな。
「んーと、魔族と魔物が居なくなると人が増えすぎて食物連鎖のバランスが崩れて、てのもあるんだけどー、まあ、いいや」
「釈然としませんが、続けて下さい」
「はい、では、質問です! ちゃらっちゃら♪(効果音)
貴女が住んでいる世界はどのようなものでしょうか! ざっくり世界地図と全ての国をお答え下さい!」
「はぁ。まあ、いいですけど……」
何故に今更そんな常識を? って感じの姫殿下だが、テーブルの上を指でなぞって簡易地図のようなものを描いてくれた。
まず、この世界に一般的な名前はない。地球だと神話とかで『人間界=ミズガルズ』みたいな名称もあるが、そういうものもない。なにせ世界は一つだ。他と区別する必要がないのだから名前もない。しいて言えば『世界』。
そして大陸が一つしかない。なのでこちらも名称なし。あえて呼ぶなら『大陸』である。
あとは『海』。もちろん名無し。領海圏みたいな区切りすらないから。
ちょこちょこっとした島はあるものの、全て無人島である。そういうことになっている。密かに住んでる奴居るんじゃないの? と考えているが、確かめに行く酔狂な輩も居ないらしい。理由は危険だから。納得である。海、危ない、気をつけろ!
さて、話は戻って『大陸』の区分けである。
大陸はぴったり半分に分けられる。南半分が人類領域。北半分が魔族領域。
人類領域は七つの国に分けられる。その中央に位置するのがここ、「セントス国」。人類領域の中枢的な国である。その東西南北に一国ずつあり、東が「イス国」西が「ウィス国」南が「サス国」北が「ノス国」。そしてセントス国から見て北東に「アウス国」、北西に「ヴァノス国」があり、北の三国で魔族領域との境界に面し人類の盾となってもらっている。
……亡くなっちゃったけどね、ヴァノス国。
対する魔族領域は六つの国。最北に座する「エボカナ国」を筆頭に、中央を二分する西の「ジャッダナ国」と東の「スダンナ国」。更に人類領域と同じく境界に面するのが、西から順に「ワスナ国」「ギオナ国」「グルジナ国」の三国。
余談ではあるが、魔族領域六国の王は全員「魔王」と呼ばれる実力者達らしい。人類領域の勇者は一人なのに。マヂかよ。バランスが悪すぎる。
神の加護が無くなった途端クレイジー国家・ワスナ国がヴァノス国を攻め滅ぼしてしまったが、然もありなん。局地戦では『攻撃三倍の法則』とかいって攻める側が圧倒的不利とされている。が、魔王・六に対して勇者・一。実に六倍である。敗北必至やんけ。
姫殿下の説明を受け、俺の知識と大体同じであることを確認した。さすれば自ずと答えは導かれる。
「つまり、そういうことですよ」
「話が飛びましたね」
「ドラゴンだけに?」
言うや否や、放たれる姫殿下の一撃。その打撃音は「ぱぁんっ!」ではなく「ドガッ!」である。
「次に言ったらぶつと警告したはずですね?」
「だからってイスで殴りますかぃな!」
鱗のおかげで痛くはないけど! 姫殿下は自分の座っていたイスの背もたれを手にし、遠心力の乗った重い一撃をこめかみに届けてくれた。とんでもねぇ。お転婆ってレベルじゃねえぞ!
「ないわー。常識を疑うわー」
「貴方に言われたくはありません!」
「人間の常識がないドラゴンと、ドラゴンに常識がないと言われたお姫様。果たしてどちらが重症ですかねぇ?」
「お、あ、ぐぉ、ぐふぅぅぅぅっ!」
効いてる効いてる。姫殿下、机に突っ伏して己と必死に戦っている。あー、動画撮りたい。ネットの海に流して永久保存したい。
「じゃ、想像してみて下さい。未知の世界を。
この大陸をぐるりと囲む海の向こう側に、別の大陸がいくつかある。そんな世界を」
俯せだった顔が持ち上がり、見開いた目が俺を捕らえる。
一つしかない世界、そこに大陸は一つ。それがこの世の常識である。しかし別の世界から来た俺には不自然極まりない話である。
俺の言葉は姫殿下に届くだろうか。
地球で例えるなら、「人の住める星が宇宙のどこかにある」って感じか? いや、もっと飛躍して「宇宙人は実在する!」くらいかな。
突拍子もない話である。
しかし、姫殿下は真剣に可能性を考えてくれていた。
「別の大陸……誰かが住んでいる可能性……別の国?
いえ、でも……」
暫く悩んだ後、こちらに顔を向けて尋ねた。
「根拠はありますか?」
「今のところ、ないですね。魔族領域の住人か俺以外のドラゴンに問えば答えも出るんでしょうけど」
確認するために海に出ようにも、この世界の渡航技術は低い。そりゃそうだ。陸路と近海への船出で賄えてしまうのだから。何もない遠洋へ出る必要はない。そんな無茶をする輩は海の藻屑となり消えゆくのみである。
しかしだ。魔族領域には空を飛べる種属もいるはず。ならば彼らは見たことがないだろうか。遙か彼方の島影を。俺以外のドラゴンは知らないだろうか、この世界の本当の形を。
自分で確かめたわけではない。しかし、あるだろう。あるんじゃないかな? あったらいいな。そして可能性は十分にある。
海の向こうにきっとある。まだ見ぬ新世界が。広大なフロンティアが!
「もし、仮に、海の向こうに新しい大陸があったとして……なぜ魔族の滅亡が人類全体の滅亡と結びつくのです?」
「一つは人間同士で争うからです。人が増えすぎて、食料が無くなる。もしくは新たな領土争奪戦が勃発し、『人類VS魔族』の構図が『人類VS人類』になるだけ。そして始まる滅びの序曲」
「うーん……。まだ飛躍しすぎな気がしますけれど」
「ま、ならなかったらならなかったで良いんです。
魔族が居なくなりました。残るは人類、皆友達。ピースフルワールド。産まれてくる戦争を知らない子供達。平和に暮らす世代」
「良いことじゃないですか」
「しかし、そこに別の大陸という可能性があったなら? 国があり、広大な土地や豊富な資源を求めていたら?」
そして再び始まる姫殿下の黙考タイム。
「なる……ほど。その時、平和呆けしたわたくし達に、対抗出来る術はない」
「そして蹂躙され、滅びる」
姫殿下は腕を組み、目を閉じて思慮に耽る。
「仮定の話ありきの可能性ですけれども」
後は駄目押しするだけで良い。
「無視出来る可能性ではない。でしょ?」




